ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

11-081.リーファ神殿

 
 ――リーファ神殿。

 緑の路リディ・ウィアをウォーデン卿の居城に向かって真っ直ぐ進み、城門の手前左手にその神殿はあった。

 リーファ神殿の本殿は王都フォートリアにあるのだが、大陸全土で信仰されているリーファの神殿は、規模こそ違えど大陸各地の主要都市のほぼ全てにある。ウオバルのリーファ神殿もその一つであった。

 伝説によると、大地母神リーファは、今より八千年の昔、この大陸に降り立ち、レーベ王を導き大陸統一を果たさせたと伝えられている。

 そんな説明をロンボクから受けながら、ヒロとリムはロンボクの案内でリーファ神殿に向かっていた。ソラリスは別用があるからと、ギルドで別れた。夜には宿で落ち合うことになっている。  

「さっき図書館に行ってきたんだが、レーベ王ってのは伝説の王様らしいね」

 ヒロがさっき仕入れたばかりの知識をロンボクに投げかけた。

「えぇ。大陸を統一した唯一の王とされてますからね。レーベ王以降、大陸統一を果たした王はいないことになっています」
「実在の人物なのかい?」
「さぁ。何しろ八千年の前の話ですからね。女神リーファが地に降り立ったという話だけでも神話の世界ですよね」

 ロンボクがさらりと答える。

「レーベは本当にいたんですぅ」

 リムが横から口を挟む。ロンボクはおやと意外な顔を見せたが、ヒロはそっとリムの頭に手を乗せて、そうだなと言った。

 リムが持っていた古金貨はレーベ王の時代に作られたものだと青年商人シャロームは言っていた。精霊の世界がどんなものかは知らないが、当時の金貨を普段使いのように持たせるくらいだ。もしかしたら当時の精霊が、今なお生きているのかもしれない。元の世界にも樹齢何千年もの大木があった。きっとこの世界にもあるだろう。そこに精霊が宿れば同じくらいの年月を生きているのだと言えなくもない。リムにしても、もしかしたら当時、レーベ王の姿を見ていたかもしれないのだ。あまり人の常識で推し量ってはいけない、とヒロは自分に言い聞かせた。

「ここですよ」

 ロンボクが到着をヒロに伝える。それは巨大な建造物だった。緩やかな傾斜を持った広大な三角屋根の四隅に三角柱の尖塔が聳えている。ギリシャのイオニア式様の太い柱が周囲をぐるりと取り巻いて屋根を支え、その内側に建物本体がある。建物は総大理石造りで、尖塔を抜いても四階建くらいの高さがあった。この都市ウオバルを治めるウォーデン卿の居城を除けば、一番高い建物に違いないと思われた。

 正面に人の背丈の三倍はあろうかという玄関。その上は、着色したのか、帯状に薄緑色の大理石が並べられている。その一つ一つに金の装飾が施されていた。一目でかねを掛けた建物だとわかる。いったいどれ程の寄進を集めたのだろう。ヒロはこの世界における宗教の位置づけの大きさに驚きを隠せなかった。

 玄関は何者をも拒むものはないとばかり開け放たれていた。ヒロ達三人は並んで、神殿に入った。

 玄関を入ると正面に大理石の石段が目に入った。十段程の階段は、一段ごとに薄紅色と白の滑石が交互に積み上げられていた。階段の上には金銀で装飾された大扉がぴたりと閉められている。その奥に大広間でもあるのだろうか。両脇には室内だというのに、表と同じイオニア式の柱が並んでいる。その向こうは控えの間か何かなのか、いくつかの扉が見えた。 

「凄いな」

 ヒロが思わず感嘆の声を上げる。大した科学技術もないと思われるこの異世界であったが、それでも現在、この世界の人が持ちうる最高の技術の粋をこらして建てられたものだと分かる。ヒロの感嘆は、神聖な建築物に対する人々の真摯さに向けられていた。

「ふふっ。これくらいで驚いていてはいけませんよ」

 ロンボクが笑みを漏らす。さぁ、大聖堂にいきましょう、とヒロとリムを正面階段へと誘う。階段を登り、奥へと続く大扉を開けたヒロの目に飛び込んできたのは、荘厳な空間だった。


◇◇◇


 ――高い。

 それがヒロの第一印象だった。扉から奥まで等間隔に並べられた、真っ白い柱が、吹き抜けの天井まで屹立していた。午前中に行った図書館も四階建てだったが、おそらく一階辺りの高さが違うのだろう、リーファ神殿こちらの天井の方がずっと高い。

 最上部の壁にはめ込まれた色とりどりのステンドグラス。天井には壁画の類などは無かったが、アーチ状のカーブを描いていた。いつ建てられたものかは分からないが大したものだ。建設にはそれなりの時間も費用も掛かったに違いない。

 床の中央には桜色の大理石が通路を示すかのようにまっすぐ敷き詰められている。その外側は、白と萌葱色の大理石が市松模様に並べられ、背に彫り物がある木製の長椅子が何列も置かれていた。ここで国王の戴冠式が行われれると聞いても驚かない。それほどの荘厳さがあった。

「凄ぉい!」

 ほぉ、と天井を見上げるヒロの横で、リムが感嘆の声を上げた。

「リム、君は女神リーファに仕える精霊なんだろう。神殿にはしょっちゅう来るんじゃないのか?」
「えへへ、私のとこは田舎でして、こんな立派な神殿なんてありません。小っちゃいのがあるだけです」
「そうなのか」

 ヒロは曖昧に頷くと、ロンボクが右手で奥を指した。ホールの中央奥には大きな白い像があるのが見えた。ロンボクが行きましょうと視線を送る。

 ――女神像。

 背丈の四倍はあろうかという大きな像だ。大理石で出来ているのだろうか、表面はツルツルに磨き上げられている。腰まである長い髪は自然な形で流れ、右手に持った錫杖のようなものを天に掲げていた。像の視線は錫杖の先端を経由して遙か彼方を見つめている。薄衣を斜めに巻き付けるように着ているが腰にはバックルのようなものがあり、足にはサンダルを履いている。

「大地母神リーファを象った彫像です。姿は想像ですけどね」

 ロンボクが女神像を見上げたまま解説する。その横で礼拝者だろうか、次々と人が来ては祈りを捧げている。ヒロ達もそれに倣って暫く祈りを捧げた。

 祈りを終えたヒロがふと女神像の横に目をやると、臙脂色のローブを来た十歳くらいの少女がぱたぱたと祭壇に供え物をしている姿が見えた。

 ――リム!?

 吃驚して横を見る。リムはヒロの横でまだ祈りを捧げていた。ヒロが視線を戻すと、やはり臙脂のローブが居る。よく見ると一人だけではない。二人、三人、いやもっとだ。どの子もリムと同じくらいの背格好だ。

(これは一体?)

 戸惑うヒロに気づいたのかロンボクが声を掛けた。

「あぁ、あの子達は、リーファ神殿付きの精霊ですよ。精霊に向いている種族のようでしてね。精霊の多くはあの子達の種族で占められています。尤も、あの子達は神殿の外には殆ど出ませんから、街中では滅多に見かけないのですけどね。そこのリムさんも同じ種族なんでしょう?」

 ロンボクはリムに視線をやって当たり前のように言った。

「リム。そうなのか?」
「はい。私達の種族は精霊になるのがとっても多いんです。昔からそうでした」

 リムが得意気に鼻を鳴らす。

 ヒロはもう一度、祭壇で働く彼女達を見やった。みんなリムと同じ臙脂色のローブを着ている。制服か何かなのだろうか。ロンボクは、そんなヒロに断りを入れて、ホールの隅に控えていた赤いローブの人物のところに行った。何やら話している。

 赤ローブは頭のフードを外して、ロンボクの話に耳を傾けている。遠目でよく分からないが、目鼻立ちと肌の感じから若い女性のように見える。二十歳には届いてなさそうだ。栗色の髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられていた。リムが年頃になったらあんな風になるのかなとヒロは思った。

 そうこうするうちに、ロンボクが戻ってきてヒロに告げる。

「面会の許可が出ましたよ。長い時間でなければ良いそうです」
 

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