ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

8-058.生き残りたかったら、ケチはしないほうがいいぜ

 
「貴族なり何なり、それなりに信用がある奴でないと、いくら紹介状を書いたって無駄さ。盗賊のあたいでは相手にされないね。お前は貴族に知り合いはいないのか?」
「異国から来た俺にそれを聞くのか。居るわけないだろ」

 即座に否定したヒロだが、大学に行く可能性だけは残しておきたいと考えていた。確かに生活するだけならウオバルここで仕事を見つければ事足りるし、魔法もモルディアスの爺さんに教わることで使えるようになるかもしれない。だが、それは所詮、この異世界で生きるための道具でしかない。最終目的は元の世界に帰ることなのだ。其の為には、色んな情報にアクセスできるようにしておくに越したことはない。少なくとも大学に入る事が出来るのなら、その辺りの情報を得る事が出来るかもしれないし、新たな人脈も作ることが出来るかもしれない。

(最初から可能性を閉ざすことはない)

 そう考えたヒロの頭にある人物の顔が浮かんだ。アラニスの酒場でリムの持っていた古い金貨を、王国聖金貨に換金してくれた青年商人シャロームだ。商人のシャロームに身元保証人をお願いするのは無理かもしれないが、商人ならば貴族とも付き合いはあるだろう。もしかしたら身元引受人になってくれる人を紹介してくれるかもしれない。まだ換金してない金貨もある。シャロームは此処ウオバルにシャローム商会があるといっていた。近いうちに換金しに行くときに訊いてみるか。だが、その前に確認しておきたいことがある。ヒロはソラリスに尋ねた。

「ソラリス、さっき、冒険者にはそれなりの装備が要るといったけど、どれくらい費用がかかるんだ? 俺はまだ正式な冒険者になってない。もし冒険者になれなかったら、装備を揃えても無駄になってしまうんじゃないのか。気にならない程度の値段なら別にいいんだが・・・・・・」

 リムの金貨とて無限ではない。支出ばかりで収入がなければいつかは無くなる。手持ちが無くなるまでに、なんとか仕事を見つけて生活できる目処を付けなくちゃいけない。エマへの道中、どんな危険が潜んでいるか分からないとはいえ、無用の出費は出来るだけ抑えたかった。ヒロはまだ報酬を手にした訳ではないのだ。

「そうだな。贅沢しなけりゃ、防具に金貨四枚から十枚。剣は金貨五枚から十五枚。魔法の杖とかの魔法道具の類はあたいにはよく分かんないね。ピンキリだとロンボクから聞いたことはあるけどな。カダッタなら悪いようにはしないさ」
「ヒロ様。必要なものであれば揃えてください…もぐもぐ」

 ソラリスの言葉にリムが口を出す。そう言って貰えるのは嬉しいが、元々の金貨の持ち主はリムだ。ヒロはそれをただ預かっているだけだ。自分勝手に使っていいものではない。ソラリスの言うとおりなら、防具と剣で安く上げても金貨九枚はする。剣の方はカダッタの店で服を調達したときに付けて呉れた短剣で間に合わすとしても、防具だけでも金貨四枚は要る。

 ヒロには、まだこの世界の貨幣価値と相場を知っている訳ではなかったが、金貨一枚が結構高額であることは体感で分かっていた。今、三人で泊まっている宿が七日で銀貨三枚。王国正金貨なら一枚あれば二ヶ月は泊まれる。此処に泊まると決めたとき、ヒロは半年分の宿泊代を前払いした。宿の主人は目を丸くしていたが。

 それほどの価値のある金貨を五枚も十枚も出さないと、装備が手には入らないなんて。躊躇しているヒロにソラリスが忠告した。

「ヒロ、お前の国じゃどうか知らねぇけどよ。この辺りで生き残りたかったら、ケチはしないほうがいいぜ」

 ソラリスは自分が着ているガウンを少しはだけると、襟首をぐいを引っ張って見せた。その下から銀色の鎖帷子が姿を見せる。鎖帷子のチェーンは細かく編み込まれ、ソラリスのよく発達した肢体を覆っていた。ソラリスが肩を少し動かすと、鎖帷子は音も立てずにソラリスの動きに寄り添った。まるで絹の服でも着ているかのようだ。

 ヒロは、エマの賭場で初めてソラリスと会ったときのことを思い出してぞっとした。あの時、ヒロは彼女の腹に五寸釘を突き立てた。脅して見せたことでソラリスを賭け事に乗ってこさせることが出来たのだと思っていた。だが、ソラリスが鎖帷子を着ていたとなると話は別だ。あのまま五寸釘を押し込んだとしても、きっと鎖帷子に阻まれていただろう。ソラリスが賭けに応じたのは、ヒロの脅しに屈したのではなく、正面から挑んでみせたヒロの度胸を気に入ったからだ。

 その事を知らないヒロは、万に一つも勝ち目がなかったのかと肝を冷やした。

「こいつはね。あたいが剣士をやっている時から使っているもんだ。見た目よりずっと軽いんだ。盗賊になった今でも重宝してる。勿論、それなりの値はしたさ。でもよ、こんな帷子でも安物は目は粗いし、編み込みもバラバラだ。着たところで動きにくいし、ちょっと斬られただけで簡単に解けちまう。結局、金を掛けたほうが長い目じゃ安くつくのさ」

「そうか…」

 冷静に考えてみれば、冒険者と正式登録されるクエストとは、手紙を配達するだけなのだ。配達先は、つい先日まで居た街だから道に迷うこともない。更にソラリスも同行するとなれば、余程のことがない限り、今回のクエストが失敗する可能性は低い。

 どんな仕事をするにせよ、それをこなすには、商売道具はいるし、スキルを身につけるための教育も必要だ。時にはそのための初期投資が掛かることもある。冒険者は依頼されたクエストを受け、それを果たすことで報酬を得る。冒険者ギルドによる斡旋があるとはいえ、基本は独立採算だ。

 結局のところ、ヒロは当面であるにせよ、冒険者を仕事とする事に二の足を踏んでいるだけなのだ。此処ウオバルで、なんとかの仕事が見つけることは出来ないか。まだ、この街ウオバルで、本格的に仕事探しをした訳ではなかったが、ヒロはそこに望みを繋いでいた。

 そんなヒロの思いに気づいたのか、ソラリスは続けた。

「あのな、ヒロ。冒険者ったって、年柄年中、冒険しているわけじゃねぇんだよ。そりゃ、此処ウオバルがモンスターか敵国に襲われるか何かして、非常時ともなりゃよ。防衛に駆り出されることはあるさ。だけどこの街ウオバルが襲われるなんて聞いたこともねぇし、此処ウオバル守備隊きしだんの強さは有名だからな。まず有りっこねぇ。それに、冒険者パーティだって色々だ。中にはモンスター狩りを好んでやるのもいるが、そんなのには入らなければいいだけさ」

 ソラリスの鼻息は荒い。ヒロが冒険者に成らないなんて有り得ないといった口振りだ。

「分かった、其処まで言うなら、手紙を届けた後でカダッタの所に寄らせて貰うよ。だけど…」

 ソラリスがうん、と眉根を寄せる。

「買うかどうかは見てからだ。冒険者がいつも冒険している訳じゃないのなら、金属のチェーンを編んだだってあるんだろう?」

 ヒロの言葉にソラリスはへへっと笑った。
 

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