ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

7-048.ソラリスの決断

 
 次の瞬間、少し音波が和らいだ。いや正確には音波の方向が変わったというべきか。ヒロ達を直撃していた魔物の音波はその矛先を反らし、ヒロ達の背後の杜を襲っていた。木々の天辺あたりが、暴風にでもあったかのように木の葉が千切れ飛び、枝がボキボキと折れていく。 

 モルディアスは杖を両手に持ち換え、前方に差し出すようにして身動みじろぎ一つしない。何か集中しているようだ。

 魔物は口を閉じた。途端に殺人的な音が消える。

(止まった……)

 ヒロは思わず片膝をついた。頭がクラクラする。手の先が痺れて力が入らない。ソラリスは落とした自分の短刀を探しているが、足元がフラフラで覚束ない。暫くは攻撃なんて無理であろうことは直ぐに見て取れた。

 魔物はのそりと六つの足を前に出して、こちらに近づこうとしていた。モルディアスは相変わらず動かない。突然、ピシリと高い音がしたかと思うと、モルディアスの杖に填めこまれた石が砕け散った。

「――いかん!!」

 モルディアスの声とほぼ同時に、魔物を囲む半透明の壁が消失した。


◇◇◇


 魔物は、ズシン、ズシンと数歩前に出ると、首を大きく反らした。次いで頭をヒロ達に向ける。紅い目がヒロ達をギロリと睨む。

 ――また、音波攻撃をしてくるのか!?

 正直二回目を受けて立っていられる自信はヒロにはなかった。反撃しようにも、ヒロは魔法を使いこなしている訳ではない。しかも、唯一使ったことがあるのが炎魔法だ。だが、炎魔法が効かないことは先程のモルディアスの炎魔法を喰らってもピンピンしていることで証明済みだ。そんな相手にどうやって……。

「ヒロ、時間がない。魔法で牽制してくれ。魔物こいつはあたいが……」

 両手で自分の頬をはたいて気合いを入れたソラリスがヒロにいう。短刀を拾い直してホルスターに収めた。

「待て、ソラリス! 無茶だ」 

 ヒロの制止も聞かず、ソラリスが魔物に突進する。

(ちっ!)

 ヒロは炎粒フレイ・ウムを発動させ、魔物の頭を狙って放つ。一つ、二つ、三つ。ソラリスが何をやるつもりかは分からなかったが、魔物の注意を炎粒フレイ・ウムに逸らさなければ……。

 炎粒フレイ・ウムを幾弾も投げつけながらヒロは、モルディアスの様子を伺った。モルディアスは片膝をつく形でしゃがみ込み、右手を顔の正面にやって、中指を薬指の上に被せるように乗せた。呪文を唱えているが、杖が壊された影響だろうか、その詠唱は終わる気配を見せない。これは時間が掛かる。直観でそう悟ったヒロは息を詰めて、ソラリスの行方を追った。

 ソラリスは最短距離で魔物に向かっていた。ソラリスは剣士ではなく、盗賊のスピードで疾走する。

 魔物の音波攻撃とて、至近距離だと死角が出来る。懐に入ってから攻撃を仕掛けるというアイデアは悪くない。だが、モルディアスの炎をも退けた魔物の外皮に刃が立つのか?

(どうする積りだ)

 ヒロは尚も牽制の魔法を放ち続ける。もう少しでソラリスが魔物の懐に入る。こうなったら、ソラリスを信じるしかない。ヒロは祈った。

 が、突然、ソラリスはスピードを落として止まった。まだ魔物の死角に入っていない。あと十歩もいけば懐に入れるのに……。ヒロは思わず、牽制の炎粒フレイ・ウムを止めてしまった。

 魔物は首を回してソラリスを睨みつけると、大口を開けた。あの至近距離で魔物の音波を受けたら一溜りもない。

「ソラリス! 逃げろ!」

 ヒロの言葉が合図であるかのように、ソラリスはマントの中からナイフを取り出した。指の又に刃を挟んでいた。片手に三本。両手で六本。

 ソラリスは目にも止まらぬ疾さで、両手のナイフを投げた。右手の三本は爛々と光る両の紅目を捉え、左手の三本は牙をむき出しにした大口に吸い込まれていく。六本のナイフは魔物の目を抉り、喉の奥に突き刺さった。

 ――ギシェアアアアアアアァァァァ。

 魔物の悲鳴が杜の緑を振るわせる。頭を上下左右に千切れんばかりに振った。やった。ダメージだ。致命傷ではないにしても、刃物が通る場所がある。炎を受け付けない外皮ではなく、目と口の中だ。攻撃のポイントはそこだ。

 魔物は身を丸め、背中の体毛を天に向かって発射した。ソラリスに狙いをつけてのものではなかったが、尋常ではない数だ。魔物の上の空が体毛の茶色に染まる。数百、いや数千本の凶器が一気に放たれたのだ。魔物のの体毛は上空高く舞い上がり、一旦停止してから、自由落下を始めた。

 無数の槍の雨がソラリスを襲う。至近距離にいたソラリスには避けるための時間も場所もない。

「ソラリス――――――!」

 ヒロの叫びが杜に響いた。

 ソラリスは、天を仰いだままその場を動かなかった。ソラリスが一瞬にやりと笑ったようにヒロには見えた。
 

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