ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

6-043.持ち得るべきか捨て去るべきかそれが問題だ

 
「どういうことだ?」

 ヒロは目を剥いた。まだ日は経っていないが、リムは自分を助けてくれてきた。そのリムが魔法発動に制約を掛けているなどヒロには信じられなかった。

「魔法はの、マナを集めて体内で錬成し、外に向かって放出する。何故かは知らぬが、その精霊はお主のマナを押し止めておるの」
「……」
「マナの流れが無ければ魔法は使えぬ」
「流れを止める? そんなことができるのか?」
「それも魔法の一種じゃよ。解術式ディスペルといった方がいいかの」

 さっき冒険者ギルドでリムは自分に魔法を使って欲しくないといった。その時は冒険者になることでモンスター狩りのような危険なクエストに連れて行かされることが嫌なだけなのだと思っていた。

 だからといって、自ら干渉してまで魔法を発動させないようにするなんて。一体何の目的で。俺が魔法使いになるのがそんなに嫌なのか。

 戸惑ったヒロは脇に控えるリムに視線を送った。リムは固まったまま動かない。

 ――いや、そんな筈はない。

 ヒロはリムと出会ってからのことを思い出して、微かに笑みを漏らした。落ち着いてモルディアスに反論する。

「それは違う。俺はリムが傍にいたときに、炎の魔法を使った。まぁ、……自覚して使った訳じゃないし、覚えてもいないから偶然かもしれない。だけど、使ったことは確かだ。証拠もある」

 ヒロの言葉にソラリスが、あたいはこの目ではっきりみたよ、と添えた。

「モルディアス。話が合わない。今の説明には矛盾がある」

 ヒロがソラリスをちらと見やってから、モルディアスをなじった。

「ほっ、ほっ。魔法にもいくつか種類があっての。今、話しておるのは、マナを使った通常魔法のことじゃ。精霊魔法や召還魔法と違って、マナを止める魔法も通常魔法の範疇じゃ。しかも自分が意識して発動させ続けなければならぬ類の魔法よの。もしお主が精霊の傍で魔法が使えたのなら、精霊が干渉を止めたか、意識を失っていたのかのどちらかかの」

 ――!

 ヒロは、自分が魔法を使った時のリムの様子を再び記憶の中から引っ張りだした。黒曜犬に襲われたあの時。確かにリムは眠りこけていた。それが意識を失うことに相当するかは分からないが、覚醒していない状態であるとは言えた。ヒロの表情が僅かに歪んだ。

「モルディアス、一つ聞きたい。精霊リムが俺の魔法発動に干渉していると言ったな。もしもリムが俺のマナの流れを止めているのなら、そもそも水晶玉で魔法力マジックポイントを測ることなんて出来ないんじゃないのか?」

 ヒロは先程、水晶玉で体内マナを測定した事を指摘した。アクアマリンの水晶玉がルビーの紅に輝いた。一体どういう仕組みで発光したのかはわからない。だが、マナが流れないのなら、そもそも光らせる事が出来ないのではないかと指摘した。

「ほう、多少は考える頭があるようじゃ。お主は気づかんかったかの。お主が立っておる所の一歩前に儂が張った結界がある。魔法干渉されたままでは正しく測れぬからの。お主が水晶球に触れておるときに精霊を近寄らせなかったのはそのためじゃ」

 ――結界……そういうことか。

 確かにギルドで魔法力マジックポイントを測定したときは、水晶玉は光らなかった。いや、エルテの水晶球は一瞬だけ光らせることができた。傍にはリムがいたが、魔法干渉のタイミングが一瞬遅れたと考えれば説明できなくもない。

「リム、嘘なんだろ?」

 リムはヒロに金色の瞳を向け、悲し気な表情を見せた。ヒロに初めてみせる顔だった。

 ――まさか!?

ヒロの心に浮かんだ疑念が膨らんでいく。まさかリムが。いや、そんな筈は……。

「モルディアス。今の話は、正直思い当たることがないわけじゃない……。だが、百歩譲ってその話が本当だとしても、魔法干渉を防ぐだけなら、俺の周りに結界を張ればそれで済む話じゃないのか?」
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」

 モルディアスは皺くちゃの顔を綻ばせて笑った。

「中々、面白いことの言うの。確かに結界を張ることができれば、魔法干渉を防ぐことはできようの。まぁ、この結界は誰にも張れるものではないがの。じゃがの、結界を張るということは、自分の魔法も結界の外には出せぬということじゃ。対魔法干渉の結界は、そう大きくは張れぬのじゃよ。そうさな、大魔導士でも、この小屋を包むくらいが精々じゃ。身の回りならなんとかなっても、戦闘には使えぬ。魔法使いとしては半端じゃの」

 モルディアスの指摘は的を得ていた。魔法を行使できる範囲が極端に狭いと、どんな大魔法とて多寡が知れている。実用で使えなければ、趣味でやるのと大して変わらないのだ。魔法使いを職業とするには不十分だと言わざるを得ない。

「だとすると、やはり俺は魔法を使えない、いや実用レベルにはならないということか?」

 ヒロの問いにモルディアスは、手にした杖をヒロに向けた。先端の石の輝きが少し強くなる。モルディアスは顎を引くと、口元を歪め薄気味悪い笑みを浮かべた。

「ふふふ。お主が魔法が使いたくば簡単な方法があるの」

 そんな方法あるのか。ヒロは自分の気持が揺らぐのを感じた。

「どんな方法なんだ?」
「なに、精霊に魔力干渉させなくするだけでよい。その精霊を傍に置かなければよいだけじゃ」

 魔力干渉を結界で防ぐことが出来無ければ、干渉する源を遠くに離してしまえばいい。至極単純な理屈だった。

「それはつまり、……リムを手放せということか」
「そういうことじゃ」

 ヒロは再びリムを見たが、リムがヒロを見ることはなかった。強ばった表情のままモルディアスをじっと見つめている。その可愛らしい小さい脣は、言葉を発する代わりに固くぎゅっと結ばれ、金色の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。ヒロは念話テレパシーでリムの声が聞こえないかと呼びかけてみたが、答えは何も返ってこなかった。

 ヒロはモルディアスに念を押した。

「他に方法は無いのか」
「……、今のままでは無いの」
「そうか」
「うむ、返事はどうかの」

 モルディアスは手にした杖を、ヒロに向けて返答を促した。

 ―-ヒロは暫し目を閉じた。

 はじめて会ったとき、リムは傍に居させてくれと言った。人助けをしたい、それが精霊見習いとしての修行になるのだ、と。だが、そのリム自身が自分に魔法を使えなくさせているのだとこの老人モルディアスはいう。一体、どうなっているんだ。まさかリムが人助けといったのはただので、なんらかの理由で、俺に近づく目的があってそう言っていただけなのか?

 よくよく考えてみれば、人助けなら何も自分でなくとも良いはずだ。もしも、ここでリムと別れることになっても、リムはまた別の誰かの人助けをすればいいだけだ。人助けが精霊修行だというのがなのであれば、誰を助けようがリムに特に不都合はない。

 リムと別れさえすれば、その代償として魔法が使えるようになる。合理的に考えれば此処でリムと別れるのは悪い選択ではなかった。

 ヒロは決断した。いや、答えなど始めから決まっていた。
 

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