ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

5-036.あまり真に受けない方がいいですよ

 
「待たせたな」

 その声に顔を上げたヒロの前にソラリスが立っていた。白のチュニックに皮の胸当て、青いズボンの男を連れている。

「紹介するよ。こいつはロンボク。あたいが昔いたパーティの仲間でよ。魔法使いだ。相談に乗ってくれるよ」

「ヒロさん、始めまして。ロンボクです」

 ロンボクが差し出した手を握り、握手を交わす。ロンボクはヒロの手をしっかりと握り、視線を離さない。誠実そのものといった印象だ。ヒロもよろしく、と挨拶をする。

 ソラリスは、ロンボクにヒロを紹介すると、此処じゃ席が足りないなと辺りを見渡す。丁度、一グループが席を立って、空いたテーブルを見つけると、あっちで話そうぜと親指で指し示す。

 空いた長テーブルの椅子に四人が座る。ヒロの隣にリム。正面はロンボクでその隣がソラリスだ。

「改めて、ウオバルへようこそ。ヒロさん。ソラリスから聞きました。遠い異国から来られたそうですね」
「うん、昨日着いたばかりなんだ。色々と分からないことだらけだ。色々と教えてくれると有り難い」
「そうですか。まぁ今の時期のウオバルなら、王国の全てとはいいませんが、それなりに知ることができますよ」
「ん?」
「年に一度の大学の卒業式と入学式が行われるんですよ。まだ一月程ありますけど、今頃から入学希望者を初めとして王国各地から人が集まってきます。当日はお祭りになりますよ。それに卒業者は王国に正騎士、正魔導師として召し抱えられますから、式典には王国直属の聖騎士、魔法使いも多数列席します。あぁそうだ。こちらウオバルへの道中、宿は大丈夫でしたか。この時期はどこの宿も一杯になるんですよ。野宿も珍しくない。此処ウオバルまでくれば、そんな心配は要らなくなるのですけどね」

 そうだったのか。エマでどの宿も満室だったのは、ウオバルでの卒入式へに参加しようと人が大勢集まって来ているからだ。ヒロは理由が分かって安心する。

「あぁ、ソラリスの口添えで何とかね。式の時は、そんなにお祭りになるのかい」
「えぇ、王国全土から人が来ますからね。彼らを見ていれば、王国がどのようなものか少しはお分かりになると思いますよ」
「それは楽しみだね」

 ヒロは笑って答えたが、内心では、お祭りを楽しめる気分ではなかった。右も左も分からないこの異世界でまず生きていく算段をつけないといけない。指しあたって知るべきこと、やっておくべきことは山程ある。  

「ところで、ロンボク……」

 身を乗り出して、本題に入ろうとするヒロを制するかのようにロンボクが口を開いた。

「えぇ、ソラリスの言っていた詠唱なしで使った魔法のことですね?」
「うん。自分でいうのも変だが、どうもそうらしい。詠唱どころか全く覚えていないんだ」

 ロンボクの言葉にソラリスが割り込む。

「あたいも一部しかみてないんだ。だけど、あれは間違いなく炎の大魔法だ。人ひとりがすっぽり入るくらいの炎の玉が、黒曜犬ごと藪と林をなぎ倒していった。あれ程の魔法はちょっと見たことないね」

「話を聞く限りでは、炎柱フレイム・ボーだと思います。魔法の通り路が抉られることからそう名付けられました。上級魔法ですよ。修得には何十年もかかる」

 ロンボクは手の平を上にして、自分の右手をヒロの前に差し出した。

「ラクスァルィフィム」

 ヒロの耳に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呪文を唱える。次の瞬間、彼の手の上に、ビー玉程の炎のボールが浮かび上がった。

「これが炎の初級魔法、炎粒フレイ・ウムです。大したことないように見えるかもしれませんが、これとて使えるようになるまで、早くても一ヶ月はかかる。勿論、魔法の才能があるという前提でです」

 ロンボクは、ヒロにしばらく手の炎を見せてから消した。

「ヒロさん、貴方はこれまで、何処かで魔法を習ったことはないのですか?」
「全く。教わるも何も、俺の国では魔法を使える者なんて一人もいなかったんだ」
「そうですか。……稀れに集めたマナが暴走して自然に魔法が発動することがあると聞いたことはあります。が、それは到底コントロールされたものではなく、相手のみならず自分をも傷つけるそうです。無論、炎柱フレイム・ボーが暴走したら、只では済みません。貴方は勿論のこと、ソラリスも、そこのお嬢ちゃんも丸ごと炭になってますよ」

 ロンボクは小さく頭を横に振った。そんなことはあり得ない、彼の表情はそう物語っていた。

「じゃあ、暴走とかいう類じゃないということだね。でも俺は魔法を知らない。やはり偶然ではないのかい?」

 やっぱり偶然だ。忘れたほうがいい。魔法は使えない前提でこれからのことを考えるべきだ。ヒロはロンボクの口から偶然の二文字が発せられることを予測した。

「魔法を何も知らない人が、いきなり上級魔法とは前代未聞ですよ。偶然にしたって、いくらなんでも……」

 天を仰いだロンボクを横目にしたソラリスが少しイラッとした顔をした。

「おい、魔法が使えるのと使えないのとでは大違いだ。ああだこうだ言ってるより、ヒロが魔法を使えるようにした方がいいんじゃないのか?」

 ソラリスが一気に結論へ持って行く。やっぱりウダウダとした長話は嫌いなようだ。ストレートな物言いだが、話を纏めるには一番早い。そのソラリスの言葉にリムの顔が強張った。

「ソラリスさん、僕は一介の魔法使いで、教官ではありませんよ。それこそ大学に行って正式に習った方が早い。ヒロさん、大学に行く気はありませんか?」
「今のところはないよ。まずは仕事を見つけることが先だと思ってる。此処に来たのも半分はその為なんだ」
「そうですか。ベテランの、いや、中級の冒険者でも、十分クエストだけで食っていけますからね。もちろんクエストの中身にもよりますが」
「らしいね」
「ヒロさん、ならばさっきの話もあることですし、此処で魔法力測定をしておいたらどうです? 魔法の才能があるのなら、それはそれでまた考えればいいでしょう」
「此処で?」
「ええ、受付に言えば測定してくれますよ。何か?」
「いや、さっき、似たような事を言われて測定したんだ。こう水晶玉に手を当ててね」
「え? 此処でですか」
「そう、紫のローブを来た若い女だった、エルテって言ったかな。ほら其処に……」

 そう言って、指さそうとしたヒロだったが、すでにフロアから退出したのか、エルテの姿は何処にも見あたらなかった。

「……いないな。帰ったみたいだ」

 少しだけ済まなさそうにしたヒロに、ロンボクが眉間に皺を寄せ、妙な顔をする。

「その女は、頭にサークレットをしていましたか?」
「あ、あぁ、そういえば、していたな」

 ヒロの答えにロンボクは小さく首を振った。

「言いにくいことですが、ヒロさん。あまり真に受けない方がいいですよ」
  

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