ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
4-033.吹雪の女王
熱を帯びた隣のテーブルの話題が変わる。
「今年の新入生で有望なのはいるかね?」
髭を蓄えた風格のある赤ガウンが若い二人に訊ねる。彼らの言葉使いから、青年二人の上司のようだ。
「そうですね。剣士で凄いのが入ってきましたよ。アストレル家の者だとか」
「ほう。バルド辺境伯領かね」
「えぇ。早くも学生達の間で通り名が付いたようでしてね。『吹雪の女王』だとか」
「ブリザード?」
ラダルと呼ばれた一番若い男が、グライと呼び掛けたもう一人の若者に訊き返した。
「女王というだけあって、すこぶる美人でね。外見はクールなんだが、奮う剣が凄くてな」
グライは上機嫌で杯をあおる。
「ラダル、お前もアストレル家の名前を聞いたことくらいあるだろう?」
「名前だけは」
ラダルがボソリと返した。
「アストレル家は、王国きっての武家の名門だ。その剣の初太刀は三千世界の地の底をも切り裂くと言われている。その家の娘だ」
「なら……」
「言うまでもなく、その娘もアストレル家に伝わる剣術を修めている。この間、その噂を聞いた馬鹿な男が、模擬戦を申し込んだ」
「最初は断ったそうなんだが、男が引き下がらないので、仕方なく受けた……」
「で、結果はやっぱり……」
「その通り。一合交えただけで終わりだ。男は吹っ飛ばされて気絶。彼女は大したことはないと言っていたが、その場にいた中で彼女の太刀筋が見えた者は一人もいなかった」
「それほどですか」
「やられた男の服はズタズタになっていたそうだ。まるで地吹雪が通ったようだってね」
「吹雪の女王……」
ラダルが呟いた。
「昨日、新入生の剣技をみる機会があったので、ちょっと覗いてみたんだが、周りと比べても頭二つ、三つは抜けている。別格だ。あぁ、あともう一人いたな、名前は忘れたが。剣士は彼女とそのもう一人で決まりだと思う。大盤狂わせでもない限り、あの二人はすんなり卒業できるのではないかな」
「魔法使いの方はどうかね?」
静かに聞いて居た赤ガウンの杯がカタンと高い音を立てた。
「私は剣術教官ですよ。ラダル、新米魔法教官としてはどうなんだ?」
グライは両手を広げて肩を竦め、答えをラダルに振った。ラダルは腕を組んで少し考えた。
「う~~ん。そうですね。メルクリスが面白いと思いますよ。見た目は地味ですけど、中々の使い手だ。磨けば結構やりそうです」
「そうかね。では、今年も二、三人というところか」
「でも、入学受付の締め切りまで、まだひと月ありますよ。これから、どんな凄い新入生が入って来るか分からないじゃないですか」
ラダルが反論する。
「まぁ、可能性としてはそうだが、今から有力貴族の子弟が入って来ることはあるまいよ。この時期に入って来るのは流れの冒険者くらいだ。数は少ない。殆ど終わったようなものだ」
グライが杯を空けるのを合図に、ラダルが腰を上げた。
「では、僕は先にお暇させていただきます。明日は早いですから」
「どうした、お前の好きな酒が泣いてるぞ」
「僕だってそうですよ。だけど、明日の早朝にウォーデン卿が買い付けた書物が届くんです。馬車四台もあるんですよ。立会い確認する身にもなってくださいよ」
「それは、災難だな。せいぜい頑張ってくれ」
グライが破顔する。
「卿の蒐集癖は王国で知らぬ者はない。王国だけでなく大陸中の書籍を集めるつもりだという者までいるくらいだからな」
紅いガウンの中年男が付け加えた。
「勘弁してくださいよ。図書館だって無限じゃないんですから」
「そうボヤくな。ラダル。書籍の管理とて仕事のうちだ。次に新人が入ってくれば、引継げばいい」
「はぁ~~。次だなんていつになることやら……では、失礼します」
ラダルはぶつぶついいながら店を出て行った。
「なぁ、ソラリス。此処に図書館があるのか?」
一通りの会話を聞いたヒロがソラリスに訊ねる。なぜ、今迄気づかなかったのだろう。図書館で本を漁れば、この世界の事が分かる。元の世界に戻るための切っ掛けが見つかるかもしれない。無論、この世界の文字が読めなければならないが、有る程度ならリムかソラリスに教わることが出来るだろう。仕事を探す傍ら、いや仕事を見つけた後も、本を読み続ければいい。ヒロはそう考えた。
「はん。そんなの大学にあんだろ。あたいは行ったことないけどね」
「時間があったら、行ってみたいんだが」
「好きにするがいいさ。緑の路を真っ直ぐいけば大学だ。案内が要るかい?」
「いや。大丈夫。ありがとう」
ヒロはソラリスに礼を行って、エールをもう一杯注文する。再び運ばれてきた琥珀色の液体の入った杯を手にして、ヒロはそういえば、とひとりごちた。
「ソラリス、ここのエールは冷えていないな。というか常温だ。エマの賭場では、コップも葡萄酒も冷えていたんだが」
「あぁ、あれか。あれは店主が氷魔法で冷やしてるんだ。昔、冷えたエールが飲みたいといった客がいたんだとよ。仕方ないから、魔法で冷やして出してやったら、えらくウケてな。それ以来、あそこは冷やした酒を出してる」
「なるほどな、俺の国でもエールは冷やして飲んでた。暑い日に飲む冷えたエールは旨かったな」
「ふぅん。エールを冷やすのは、エマの賭場だけだと思っていたんだがな。お前の国も相当イカれてるな」
「かもな」
そういって杯に口をつけたヒロに、ソラリスは、片方の肘から先をテーブルに乗せて、ズイと身を乗り出した。ヒロを覗き込むように顔を近づける。彼女の軽くウェーブの掛かった紅い前髪がサラサラと頬にしなだれ落ちていく。ソラリスの濁りのない紅い瞳にヒロの少し驚いたような顔が映った。真っ直ぐに通った鼻筋は彼女の性格そのものだ。少しだけ厚みのある唇から、僅かにアルコールの匂いが混じった甘い息が漏れた。
「ヒロ、前にも聞いたけどよ。お前、此処で先生にでもなるつもりかい?」
「いや、そんな積もりはないよ。何故?」
「これは、あたいの見立てだけどよ。あんたは先生なんぞより、冒険者に向いてると思うんだ。あれだけの魔法が使えるんだ。パーティを組めばそれなりに稼げるよ」
何故だか分からないが、ソラリスはヒロをあんたと呼んだ。
「買ってくれるのは有り難いけど、俺は魔法使いじゃない。もちろん使い方も知らない。あの時のことだって全く覚えていないんだ。今でも魔法を使ったなんて信じられないよ」
「偶然だってのかい。偶然で魔法が使えるなんて聞いた事ないぜ。そんな事ができるんなら、大騒ぎになってる。冒険者ギルドにはあたいの知り合いもいるから相談してみるといい。なんか分かるかもしれないよ」
「ありがとう。そうさせて貰うよ」
だが、そのヒロの答えに、ソラリスが小さく首を振った。
「ヒロ、残念だけど、ギルドに行くのは明日だね」
「……そうだな」
ヒロの隣で、テーブルに突っ伏したリムがすやすやと寝息を立てていた。
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