ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
0-003.管轄外のパラレルワールド
「失礼します」
暫くして、扉を開けて入ってきたのは、一人の若い女だった。彼女は、後ろを向いて、両手を添える形でそっと扉を閉めてから、こちらに向き直った。
女の年の頃は二十歳くらい。すらりとしたモデル体型で白いブラウスに黒のスーツ。下は膝まであるフロントを二枚重ねたタイトスカート。肩にピンクのハンドバッグを掛けている。一見して、社長秘書か何かといった格好だ。ベリーショートの黒髪には赤と銀のメッシュが何本か入っている。
くりくりと丸い大きな瞳に小振りの鼻。形の良い唇には淡いベージュの紅が薄っすらと引かれ、右の耳朶には細長い三角柱型の耳飾りが時折キラキラと天井の光を反射していた。
「あ~。済まないな。呼び出したりして」
タガミが女に声を掛ける。
「どうしたんですか? タガミさん」
彼女は少し低めのヒールをコツコツと鳴らしながら傍にやってくる。
「ちょっと調べて欲しいことがある。こちらは、カカミさん。『迷子』だ」
タガミの紹介に女はヒロに向かって挨拶をする。
「初めまして。カカミさん。私はメノウと言います。此処でタガミさんのお手伝いをしています」
メノウと名乗った女は、両手を揃えてぺこりと頭を下げた。彼女もまた完璧な日本語で、仕草も日本人そのものだった。扉の外にはドラゴンが居たはずなのに、何ともなかったのか。メノウの顔を見なかったら、きっとヒロの思考はそっちを巡っていた筈だった。
――似ている。
ヒロは硬直した。なぜなら別れた彼女にメノウが似ていたからだ。別れた彼女はセミロングの黒髪で色メッシュも入れていなかったが、雰囲気はそっくりだ。彼女が髪を切ったらこんな風になるのだろうなと思いながら、ヒロは、メノウの顔をぼうっと見つめていた。
「どうかなさいましたか?」
「いや。何でもない……。俺は各務比呂。会社で仕事をしていたら、気を失って、気づいたら此処に来ていたんだ。まだ状況が理解できていないんだが、とりあえず宜しく」
ヒロは軽く会釈した。
「メノウ君。カカミさんなんだけど、名簿に乗ってないんだよ。どの世界から来たのか、ちょっと振動数測定をしてくれないか」
「あ、はい」
メノウはそういうと、ハンドバックを肩に掛けたまま、中から長方形のモバイルパソコンのような端末を取り出した。これもタガミのタブレットと同じくらい薄い。
「カカミさん。あんたがさっき見たドラゴンもそうだけど、此処に来る『迷子』は、人間だけじゃなくてな。恐竜やドラゴン、モンスター、魔物、そういうのもやってくる。生憎、彼奴の名簿は無くてね。こちらでどの世界の出身なのかを計測しては送り返しているんだ。ま、彼奴は、大人しくしてくれないから、測定に時間が掛かってしまって、ずっと此処に居残りなんてのはザラだがな。メノウ君は、そんな彼奴が何処の世界から来たのかを測定する仕事をしてくれてる」
タガミの視線を受けたメノウは、端末を手にニコリとする。
「はい。こちらの計測器で物質波の固有振動数を測定します。別に痛くないですし、直ぐに終わりますよ」
戸惑うヒロにタガミが補足する。
「カカミさん、物質はちゃんとあるように見えるけど、固定したものじゃなくてね。波のように振動してるんだ。さっき見せたスリットでいうと、神因子がスリットを通過したときだけ物質化してまた消える。神因子のスピードが速すぎて、ずっと物質があるように見えているだけなのさ」
タガミの言葉をポカンとして聞いているヒロを見て、タガミは苦笑した。
「解らないって顔してるな。まぁいい。兎も角だ、パラレルワールドの住人は、神因子と干渉して、それぞれ特別の振動数を持っているんだ。それを測ることで、どのパラレルワールドから来たのかあたりを付けるのさ」
「さっぱり解らないが、俺の振動数とやらを測ることで、俺がどの世界から来たのか特定できるってことでいいのか?」
やっとのことでヒロが尋ねる。
「誤差はあるがね。じゃ、測らせて貰っていいかな」
「あ、あぁ」
ヒロが同意を示すと、メノウがヒロの隣に正座した。
「手を出して戴けますか?」
メノウが、右手に端末を持ったまま、左の手の平を上にしてヒロの前に差し出した。
言われたとおり、ヒロが右手を出すと、メノウは左手をヒロの手の下に添え、端末をヒロの手の甲にあてがった。測定は一瞬で終わった。
「……あれ?」
メノウが首を傾げる。
「どうした?」
何があったんだ。深刻な病名を告げられた患者のような顔でヒロはメノウの顔を覗きこんだ。
「あ、いえ、何でもないです。念のためもう一度測定させて下さい」
少し慌てた様子で、メノウは端末を指で叩く。その表情は何かをチェックしているかのようにも見えた。
「……大丈夫そうですね。カカミさん、もう一度お願いします」
再び、ヒロの振動数を測る。
「はぁ。やっぱり変わらないですねぇ~。でもこの値って……」
「あ~。やっぱり枝超えだったかな。メノウ君」
タガミが声を掛ける。彼には予想通りだったのか、驚いている様子はない。
「はい。タガミさん。でもこれ、只の枝超えではないですよ。メドリアン振動数一万五千六十五。偏差三百七十二。曲率はコンマ三七七です」
「あ~。何だって!」
余裕だったタガミの顔が引きつった。
「何か問題があるのか」
ヒロが口を開いた。どのパラレルワールドなのか特定できたのではないのか。ヒロの心に不安が広がる。タガミは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「拙いことになったよ。カカミさん。あんたのパラレルワールドは相当遠い枝みたいだね。俺達の管轄外だ」
「管轄って何のことだ?」
「あ~。枝もな、沢山あるんだよ。此処は八番目に分かれた枝でな。『八階の枝』と呼ばれてる。俺達はこの『八階の枝』にぶら下がっているパラレルワールドを管轄してるんだが、カカミさん、あんたの振動数から計算すると、あんたの世界は百階層以上先の枝になる」
「ん? すると俺がどの枝から来たか分からないということか?」
ヒロの問いに、枝が全部でいくつあるかは俺も知らん、と前置きしてからタガミは答えた。
「管轄外の枝の管理者とは没交渉でな。俺達は管轄外の枝がどの時空座標にあるか知らないんだ。カカミさん。残念だけど、あんたを元の世界に帰してやれない」
ヒロの顔から一気に血の気が引いた。
「ちょっと待ってくれ。それはないだろう。一体俺が何をしたっていうんだ。あんた神様なんだろう。何でも出来るんじゃないのか。とっとと元の世界に帰してくれよ!」
ヒロは抗議した。知らない間に勝手に此処に連れてこられて、元の世界に帰れないなんて理不尽にも程がある。なんとかしてくれ。ヒロの叫びはいつしか懇願に変わっていた。
「あ~。元神様っていっても、万能でも何でもないんだ。すまんな。あんたの世界が何処か分からない以上、帰しようがない。諦めてくれ」
「冗談じゃない。じゃあ、この訳の分からない部屋で、一生暮らせっていうのか!」
ヒロの心臓は早鐘のように打っていた。いや、これは悪い夢に違いない。きっとそうだ。ヒロは無意識のうちに左手の親指の腹の右手首に押し当てていた。心臓の鼓動と同じ早さで力強く脈打っていた。それは夢ではなく現実であることを冷酷に告げていた。
――畜生! どうすればいいんだ。
だが、続くタガミの言葉は、ヒロの焦りに追い打ちを掛けた。
「あ~。そう出来ればその方がマシかもしれないな。でも駄目だね。此の部屋はもうすぐ消えるから」
「は?」
「ここは『迷子』が来たときだけ作られる臨時の部屋でね。いつまでもはないのさ。一日二日で消えるんだ」
「なんだって!?」
此処の時間で一日がどれくらいかは分からないが、タガミの話し振りからして、そう長い時間ではないだろうということはヒロにも分かった。
「この部屋が無くなったらどうなるんだ?」
「ま、外のドラゴンに喰われないよう気をつけてくれ」
ヒロは絶句した。言ってることが無茶苦茶だ。恐竜やドラゴンが屯ろするこんなところに放置するのか。まったくとんでもない管理人だ。
「それはおよそ神様とは思えない台詞だぞ。何か方法はないのかよ」
ヒロは食い下がった。こんな訳も分からない所で死ぬのは沢山だ。最悪の事態を避け、生き延びることを最優先にすれば、何か手がある筈だ。ベストではないにしてもベターな手が。パニックを通り越したからなのか、ヒロは不思議と冷静になっていた。
隣で二人の会話を黙って聞いていたメノウがゆっくりと口を開いた。
「タガミさん、大分昔の話ですけど、枝渡りの人達がいませんでした?」
「ん。そういえばそんなのがいたな」
「メノウさん、何だい、その枝渡りって」
「あ、パラレルワールドを移動できた人達のことです。彼らは自分達の事を『彷徨い人』って呼んでましたけど。何でも枝を超えてパラレルワールドを移動できるって言ってました」
「そんな人間がいるのか?」
「はい。その話を聞いて、彼らをこっそりモニタしたことがあるんですけど、確かにパラレルワールドを移動してました。此の枝にぶら下がっているパラレルワールドしか観測できませんでしたけど。枝渡りの人達は、モニタしている内に、いつのまにか消えてしまいました。多分、他の枝に渡ったんじゃないのかな、って」
「なんだ、方法があるんじゃないか」
「はぁ。枝渡りの人達は、それぞれの世界には、必ず他のパラレルワールドへの出入り口があって、そこを探して通るだけだって言ってましたけど……」
「なら、それを見つけることができれば、俺も元の世界に帰ることが出来るんだな」
「でも、もの凄く大変かもです。無数にあるパラレルワールドの中から元の世界を見つけるなんて、砂浜の中から一粒の砂金を見つけるようなものですから」
「……それでも可能性はゼロじゃない。だが此処から動かなければ全くのゼロだ。それに此処にいても、部屋が無くなってドラゴンに喰われる運命が待ってるというのなら、君達が管轄しているパラレルワールドの何処かに送って貰ったほうが、生きて居られるだけまだマシだ」
ヒロは、メノウの言葉に微かな希望を見出した。確かにメノウの言うとおり、今の状況を冷静にみれば、元の世界に戻れる可能性は限りなく無いに等しい。だが、今は生き延びることを最優先にすべきだ。ヒロはまず、此の枝のどこかのパラレルワールドに行くしかないと腹を括った。だがそんなヒロの思いにタガミが水を差した。
「カカミさん。だけど、あんたがそれをやっても上手くいく保証はないよ」
目を剥いたヒロに、タガミは大きく溜息をついた。
暫くして、扉を開けて入ってきたのは、一人の若い女だった。彼女は、後ろを向いて、両手を添える形でそっと扉を閉めてから、こちらに向き直った。
女の年の頃は二十歳くらい。すらりとしたモデル体型で白いブラウスに黒のスーツ。下は膝まであるフロントを二枚重ねたタイトスカート。肩にピンクのハンドバッグを掛けている。一見して、社長秘書か何かといった格好だ。ベリーショートの黒髪には赤と銀のメッシュが何本か入っている。
くりくりと丸い大きな瞳に小振りの鼻。形の良い唇には淡いベージュの紅が薄っすらと引かれ、右の耳朶には細長い三角柱型の耳飾りが時折キラキラと天井の光を反射していた。
「あ~。済まないな。呼び出したりして」
タガミが女に声を掛ける。
「どうしたんですか? タガミさん」
彼女は少し低めのヒールをコツコツと鳴らしながら傍にやってくる。
「ちょっと調べて欲しいことがある。こちらは、カカミさん。『迷子』だ」
タガミの紹介に女はヒロに向かって挨拶をする。
「初めまして。カカミさん。私はメノウと言います。此処でタガミさんのお手伝いをしています」
メノウと名乗った女は、両手を揃えてぺこりと頭を下げた。彼女もまた完璧な日本語で、仕草も日本人そのものだった。扉の外にはドラゴンが居たはずなのに、何ともなかったのか。メノウの顔を見なかったら、きっとヒロの思考はそっちを巡っていた筈だった。
――似ている。
ヒロは硬直した。なぜなら別れた彼女にメノウが似ていたからだ。別れた彼女はセミロングの黒髪で色メッシュも入れていなかったが、雰囲気はそっくりだ。彼女が髪を切ったらこんな風になるのだろうなと思いながら、ヒロは、メノウの顔をぼうっと見つめていた。
「どうかなさいましたか?」
「いや。何でもない……。俺は各務比呂。会社で仕事をしていたら、気を失って、気づいたら此処に来ていたんだ。まだ状況が理解できていないんだが、とりあえず宜しく」
ヒロは軽く会釈した。
「メノウ君。カカミさんなんだけど、名簿に乗ってないんだよ。どの世界から来たのか、ちょっと振動数測定をしてくれないか」
「あ、はい」
メノウはそういうと、ハンドバックを肩に掛けたまま、中から長方形のモバイルパソコンのような端末を取り出した。これもタガミのタブレットと同じくらい薄い。
「カカミさん。あんたがさっき見たドラゴンもそうだけど、此処に来る『迷子』は、人間だけじゃなくてな。恐竜やドラゴン、モンスター、魔物、そういうのもやってくる。生憎、彼奴の名簿は無くてね。こちらでどの世界の出身なのかを計測しては送り返しているんだ。ま、彼奴は、大人しくしてくれないから、測定に時間が掛かってしまって、ずっと此処に居残りなんてのはザラだがな。メノウ君は、そんな彼奴が何処の世界から来たのかを測定する仕事をしてくれてる」
タガミの視線を受けたメノウは、端末を手にニコリとする。
「はい。こちらの計測器で物質波の固有振動数を測定します。別に痛くないですし、直ぐに終わりますよ」
戸惑うヒロにタガミが補足する。
「カカミさん、物質はちゃんとあるように見えるけど、固定したものじゃなくてね。波のように振動してるんだ。さっき見せたスリットでいうと、神因子がスリットを通過したときだけ物質化してまた消える。神因子のスピードが速すぎて、ずっと物質があるように見えているだけなのさ」
タガミの言葉をポカンとして聞いているヒロを見て、タガミは苦笑した。
「解らないって顔してるな。まぁいい。兎も角だ、パラレルワールドの住人は、神因子と干渉して、それぞれ特別の振動数を持っているんだ。それを測ることで、どのパラレルワールドから来たのかあたりを付けるのさ」
「さっぱり解らないが、俺の振動数とやらを測ることで、俺がどの世界から来たのか特定できるってことでいいのか?」
やっとのことでヒロが尋ねる。
「誤差はあるがね。じゃ、測らせて貰っていいかな」
「あ、あぁ」
ヒロが同意を示すと、メノウがヒロの隣に正座した。
「手を出して戴けますか?」
メノウが、右手に端末を持ったまま、左の手の平を上にしてヒロの前に差し出した。
言われたとおり、ヒロが右手を出すと、メノウは左手をヒロの手の下に添え、端末をヒロの手の甲にあてがった。測定は一瞬で終わった。
「……あれ?」
メノウが首を傾げる。
「どうした?」
何があったんだ。深刻な病名を告げられた患者のような顔でヒロはメノウの顔を覗きこんだ。
「あ、いえ、何でもないです。念のためもう一度測定させて下さい」
少し慌てた様子で、メノウは端末を指で叩く。その表情は何かをチェックしているかのようにも見えた。
「……大丈夫そうですね。カカミさん、もう一度お願いします」
再び、ヒロの振動数を測る。
「はぁ。やっぱり変わらないですねぇ~。でもこの値って……」
「あ~。やっぱり枝超えだったかな。メノウ君」
タガミが声を掛ける。彼には予想通りだったのか、驚いている様子はない。
「はい。タガミさん。でもこれ、只の枝超えではないですよ。メドリアン振動数一万五千六十五。偏差三百七十二。曲率はコンマ三七七です」
「あ~。何だって!」
余裕だったタガミの顔が引きつった。
「何か問題があるのか」
ヒロが口を開いた。どのパラレルワールドなのか特定できたのではないのか。ヒロの心に不安が広がる。タガミは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「拙いことになったよ。カカミさん。あんたのパラレルワールドは相当遠い枝みたいだね。俺達の管轄外だ」
「管轄って何のことだ?」
「あ~。枝もな、沢山あるんだよ。此処は八番目に分かれた枝でな。『八階の枝』と呼ばれてる。俺達はこの『八階の枝』にぶら下がっているパラレルワールドを管轄してるんだが、カカミさん、あんたの振動数から計算すると、あんたの世界は百階層以上先の枝になる」
「ん? すると俺がどの枝から来たか分からないということか?」
ヒロの問いに、枝が全部でいくつあるかは俺も知らん、と前置きしてからタガミは答えた。
「管轄外の枝の管理者とは没交渉でな。俺達は管轄外の枝がどの時空座標にあるか知らないんだ。カカミさん。残念だけど、あんたを元の世界に帰してやれない」
ヒロの顔から一気に血の気が引いた。
「ちょっと待ってくれ。それはないだろう。一体俺が何をしたっていうんだ。あんた神様なんだろう。何でも出来るんじゃないのか。とっとと元の世界に帰してくれよ!」
ヒロは抗議した。知らない間に勝手に此処に連れてこられて、元の世界に帰れないなんて理不尽にも程がある。なんとかしてくれ。ヒロの叫びはいつしか懇願に変わっていた。
「あ~。元神様っていっても、万能でも何でもないんだ。すまんな。あんたの世界が何処か分からない以上、帰しようがない。諦めてくれ」
「冗談じゃない。じゃあ、この訳の分からない部屋で、一生暮らせっていうのか!」
ヒロの心臓は早鐘のように打っていた。いや、これは悪い夢に違いない。きっとそうだ。ヒロは無意識のうちに左手の親指の腹の右手首に押し当てていた。心臓の鼓動と同じ早さで力強く脈打っていた。それは夢ではなく現実であることを冷酷に告げていた。
――畜生! どうすればいいんだ。
だが、続くタガミの言葉は、ヒロの焦りに追い打ちを掛けた。
「あ~。そう出来ればその方がマシかもしれないな。でも駄目だね。此の部屋はもうすぐ消えるから」
「は?」
「ここは『迷子』が来たときだけ作られる臨時の部屋でね。いつまでもはないのさ。一日二日で消えるんだ」
「なんだって!?」
此処の時間で一日がどれくらいかは分からないが、タガミの話し振りからして、そう長い時間ではないだろうということはヒロにも分かった。
「この部屋が無くなったらどうなるんだ?」
「ま、外のドラゴンに喰われないよう気をつけてくれ」
ヒロは絶句した。言ってることが無茶苦茶だ。恐竜やドラゴンが屯ろするこんなところに放置するのか。まったくとんでもない管理人だ。
「それはおよそ神様とは思えない台詞だぞ。何か方法はないのかよ」
ヒロは食い下がった。こんな訳も分からない所で死ぬのは沢山だ。最悪の事態を避け、生き延びることを最優先にすれば、何か手がある筈だ。ベストではないにしてもベターな手が。パニックを通り越したからなのか、ヒロは不思議と冷静になっていた。
隣で二人の会話を黙って聞いていたメノウがゆっくりと口を開いた。
「タガミさん、大分昔の話ですけど、枝渡りの人達がいませんでした?」
「ん。そういえばそんなのがいたな」
「メノウさん、何だい、その枝渡りって」
「あ、パラレルワールドを移動できた人達のことです。彼らは自分達の事を『彷徨い人』って呼んでましたけど。何でも枝を超えてパラレルワールドを移動できるって言ってました」
「そんな人間がいるのか?」
「はい。その話を聞いて、彼らをこっそりモニタしたことがあるんですけど、確かにパラレルワールドを移動してました。此の枝にぶら下がっているパラレルワールドしか観測できませんでしたけど。枝渡りの人達は、モニタしている内に、いつのまにか消えてしまいました。多分、他の枝に渡ったんじゃないのかな、って」
「なんだ、方法があるんじゃないか」
「はぁ。枝渡りの人達は、それぞれの世界には、必ず他のパラレルワールドへの出入り口があって、そこを探して通るだけだって言ってましたけど……」
「なら、それを見つけることができれば、俺も元の世界に帰ることが出来るんだな」
「でも、もの凄く大変かもです。無数にあるパラレルワールドの中から元の世界を見つけるなんて、砂浜の中から一粒の砂金を見つけるようなものですから」
「……それでも可能性はゼロじゃない。だが此処から動かなければ全くのゼロだ。それに此処にいても、部屋が無くなってドラゴンに喰われる運命が待ってるというのなら、君達が管轄しているパラレルワールドの何処かに送って貰ったほうが、生きて居られるだけまだマシだ」
ヒロは、メノウの言葉に微かな希望を見出した。確かにメノウの言うとおり、今の状況を冷静にみれば、元の世界に戻れる可能性は限りなく無いに等しい。だが、今は生き延びることを最優先にすべきだ。ヒロはまず、此の枝のどこかのパラレルワールドに行くしかないと腹を括った。だがそんなヒロの思いにタガミが水を差した。
「カカミさん。だけど、あんたがそれをやっても上手くいく保証はないよ」
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