僕だけが蘇生魔法を使える!
23.自戒の商い
朝食をこんなにじっくりと味わったのは久しぶりだ。
噛み応えがある硬いこぶし大のパンは、チーズっぽい味と、ちょっぴりのお焦げが癖になる。キノコと豆類を煮込んだだけの野菜スープは、どこか懐かしい味がする。コップ1杯の冷えた井戸水は、甘みも酸味も苦味もない素朴な味……。そう、これがこの宿自慢のシンプル朝食メニュー。
沈黙に支配された食卓というものは、シンプルメニューであっても深々と味わうことができる。父さんと母さんが口をそろえて“食事中はおしゃべりしないでね”と言っていたのは、こういうことだったのか。今さらながら納得して、何度も頷く。
食事の後、ルーミィが女性陣に拉致されていった。
昨晩はもう1部屋を追加で借りたようで、そっちの部屋で緊急女子会が開かれている。
僕は、汚れたシーツを眺めながら昨日の記憶を辿っていた。
霊峰ヴァルムホルンの麓で遭遇したドラゴン、綺麗な花が咲き乱れる草原、天へと続く塔と、その中で出会った数々の魂。その中でも、ひと際きらめくルーミィの魂。そして……朝起きたときの、ルーミィの笑顔。思い出すだけで身体中が熱くなる。
突然、ドアがノックされた。
ドアを開けると、ラールさんが立っていた。
「少しお話しませんか?」
ラールさんが緊張した面持ちで話し掛けてきた。ラールさんと2人きりというのは珍しいことではないけど、昨晩の経験が僕をとても緊張させていた。
「はい……」
ラールさんは汚れていない方のベッドに腰掛け、俯きながら語り始めた。
「その……とても言いにくいことなのですが……」
そこまで言うと、指をもじもじさせながら、さらに俯いてしまった。
僕は、ラールさんの背中を優しくさすってあげる。すると、決意を込めた眼差しで僕を見つめ、言葉を継いできた。
「昨晩のこと、よくないと思うんです。ルーミィも一日中苦しんで寝ていたし、ロト君だってふらふらになって帰ってきたばかりだったし。私は、別にそういうことがよくないと言っているのではなくて……その……お身体を大切にしてほしいなって」
僕は真面目な表情で頷いた。
やっぱりラールさんは優しい。
お姉さん役として心から心配してくれる。緊張しながらだけど、しっかり注意してくれる。
「それに、まだ2人とも若いでしょ……私はもう15歳だし、結婚だってできるし、友達だって……そういうことしてるって言ってたし……」
ラールさん……また下を向いてしまった。
顔が真っ赤になっている。僕もだけど。
「それでね、もし……もしもだけど、ロト君が私のことも大切に思ってくれるんだったら……したい、かなって」
こんな清楚で可愛いお姉さんに、上目遣いで見つめられたら……。
僕はラールさんを優しく抱きしめ、口を合わせる。毎晩のように寝る前にしてきたキスとは違う、愛を認め合うキス。
ラールさんの身体は、一瞬だけ力が入った後は、全てを受け入れるかのようになっていった。
ルーミィと比べるのは酷い話だけど、ラールさんは“女の子”だった。
柔らかくて、温かくて。触るだけでも幸せを感じた。そして、昨日卒業したばかりだったけど、男として精一杯に頑張った、と思う。
ラールさんの目からは、いつの間にか大粒の涙が流れ落ちていた。
「ごめんね、嬉しくて。本当に嬉しくて、嬉しくて……こんなに涙が出ちゃったよ。ロト君は、私を幸せにしてくれるんだなって。ううん、私はあなたの2番でも3番でも構いません。ずっとお側にいさせてください……」
ラールさんは、柔らかい身体で僕を力いっぱい抱きしめてくれた。
この人を本気で幸せにしてあげたいと思った。
だから、僕も力いっぱい抱きしめ返した。
「ラールさん、大好きだよ。ずっと一緒だからね」
昨日の今日で何を言ってるんだと、自戒の念はあるけど、みんなまとめて幸せにしたいと思うわけだ。だって、世界中を幸せにするのが目標なんだもん……と、自己正当化しておこう。
その後、2人で仲良くシャワーをした。
ラールさんは、今までで一番の笑顔を見せながら部屋を出て行った。一時の別れさえ惜しむように、振り返りながら切なく手を振る姿がとても可愛かった。
その後、再びドアがノックされた。
ちょっと嫌な予感がして、ドアを少しだけ開けて外を覗こうとしたら、ドアの隙間から何かが飛んできた。
青く輝く蝶だった。
蝶はベッドの端っこに止まると、光を放ちながら少女の姿になった。
もちろん、裸だ……。
「ミール、服を着なきゃ」
ミールは、近づく僕の手をぎゅっと掴み、僕を抱き寄せた。
どこにこんな力が!?
身長も140cmくらいしかないし、透明感のある神秘的な肌色の手足はとても繊細で、ガラス細工のように力を入れると割れてしまいそう。
身体も心もぐっと引き寄せられた僕を、ミールは黄金の瞳に涙を潤ませながら見つめている。
『ロト様……不遜なお願いをします。ワタシを……いえ、ワタシの愛を受け止めてください』
僕は、衝撃を受けた。
ミールは、あまり自己主張しない子だ。出会った頃は、自分勝手な妖精だと思ったけど、一緒に旅をするにつれて、実はとっても謙虚で、とってもとっても愛情に満ちた優しい子だと感じるようになった。そんな子が……自分への愛という見返りを求めず、ただ、自分の愛を受け入れてくれと懇願してきたんだ。僕の心の中に、愛おしさが溢れてきた。
「ミール、僕だってミールが大好きだし、君は誰よりも幸せになるべきだよ」
『愛しています……あなたのことを、心から愛しています』
いつの間にか服を脱がされ、小さな身体を密着させてきたミール……さっきまで残っていたラールさんの感覚が、あっという間に吹き飛ばされてしまった。何とも表現しづらい感覚……妖精独特とでもいうのか、身体が溶け合うような感じがする。
完全に思考停止に陥っていた僕は、ミールの小さな身体を思いっきり求めてしまった……。後で思い起こすと凄く恥ずかしいけど、もしかしたら媚薬でも盛られていたのかもしれない。きっとそうだ。
そして、僕はミールと一緒に、今日3度目のシャワーを浴びた。
こっそりと、汚れまくったシーツを洗って干しておく。これは……落ちそうにない……さすがに弁償かな。
ミールが部屋を出て行ってから10分後、再びドアがノックされた。
ぐったりした身体を起こし、ドアの隙間から外を覗く。
すると、目に涙を浮かべたポーラが立っている。
「いやぁ!助けてっ!お兄様、助けてっ!!」
ポーラが連れ去られていった。
主犯はルーミィっぽい……。
その事件から10分後、またまたドアがノックされた。
ドアを開きかけた途端、あちこちから手が伸びてきて……今度は僕が拉致された。引きずられるようにして、別の部屋に連れて行かれる。
★☆★
さっきの部屋と比べて結構狭い。
ベッドが1つだけ窓際に置かれ、そこに4人の少女が座った。
ベッドに座るスペースがなかったからか、自らの潜在意識がそうさせたのか、僕はベッドの下で床に正座をしている。
……
続く沈黙。
……
「ロト、話があるの」
不機嫌を前面に出しながら、ルーミィが沈黙を破る。
「はい……」
目をそらしてはダメだ。不誠実を責められる覚悟はしているつもりだ。でも、僕に後悔はない。それ自体が不誠実なのかもしれないけど……。
「……どうだった?」
頬を紅潮させてルーミィが質問する。
ルーミィがボソボソ話していたのと、僕自身も考え事をしていたせいで、前半がよく聞こえなかった。きっと、例の感想を聞いているのだろう。嘘は言わない。目を見て正直に話す、それが僕の長所だ。
「とても気持ちよくて、天国にいるような幸せを感じました」
「バカ!!」
女性陣が顔を真っ赤にして下を向いている。
ポーラがただ1人、不思議そうに僕を見ている。
もしかして変なことを言ってしまった!?
「あのね、あの部屋が……その、ベッドが汚れてしまったでしょ。弁償しなきゃいけないかなって聞いてるのよ!」
あぁ、ミールと一緒にシーツを洗ったとき、そんな話をしたなぁ。ちょっと滑ってしまったか……。
「正直に申します。赤いのが落ちません。ベッドも……」
再度、女性陣が顔を真っ赤にして下を向く……。
「弁償だっ!折角だから、この村でお仕事しましょっ!!」
ポーラの妥当な提案で、みんなが現実に戻る。
★☆★
お昼過ぎ、今から会議だ。
各自が自分の足で仕事を探してきた。と言っても、仕事自体は僕がすることになるんだけど。
「では、みなさん!レポートを提出してください。予定どおり、ポイントは2点。ある程度の資金調達ができること、この村にしっかり貢献できること。それらを総合してロトに決定してもらいます!後悔はないわね!」
後悔?
意味深だけど、ルーミィがリーダーっぽく仕切っている。
◆ルーミィ
・村の守護獣の蘇生
・8000リル(80万円相当)
・村の安全が確保される
◆ラール
・村長の息子の蘇生
・10000リル(100万円相当)
・村の政治が安定
◆ミール
・聖樹の蘇生
・3000リル(30万円相当)
・村による各種ポーション生成
◆ポーラ
・300年前の名医の蘇生
・15000リル(150万円相当)
・村の医療体制強化
「では、ロト。意見を!」
「はい……。まず、ルーミィの案だけど、守護獣を蘇生してもエサは大丈夫?生贄が必要とかないよね?それに、ここは王都からも近いし、昔みたいに魔物が襲ってくるとかはあまり考えられないような……」
「うっ、確かに。戦いのことばかり考えすぎたわ」
「次に、ラールさんの案だけど、村長の息子さんが村長を継ぐわけではないでしょ。普通に選挙をした方が良いと思うよ。それに、村に来たときにルーミィがソウル・ジャッジしていたよね……村長さんはこの村1番の要注意人物だって言っていた記憶が……」
「そんな記憶がありますね、忘れていました……」
「ミールの案はいいね、この村の産業育成になる。仕事の需要も増えるし、特産品になるし、村への貢献と言うことを考えると文句なしだね!ちょっと報酬が他より安いけど、それもまた良いのかもしれない」
『嬉しい……』
「最後に、ポーラの案だけど……。報酬は高いし、村にお医者さんがいるかどうかはとても重要!それは良いんだけど……300年前の名医を蘇生したとしても、医学の進歩を考えると、今じゃあまり名医と呼ばれないかも……でも、よく頑張ったね。偉いぞ!」
僕は、涙ぐんでしまったポーラの頭をなでなでしてあげる。
よく見ると、涙ぐんでいるのはポーラだけじゃない。ルーミィやラールさんもだ。それに対して、ミールはぴょんぴょん跳ねて喜びを表現している。空中で足が外に開く、この跳ね方がなんかとっても可愛い!!
『今晩が楽しみ!!』
えっ……どういうこと?
僕がルーミィの顔を見ると、目を逸らされてしまった。
★☆★
『ここ、ここにある樹が聖樹。今は枯れてしまっているけど、葉と花は生命力回復薬、根と幹は毒消し、実は魔力回復薬に精製できるわ。細かい精製法とレシピも合わせて、3000リルいただきます』
『ほほぉ、この村にこんな素晴らしい樹があったとは!』
『感動しました!』
『村の至宝として守っていかねば!』
『これで村も潤うぞ!』
村人たち数人が、ミールに案内されて村の郊外にある丘に来ている。
そこには、枯れて朽ち果てた黒い根があった。これ、蘇生できるのだろうか……。
『分かりました、是非にお願い致します』
ミールが嬉々として僕を見る。
枯れた植物か。蘇生できなくても泣かないでね……。
僕は深呼吸をして、心臓のあたりで燃える魔力を意識する。温かく力強いその魔力を、ぐっと練り上げて身体の中を巡らせていく。
力が漲る。僕は左手で聖樹の根を優しく握り、力を凝縮して左手から流し込む。
左手の掌から溢れ出す銀色の、奇跡の光。
光はやがて僕たちの周りを満たし、根だけでなく、周辺の大地をも包み込む奔流となる。
「光よ、聖樹に力を与えよ!レイジング・スピリット!」
光の奔流は眩しいほどに煌きを増し、丘全体を輝かせる!
そして、聖樹の根と、それに続く地面に収束していく。
変化は突然に起きた。
地面が激しく鳴動すると、枯れたはずの根から新しい芽が萌え出てきた。その若い芽は、銀色の光を放ちながら、すっと天に向かって腕を伸ばす。次々に枝を伸ばし、葉をつけ、瞬く間に高さ10mを超える立派な樹木へと生長した。見上げると、所々に蕾も見える。
村人たちは、みんな両手で顔を覆い、涙を流している。植物とはいえ、生命の奇跡を生で見たときの当然の反応だ。
その後、握手をせがまれ、揉みくちゃにされて老人集団に抱きつかれた。昨晩や今朝味わった柔らかい心地良さとは対極をなす、ゴツゴツした枯れ木の感触だ。そして、神の使者が現れたと、僕を拝む人までいる。今すぐ逃げだしたい気分になった。
ミールは、銀色に輝きを放つ幹をさすりながら、満足そうに微笑んでいる。
『水は毎日欠かさずあげてください。肥料は人々の愛情です。優しい心で触れてあげてください。逆に、怒りや憎しみ、金品を稼ごうというような醜い心は聖樹を苦しめます。再び枯らすことのないよう、心して見守ってください』
『承知致しました。必ずや役目を果たしましょう』
『村に戻ったら聖樹係を選抜しようぞ!清らかなる乙女が良かろう!』
『悪意のある者が近づかぬよう、警護もしないとな!』
『村の至宝ぞ、代々守り抜かねばならぬ!』
村人たちは、口々に誓いを述べる。
まぁ、やりすぎないようほどほどにね。
★☆★
呆れかえる宿屋の主人にしっかりと謝り、シーツや布団代を弁償した僕たちは、今夜も2部屋借りて泊まることにした。明日の早朝、王都に向けての旅を再開する。予定よりも3日遅れになってしまった。もしかしたら、クーデリアさんの方が先に到着してしまうかもしれない……。
その夜、僕は再びミールと一緒に過ごした。
あの仕事の選択……今晩の権利を懸けた女の戦いだったらしい。
そこには、僕の意思はなかったけど、幸せはたくさんあった。
噛み応えがある硬いこぶし大のパンは、チーズっぽい味と、ちょっぴりのお焦げが癖になる。キノコと豆類を煮込んだだけの野菜スープは、どこか懐かしい味がする。コップ1杯の冷えた井戸水は、甘みも酸味も苦味もない素朴な味……。そう、これがこの宿自慢のシンプル朝食メニュー。
沈黙に支配された食卓というものは、シンプルメニューであっても深々と味わうことができる。父さんと母さんが口をそろえて“食事中はおしゃべりしないでね”と言っていたのは、こういうことだったのか。今さらながら納得して、何度も頷く。
食事の後、ルーミィが女性陣に拉致されていった。
昨晩はもう1部屋を追加で借りたようで、そっちの部屋で緊急女子会が開かれている。
僕は、汚れたシーツを眺めながら昨日の記憶を辿っていた。
霊峰ヴァルムホルンの麓で遭遇したドラゴン、綺麗な花が咲き乱れる草原、天へと続く塔と、その中で出会った数々の魂。その中でも、ひと際きらめくルーミィの魂。そして……朝起きたときの、ルーミィの笑顔。思い出すだけで身体中が熱くなる。
突然、ドアがノックされた。
ドアを開けると、ラールさんが立っていた。
「少しお話しませんか?」
ラールさんが緊張した面持ちで話し掛けてきた。ラールさんと2人きりというのは珍しいことではないけど、昨晩の経験が僕をとても緊張させていた。
「はい……」
ラールさんは汚れていない方のベッドに腰掛け、俯きながら語り始めた。
「その……とても言いにくいことなのですが……」
そこまで言うと、指をもじもじさせながら、さらに俯いてしまった。
僕は、ラールさんの背中を優しくさすってあげる。すると、決意を込めた眼差しで僕を見つめ、言葉を継いできた。
「昨晩のこと、よくないと思うんです。ルーミィも一日中苦しんで寝ていたし、ロト君だってふらふらになって帰ってきたばかりだったし。私は、別にそういうことがよくないと言っているのではなくて……その……お身体を大切にしてほしいなって」
僕は真面目な表情で頷いた。
やっぱりラールさんは優しい。
お姉さん役として心から心配してくれる。緊張しながらだけど、しっかり注意してくれる。
「それに、まだ2人とも若いでしょ……私はもう15歳だし、結婚だってできるし、友達だって……そういうことしてるって言ってたし……」
ラールさん……また下を向いてしまった。
顔が真っ赤になっている。僕もだけど。
「それでね、もし……もしもだけど、ロト君が私のことも大切に思ってくれるんだったら……したい、かなって」
こんな清楚で可愛いお姉さんに、上目遣いで見つめられたら……。
僕はラールさんを優しく抱きしめ、口を合わせる。毎晩のように寝る前にしてきたキスとは違う、愛を認め合うキス。
ラールさんの身体は、一瞬だけ力が入った後は、全てを受け入れるかのようになっていった。
ルーミィと比べるのは酷い話だけど、ラールさんは“女の子”だった。
柔らかくて、温かくて。触るだけでも幸せを感じた。そして、昨日卒業したばかりだったけど、男として精一杯に頑張った、と思う。
ラールさんの目からは、いつの間にか大粒の涙が流れ落ちていた。
「ごめんね、嬉しくて。本当に嬉しくて、嬉しくて……こんなに涙が出ちゃったよ。ロト君は、私を幸せにしてくれるんだなって。ううん、私はあなたの2番でも3番でも構いません。ずっとお側にいさせてください……」
ラールさんは、柔らかい身体で僕を力いっぱい抱きしめてくれた。
この人を本気で幸せにしてあげたいと思った。
だから、僕も力いっぱい抱きしめ返した。
「ラールさん、大好きだよ。ずっと一緒だからね」
昨日の今日で何を言ってるんだと、自戒の念はあるけど、みんなまとめて幸せにしたいと思うわけだ。だって、世界中を幸せにするのが目標なんだもん……と、自己正当化しておこう。
その後、2人で仲良くシャワーをした。
ラールさんは、今までで一番の笑顔を見せながら部屋を出て行った。一時の別れさえ惜しむように、振り返りながら切なく手を振る姿がとても可愛かった。
その後、再びドアがノックされた。
ちょっと嫌な予感がして、ドアを少しだけ開けて外を覗こうとしたら、ドアの隙間から何かが飛んできた。
青く輝く蝶だった。
蝶はベッドの端っこに止まると、光を放ちながら少女の姿になった。
もちろん、裸だ……。
「ミール、服を着なきゃ」
ミールは、近づく僕の手をぎゅっと掴み、僕を抱き寄せた。
どこにこんな力が!?
身長も140cmくらいしかないし、透明感のある神秘的な肌色の手足はとても繊細で、ガラス細工のように力を入れると割れてしまいそう。
身体も心もぐっと引き寄せられた僕を、ミールは黄金の瞳に涙を潤ませながら見つめている。
『ロト様……不遜なお願いをします。ワタシを……いえ、ワタシの愛を受け止めてください』
僕は、衝撃を受けた。
ミールは、あまり自己主張しない子だ。出会った頃は、自分勝手な妖精だと思ったけど、一緒に旅をするにつれて、実はとっても謙虚で、とってもとっても愛情に満ちた優しい子だと感じるようになった。そんな子が……自分への愛という見返りを求めず、ただ、自分の愛を受け入れてくれと懇願してきたんだ。僕の心の中に、愛おしさが溢れてきた。
「ミール、僕だってミールが大好きだし、君は誰よりも幸せになるべきだよ」
『愛しています……あなたのことを、心から愛しています』
いつの間にか服を脱がされ、小さな身体を密着させてきたミール……さっきまで残っていたラールさんの感覚が、あっという間に吹き飛ばされてしまった。何とも表現しづらい感覚……妖精独特とでもいうのか、身体が溶け合うような感じがする。
完全に思考停止に陥っていた僕は、ミールの小さな身体を思いっきり求めてしまった……。後で思い起こすと凄く恥ずかしいけど、もしかしたら媚薬でも盛られていたのかもしれない。きっとそうだ。
そして、僕はミールと一緒に、今日3度目のシャワーを浴びた。
こっそりと、汚れまくったシーツを洗って干しておく。これは……落ちそうにない……さすがに弁償かな。
ミールが部屋を出て行ってから10分後、再びドアがノックされた。
ぐったりした身体を起こし、ドアの隙間から外を覗く。
すると、目に涙を浮かべたポーラが立っている。
「いやぁ!助けてっ!お兄様、助けてっ!!」
ポーラが連れ去られていった。
主犯はルーミィっぽい……。
その事件から10分後、またまたドアがノックされた。
ドアを開きかけた途端、あちこちから手が伸びてきて……今度は僕が拉致された。引きずられるようにして、別の部屋に連れて行かれる。
★☆★
さっきの部屋と比べて結構狭い。
ベッドが1つだけ窓際に置かれ、そこに4人の少女が座った。
ベッドに座るスペースがなかったからか、自らの潜在意識がそうさせたのか、僕はベッドの下で床に正座をしている。
……
続く沈黙。
……
「ロト、話があるの」
不機嫌を前面に出しながら、ルーミィが沈黙を破る。
「はい……」
目をそらしてはダメだ。不誠実を責められる覚悟はしているつもりだ。でも、僕に後悔はない。それ自体が不誠実なのかもしれないけど……。
「……どうだった?」
頬を紅潮させてルーミィが質問する。
ルーミィがボソボソ話していたのと、僕自身も考え事をしていたせいで、前半がよく聞こえなかった。きっと、例の感想を聞いているのだろう。嘘は言わない。目を見て正直に話す、それが僕の長所だ。
「とても気持ちよくて、天国にいるような幸せを感じました」
「バカ!!」
女性陣が顔を真っ赤にして下を向いている。
ポーラがただ1人、不思議そうに僕を見ている。
もしかして変なことを言ってしまった!?
「あのね、あの部屋が……その、ベッドが汚れてしまったでしょ。弁償しなきゃいけないかなって聞いてるのよ!」
あぁ、ミールと一緒にシーツを洗ったとき、そんな話をしたなぁ。ちょっと滑ってしまったか……。
「正直に申します。赤いのが落ちません。ベッドも……」
再度、女性陣が顔を真っ赤にして下を向く……。
「弁償だっ!折角だから、この村でお仕事しましょっ!!」
ポーラの妥当な提案で、みんなが現実に戻る。
★☆★
お昼過ぎ、今から会議だ。
各自が自分の足で仕事を探してきた。と言っても、仕事自体は僕がすることになるんだけど。
「では、みなさん!レポートを提出してください。予定どおり、ポイントは2点。ある程度の資金調達ができること、この村にしっかり貢献できること。それらを総合してロトに決定してもらいます!後悔はないわね!」
後悔?
意味深だけど、ルーミィがリーダーっぽく仕切っている。
◆ルーミィ
・村の守護獣の蘇生
・8000リル(80万円相当)
・村の安全が確保される
◆ラール
・村長の息子の蘇生
・10000リル(100万円相当)
・村の政治が安定
◆ミール
・聖樹の蘇生
・3000リル(30万円相当)
・村による各種ポーション生成
◆ポーラ
・300年前の名医の蘇生
・15000リル(150万円相当)
・村の医療体制強化
「では、ロト。意見を!」
「はい……。まず、ルーミィの案だけど、守護獣を蘇生してもエサは大丈夫?生贄が必要とかないよね?それに、ここは王都からも近いし、昔みたいに魔物が襲ってくるとかはあまり考えられないような……」
「うっ、確かに。戦いのことばかり考えすぎたわ」
「次に、ラールさんの案だけど、村長の息子さんが村長を継ぐわけではないでしょ。普通に選挙をした方が良いと思うよ。それに、村に来たときにルーミィがソウル・ジャッジしていたよね……村長さんはこの村1番の要注意人物だって言っていた記憶が……」
「そんな記憶がありますね、忘れていました……」
「ミールの案はいいね、この村の産業育成になる。仕事の需要も増えるし、特産品になるし、村への貢献と言うことを考えると文句なしだね!ちょっと報酬が他より安いけど、それもまた良いのかもしれない」
『嬉しい……』
「最後に、ポーラの案だけど……。報酬は高いし、村にお医者さんがいるかどうかはとても重要!それは良いんだけど……300年前の名医を蘇生したとしても、医学の進歩を考えると、今じゃあまり名医と呼ばれないかも……でも、よく頑張ったね。偉いぞ!」
僕は、涙ぐんでしまったポーラの頭をなでなでしてあげる。
よく見ると、涙ぐんでいるのはポーラだけじゃない。ルーミィやラールさんもだ。それに対して、ミールはぴょんぴょん跳ねて喜びを表現している。空中で足が外に開く、この跳ね方がなんかとっても可愛い!!
『今晩が楽しみ!!』
えっ……どういうこと?
僕がルーミィの顔を見ると、目を逸らされてしまった。
★☆★
『ここ、ここにある樹が聖樹。今は枯れてしまっているけど、葉と花は生命力回復薬、根と幹は毒消し、実は魔力回復薬に精製できるわ。細かい精製法とレシピも合わせて、3000リルいただきます』
『ほほぉ、この村にこんな素晴らしい樹があったとは!』
『感動しました!』
『村の至宝として守っていかねば!』
『これで村も潤うぞ!』
村人たち数人が、ミールに案内されて村の郊外にある丘に来ている。
そこには、枯れて朽ち果てた黒い根があった。これ、蘇生できるのだろうか……。
『分かりました、是非にお願い致します』
ミールが嬉々として僕を見る。
枯れた植物か。蘇生できなくても泣かないでね……。
僕は深呼吸をして、心臓のあたりで燃える魔力を意識する。温かく力強いその魔力を、ぐっと練り上げて身体の中を巡らせていく。
力が漲る。僕は左手で聖樹の根を優しく握り、力を凝縮して左手から流し込む。
左手の掌から溢れ出す銀色の、奇跡の光。
光はやがて僕たちの周りを満たし、根だけでなく、周辺の大地をも包み込む奔流となる。
「光よ、聖樹に力を与えよ!レイジング・スピリット!」
光の奔流は眩しいほどに煌きを増し、丘全体を輝かせる!
そして、聖樹の根と、それに続く地面に収束していく。
変化は突然に起きた。
地面が激しく鳴動すると、枯れたはずの根から新しい芽が萌え出てきた。その若い芽は、銀色の光を放ちながら、すっと天に向かって腕を伸ばす。次々に枝を伸ばし、葉をつけ、瞬く間に高さ10mを超える立派な樹木へと生長した。見上げると、所々に蕾も見える。
村人たちは、みんな両手で顔を覆い、涙を流している。植物とはいえ、生命の奇跡を生で見たときの当然の反応だ。
その後、握手をせがまれ、揉みくちゃにされて老人集団に抱きつかれた。昨晩や今朝味わった柔らかい心地良さとは対極をなす、ゴツゴツした枯れ木の感触だ。そして、神の使者が現れたと、僕を拝む人までいる。今すぐ逃げだしたい気分になった。
ミールは、銀色に輝きを放つ幹をさすりながら、満足そうに微笑んでいる。
『水は毎日欠かさずあげてください。肥料は人々の愛情です。優しい心で触れてあげてください。逆に、怒りや憎しみ、金品を稼ごうというような醜い心は聖樹を苦しめます。再び枯らすことのないよう、心して見守ってください』
『承知致しました。必ずや役目を果たしましょう』
『村に戻ったら聖樹係を選抜しようぞ!清らかなる乙女が良かろう!』
『悪意のある者が近づかぬよう、警護もしないとな!』
『村の至宝ぞ、代々守り抜かねばならぬ!』
村人たちは、口々に誓いを述べる。
まぁ、やりすぎないようほどほどにね。
★☆★
呆れかえる宿屋の主人にしっかりと謝り、シーツや布団代を弁償した僕たちは、今夜も2部屋借りて泊まることにした。明日の早朝、王都に向けての旅を再開する。予定よりも3日遅れになってしまった。もしかしたら、クーデリアさんの方が先に到着してしまうかもしれない……。
その夜、僕は再びミールと一緒に過ごした。
あの仕事の選択……今晩の権利を懸けた女の戦いだったらしい。
そこには、僕の意思はなかったけど、幸せはたくさんあった。
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