異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-
奮闘
サイクロプスの巨体が大地を揺さぶりながら、俺の元に疾駆。その隙にティミーは近くの木陰へ。
さて、深層魔術の発動を信じて受けるか、あるいは自ら戦うか――――
天上から急降下する金棒。俺はすかさず後方へ跳ね避ける。が、衝撃で軽く飛ばされてしまった。ただ肉体は自ら戦う事を選んでいた。
すぐさま身体起こし前方を見れば、視界に飛び込むのは無残に打ち砕かれた地面。
一撃でも当たれば即死だった。
でも一撃を凌げたからと言って休んでいる暇はない。俺は魔導書に記された通り、体内に魔力を通してみる。瞬間、疾走する緑の巨人。金棒の大ぶりが左方から、飛来。
だが先ほどはよりは遅かった、いや、俺自身が速くなっただけだ。
咄嗟に身を仰け、反応。視線の先で金棒が空を切っていた。
予想外の動きに相手も対応しきれなかったか、サイクロプスは軽く体制を崩す。
「クーゲル」
俺はけん制の魔力弾を放つと、後方へと飛躍。間合いを開く。
魔力補強。全身に魔力を通り幾らか身体能力を強化する技能。魔術とが少し違い、無詠唱で使っても威力の半減などは無いから手間がかからない。上手くいくか不安だったが、なんとか成功したらしい。ベルナルドさんのつけた傷のせいか、さっきよりは奴の動きも鈍い。行けるか。
ただ、地属性土系統の強化魔術よりは当然劣るし、さらにはスタミナ強化も無いからまだまだ油断できない。むしろ短期決戦のつもりで戦わないと。
反撃の魔術を脳内で紡いでいると、首を軽く振ったサイクロプスのぎょろ眼がこちらを捕捉した。
「フェルドゾイレ!」
即座に詠唱。片足から紺の火柱が立ち昇る。
途端、震える空気。サイクロプスの苦悶の咆哮だった。下位魔術【フェルドゾイレ】は足元という死角から敵を襲う魔術。あの巨体では対応しきれなかったらしい。これであの素早い動きは完全に封じれたはず。
「フェルドシャール!」
けしかけるため、すかさず紺の玉を複数形成。下位魔術【フェルドシャール】は魔力を紡げば紡ぐほど想像の許す限り掌サイズの火の玉を形成できる。限界まで展開し、打ち込むと、緑の巨体から煙が舞った。しっかりと命中できたらしい。
――――やったか
しかし煙の中からはまた平然と立ち尽くす鬼の姿。そう簡単にはやられてくれないか。だったら少しかけてみようか。
俺はすかさず疾走。距離を詰めると、大幅飛躍。
同時、凄まじい音と共に飛礫身体を掠める。視界の端に焦点を置けば、地面には金棒が打ち付けられていた。
毎度毎度ヒヤリとさせてくれる。
力のベクトルの赴くまま、サイクロプスの頭上から後頭部へ。
太い首にしがみつくと、サイクロプスの平手がコバエを潰さんばかりに肉迫。
「フェルドスフィア」
詠唱と共に即座に回り込むと、サイクロプスの顔面へと移動。平手を避け、自らの掌中に湛えた紺色に燃えさかる火の玉を一つしかない目に向けて打ち込む。瞬間、断末魔が木々を揺るがす。
凄まじい咆哮だった。
大きく振られた頭に、たまらず俺の身体は地面へとはり飛ばされる。
直前で受け身を取り、大事には至らなかった。もし魔力補強が無ければと思うとぞっとする。
まぁともあれ、機動力も削った上に視力も潰せたならあとは煮るなり焼くなり……。
「ッ!」
一先ず倒せそうで安堵した時だった。
眼を潰されたサイクロプスが猛然と疾走。あろう事か、その先には、ティミー。捨て身の悪あがきか!
奴の殺気がこちらに向いているからと言って油断していた。視力が無くなればもうがむしゃらに所かまわず攻撃するしかないじゃないか!
「クソッ!」
考えろ、どうするこの状況を、あのままだとティミーは巨体の餌食だ。俺が行くか、いや間に合わない。魔力補強があるとはいえ、光速で走れるわけでは無い。だったら、フェルドシャールか? いや、駄目だ。ならフェルドゾイレ? 止められる威力はないだろう。ならどうするんだ、どうすればいい、遠距離からあの鬼の進撃を食い止める方法。無いのか。何か。
まとまらない考えを必死で繋ぎとめようとしていると、不意に脳の裏に何かの映像が、断片的に流れてきた。
闘技場……女の子……夜闇……忍者?
その中に一様に存在するあれはたぶん、上位魔術【ケオ・テンペスタ】。
この状況を打破するにはもう、それしかない。確かにあった。一通り魔導書を目を通した時に見た、炎属性最速の魔術。上位だから一度も練習した事が無いがやるしかない。
極限まで想像を働かせ、手をサイクロプスに向ける。
全てを穿つ、火の力動を想像しろ。
「……ケオ・テンペスタ」
唱えた刹那。
掌から出現する、紺の業火。
急速旋回し、瞬く間に到達するそれはレーザーにも似ている。
既にティミー達へ向けて金棒を振り上げていたサイクロプスの動きが止まった。
金棒が地面に落ち鈍い音が聞こえると、遅れて、巨体が後ろへとゆっくり倒れていく。
炎の矛はサイクロプスの胸にぽっかりと風穴を開けていた。
やがて、緑の肉体は金棒だけを残し、溶けるように砂となっていく。
……なんだよ俺、できるんじゃないか。それなのに。
「あいつをやりやがった!」
茫然と立ち尽くしていると、どこからか声がかかる。
それが引き金になったか、次々と声が上がり、それはやがて歓声という形で一つにまとまる。
「アキ!」
ふと、名前を呼ぶ声と共に身体に温もりが帯びた。
ティミーの抱擁だった。
遅れて、村の人たちが俺の元へと歩いてくる。
「ようやったな小僧」
「あたしは信じていたよ」
次々と浴びせられる称賛の嵐。違う。やめてくれ。俺は……。
「ヘヘッ、アキ、おめぇってやつはぁやっぱりすごい奴だなぁ」
ふと、低く図太くも、落ち着く声が聞こえる。
見れば、ベルナルドさんが人に肩を借りつつ笑みを浮かべていた。
死んだわけでは無く、気を失ってただけのようだ。それに関しては本当に良かったと思う。
でも……。
「俺に、そんな……」
「おい!」
口を開きかけると、怒号にも似た声が聞こえる。
全員の視線がそちらに向くと、声を発したであろう男の人はこちらではなく森の中を指さしていた。
「まだいるってのかい!?」
誰かが驚きの声を上げる。
魔物らしかった。
俺たちを取り囲むように次々と森の中から姿を表すのは獣。恐らく街道で遭遇したのと同じ、ハイウルフだ。ただし今回は三匹ではなく完全な群れだ。
「……俺が、やらないと」
ハイウルフを一掃するため、ティミーを俺からそっと離そうとした時だった。
凄まじい颶風が全身を覆いつくし、砂埃が立ち昇る。
一体これはなんだ? 明らかに自然のものじゃない。
「十年ぶりに帰ろうと思ったらこれは一体どういう状況なのさ……?」
砂煙の霧散と共に、女の子の声が聞こえる。
やがて完全に砂埃が消えると、中からツーサードに黒髪を結んだ、今の俺からすればお姉さんとなるであろう年くらいの女の子が佇んでいた。
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