異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-

じんむ

傾く道筋


「どうじゃ、わしらを護衛してくれぬかそこの少年。なに報酬も与える。じゃが、わしらも貴族では無い。あまり高価な物は渡せぬ。その上でどうか頼めぬか」
「えと、そのー……」

 そんないきなり自分らを守ってくれとか言われても困るんだけど……。だって俺この世界にさっき来たばっかりなんだぞ? 
 いやでも、案外いけるんじゃないのか? なんだかんだ深層魔術とかいうものも持ってるらしいし、魔術書っぽいのもある。そもそも今ここで断れば間違いなく村長からは失望され、居場所がなくなり路頭を迷う事にもなりかねない。さらにこの世界の事が何も分からない状態でそうなればいくら強い力を持っていようと生きていけるかも分からない。つまり俺は記憶喪失とほぼ相違ない状態だ。恐らく村長もそれを見越して頼んだんだろう。

 そして何より、これを機に人生をやり直すことができるんじゃないだろうか? かつて俺は失敗した。そして絶望し、引きこもり、人生を捨てようとしていた。それがまたこうして若返って、動いている。もしかして、もしかしたら、これは神様のくれた、やり直しの機会なんじゃなかろうか? どうして俺なのかは分からない、ただの気まぐれか、あるいは抽選なのかもしれない。でも俺は確かにここにいる。この大地に立ち、さらに戦うすべも与えられている。
 ならば、俺はこれから最善ルートを進み、そして悔いの無いようにこの世界で過ごす事がきっとできる。今度は失敗しないように。慎重に、選択を誤らずに。

 だったらもう答えは一つしかない。

「村長、いくら深層魔術があるとはいえ、まだこいつぁガキです。流石に……」

 ベルナルドさんがこちらを気遣うように目線向けてくれる。
 それは有り難いけど、生憎俺の心は決まった。

「分かりました。その仕事引き受けさせてください」

 集会所内が軽くさざめく。歓喜の声もあれど、こんな子供にまかせていいのかという声もある。うーん、賢主の関係者としていた方が良かったかもしれない。ただそれだとティミーの立場があれだったからやっぱり仕方ないか。

「お主ならばきっとそう言ってくれると信じておったぞ」

 村長は満足げに、しかし威厳たっぷりにそう言い放つ。
 よく言うよ、俺が断れない事くらい分かってだろうに。

「ですが村長、本当に大丈夫なんですかい? 深層魔術を使えると言ってもまだその子供は……」

 村人の誰かが村長に尋ねる。まぁ確かに十歳の子供に命を預けるのには不安も出るよな。

「ならば実際に見てみるがよい、その深層魔術の力を」

 そう言って村長が立ち上がると、俺の肩にしわがれた手を置き「来るのじゃ」と言って集会所の外に出るので言う通りにすると、後から村人たちも付いてくる。
 村長が足を止めたのは森に入ったところだった。

「そ、村長、あんまり奥に行くと危険ですよ……」
「分かっておる。これだけ人がいればここでも魔物は寄ってくるからここで十分じゃ」

 見れば、村の人たち全員が付いて来ているらしかった。たぶん村の奴らに深層魔術を見せてやれという事なんだとは思うけど……。

「あの、村長さん……深層魔術を見せればいいとは思うのですが、使い方がイマイチ把握できてなくてですね……」

 村の人に聞かれたら不安を煽ると思うので小さな声で訊ねてみると、村長はちゃんと答えてくれる。

「深層魔術と言うのは術者の傍に死がもっとも近づきその身が危険に晒されたときに自然と発動するものじゃ。お主の意思でどうこうできるものではない」
「あ、そうなんですね……」

 なるほどそういう事だったのか。確かに今まで深層魔術が発動した時っていうのは完全に死を覚悟した時だった気がする。つまり深層魔術っていうのは最後の切り札みたいなものか。

「来るぞ」

 村長が言うと、目の前から大熊が現れた。目は赤く、低く呻るその姿は殺意がにじみ出ている。

「こ、これ、まずいんじゃ……」

 村の誰かが言うと、大熊がこちらへと疾駆。
 すかさずベルナルドさんが前に出ようとするのを村長は止めると、同時に俺の背中を押し出した。
 すぐ目前には獲物を得たと目を光らせる、魔獣。獣の臭いが全身を包み込んだ。

――――やばい、死ぬ。

召喚イステドア

 無意識の詠唱。
 脳内が紺色の焔に満たされるのと同時、勢いよく俺の胸の辺りから虎が、飛翔。
 目と鼻の先だった大熊は向こう側の木に打ち付けられていた。主幹が折れている事から相当な威力で吹き飛ばされたのが分かる。
 頭を強打したのか、大熊はよろけながらも立ち上がる。しかし、こちらを捕捉した時には既に紺色に燃えさかる火で囲まれ、身動きが取れない。
 虎の放った炎らしかった。やがて大熊はその火に呑まれると、一瞬にして灰と化す。
 その手前では虎が悠然と佇んでいたが、やがて虚空へと消え去った。

「赤、青、紺。火はこの三つに種類分けされるが、紺色はその中でもずば抜けて強い。それを扱うあの獣は強く、そしてそれを使役するこの少年のまた然り。これでお主らも分かったじゃろう。こやつの強さが」

 それに対し村人は何も答えない。しかしそれは決してその言葉を否定しているわけでは無く、ただ目の前の光景に呆然としているだけだという事は見れば分かった。

「さて、出立は明日の朝九つ時じゃ。戻れぬじゃろうから準備を怠らぬようにな」

 それだけ言って村長は踵を返すと、村の人たちもその後に続く。

「アキも行こ」
「お、おう」

 ティミーが言ってくれなければずっと立ち尽くしていたかもしれない。
 有り難くその言葉に従う事にする。
 にしても死にそうになるのがこう何回も来るのは慣れないな……。まぁ俺も人間だから慣れるだろうけど、今度は慣れ過ぎて死に対する恐怖も薄れそうだ。まぁ、恐怖なんて戦いには邪魔でしかないだろうから丁度いいんだけど。
 安堵から何からかは知らないが、軽くため息が漏れると、俺はティミーと共にディーベス村へ戻った。

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