異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-
村長の提案
「ねぇアキ、どうしたの?」
「ハハ、まぁ、なんだ。俺も頑張ったんだよ……」
賢主様の関係者でないと事を証明するためとは言え、あまりの醜態を晒してしまったので壁の隅っこで体育座りしている中、一番何も理解してないティミーは無邪気に声をかけてきてくれる。
集会所内の様子は少しざわついてることくらいしか分からないが、全員から非難の眼差しと言葉浴びていそうで振り返ることが出来ない。たぶん普通に談笑してるだけとは思うけど……。
ただ、ヘレナさんやベルナルドさんはちゃんと俺の意図を汲んでくれたみたいで、こうなる前に慰めてはくれた。
「しかしこうも何度も魔物の襲来が来ては夜も眠れん」
「確かにそうだ」
たまたま、誰かの会話が後ろから聞こえ、自分に対する非難の言葉じゃない事を確認し安心していると、突如、騒がしい足音が近づいてくるのが耳に届き、再び辺りは静寂に満たされる。
「俺らの村がやられた!」
叫び声と共に、砂利が振られたような音が聞こえる。どうやら誰かがすだれを開けてこの中に入って来たらしい。
見ると、そこには足に傷を負い血を流した農民風の若い男が入口で倒れ伏していた。
「あんた、隣村のザックじゃあねぇか!」
「ベルナルドさん……!」
「あんたのところの村は自警団もそれなりに揃ってたはずだ、なんたってそんな……」
「オーガだ……オーガがうちらのところまで降りてきやがったんだ」
「オーガ? おいおい、あいつらは山奥に住んでめったに人里に降りてこねぇんじゃねぇのか?」
「ああ、でも現に俺の村はあいつらに壊滅させられた……おふくろも……」
そこまで言うと、ザックと呼ばれるその男は涙を流す。
「とにかく足の傷です。ティミー、お願いできる?」
「わ、分かった……」
ヘレナさんの言葉にティミーはザックさんの傍まで行くと、その傷に手をかざした。
すると、緑の光がその小さな手から発せられ、傷口がみるみると塞がっていく。治癒魔術もこの世界には存在するらしい。というかティミーがそれを使えるのにも驚きだ。ただわざわざティミーに頼むって事はこの世界では誰でも使えるわけじゃなさそうだな……。
「面目ねぇ」
ザックさんがお礼をすると、ティミーはペコリと一礼する。
「由々しき事態じゃな」
ふと、村人の中でも一番えらそうなご老人が口を開く。恐らく村長なのだろう。よく見れば身なりも他より少しよさそうだ。色々とありすぎてあまりここの様子にまで意識が行ってなかったから気付かなかった。
「そ、村長、オーガがここまで来たら……」
村人の誰かが声をかすれさせる。
「流石のベルナルドでも厳しいかもしれんな。何せ奴らは力もあれば人並みの知恵もある」
「確かにその通りで……。もうだいぶ前の話ですがね、騎士団が鉱脈調査に山奥に行った事がありましてな……その時運悪くオーガの一団に遭遇しちまいまぁひでぇ有り様でした。死者も当然……」
村長の言葉にベルナルドさんが返すと、集会所内がざわつきだす。そのほとんどが不安の声のようだ。
「騎士団って凄いんですか? なんかさっきベルナルドさんも騎士団だとか言ってましたけど……」
ヘレナさんに聞いてみると、ほほ笑みながら応答してくれた。
「ええ。王様のために働いてるとっても強い人達よ」
「えっと……要するに王国直属の軍事組織、っていう感じですかね?」
「え、ええ」
「なるほど。にしても国家規模の組織となるとかなりの精鋭が揃ってるんじゃないのか……? そこに所属してたなんて案外凄い人なんだなベルナルドさんって」
日本で言えば自衛隊、あるいは騎士団のイメージ的にもっと精鋭なのかもしれない。外国で言うSPI的な。
素直に感心していると、ヘレナさんが呆気にとられた表情をこちらに向けてる事に気付く。
「えと、ヘレナさん、どうかしました?」
聞くと、ヘレナさんは軽く戸惑った様子をみせながらも微笑みかけてくれる。
「あ、ごめんね。あんまりにアキ君がしっかりしてたから……」
「あ」
そういえば俺は十歳の子供だったの忘れてた……。確かに十歳の子供が軍事規模だとか国家規模云々とか言い出すのは不自然だったな。でもとっても強い人ってのは抽象的すぎたしなぁ……。
「もしかしてアキ君はとても育ちのいい所の子供だったのかもしれないわね」
「えぇ、まぁ……そうだったのかもしれませんね……ハハ」
とりあえずヘレナさんの方で納得してくれたらしい。俺としては変な嫌疑はかけられたくないから助かった。もしこれからこういう状況になった時はどっかの貴族の人間だったかもとでも言っておこう。
「まぁ聞くのじゃ」
ざわめく集会所内で村長の声が響くと、辺りはだんだんと静まる。
「実は前々から考えていた事があるのじゃ。今日の出来事を以ってそれを皆に打ち明けようと考えた」
その言葉に一同は黙って耳を傾ける。
「知っての通り、ひと昔前までならば聖粉をまかれた場所、つまり人の住む場所に魔物が入ってくることは無かった。じゃが、最近になってその前提が崩れつつある。一度聖粉を新たに振ってみた事もあったが、効き目は無かった。量を大量にすればその効き目はあるようじゃが、とてもじゃないが村全体にそれだけの量を撒ける財力は無い。聖粉もただじゃないからのう。この集会所内を守るだけで精いっぱいじゃ」
なるほど、聖粉はやっぱり魔物除けだったんだな。にしても金はかかるって世知辛い世の中だな。
「ちなみにうちらの村は聖粉の量を増やして堀まで巡らせたけど、意味が無かった」
ザックさんが言うと、村人の表情に不安の色が垣間見えるが、村長は迷わず続ける。
「ところでベルナルド」
「はい! なんでしょう!」
「サンフィエンティルの事は知っておるのう?」
「サンフィエンティルですか。ええ知ってますとも。魔術研究が盛んな都市で御三家の一柱、クレイベアート家の治める都市でしたなぁ」
「うむ。場所はここからもそう遠くない都市じゃ」
「ですなぁ。いやでもしかし……何故ここでサンフィエンティルが?」
ベルナルドさんが尋ねると、村長は少し考えるように目を閉じ、やがて口を開く。
「これはわしと同じく村を治めていた旧知の者から聞いたのじゃが、サンフィエンティルはわしらのように魔物の脅威に晒され故郷を破壊され、落ち延びた者達を保護しているという」
「まさか……」
村人の誰かが呟くと、村長はゆっくりとその目を開く。
「そうじゃ。考えていた事、それがサンフィエンティルにわしらが出向き、保護を所望せぬかという事である」
村長が力強く告げると、辺りがどよめく。
「村を捨てるなんてできない!」
「この地で骨をうずめてぇ!」
しかしその声のほとんどは反対の声らしい。
「静まれ!」
村長が一喝すると、辺りは水を打ったように静かになる。
「わしとてこの村を捨てたくはない。じゃが、死んでしまっては元も子も無い」
「いや、ここを離れるなら死んだ方がマシだ!」
村の一人が言うと、何人かがそうだ言って口をそろえる。しかし村長に動じた様子は無い。
「本当にそうなのかお主ら? ならば何故この村と心中しようとせずベルナルドに助けてもらう。何故魔物を恐れる必要がある? それは生が惜しいからでは無いのか」
強めに言い放たれる村長の言葉に、誰も返すことが出来ない。
「死にたくない、しかし村は離れたくない、この状況下においてそれは甘えじゃ。融通が利かずなんでも欲しがる幼子と同等のな。わしも魔術の心得はあるから多少奴らの魔力を感じることくらいならできる。やつらは日増しに強くなっているという事が。恐らくこの集会所もそのうち看破されるじゃろう。さらに隣村にはオーガまで出現した」
一呼吸置くと、村長は改めて村人に目を向ける。
「今一度問おう、お主らは村をとるか、自らの命をとるか」
束の間の沈黙が訪れる。
しばらく何とも言えない空気がこの場を支配するが、やがて誰かがそれを打ち破る。
「死にたくは、無いよな。魔物に食らいつくされて、無残に死ぬなんて、ごめんだ」
その言葉にため息にも似た音が辺りに響く。
徐々にそれは大きくなると、その言葉に頷く人間も増えていく中、誰かがまた村長に対して口を開く。
「でも村長、サンフィエンティルは近いと言っても七十里ほどの距離がある。最近は街道にも頻繁に魔物が現れる。その間に魔物にやられちゃ意味が無い」
もっともだと何人がうなずくと、村長の目がこちらに向けられる。
「なに、あの者がいれば心配はない」
何度目だろうか、村人全員の目が俺に向けられる。
「えと……はい?」
もう聞き返すしかできなかった。
「ハハ、まぁ、なんだ。俺も頑張ったんだよ……」
賢主様の関係者でないと事を証明するためとは言え、あまりの醜態を晒してしまったので壁の隅っこで体育座りしている中、一番何も理解してないティミーは無邪気に声をかけてきてくれる。
集会所内の様子は少しざわついてることくらいしか分からないが、全員から非難の眼差しと言葉浴びていそうで振り返ることが出来ない。たぶん普通に談笑してるだけとは思うけど……。
ただ、ヘレナさんやベルナルドさんはちゃんと俺の意図を汲んでくれたみたいで、こうなる前に慰めてはくれた。
「しかしこうも何度も魔物の襲来が来ては夜も眠れん」
「確かにそうだ」
たまたま、誰かの会話が後ろから聞こえ、自分に対する非難の言葉じゃない事を確認し安心していると、突如、騒がしい足音が近づいてくるのが耳に届き、再び辺りは静寂に満たされる。
「俺らの村がやられた!」
叫び声と共に、砂利が振られたような音が聞こえる。どうやら誰かがすだれを開けてこの中に入って来たらしい。
見ると、そこには足に傷を負い血を流した農民風の若い男が入口で倒れ伏していた。
「あんた、隣村のザックじゃあねぇか!」
「ベルナルドさん……!」
「あんたのところの村は自警団もそれなりに揃ってたはずだ、なんたってそんな……」
「オーガだ……オーガがうちらのところまで降りてきやがったんだ」
「オーガ? おいおい、あいつらは山奥に住んでめったに人里に降りてこねぇんじゃねぇのか?」
「ああ、でも現に俺の村はあいつらに壊滅させられた……おふくろも……」
そこまで言うと、ザックと呼ばれるその男は涙を流す。
「とにかく足の傷です。ティミー、お願いできる?」
「わ、分かった……」
ヘレナさんの言葉にティミーはザックさんの傍まで行くと、その傷に手をかざした。
すると、緑の光がその小さな手から発せられ、傷口がみるみると塞がっていく。治癒魔術もこの世界には存在するらしい。というかティミーがそれを使えるのにも驚きだ。ただわざわざティミーに頼むって事はこの世界では誰でも使えるわけじゃなさそうだな……。
「面目ねぇ」
ザックさんがお礼をすると、ティミーはペコリと一礼する。
「由々しき事態じゃな」
ふと、村人の中でも一番えらそうなご老人が口を開く。恐らく村長なのだろう。よく見れば身なりも他より少しよさそうだ。色々とありすぎてあまりここの様子にまで意識が行ってなかったから気付かなかった。
「そ、村長、オーガがここまで来たら……」
村人の誰かが声をかすれさせる。
「流石のベルナルドでも厳しいかもしれんな。何せ奴らは力もあれば人並みの知恵もある」
「確かにその通りで……。もうだいぶ前の話ですがね、騎士団が鉱脈調査に山奥に行った事がありましてな……その時運悪くオーガの一団に遭遇しちまいまぁひでぇ有り様でした。死者も当然……」
村長の言葉にベルナルドさんが返すと、集会所内がざわつきだす。そのほとんどが不安の声のようだ。
「騎士団って凄いんですか? なんかさっきベルナルドさんも騎士団だとか言ってましたけど……」
ヘレナさんに聞いてみると、ほほ笑みながら応答してくれた。
「ええ。王様のために働いてるとっても強い人達よ」
「えっと……要するに王国直属の軍事組織、っていう感じですかね?」
「え、ええ」
「なるほど。にしても国家規模の組織となるとかなりの精鋭が揃ってるんじゃないのか……? そこに所属してたなんて案外凄い人なんだなベルナルドさんって」
日本で言えば自衛隊、あるいは騎士団のイメージ的にもっと精鋭なのかもしれない。外国で言うSPI的な。
素直に感心していると、ヘレナさんが呆気にとられた表情をこちらに向けてる事に気付く。
「えと、ヘレナさん、どうかしました?」
聞くと、ヘレナさんは軽く戸惑った様子をみせながらも微笑みかけてくれる。
「あ、ごめんね。あんまりにアキ君がしっかりしてたから……」
「あ」
そういえば俺は十歳の子供だったの忘れてた……。確かに十歳の子供が軍事規模だとか国家規模云々とか言い出すのは不自然だったな。でもとっても強い人ってのは抽象的すぎたしなぁ……。
「もしかしてアキ君はとても育ちのいい所の子供だったのかもしれないわね」
「えぇ、まぁ……そうだったのかもしれませんね……ハハ」
とりあえずヘレナさんの方で納得してくれたらしい。俺としては変な嫌疑はかけられたくないから助かった。もしこれからこういう状況になった時はどっかの貴族の人間だったかもとでも言っておこう。
「まぁ聞くのじゃ」
ざわめく集会所内で村長の声が響くと、辺りはだんだんと静まる。
「実は前々から考えていた事があるのじゃ。今日の出来事を以ってそれを皆に打ち明けようと考えた」
その言葉に一同は黙って耳を傾ける。
「知っての通り、ひと昔前までならば聖粉をまかれた場所、つまり人の住む場所に魔物が入ってくることは無かった。じゃが、最近になってその前提が崩れつつある。一度聖粉を新たに振ってみた事もあったが、効き目は無かった。量を大量にすればその効き目はあるようじゃが、とてもじゃないが村全体にそれだけの量を撒ける財力は無い。聖粉もただじゃないからのう。この集会所内を守るだけで精いっぱいじゃ」
なるほど、聖粉はやっぱり魔物除けだったんだな。にしても金はかかるって世知辛い世の中だな。
「ちなみにうちらの村は聖粉の量を増やして堀まで巡らせたけど、意味が無かった」
ザックさんが言うと、村人の表情に不安の色が垣間見えるが、村長は迷わず続ける。
「ところでベルナルド」
「はい! なんでしょう!」
「サンフィエンティルの事は知っておるのう?」
「サンフィエンティルですか。ええ知ってますとも。魔術研究が盛んな都市で御三家の一柱、クレイベアート家の治める都市でしたなぁ」
「うむ。場所はここからもそう遠くない都市じゃ」
「ですなぁ。いやでもしかし……何故ここでサンフィエンティルが?」
ベルナルドさんが尋ねると、村長は少し考えるように目を閉じ、やがて口を開く。
「これはわしと同じく村を治めていた旧知の者から聞いたのじゃが、サンフィエンティルはわしらのように魔物の脅威に晒され故郷を破壊され、落ち延びた者達を保護しているという」
「まさか……」
村人の誰かが呟くと、村長はゆっくりとその目を開く。
「そうじゃ。考えていた事、それがサンフィエンティルにわしらが出向き、保護を所望せぬかという事である」
村長が力強く告げると、辺りがどよめく。
「村を捨てるなんてできない!」
「この地で骨をうずめてぇ!」
しかしその声のほとんどは反対の声らしい。
「静まれ!」
村長が一喝すると、辺りは水を打ったように静かになる。
「わしとてこの村を捨てたくはない。じゃが、死んでしまっては元も子も無い」
「いや、ここを離れるなら死んだ方がマシだ!」
村の一人が言うと、何人かがそうだ言って口をそろえる。しかし村長に動じた様子は無い。
「本当にそうなのかお主ら? ならば何故この村と心中しようとせずベルナルドに助けてもらう。何故魔物を恐れる必要がある? それは生が惜しいからでは無いのか」
強めに言い放たれる村長の言葉に、誰も返すことが出来ない。
「死にたくない、しかし村は離れたくない、この状況下においてそれは甘えじゃ。融通が利かずなんでも欲しがる幼子と同等のな。わしも魔術の心得はあるから多少奴らの魔力を感じることくらいならできる。やつらは日増しに強くなっているという事が。恐らくこの集会所もそのうち看破されるじゃろう。さらに隣村にはオーガまで出現した」
一呼吸置くと、村長は改めて村人に目を向ける。
「今一度問おう、お主らは村をとるか、自らの命をとるか」
束の間の沈黙が訪れる。
しばらく何とも言えない空気がこの場を支配するが、やがて誰かがそれを打ち破る。
「死にたくは、無いよな。魔物に食らいつくされて、無残に死ぬなんて、ごめんだ」
その言葉にため息にも似た音が辺りに響く。
徐々にそれは大きくなると、その言葉に頷く人間も増えていく中、誰かがまた村長に対して口を開く。
「でも村長、サンフィエンティルは近いと言っても七十里ほどの距離がある。最近は街道にも頻繁に魔物が現れる。その間に魔物にやられちゃ意味が無い」
もっともだと何人がうなずくと、村長の目がこちらに向けられる。
「なに、あの者がいれば心配はない」
何度目だろうか、村人全員の目が俺に向けられる。
「えと……はい?」
もう聞き返すしかできなかった。
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