異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-
危機一髪
後を追うと、石壁に茅葺の屋根を持つ家々が点在する場所に出た。人の気配は無い。
しかし少し先の馬小屋の前辺りで、しりもちをつくティミーが赤い目を持つ犬のような生き物に迫られていた。
どう考えても戯れている様子じゃない。恐らくあいつらは魔物で、ティミーを捕食か何かしようとしているに違いない。
「くっそッ」
どうする、一か八かイステドアでも言ってみるか。いやでもさっきのあれで出ないんなら今の状況でも虎が来てくれるとは思えない。そもそもあれは意図的に出せるものじゃない気もする。でも発動条件が分からないんじゃどうしようもない。
焦燥感で背中を濡らしていると、ふと、手に分厚い本を持っているのを思い出す。
たぶんこれは魔導書、魔術の使い方が載ってるはずだ。
とにかく最初のページを開くと、クーゲルという単語が目に飛び込んだ。色々説明がされていたが、こうしてる間にもじりじりと魔犬とティミーとの距離は詰まっているので、図の通りの動きだけしておき、魔術名を叫ぶ。
「クーゲル!」
魔犬に手を突き出しながらの詠唱すると、同時に灰色に光る球が掌から放たれた。
しかし、その球は魔犬には当たらない。
それでも、こちらに注意を逸らすことはできた。赤い瞳が俺の事を捕捉する。
刹那、魔犬が呻りながらこちらに向かって、猛進。早々と間合いが詰められていく。
「ああくそ、クーゲル! クーゲル! クーゲル!」
とにかく球を乱射しまくると、幸いにも、そのうち一つが魔犬の顔にぶち当たる。
ほぼゼロ距離だった。
魔犬が軽く悲鳴を上げると、地面に倒れ伏し、そのまま灰となり消え去る。
「はぁッ……、はぁッ……」
思わず息が切れるがなんとかそれを呑みこみ、ティミーの元へと走る。
「大丈夫か!」
「こ、怖かったよぉ……」
涙ぐむティミーはなんと俺に抱き着いできた。これは十分すぎる報酬であります。
「グルル……」
しかし安心したのも束の間、低く殺意の籠った呻り声が耳に届く。
見てみると、今度は三匹も魔犬が視界に先で赤い瞳をこちらに向けていた。ティミーもそれに気づいたらしく、俺から身体を離し、呆然とその光景を眺めている。
おいおいマジかよ……まだ魔術もままならないってのにどうする? 一匹ならともかく三匹って、やばくないかこれ?
「うらあああぁぁぁぁぁあああああ!」
ふと、誰かの雄たけび聞こえた。
魔犬たちが目を一斉に別の方向を向くので、俺もつられてそちらを見ると、次々と魔犬が誰かの手によって斬り伏せられ、灰と化していく。
「大丈夫かいティミーちゃん!」
「ベルナルドさん!」
ティミーを名を呼んだ剣を振るうこのおっさんはこの村の人間なのだろうか?
「良かった、ケガはねぇみてぇだな。いやしかしそこの坊主は見ねぇ顔だな」
「えと……」
「あ、いや、そんな事より今は避難だ。そこの坊主も一緒に来い。集会場は聖粉をより多く振ってあるから魔物にも看破されてねぇ。護衛するから付いて来てくれ」
その人はふさふさ無精ひげの顎をしゃくり、俺達についてほらと促す。聖粉が何たるかは分からないけど、たぶん魔物除けとかそう言った類の物なんだろう。
「分かりました。行こ、アキ。この人はベルナルドさんって言って、とっても強いんだよ」
「そうなのか」
まぁとにかく助かったって事だな。集会所に避難してるっていうならそこに村人も多くいるらしいし。
ベルナルドさんとやらの後に付いて行くと、間もなくして他の家より二回りほどでかそうな石造りの建物が目に入った。たぶんあれが集会所なのだろう。
しかし、その姿の全容は拝むことはできなかった。
何故なら、その正面に厳かな蹄を踏み鳴らし、鋭い二本の太い角を生やした巨大化した猪の進化版とも言えない事も無い生物、魔物がそこにいたからだ。
「チッ、まさかアグリオルまで現れるったぁなぁ……」
ベルナルドさんが悪態をつくと、アグリオルと呼ばれる魔物はこちらを捕捉。
その角から青白い閃光が何かを引きちぎるような音を立てて周囲に散りだす。
「まずい」
ベルナルドさんが呟くと、自らと共に俺とティミーを盛大にこかす。
雷撃だった。俺達がいた場所を含む魔物との延線上は黒い轍が迸っている。ベルナルドさんがいなければ恐らく俺達は丸焦げになっていただろう。
「くっそぉ、これだからよぉ……。二人とも、此処を動くんじゃあねぇぜ?」
それだけ言い残すと、ベルナルドさんはアグリオルとの距離を詰める。
瞬間、またしても雷撃が放たれた。
しかしベルナルドさんは超反応での、跳躍。回避すると、地面に到達したころには既に疾走が始まっていた。
一気に間合いを詰めると、ベルナルドさんの剣がアグリオルの脇腹を捉えた。
――――かと思われたが、アグリオルが素早い方向転換。
太い角と刃が火花を散らすと、弾き飛ばされたのは剣の方だった。
大きく崩れる体勢。隙有りとアグリオルは角を突き上げると、ベルナルドさんが宙を舞い、地面に激突した。しかし致命傷には至らなかったのだろう。首を振りながらも上半身を起こすが、その先ではアグリオルが蹄を地面にこすりつけ、殺意の視線を向けていた。
くっそ、ベルナルドさんがやられたらやばいだろうが!
「クーゲル!」
ティミーから離れ、球を放つ。
コツを掴んだか、その一発はアグリオルに命中すると、殺意の方向が俺へと向けられる。
なら上々。数秒の時間稼ぎができればきっとベルナルドさんも体制を立て直せる。
きっとこの村も、助かる。
閃く青白い光。
やっぱりいざ死にそうになると逃げたくなるな……。でもまぁ、どうせクズの命だ。きっと神様か誰かが今のために俺の事を呼んでくれたのだろう。ありがとう、これならまだ俺の命にも少し価値が見いだせる。
「アキ!」
ティミーの叫び声と共に青白い閃光が仄めく。
同時に、脳内には燃えさかる炎のビジョン。
「召喚」
気付けばそう言葉を紡いでいた。
刹那、目の前に紺色の焔の絶壁が吹き上がる。そのおかげか、雷撃は到達してこない。
やがて、その炎が消え失せると、その先には先ほどの黒と灰の虎がアグリオルと対峙していた。
アグリオルの目が一層紅く光ると、憤怒の咆哮が空間に響き渡る。
蹄を打ち鳴らすと凄まじい勢いで虎へと、猛進。
しかし虎は動じない。
襲い来る太い角が身体に触れるか触れないかの距離。
突如、アグリオルの前進が紺色の焔で包み込まれた。凄まじい業火の中から聞こえるのは、断末魔。
やがて焔が消え去ると、既にアグリオルは灰となっていた。
虎の方に目を向けると、その青い瞳と視線が合った。
「ふん、情けない男よ。まぁ、我も他者の事は言えぬだが……」
「え?」
この場にいる誰の声でも無い声が聞こえた。いや、どちらかというと脳内に再生されたと言ったところか。
「お前なのか?」
そう問う時には、その虎はまた虚空へと消え去ってしまった。
「アキ凄いよ……!」
ふと傍らに目をやると、ティミーがこちらに寄り、心なしか目を輝かせていた。
「えと、ありがとう」
ほぼ確実に俺が出したのは明白なので、ここは素直に言葉を受け取っておく。ただ、俺自身は球発射するしかしてないので、なんとなく違う気がしないでもない。
「おいおい坊主、それ、深層魔術じゃあねぇのか? い、一体あんた、何者なんだ?」
こちらに慌てて駆け寄ってくると、ベルナルドさんが戸惑いを隠せない様子で尋ねてきた。
「深層魔術……?」
魔術ならなんとなく分かるけど深層魔術って一体なんだ?
しかし少し先の馬小屋の前辺りで、しりもちをつくティミーが赤い目を持つ犬のような生き物に迫られていた。
どう考えても戯れている様子じゃない。恐らくあいつらは魔物で、ティミーを捕食か何かしようとしているに違いない。
「くっそッ」
どうする、一か八かイステドアでも言ってみるか。いやでもさっきのあれで出ないんなら今の状況でも虎が来てくれるとは思えない。そもそもあれは意図的に出せるものじゃない気もする。でも発動条件が分からないんじゃどうしようもない。
焦燥感で背中を濡らしていると、ふと、手に分厚い本を持っているのを思い出す。
たぶんこれは魔導書、魔術の使い方が載ってるはずだ。
とにかく最初のページを開くと、クーゲルという単語が目に飛び込んだ。色々説明がされていたが、こうしてる間にもじりじりと魔犬とティミーとの距離は詰まっているので、図の通りの動きだけしておき、魔術名を叫ぶ。
「クーゲル!」
魔犬に手を突き出しながらの詠唱すると、同時に灰色に光る球が掌から放たれた。
しかし、その球は魔犬には当たらない。
それでも、こちらに注意を逸らすことはできた。赤い瞳が俺の事を捕捉する。
刹那、魔犬が呻りながらこちらに向かって、猛進。早々と間合いが詰められていく。
「ああくそ、クーゲル! クーゲル! クーゲル!」
とにかく球を乱射しまくると、幸いにも、そのうち一つが魔犬の顔にぶち当たる。
ほぼゼロ距離だった。
魔犬が軽く悲鳴を上げると、地面に倒れ伏し、そのまま灰となり消え去る。
「はぁッ……、はぁッ……」
思わず息が切れるがなんとかそれを呑みこみ、ティミーの元へと走る。
「大丈夫か!」
「こ、怖かったよぉ……」
涙ぐむティミーはなんと俺に抱き着いできた。これは十分すぎる報酬であります。
「グルル……」
しかし安心したのも束の間、低く殺意の籠った呻り声が耳に届く。
見てみると、今度は三匹も魔犬が視界に先で赤い瞳をこちらに向けていた。ティミーもそれに気づいたらしく、俺から身体を離し、呆然とその光景を眺めている。
おいおいマジかよ……まだ魔術もままならないってのにどうする? 一匹ならともかく三匹って、やばくないかこれ?
「うらあああぁぁぁぁぁあああああ!」
ふと、誰かの雄たけび聞こえた。
魔犬たちが目を一斉に別の方向を向くので、俺もつられてそちらを見ると、次々と魔犬が誰かの手によって斬り伏せられ、灰と化していく。
「大丈夫かいティミーちゃん!」
「ベルナルドさん!」
ティミーを名を呼んだ剣を振るうこのおっさんはこの村の人間なのだろうか?
「良かった、ケガはねぇみてぇだな。いやしかしそこの坊主は見ねぇ顔だな」
「えと……」
「あ、いや、そんな事より今は避難だ。そこの坊主も一緒に来い。集会場は聖粉をより多く振ってあるから魔物にも看破されてねぇ。護衛するから付いて来てくれ」
その人はふさふさ無精ひげの顎をしゃくり、俺達についてほらと促す。聖粉が何たるかは分からないけど、たぶん魔物除けとかそう言った類の物なんだろう。
「分かりました。行こ、アキ。この人はベルナルドさんって言って、とっても強いんだよ」
「そうなのか」
まぁとにかく助かったって事だな。集会所に避難してるっていうならそこに村人も多くいるらしいし。
ベルナルドさんとやらの後に付いて行くと、間もなくして他の家より二回りほどでかそうな石造りの建物が目に入った。たぶんあれが集会所なのだろう。
しかし、その姿の全容は拝むことはできなかった。
何故なら、その正面に厳かな蹄を踏み鳴らし、鋭い二本の太い角を生やした巨大化した猪の進化版とも言えない事も無い生物、魔物がそこにいたからだ。
「チッ、まさかアグリオルまで現れるったぁなぁ……」
ベルナルドさんが悪態をつくと、アグリオルと呼ばれる魔物はこちらを捕捉。
その角から青白い閃光が何かを引きちぎるような音を立てて周囲に散りだす。
「まずい」
ベルナルドさんが呟くと、自らと共に俺とティミーを盛大にこかす。
雷撃だった。俺達がいた場所を含む魔物との延線上は黒い轍が迸っている。ベルナルドさんがいなければ恐らく俺達は丸焦げになっていただろう。
「くっそぉ、これだからよぉ……。二人とも、此処を動くんじゃあねぇぜ?」
それだけ言い残すと、ベルナルドさんはアグリオルとの距離を詰める。
瞬間、またしても雷撃が放たれた。
しかしベルナルドさんは超反応での、跳躍。回避すると、地面に到達したころには既に疾走が始まっていた。
一気に間合いを詰めると、ベルナルドさんの剣がアグリオルの脇腹を捉えた。
――――かと思われたが、アグリオルが素早い方向転換。
太い角と刃が火花を散らすと、弾き飛ばされたのは剣の方だった。
大きく崩れる体勢。隙有りとアグリオルは角を突き上げると、ベルナルドさんが宙を舞い、地面に激突した。しかし致命傷には至らなかったのだろう。首を振りながらも上半身を起こすが、その先ではアグリオルが蹄を地面にこすりつけ、殺意の視線を向けていた。
くっそ、ベルナルドさんがやられたらやばいだろうが!
「クーゲル!」
ティミーから離れ、球を放つ。
コツを掴んだか、その一発はアグリオルに命中すると、殺意の方向が俺へと向けられる。
なら上々。数秒の時間稼ぎができればきっとベルナルドさんも体制を立て直せる。
きっとこの村も、助かる。
閃く青白い光。
やっぱりいざ死にそうになると逃げたくなるな……。でもまぁ、どうせクズの命だ。きっと神様か誰かが今のために俺の事を呼んでくれたのだろう。ありがとう、これならまだ俺の命にも少し価値が見いだせる。
「アキ!」
ティミーの叫び声と共に青白い閃光が仄めく。
同時に、脳内には燃えさかる炎のビジョン。
「召喚」
気付けばそう言葉を紡いでいた。
刹那、目の前に紺色の焔の絶壁が吹き上がる。そのおかげか、雷撃は到達してこない。
やがて、その炎が消え失せると、その先には先ほどの黒と灰の虎がアグリオルと対峙していた。
アグリオルの目が一層紅く光ると、憤怒の咆哮が空間に響き渡る。
蹄を打ち鳴らすと凄まじい勢いで虎へと、猛進。
しかし虎は動じない。
襲い来る太い角が身体に触れるか触れないかの距離。
突如、アグリオルの前進が紺色の焔で包み込まれた。凄まじい業火の中から聞こえるのは、断末魔。
やがて焔が消え去ると、既にアグリオルは灰となっていた。
虎の方に目を向けると、その青い瞳と視線が合った。
「ふん、情けない男よ。まぁ、我も他者の事は言えぬだが……」
「え?」
この場にいる誰の声でも無い声が聞こえた。いや、どちらかというと脳内に再生されたと言ったところか。
「お前なのか?」
そう問う時には、その虎はまた虚空へと消え去ってしまった。
「アキ凄いよ……!」
ふと傍らに目をやると、ティミーがこちらに寄り、心なしか目を輝かせていた。
「えと、ありがとう」
ほぼ確実に俺が出したのは明白なので、ここは素直に言葉を受け取っておく。ただ、俺自身は球発射するしかしてないので、なんとなく違う気がしないでもない。
「おいおい坊主、それ、深層魔術じゃあねぇのか? い、一体あんた、何者なんだ?」
こちらに慌てて駆け寄ってくると、ベルナルドさんが戸惑いを隠せない様子で尋ねてきた。
「深層魔術……?」
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