異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-

じんむ

異変の予感

「も、もしかして年上の方でしたか!? す、すみません!」
「ああいや、大丈夫、君と同い年だからさ」

 ティミーが慌てて謝罪し頭を下げるので、俺もすぐに取り繕う。正直本当に俺が十歳かどうかは分からないけど、まぁ一歳や二歳の誤差、いや二歳は流石に微妙かもしれないけどまぁとにかく大したことじゃないさ。

 それにしてもさっきの虎だ。イステドア、その言葉を呟いた確かに俺だった。ただし今の俺、つまり少年である俺の声でだ。何故子供の姿になっているのかはちょっと理解できないからとりあえず置いといて、あの瞬間、その言葉を呟いたすぐ後にあの虎がでてきた。たぶん召喚魔法か何かかだろうけど、だとしてもなんでそれを咄嗟に呟けたのか分からない。ただ、仮にあれが俺の持つ能力なのだとしたら。もしかしたら子供の状態でもこの異世界ライフ、かなりやりやすくなるんじゃないか? 物は試しだ。もう一回やってみよう。

「いすてどあ!」

 言うと、突如頭の上に衝撃が走った。かなり重いものがぶつかってきたらしく非常に痛い。

「いっつつ……」
「だ、大丈夫アキ?」
「あ、ああ……大丈夫……」

 何がぶつかったのか目を開けてみると、地面には小学生の辞書くらいの分厚さを持つ本が落ちていた。アンティークな雰囲気を醸し出すそれはかつ俺が持ち合わせていたであろう厨二心を少なからず刺激する。

「そ、それが木の上から……」
「誰だよそんなところにこんなもん入れ込んだのは」

 けっこう痛かったので思わず不平が口をつきながらも、その本を拾い上げてみる。
 見た目通りずしりとした重さを持つそれを適当に開くと、写実的な図とは似合わず、なんと日本語がずらずらと羅列していた。
 なんだこれ、この世界って言語だけじゃなくて文字も日本語なのか? 便利だけどちょっとショックだな……。一応確認してみるか。

「なぁティミー、これなんて書いてあるか分かるか?」

 ってあれ? 思いの他自然な感じで、悪く言えばなれなれしく声かけちゃったけど大丈夫か?

「何も書いてないよ?」

 心配とは裏腹に、別段嫌がる様子もなく答えてくれるが、その答えの方が少々問題がある。

「いや書いてるぞ?」
「書いてないよ」
「いや、書いてると思うんだけど、ほら」

 指し示しながら言ってみると、ティミーはほっぺを軽くむくれさせた。

「む……もしかしてアキ、私をだまそうとしてるの?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「だって書いてないもん」

 心なしかぶっきらぼうに言い放つティミー。どうやら少し怒らせてしまったらしい。

「ご、ごめんって、調子乗ったのは悪かったからそんな怒るなって、な?」

 別に嘘をついたわけでは無いが、本当に見えないらしいので、ここはとりあえず俺が嘘をついてたとして謝っておくとする。

「むう……分かった、これからは嘘つかないでね」

 ティミーは少し不満げに呻り、まだ軽く仏頂面だが一応許してはくれたみたいだ。可愛ければいくら理不尽な仕打ちでも案外耐えれるものだよ諸君。
 それはともかく、どうやらこれは魔導書らしい。何故か日本語表記ではあるが、中には色々な魔術の方法が載っているみたいだった。とは言え、ここでじっくり読めばまたティミーが怒るといけないのでとりあえず後に回すことにした。

「そういえばティミーはどこから来たんだ?」
「えと、ディーベス村だけど、アキはどこから来たの?」

 やばい、それについて何も考えてなかったな。異世界にある国、日本から来たんだ! とか言うわけにもいかないしな……。

「あ、記憶喪失」

 咄嗟に口をついた単語がそれだった。

「実は目が覚めたらこの森にいてさ。それ以前の記憶が無いんだ。そこにティミーが魔物に追いかけられてるのに遭遇したって感じ」

 我ながら苦しい言い訳だとは感じるが、それしか出なかった。

「そうだったんだ……大変なんだね」
「まぁ、ちょっとな」

 信じてくれて安心はしたが、同時に早速嘘をついた事に軽く罪悪感を覚える。
 でもまぁ、大まかな流れはあってるから多めに見てもらおう。

「えと、アキはこれからどうするの?」
「ん、あー……」

 そう言えば考えてなかった。仮に俺が記憶喪失でここから立っていたとして、一番自然な答えはなんだろう。というか口調もちょっと子供っぽく改めた方がいい気もするな。ああどうする、色々ありすぎて考えがまとまらない。

「それな」

 とりあえずこれ言っとけばなんとでもなる究極奥義『それな』を使う。基本どの場面にでも適応できる優秀な言葉だが、これを使う奴は大抵コミュ障なのでよくよく会話が止まってしまう事が多いはずだ。
 そして案の定、束の間の沈黙が訪れてしまった。ていうかまず用法が違うよなこれ……。

「えと、じゃ、じゃあうちに来る……?」

 どう言おうか考えてあぐねていると、沈黙を破ったのはティミーが先だった。
 頬を紅く染め、心なしか上目遣いのその所作はとても保護欲をくすぐられ、とりあえずこのまま森の奥へと連れ去りそうになるのをぐっと堪えると、誠心誠意答えさせてもらう。

「お邪魔します」

 別に女の子、しかも十歳の少女の家に入れるとかそういうやましい理由では無く、ただ情報収集のためにこの世界の人と話をしたかったのだ。ディーベス村から来たという事はそこに人が集まっているという事だからな。にしてもこの子、意外と大胆な事言ってくれるよなぁ、ニッコリ。

「じゃあ村に案内するね!」

 ぱっと顔を輝かせると、嬉しそうにティミーが俺の手を引く。もしかしてこれはけっこう気に入られてるんじゃないのか俺? フフフ……。
 決してやましい事は何も考えずに森の中を歩いていると、ティミーが話しかけてくる。

「そういえばアキが助けてくれたんだよね?」
「え?」
「なんだっけ、いすてどあ? って唱えてたから。たぶん魔術だよね?」
「あー、えと、まぁそうなるのかな?」
「すごい!」

 素直に称賛してくれるティミーに軽い背徳感が生じる。
 あーあ、確証が無いのに言っちゃったよ……。ただ、確かにあれは俺の口が言ってたから間違いないとは思うけど、発動できなかったしな二回目……。まぁ、今はあの虎は俺が出したのだと信じておこう。
 森の中を少し歩くと、どこからか水の流れが聴こえてきた。
 やがて、視界が開けると、それなりに大きな滝つぼが目に飛び込んだ。どうやら意外と早く森から出る事ができたらしい。川と共に向こう側に舗装されたと思われる道が続いている。

「この先が……」

 言いかけてティミーが止める。
 恐らく、示すその先からおばあさんが慌ただしく走って来たからだろう。

「リュネットおばあちゃんどうしたの!?」
「はぁ……ティ、ティミーちゃんこんな所に、いたのね」

 息を切らしながら口を開く老婆はリュネットさんと言うらしい。

「まも、魔物……ついに、私たちの村にも魔物が……」
「そんな……!」

 しわがれた口元が懸命に紡がれる言葉にティミーは信じられないといった風に声を漏らすと、村へ続く道の向こうへと駆けだした。

「ティ、ティミーちゃん……! もどってらっしゃいな!」

 リュネットさんが声を上げるのも空しく、ティミーは見えなくなる。
 このおばあさんを置いていくのは少しはばかられたが、一応ここに来るまで魔物とは遭遇しなかったので、ここはティミーの方を優先する事にした。

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