何故かタイツの上にスク水を着て売り子する事になった件について 試着編

冬塚おんぜ

何故かタイツの上にスク水を着て売り子する事になった件について 試着編

「わたしが? 売り子を?」

「そう。これを」

 大学から帰宅する道すがら。
 わたし古川佳ふるかわ けいは、友人の白沢奏子しらさわ かなこから、手提げ付きの紙袋を受け取った。

 折しも今は夏休みの最中だ。
 わたしは文学部の帰りだったし、奏子も写真研究部の帰りだ。
 唐突にLINEで『一緒に帰ろう』なんて言われたから、どういう用事かと思えば……。

「君には我がサークル“重ね着クラブ”の売り子として、イベントに出て貰うのだよ。フフン」

「いや、入った覚えねーんですが……」

「入れたよ。今入れた」

「ンな強引な……」

 こいつは駄目だ。
 帰ろう。

 ガシッと肩を組まれた。
 振り返れば、わたしのすぐ横に奏子がいる。
 顔の前で、片手で何かを拝むようなポーズをとっていた。
 あのさあ……下がり眉で苦笑するのやめてくれない?

「頼むよ~、他の子はみんな旅行とか里帰りで都合付かないんだよ~。幼なじみの君しか頼める相手がいなくて」

 本当にそうなのか。
 実はあれこれ理由を付けて断られただけじゃないのか。
 とは言えない。
 言えないよ……。

「しょうがないなあ、もう」

 だって、頼み事を聞けば行きつけの喫茶店で飯を奢ってくれるからね!
 ハイ、ごちそうさまでーす!


 ……思えば、それが全ての間違いだった。
 サークル名でアブナイ匂いはあったのに。



 * * *



 所変わって、わたしの自宅だ。
 田舎から出て来て一人暮らしだから、部屋も小さい安アパート。
 けれど、割と人通りの多い所に面しているから治安はそんなに悪くない。


 さて、今わたしの手に握られているのは、いわゆる学校用水着……略して“スク水”だ。
 それも水抜き穴が付いていて、そっち系の人達いわく“旧スク”と呼ばれているらしい。

「コレを着ろと申すか……」

 ……これだけならまだしも。
 わたしはこれと、黒タイツを合わせねばならないっていうね!
 嘘やろお前。
 売り子って、まさかバニーガールごっこでもするの?
 重ね着クラブ……いかがわしい。

「しかも、コレとセットで?」

「うん」

「“うん”じゃないが」

 まあ、受けてしまったものはしょうがない……。
 わたしはまず、Tシャツを脱ぐ。
 次に、ショートデニムを。
 その次はくるぶし丈の靴下を。

「ぱんつは?」

「一応これでも健全枠での参加だから、脱がなくていいです」

「ならいいけど」

 LINEでボクサーショーツかどうか聞かれていたのは、まさかこのための布石だった?
 真っ白で色気もくそもないぱんつの食い込みを、わたしは少しだけ直した。

「夏なのに、これか……」

 何が悲しくて、夏なのに黒タイツを穿かねばならんのか。
 股の付根から両足それぞれのふとももに、縫製が厚くなっている部分がある。
 これも学校指定のだからなのかな。
 ランガードといって、タイツやストッキングが破けた時の被害をふとももまでに留める仕組みだ。

 まずはベッドの縁に腰掛けて、左のつま先から通して、次は右のつま先へ。
 少しずつ上に上げていって、膝くらいまで行ったら立ち上がる。
 腰まで上げたら、真ん中の縫い目……つまりセンターシームを位置調整。
 これが曲がったりずれたりすると、塩梅が悪い。

 これで足先から腰まで、ナイロンのフィットする感触に包まれた。
 ここまでは(季節外れである事を除けば)ごく普通の着替え中に見られるワンシーンにすぎない。

「続いて、これを着るっていうのがなあ……」

「そう」

 ここからは、わたしにとって未知の領域だ。
 ゆとり世代の枠組みに入るがゆえ、旧スクなんて着たことがない。
 あまつさえ、タイツの上から着るなんて前代未聞の大事件だよ!
 処理限界を超えた情報のせいで、心臓がひとりでに加速する。

 右足と左足を通す時は、水抜き穴に足を引っ掛けないよう気をつける。
 そのまま、膝まで上げて……。

「んっ、きつ……」

 サイズが小さいせいか、今時のスク水と違ってストレッチが入っていないせいなのか。
 まさかわたしが太っているだなんて思いたくない。
 これまで健康診断では標準体型より少し痩せ型という結果を出し続けてきたし、腹筋だって適度に鍛えてきたのだから。

 両足を交差させて、左右に少しずつ上げていく。
 股周りはすっかり紺色に包まれ、そのいびつな五角形から伸びる脚は、ナイロンの黒く薄い膜に覆われている。
 初めて見る異様な姿は、まるで自分の脚でなくなってしまったかのようだ。

「よい、しょ……と」

 まずは左肩に肩紐を通す。
 が、ここで問題が発生した。
 もう片方、右肩の肩紐が通せない!

「一回、左の肩紐外そっか」

「うん」

 悔しい……。
 一度取って、再チャレンジ。
 左右を交互にちょっとずつ通して行って、肩に引っ掛ける。
 ブラは流石に外そう。
 右手を背中に回して、パチンと。
 横から手を突っ込んで引っこ抜けば完成。

「おお……」

 胸とお腹に、僅かな圧迫感がある。
 姿見に映る姿は、パーツの足りないバニーガールもどきか、或いはSFに出てくるボディスーツか。

 タイツ越しに、お尻からはみ出たショーツが見えた。
 なんだか、ショーツ、タイツ、水着という三枚の布に包まれているという事実を、否応なく実感させるみたいで。
 日常的に使うものを、普段では在り得ない組み合わせで非日常に導く。
 それはとても冒涜的で、わたしの理性を僅かに揺らしたのだった。

 悔しかったから言わなかったけど。





 ――ついでに告白するなら、試着を終えたそれらを奏子に返し、解散した後の夜。
 わたしはあの感覚が忘れられなくて、自前のもので再現した。
 水抜き穴は付いていない、高校時代に使っていたものだけど。

「ヤバい……癖になりそう」

 すっかり彼女の思うつぼだ。
 されっぱなしは悔しいから、今度あった時は同じ格好をしてもらおう。

 今回はちょっとワガママ言って、ご飯じゃなくて競泳用のハイレグカットの水着を買ってもらおうかな?
 型番お揃い、色違いのやつ。

 などと、通販サイトを一通り眺めながら物思いに耽るわたしなのでした。
 かしこ。



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