引きこもり姫の恋愛事情~恋愛?そんなことより読書させてください!~

雪桃

閑話 オネエ様とクール様

「よ~しむねちゃ~ん」

 また来た。

「今日暇~? 暇だよね~。デートしよ?」
「却下」

 男のくせに――俺と同い年のくせに女装して女口調で喋るこいつは一応根尾の跡取り息子だ。
 確か女装癖が現れたのは高校に入ってからだったか。家族全員にはカミングアウトしているが珍しく何も干渉してこない凛音や箱入り娘の凛華までもその性格が気に入らなくて俺に押し付けてきた。

「良いじゃん吉宗。行ってきなよ」
「麗子。お前ぶっ飛ばすぞ」
「返り討ちにしてくれる」

 バレーボールを持ってくるな。そうでなくても俺が姉に勝てたのなんてイカサマ使ったゲームだけだろ。

「吉宗ちゃ~ん」
「ああもう分かったよ。さっさと準備してこい。男姿のままその口調はやめろ」
「は~い。じゃあ準備してきま~しゅ」

 ああ腹立たしい。麗子は麗子で大爆笑だし。文化祭の時も凛音の男装で笑ってたがそこがツボなのか?








「お待たせ~きゃあ吉宗ちゃん今日の私服かっこいい~」
「お前は何で恋人同士みたいに接するんだ。ったく、これじゃまだ凛音の方が性格ましだぞ」
「全国のオネエに謝りなさいよ」
「オネエって認めたのか」
「違うわ!!」

 よくは分からないがこいつはオネエでは無いと言い張る。凛華はもうツッコむことをやめてるし、凛音は興味無いしで止める者がいないんだな根尾は。

「今日はどこに行くんだ?」
「んん――ラブホ?」
「張り倒されたいのか?」
「冗談だって。男同士でセックスしたくないもん」

 そこは素なんだな。まあ気持ちは分かるが。いや分かっちゃいけねえだろ。

「……どこ行くの兄さん」

 そうこうしてる内に凛音が玄関に登場。文化祭の代休だからって徹夜で読書してたな。隈が酷いことになってるぞ。

「音には私の彼氏あげないから~?」
「兄さんどこ行くの?」
「無視!?」
「別に決まってない。こいつが付き合えと言ったんだ。お前は何で書庫から出てきたんだ」
「トイレ」

 女が軽々しくトイレとか言うのは三家の性格上の問題だろうな。これじゃ嫁に行かせるのも心配になってくる。まあ神宮寺さんなら許すだろうが。

 それにしてもこの頃の凛音はよく喋る。世間一般からしたらは? と思うかもしれないがこいつは二年くらい顔を合わせても「うん」とか「ああ」とかも言わない程読書に熱中し過ぎていたからな。
 彼女から話すという事は珍しいのだ。

「吉宗ちゃん早く行こ」
「……行ってらっしゃい。お大事に」
「ああ、行ってくる」

 死んだような目が哀れんで俺を見る。凛音。やっぱりお前が跡を継げ。










 すれ違う人達が全員こっちに視線を送ってくる。老若男女問わずだ。まあそれもそうだろう。自分で言いたくは無いが六条家の美男美女カップルから生まれた四人の子どもはまあ良い遺伝子を受け継いで美形に育った。性格は悪い方だけどな。

 対する真も凛音が男装でモテたように女装をすればそこらのモデルよりも美人な女性になるのだ。お前らほんと性別間違えて生まれて来たんじゃないかと思う程。だがこれは男だ。
 茶色でウェーブがかかった綺麗な髪でも俺に腕を巻き付けても身長が低くても男なんだよ!

「お前成長期が来なくて良かったな」
「来たよ!? ちゃんと伸びたからね!」
「今いくつだ」
「……百六十五」
「チビ」
「黙れ」

 俺が百八十だから少し身長の高い女性だと思われてるだろう。
 女装してるなら良いが――いや、良くないが――男からしたらその身長はやばいだろうな。そこは自覚があるらしい。

「今日は何を買いに来たんだ」

 それを知らされずに清水寺付近まで来させられた自分もどうかと思うがな。ちなみに電車で三十分くらいだ。

「もうすぐだからね」
「何が」
「……音と華の誕生日。忘れてたの?」
「あ」

 そういやそうだ。あいつらは一年違いで同じ誕生日――十月十日に産まれた。文化祭が終わったらすぐの日だった。忘れてたわ。特に凛音の方は。

「昨年までは華はぬいぐるみとかあげてたけど流石に高校生になってまでぬいぐるみは欲しくないだろうし音はブックカバーとか欲しいんだろうけど絶対被るからね。
 それで候補はあるんだけど二人分となると結構高いんだ。だから」
「一人分を払ってくれと?」
「駄目?」

 いや。どうせ思いつかないなら協力した方がまだ良いだろう。

「で、何を買うんだ?」
「うーんと……これ」

 産寧坂さんねいざかを下った先にあった店に入ると光に反射している水晶玉を見つけた。

「とんぼ玉か?」
「そう。綺麗でしょ?」

 とんぼ玉は……まあ簡単に言ってしまえば簪の飾りに付いてる部分とかそういうものだ。

「簪はつけないだろうけどアクセサリーにも出来るみたいだし良いと思うんだ」
「ふーん。でもあいつらが何色好きとか知らないぞ」
「華は花の柄が好きだよ」
「ダジャレか?」
「違う」

 そういう時くらい凛華と呼べ。

「凛音は?」
「それが分からないんだよね。そもそも色なんて興味無いでしょあの子」

 まあな。いっそのこと灰色にしてもあいつは嫌な顔しないだろうし喜びもしないだろう。

「神宮寺さんにメールしてみよう。好きな本とかはあるだろうし」

 いつメアド交換したんだという言葉は飲み込んどいた。

「……星色夜空?」
「何だそのファンシーな名前は」
「吉宗がそんな言葉使うの!?」
「まじでぶっ飛ばすぞ」

 神宮寺さんから来たメールによるとその本の表紙がとんぼ玉にはぴったりだそう。ただ、今凛音に貸出中で持ってないらしいが。

「どうしたものかな。音には秘密にしておきたいし」
「お兄ちゃんたちほしいろよぞらほしいの?」

 下の方から声がしたから見てみると幼女が興味津々で見てきた。

「君は? 迷子?」
「ううん。私はまやって言うの。お姉ちゃん達は恋人?」
「うんそうだ……」
「真」

 頭をがっしり掴む。キョトンとしてる幼女――もといまやから引き離さないと。

「ここのお店ね。私のママとねえねがやってるの」

 ママとねえね……母親と姉か。優秀だな。繁栄もしてるし。

「ねえねね。ほしいろよぞら大好きなの。ずっと読んでてママに怒られちゃったの。べんきょうしなさいって」

 俺達は顔を見合わせる。それなら全巻持ってるかもしれないな。

「そのねえねは今いる?」
「ママに言われておつかいしてるの。すぐ帰ってくるよ」
「じゃあ少し待ってていいかな」
「うん!」

 こいつが柔らかい顔立ちで良かった。俺が話しかけてたら泣かしてただろうな。
 その間まやは真が気に入ったらしく簪を渡したり作り方を教えたり――売り物だよなあれ――バイトさんが慌てて壊れないように見守ってたり。すみません。

「ねえねは今何歳なの?」
「じゅうはっさい!」
「まやちゃんは?」
「ろくさい!」

 年の差すげえな。いやでも一回り違う姉妹だっているわけだしうちも正宗と凛華だと六歳差だし。
 ところでその姉はいつ帰ってくんだ?

「ママーねえねが帰ってこない」
「どっかで寄り道してんのかね。近くに本屋あるし」

 なんかどっかで見たことある顔だな。どこで見たんだ?

「おむかえ行くの!」
「一人じゃ危ないでしょ。ママも手が放せないの」
「行くぅぅ――!!」

 駄々をこねはじめたまや。まあ幼女なんてこんなものだな。

「あの。僕達も行きます。お姉さんに用があると言ったのは僕達なので」
「え? でもご迷惑じゃ……僕?」
「さあ行こうかまやちゃん!」

 お前今誤魔化したな。まやを盾にしたな。

「本屋ってどこにあるの?」
「あっち!」

 真の手を放してとことこ歩いていってしまう。早いな。でもやっぱりあの後ろ姿……誰かに似てる気がするんだよな。

「まやちゃん待って。転んじゃうよ」
「だいじょうぶなのー、あう!」

 言わんこっちゃない。大人にぶつかってる……よ?

「なんだよガキ。俺にぶつかってくるとはいい度胸だな。あ?!」
「ご、ごめんなさい」

 不良か。ったく幼女相手に何脅かしてんだか。

「おぉおぉ泣きそうだな。ん? 何だこれ。ポーチか? だっせ」

 何か様子がおかしいな。まやが持ってたポーチを盗ってまやが泣きながら跳ねてる?

「返して! 返して!」
「取れるもんなら取ってみろよ」

 バチンとまやの頬が打たれた。そのまままやは泣き出してしまった。……やりすぎ。という訳で

「おい」
「あ?」

 止めに行こうとしたら真が先に行ってた。

「こいつのお姉ちゃんか? へえ~可愛いね~」

 真がにやりと笑う。俺は傍観で大丈夫だな。

「一つ言わせてもらうけど。僕は男だよ」

 そう言って思い切り不良に腹パンをくらわす。そのまま踵落としに背負い投げ。流石柔道歴十年。数分もかからずに数人撃破。女装は台無しだけどな。

「警察に渡すか。あ、それとも六条家に」
「やめてやれ」

 泣きじゃくるまやを撫でてやる。よっぽど怖かったんだろうな。何で助けなかったって? 何でだろうな。

「こわかっだ……」
「ああ」
「いだい……」
「助けに行かなくてごめん」

 不良の断末魔が聞こえてきた。

「おい真。そのへんにしておけ」
「僕じゃないよ?」
「え?」

 後ろを見てみるとそこには鬼の形相をしていた一人の女性が結構分厚い本の角で脳天をぶっ指してた。

「お前らか? 人の妹いじめて喜んでたのは」
「あ? なんのこ……」
「正直に話さねえと簪で目抉るぞこらぁ!!」

 すげえ物騒だな。

「ねえね!」
「ん? あ、愛弥まや! ごめんね、ねえねが帰ってくるの遅くなったばっかりに……もう大丈夫よ。全員生きては帰さないから」

 幼女にそういうこと言うな。でもこれで納得いった。

「よおかがみ。お前の妹だったのか」
「は? ……って六条!? 何でいんの!」

 彼女は鏡音真奈。豊泉高校三年で俺達と同じクラスだ。そう言われればこの姉妹は似ているし、何よりの共通点としてはこいつもシスコンだ。

「やっほー鏡音! 君の妹だったんだね」
「誰?」
「えぇー真だよ。根尾真」
「……私の知る限り根尾は男じゃ」
「男だ。オカマの男だ」
「おっけー分かった」
「分かんないで!?」

 鏡音の腕の中でキョトンとしているまやはさておき俺達はやっと本題に入る。省略するが。

「根尾凛音ってあの男装で超人気になった?」
「それを言わんでやってくれ。あいつの黒歴史だから」
「はいはい。確かにとんぼ玉に星色夜空の表紙はぴったりだね。良いよ。作ってあげる」
「サンキュー。でもとりあえずどんなのかは見せてくれないか?」
「ん。でもその前に」

 鏡音が指してあった簪を抜く。それも綺麗な水色だった。

「とりあえずこいつら全員目をえぐり出す!!」

 だからやめろ。









「お誕生日おめでとう二人とも」

 十月十日。学食で俺達はささやかに誕生日を祝った。月海や風柳、それと佐藤兄弟もいる。

「でも残念だね。平日だから一緒には祝えないんだもん」
「次の休みにでも祝ってもらえばいいよ。その時までプレゼントはお預けらしいけど」
「むぅ~~」

 いじける凛華の隣で凛音は食事を進めてる。最近は肉を食べれるようになったらしい。

「なら先に渡しちゃおっか。私と風柳からね」

 二人は押し花の栞を凛音に、押し花の――というかクローバーのネックレスを渡した。

「ほわあああ! 可愛いありがとうるーちゃんふーちゃん!」
「……ありがと」
「三倍返しでね」
「「ホワイトデー?」」

 佐藤兄弟からは袋に一杯の菓子が。

「悪いな。俺達はそんなに小遣いが無いんだ。野球部はバイト禁止だし」
「わーいたくさんお菓子がある! ありがと健くん」
「ん、うん……よ、よろ喜んでくれて嬉しいよ」

 何でこれで気付かないんだ凛華は。佐藤兄も困ってるし。凛音はどうやって持って帰ろうか迷ってる顔だなあれは。

「まこちゃん達は何くれるの?」
「僕達からはとんぼ玉をあげるよ」
「とんぼ?」

 首を傾げる凛華にピンク色の桜が書いてあるキーホルダーを渡す。

「花好きだったでしょ?」
「うん! ありがとまこちゃん、よしちゃん!」

 なんか凛華から尻尾が生えてぐわんぐわん回ってる気がする。

「凛音には?」

 自分がもらうわけでも無いのに月海が急かす。持ってるから渡すのは俺だよな。

「ほら凛音」
「ん……」

 手に渡されたのを見た瞬間凛音の体ががっちり凍った。

「凛音? どしたの?」

 月海が心配そうに凛音の手元を見る。

「わあ可愛い! お星様みたい!」
「星色夜空」

 ご名答。黒に近い藍色の上に金色の星が浮かんでいる。タイトル通りのまんまだけど確かにこんな表紙を見たら手に取りたくなる。

「凛音の目がキラキラしてる」

 仰天した声で月海は言う。一応感情はあるんだから好奇心があっても良いだろうさ。

「……ありがと兄さん」
「ん。それ作ったのクラスメイトだから喜んだって伝えておく」


 その日の夜。読書そっちのけでそのキーホルダーを眺めていたと真から鏡音に伝えたら鏡音も喜んでいた。

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