異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました

鬼怒川 ますず

47話 ちょっとした本命

「そういえば、ナナシさんはコローネさんの父親に会って認識を変えるんですよね。その後のこととかは考えているんですか?」
「あ?その後…か」

急に振られた話は、ナナシがオータニア国で用事を済ませたことについてのことだった。ナナシ自身、コローネの約束を守るためだけにオータニア国に向かっただけであり、そもそも具体的な考えや行動は考えていなかった。

(用事を済ませた後…こういう遠出の時はいつもなら仕事終わった後に近場で有名な飲食店で満足して済ませたが、今は国から国へ徒歩で移動しているし、こんだけ時間かけて戻ったらもったいないな…)

ふと考え、改めてナナシは自身がしたいことをなんとか思いつくだけ列挙していく。
食事
殺し
便利な特産品
珍しい郷土品
殺し
食い物
美味しい料理
殺し
殺し

…やりたい事と言えば、美味しい料理となんとなく集めていた現地のお土産、あとは人殺ししか思い浮かばない。
コローネの両親をなんとかした後のことを適当に考えすぎていた。改めて気づかされたナナシは今適当にどうするか考えるが。

「もしかして…本当に説得だけしてすぐに帰る予定だったんですか?」

あっさりとナナシが無計画にオータニア国に向かっていたのを察したシャデア、その言葉が今のナナシには痛い。
ナナシは自身の顔がこの時ばかりは表情のない顔で良かったと思っている。あったら恥ずかしくて顔を背けるしかない。

「…1つ聞くが、オータニア国ってところは何が名物なんだ?」
「えーと、確かフィン様に前聞いた話だと、身体に良い食材とか木彫りの彫刻。貴重な服の素材の生産地とかエルフにしか作れないお手製の楽器とか、エルフお手製の魔法道具とかあ、あとは…」
「へー」

シャデアが今この場にいないフィンから聞いた話をナナシに語り始める。
いまいちパッとしない商品紹介を聞いている気分のナナシは、オータニア国では本当に長居する意味が無いなと思う。
期待はしていないが、あとは観光と美味しい料理くらいだけかと残念に思う。
だが、シャデアが次々と語る中で気になる単語があった。

「あとは…シンジュアから湧く天然の温泉とか」
「なに?」
「どうかしましたか?」
「今温泉って言ったが、あるのかこの世界に天然の温泉ってのが」
「はい」
「シンジュアって所に?」
「えぇ、ありますよ。フィン様も絶賛していたシンジュアの天然温泉が」
「どんな場所とか聞いているか?」
「えぇと…確か地表から高い所にある木の上から眺められる作りになったところと聞いてます。ようは屋外にある温泉ですね、おかしな場所です。えーとどこまで話しましたっけ?」
「いやもういい、俺は決めた」
「決めたって…何をですか?」

首を傾げるシャデア。
何かを決めたナナシは、顔のない顔に付いた両の眼である決意を固める。それは『この人間を殺す』と意志を決めてきた『殺人鬼』としての『狩る側』の目だった。
暗い道のもっと先にある、まだ見たこともないオータニア国。そこにあるシンジュアの温泉に狙いを定める。
抑えられない殺人衝動よりも、コローネの父を説得するよりも、より明確にそこを目標にして。

「考えてみたら、あっちじゃゆっくりとお湯に浸かる機会が少なかったし、この機にゆっくりと温泉を堪能させてもらうか」
「え、温泉の方がいいんですか!料理とかは?」
「どっちもだ。歩いて疲れた身体も癒やして、問題も解決させて、料理も楽しむ。最高だな」
「わぁ…ナナシさんの声が楽しそうで逆に怖いですね」
「まぁ、温泉がよければもう少し長い間滞在しても良いかもな、とにかく、俺はさっさと温泉で疲れをとるために一刻も早くオータニア国に急がねーとな」

そう言ってナナシは少しばかり歩くスピードを速くした。そんなナナシに遅れながらシャデアも付いて行く。
ナナシが目指すは温泉。
殺人鬼が殺人以外にしたいことは意外にもあった。


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