異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました

鬼怒川 ますず

42話 ただ生きたかっただけの我儘

それらの事が、頭で理解していながら、ルイディにはまだ理解できていなかった。
いや、出来なかった。
魔力の糸は全て切れ、全ての死体が動かぬ肉塊に変わる。
それは、彼の理想が少しのミスで無に還るのを暗じているようでーー。

「覚悟はいいですか?」

と、その言葉だけで現実に帰る。
見ると自身の胸の中枢、そこに埋め込んでおいたある物に剣が刺さっている。
それは、ルイディの心臓でもある玉石と呼ばれる物だった。
『玉石』
無限の魔力の源であり、ルイディに莫大な力を与えてくれたソレは、剣に刺さってピキリッ…とヒビが走り割れていく。

『玉石が壊されれば、魔獣は死ぬ…それでも持っていくか?』

ふと仲間からの忠告を思い出す。
視認してから、彼は側に落ちている自分の腕がどんどん風化していくのを見た。

それは嘘ではない。
本当だった。
ルイディは地面に転がる手榴弾俯きながら見て、ガスマスクの下から獣のように獰猛な目を覗かしたシャデアに静かに語る。

「………負けたのですか…私は…こんな一瞬でやられてしまうとは、何とも恥ずかしいもの。この程度で、この程度の野蛮な一太刀で私の死の理想が崩壊するなんて、何とも悔しい…。私がいればこの世界は何一つ不自由のない、真の平和な世界になるというのに…」
「それについてですが、私は貴方の言っていることに一つ疑問を覚えました」
「…聞きましょう」
「貴方はどうして、生きているのに死を尊重するんでしょうか?感情もある、痛みだってある、心臓だってある、最後もあの筒で何かする気だった。それなのに、どうして死が好きなんですか?」

ルイディは目の前で純粋に言ったその質問に、いつも通り『私の尊敬する総統フューラーの理想を叶えるため』と答えようとした。
しかしーーー

「死が、本当に好きなわけないですよ」

ルイディは続けた。

「…私は、過去にここではない世界で一度死んでます…死ぬ間際に強がった臆病者で…戦線にだって一度しか足を運ばなかった素人です。神に最後の強がりを認められて連れてこられたこの世界で私は生き続けたかった。その為には、もう殺されない環境が欲しかった。それこそ死が蔓延して、平等な死の世界を実現しなければいけなかった」

淡々と髑髏も顎を動かし、語る。
シャデアは彼が言っていることの意味をあまり理解したくなかった。
ルイディが言っていることは、自身の自己逃避だけで多くの罪なき人を殺したということになる。
それは、魔獣という化け物になった人間が私利私欲で人を殺したということだった。

ナナシが持っている頭部だけの魔獣、切り裂きジャックもそうだが彼らは根本的に人を殺すことに何の否定もしない。
自分が正しい、神が正しいと言って殺しを正当化している。
シャデアはそんな彼の弱い心が顕れた答えをただ否定しようとして、すぐに踏みとどまる。
踏みとどまった理由は『シャデアが目指す本当の騎士はそう言って頭ごなしに悪を否定して殺す』存在ではないはずだから。

「そんな言い訳と御託が免罪符になるわけないです。ただ平穏に生きてきた人間の死体を操り、彼らの尊厳を踏みにじったんだ。貴方はあの世で一生罪を背負い、貴方に無慈悲に殺された人間に弄ばれるでしょう」
「…」
「これから貴方が体験する死は、人として当たり前の死です。最期は人として消えるべきです」
「…おま…貴女あなたは一体何を…」

そう言ってシャデアは静かに剣を抜いた。
剣を抜かれたことで、刺さって壊れていた玉石が完全に崩れ、音を立てて地面に落ちた。
木っ端微塵になったガラス片は草原に散らばり、砂上になって徐々に消えていく。
そして、今まで髑髏の黒ローブの姿だったルイディは生前の姿、着飾るだけの軍服をただ着たまだ青臭さがある青年に変わる。
そこには死霊術師ネクロマンサーという恐るべき姿の者の片鱗はなかった。

シャデアは自分が何をしたか自身でもよく知らない。
頭の中で魔獣から人間に戻すスイッチのようなものが浮かび、その手順通りに体から魔力が流れただけだ。
そこには何の他意もない。
何の真意もない。

「…さ、これで貴方は人として死にます。特別な何かではない、ただの人として」
「…この姿は…」
「貴方の本来の姿でしょう、正真正銘、人である貴方の姿です」
「滑稽だな、この姿に戻ると、死が怖くて仕方がない…、もう死にたくないと思っていたのに…『死』そのものになった後に、待っていたのが再び死ぬ末路とは…」
「殺された人は最期を許されなかった。本来なら人は死ぬ間際に家族や仲間と寄り添っていたいものです。貴方は、今少しのこの時間を幸福に思い感謝するべきです」

そう言ってシャデアはルイディから顔を逸らした。ルイディはシャデアが見る光景の先に広がるものをみて、人として酷いことをしたと悔いた。
多くの死体は操られることもなく、無残に草原に転がる。
それは武人なら普通であろう、騎士であっても必然であろう。
農耕を生業としていた者達が大半を占め、その多くを殺したとすれば、それはただの虐殺。
思想が間違っていた。
根本からおかしかった。
彼らは必死にこの世界で生きていたはずなのに、ルイディはいとも簡単に命を奪った。

「…確かに、私は幸せ者だ。貴方の温情があって死ねるんだ…同胞よりも、私が尊敬する彼らよりも幸せだ」
「そう思えるのなら、違う場所で生を授かっても、もう二度とこんな間違いをしないでください」

見ずに答えるシャデアに、ルイディは憑き物が取れた顔で一回だけ頷いた。
体力はもうない。
ルイディを構成していた神の加護も無い。
このまま目を閉じて、また暗闇に落ちる。
それはあの時体験した死だろう。
でも、次は強がらずに、自分の本心を叫んで死のう。
ゆっくりと息をするのをやめて、息をとろうとーー。

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