異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました
34話 いったんお別れ
「早くフェギル草原に行かないと…」
ナナシの顔に見惚れながらも横に座っていた見知らぬ女性がそう言うのでコローネはハッと我にかえり、ここまでの過程で聞けなかったことをナナシに聞いてみた。
「あの…ナナシさんの横にいるのは誰ですか?」
「ん?……あ、そういや戻すの忘れてた」
ナナシが思い出したかのように言った瞬間、見知らぬ女性が姿を変えて、さっきとは似ても似つかない妙な格好の女性剣士に変わる。
「……ほぇ!?」
コローネが視線を向ける先でパッと明かりを消したように姿を変えた女性。あまりの変容に変な声を上げてしまう。
だがその妙な格好の剣士、銀仮面を着けた人物は今その事実に気づいて抗議の声を上げる。
「……ナナシさぁん…まさか私の姿を変えていたとか言わないですよね」
まるで地鳴りのように響く女の声に御者のオークが「うぉ!?」と素っ頓狂な声を上げてビビる。
もちろんコローネも、今まで姿が違った人物の怒りやその他の感情を漂わせたその声に体をビクビクと揺さぶらせる。
だがそんな剣士の声音にも眉ひとつ変えずにナナシは言う。
「変だからな、実際に目にしたコローネが良い例だ。お前の今の格好は大衆から見ても変だから自覚しろ」
「カッコいいでしょうが!! この姿で剣を操れば誰だって目を止め、私が名乗ればそれは風となり声となりですね……!」
「死人が本名を名乗るな馬鹿たれ」
まくしたてるように語り出した銀仮面の女性、シャデア・パテルチアーノのおデコにデコピンを食らわせて黙らせる。痛そうに、なおかつ恨めしそうにナナシに視線を向けてるシャデア。ナナシはそんな威殺しそうな彼女の目すら無視し横でまだ驚いているコローネに語る。
「ごめんな脅かして、シャデ…こいつのファッションセンスが他人の目を惹くとこっちとしては困るからな。家出てからずっと能力を使っていたんだわ」
「…へ…は、はい! そうですよね! ナナシさんはそんな無駄なことにその便利な能力を使ってあげたりしますものね!! さすが私の旦那様です、気遣いが出来る人で私も安心しました!」
「ちょっと待ってください!いつもなら能力使うの面倒くさいとか常日頃から思って口にしてるくせに…!」
「おし、そんじゃ真面目にこれからの作戦会議をするぞ」
「はーい!」
「なに急に真面目になってるんですか!! あとコローネさんは順応が早い! もー本当になんで誰も理解してくれないんですかー!!」
と少しばかり場の空気がほぐれたのを見計らってナナシは話を切り出す。
「まずはこの先にいる魔獣…ねくろまんさーとやらを殺す。だがこれは過程でそのあと俺たちはオータニア国に向かう、馬車は途中で降ろしてもらうがそれで良いかコローネ」
「えぇ!? 騎士団が苦戦している魔獣と本気で戦う気ですか!!」
もちろんとばかりに首を頷かせて答える。
だがいくらナナシにそう言われ、どんな状況でも受け入れやすいコローネでもそのような危険な行為にハイと頷くことが出来ない。
「その…ジゴズ騎士団の手助けのためだと思うのならそれは良いことでしょうが、何でそこまで…」
「ジゴズ騎士団にはあなたを助けた騎士がいるかもしれないからです。ほら、昨日会った彼がそうです」
昨日会った彼。
そう言われてコローネは自分を切り裂きジャックから助けてくれたあの青年、ジゴズ騎士団の見習い騎士であるテラスだと分かった。
「で、でもテラスさんはまだ休暇中だって言ってましたし、何よりこの遠征に行くとは一言も言ってなかったですよ」
コローネが指摘するとそれをシャデアは首を振って否定する。
「テラスは騎士を目指す者です。たとえ休暇中だろうと国の為と言って今回の旅に参加しなかった彼でも、騎士団の為なら誰にも言わずに遠征に行きます。実際に騎士団にいた頃はそんな感じでしたし、私もそうでしたから」
シャデアの、ふと懐かしそうに語るテラスが遠征に行っているかもしれないという理由にコローネはまだ納得が出来ていなかった。
しかし、それにナナシが付け加えるように説明する。
「こいつはテラスの為に、俺たちは自分の身を守る為だ。どうせフェギル草原を抜けなければオータニア国に行くことすら出来ないんだからな」
ナナシの指摘にコローネはハッとオータニア国までの経路を思い出した。
そう、オータニア国まで行くにはあのフェギル草原も通らなければならない。この荷馬車が走っている道もフェギル草原を通ってオータニア国まで一本の道なのだ。
もちろん迂回する手もあるが今いる馬車は荷馬車。
木箱に入れてそれをロープで固定して動かないようにしているが、それでも品物を傷つけるリスクを冒してまでわざわざ悪路を進むほど商人は甘くはない。
「…どちらにしろ、お二人はジゴズ騎士団を助けるしかないんですか。でもナナシさんとシャデアさんの2人でどうやって騎士団ですら手こずる魔獣の軍団に勝つ気ですか」
「そいつは秘密だ」
その質問にナナシは答えることはなかった。
彼はコローネの疑問を置いておき、まずは荷物のわずかな隙間から顔を出して御者のオークに話しかける。
「おいあんた、この荷馬車どこに向かって走らせてるんだ?」
「あ?えーと…確かオータニア国ダ」
「なんだと?」
オークから意外な回答を聞いたナナシは驚くが、それが前を走っていた馬車を操っていたハビーにも聞こえたらしく大きな声でナナシに向かって言う。
「だんなー!あんたに言いそびれてたけど俺たちもオータニア国に行くんだわー!」
その発言にナナシはしめたと思う。
この馬車がナナシ達が向かうオータニア国に行くのであれば必ずその道中にあるフェギル草原に通りかかるはずだ。
途中で降りずに済むし、その上シャデアの願望通りジゴズ騎士団と例の魔獣がいる戦闘場所に行くことが出来る。
「そうだったのか、ならこのままフェギル草原まで…」
そう言いかけてたのだが、それよりも前にハビーは大きい声でナナシに言う。
「そこでダンナに頼みてぇんだけど、フェギル草原で起きてる戦闘をまたあの魔法でなんとか回避してくれねえか!!俺たちはその横スレスレを突っ切るからよ!!」
そう頼まれピクリと体を止めるナナシ。
そして再度思考を巡らせる。
こちらはオータニア国に用事がある。それはハビーの商人達もそうだ。
しかし相手は商人であり勝手が違うのも事実であり、フェギル草原に用があるのはナナシとシャデアだけだ。
そう思い、すぐそばにいるコローネに顔を向けた。
無邪気さと幼さを内包した子供の瞳に、それとは違った覚悟の色があった。
これから魔獣の軍団を相手にすると言った。それは避けてはならないことだ。
だがよく考えてみればこの場でコローネを危険に晒すことは道理に合わない。
ならば少しでも安全な道を選ぶべきだろうか。
……いや、それよりも能力を使ってこの商人の認識を変えてしまえばいい。
そうすれば、いやその方が今後の行動も良くなるはずだ。
想いがそこまでいきナナシは能力を使おうとした。しかし、突然彼の右手を引っ張る者がいた。
「……待ってください」
シャデア。
彼女がナナシの手を掴んで彼に何か言いたげな顔をする。
「なんだ」
ナナシはシャデアが意見があって止めたのだと思った。
だが彼女は意見も言わずに代わりに大きな声をあげてハビーに対して言う。
「ハビーさん!私とナナシさんはフェギル草原に着いたらすぐに降りますので、そのうちにこの子と一緒にオータニア国まで行ってください!」
シャデアの言った内容にコローネは「え」と声を出してしまうが、ナナシはそれには何も驚くこともなかった。
そう、この場で無関係なコローネと商人を戦闘に巻き込むのは理屈にも無い行為だ。
それならば先に行かせてしまうのが普通だ。
「あぁ?姉さんとナナシ…ダンナのことか!…って降りるダァ!?やめとけ!いくらダンナが不思議な魔法を使う奴でも、相手は死霊術師だぞ!!そ、それに俺たちは戦いに巻き込まれるのはごめんだぞ!ただ抜ければいいんだから!」
ハビーが叫びながら止めようとするが、それでもシャデアは一切迷うこともなく言った。
「ジゴズ騎士団、強いてはデザールハザール王国の危機を前に逃げることはできません。そこで戦う有志のために私は行きます。いくら強制しても私は走ってる馬車から降りてでも向かいます。ここにいるナナシさんだって同じです」
シャデアが急にナナシに話を渡してきたが、それでもナナシはやっぱりなと思いながら続きを言った。
「そういうことだハビー、俺たちはこの馬車から降りて魔獣と戦う。なにあんた達の馬車に魔法はかけといてやるよ、その代わりこの子供をキチンとオータニア国に連れて行くんだな。それがあんたらとの最後の交渉だよ」
そういうと少しの間を空けてからハビーが「わかった…」と渋々声を上げたように返事する。
返答を聞いたナナシ達、特にシャデアがコローネに謝りだした。
「……コローネさんごめんなさい、無関係な人たちを、民を巻き込むのはダメだと思って…」
コローネに頭を下げ、彼女なりの理由を述べる。
コローネはモジモジとしながらシャデアに「いやいや」と言ってから続きを言う。
「シャデアさんもナナシさんも私のことを思って判断したんですからむしろ私が謝りたいです。その、私のためにありがとうございます…」
最後の方は暗くなるように下がったが、そこでナナシがフォローを入れる。
「フェギル草原でお別れだが、すぐにオータニア国に行く。必ずだ、だから気楽にこの商人達と1日旅をしていてくれると俺としても助かる」
「で、でもナナシさんの身に何かあったら…」
これからナナシが戦うであろう化け物によって彼の身に不幸が起きないか心配し、今にも泣きそうに瞳を潤ませる。
それは、他者を気遣う優しい子どもの目だ。
最初にナナシがコローネに会った時に浮かべたのと同じその泣きそうな顔に、ナナシは少しだけ躊躇してしまう。
けれど彼はそれを消し去るようにコローネの髪をクシャクシャと撫でる。
いきなりのことでびっくりするコローネだったが、そんな中ナナシが不器用なりに言ったその一言。
「約束だ」
それだけ、それだけでコローネはホウっと心が落ち着いた。
また会える、そんな確信に近い思いがその一言にはあったからだ。
「…約束です、私はオータニア国でナナシさんを待ってます。あなたの、旦那様となる貴方が無事に来ることを私は祈っています」
そう言って彼女の小さい手でナナシの手を握る。
ナナシは小さいのに強く握るコローネに返すように握り、コローネにスパイマスクで出来る精一杯の愛想笑いを浮かべて答えた。
「あぁ、すぐに行く」
これで決まった。
ナナシは改めて都合を合わせるように思索する。
魔獣、死霊術師とのそこまで時間のかからないと思う戦いとやらに。
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