異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました

鬼怒川 ますず

29話 プロローグ

オータニア国とデザールハザール王国までの道のりはそう厳しくない。


オータニア国の首都、デルドラドのすぐ近くが国境となっており、ほぼ隣国なのでデザールハザール王国の領土には入れば、後は真ん中に位置するデザールハザール王国の王城と城下町を目指すだけだ。でゆっくりで2日、急げば1日も経たずに着いてしまう。

その道のりも険しくなく、また広大な平野になっているので遠くにいる魔獣などを見つければすぐに道を変えることも可能だ。

そんな短い旅路に、多くの馬に乗った従者を従え馬車がゆっくりと走っている。


「わぁ!!お母様ここがデザールハザール王国の領地ですか! 我がオータニア国と同じくらい広大な領土です!!」

「えぇ、ここは平和な国よ。お母さんが学生の頃はこの国で魔法を習ったものよ」

「ここに来るのはグラウドベッツの娘が産まれた時以来だからもう13年ほど昔か……」


3人の家族が馬車から外を見てそれぞれ楽しそうにする。

馬車の窓から外を眺める少年。
右目が青色で左目が黄色のオッドアイで、緑の綺麗な髪を後ろで縛っている。

オータニア国の貴族でエルフのフルット・オード・ウォレンス。
同じ馬車にはフルットの母、カルガ。
ウォレンス家の当主である父、サッドナ。

彼らはオータニア国からデザールハザール王国まである用事があって向かっていた。


「お母様、グラウドベッツ様の娘が僕のお嫁さんになるんですよね!確か昔約束したとかで!」

「えぇそうよ。グラウドベッツ家とウォレンス家の両家での決まり事ですから」

「グラウドベッツ家の令嬢フィンと結婚すれば両家の仲も今まで以上に良くなる。それにデザールハザール王国の金が今までよりも安く手に入れられるはず…我がオータニア国のより一層の発展がフルット、お前に掛かってるんだぞ」

「大丈夫ですお父様! 私がフィン様と仲睦まじく両国の仲を取り持ってあげます!」

「うむ、その志だぞフルット」


サッドナが向かいに座りながら父である自分に力強く宣言する息子に笑顔で撫でる。
フルットもそれが嬉しくて優しい笑みを父と母に向ける。
母カルガは成長した息子のそんな表情にハンカチを取り出して嬉し涙を拭こうとした。

そんな時だった。

ガラガラと音を立てていた馬車が急に止まり、外の従者達が慌ただしくなる。


「どうした」

「道の真ん中に男と女の人間が遮っています。ご心配なく、すぐにどかしてきます」


従者の1人が馬車に近づいて言うと他の従者に指示を出して2人の人間をどかそうとする。

サッドナはせっかく楽しく話していた時に邪魔をされたようで不機嫌になったが、これも旅にはつきものだと思ってどかし終えるの待つことにする。
カルガとフルットが心配そうな顔をするので「大丈夫、彼らは精鋭だ」と言ってなだめていた。


ザシュ、グシャ、ズザ。

「ひ! た、助けて………ッ!」

「うわぁぁぁぁぁぁーーーッッ!!」


突然馬車の外から何か柔らかいものを切るような擬音が聞こえ、直後聞き覚えのある従者達の悲鳴が響く。
サッドナは何事かと思って窓を開けて外を見ようとする。


「うわぁぁぁぁぁぁ助けッッ!!助けてくれーッッ!!」


するとその横を返り血を浴びた従者が走りぬけ、元来た道を逃げていく。


「おい!どこに行くんだ!」


サッドナが呼び止めようとした従者。
直後サッドナの視界の外から投げられたカマが従者の首と胴体を的確に刈り取ってしまい、カマが元の場所に戻る時にバラバラになった肉体が地面に落ちる。

臓物が地面におびただしく撒き散らされ、その光景にサッドナは吐きそうになる。


「あなた、今のは何!?何が起きてるの!?」

「お父様、一体何が起きてるの?」

だが、吐く直前に妻と息子の声を聞いて吐こうとしていた喉に力を入れて我慢をする。
そして冷静になって気がつく、もう悲鳴が聞こえないことに。
それが意味することは、エルフ族でも腕の立つ戦士達が何者かによって殺された。
外にはその襲撃者がいること。

サッドナは考える。
この状況で生き延びる方法を。
だがこの状況で生き残るのは無理だろう。
ならば妻子だけでも…。


そう考えに及んで妻と子に逃げるように言いかけ、馬車の扉が開く。


「はいはーい、女子供小さい子がだーい好きなお姉ちゃんですよー」


そう言って馬車にいる全員に告げる女。
髪はここいらでは珍しい黒髮でショート、目元にはほくろがあるだけで普通の女だ。
服装はデザールハザール王国では標準の女性服で、返り血が無ければ本当にただの一般女性だろう。


「おやおやおや、もしやあなた様は………誰ですか?」

「わ、分からんのに私の従者を殺したのか!?」

「いや知らねぇよ。私は子供だけが大好きなんだし、従者ってあの有象無象?一撃で殺せるからFCの雑魚だと思った」

「ふぁ、ふぁみこ…?」


女は頭を掻いてまるでやっちゃったといった表情を浮かべている。
まるでつい、ついでに殺したかのように。


「おい安藤、もう用は済んだか?子供がいるんならとっととやれよ…ったく、くだらねぇ女だ」


馬車の外から別の男の声が聞こえ、アンドウと呼ばれた女はムスッとほおを膨らませて不機嫌そうになる。


「うっさいなぁ、実戦で使えない魔獣のあんたが言うセリフじゃないじゃん。さっきだって雑魚相手に逃げてたし」

「言っておくが俺たちの本来の目的はデザールハザール王国の入国なんだ。さっさとその……ちょっと待て!その馬車の紋章っておい!?」


急に外から聞こえていた男の声が慌ただしくなると走り出す音と共に女を退けて馬車の中に入る。
男は茶髪のクシャッとした髪型で、目元は元々ジト目だろうが今は見開いている。
服装は薄汚れた大きなポンチョで足元以外は見えない。

男はサッドナとカルガ、怯えるフルットの顔をマジマジと見てから顔を覆う。
やってしまったと後悔するように。


「お前………この馬車俺たちがこっそり隠れようと思っていた馬車だぞ。デザールハザール王国に侵入するための…」

「あれ?もしかしてやっちゃった?」


男がアンドウを睨むと襲撃を実行した安藤は赤面してあはははと笑って誤魔化そうとする。
男はそんなアンドウを見てさらに肩を落とす。


「……計画は失敗だな…さっきまで一緒だった鉤十字のバカはどっか行って連絡取れねーし。力尽くで侵入するとジャックのせいで警戒MAXの騎士団長にブチ殺されておしまい。最悪すぎる…」

「え、私は幸運だよ?」

「こんなサイコパスどもと連携取れねーよ普通は…」


男が口早に言ってからどうするか考える。
それを見てサッドナはチャンスだと思った。


「おいアンタ! 私はどうなってもいいから妻子だけでも助けてくれ!」


サッドナの妻子を見逃して欲しい。
男がサッドナの妻子をジロリと見てからアンドウの方を見る。
アンドウは我慢ができないのかよだれが溢れて息も上がっている。


「…分かった2人だけ生かして帰そう。だが条件はその子供をこの女に差し出すことだ」

「な、何を言っているんだ!?私の子供をどうして」

「その答えとしてはこの女が狂ってるからだ。俺としてもこんなバカみてぇに村々の子供を自分の物にするサイコパスとは縁を切りたいし、あんたの子供も出来るなら渡したくない。だが、俺が目を離した瞬間こいつはお前らを殺す…確実にな」


言い切ると男は女の頭を掴む。
女はいつの間にか手に鎌を持っており、よだれをぼたぼたと零しながら笑顔でサッドナ達…いや正確にはフルットの方を見ていた。


「ふふふ…子供……可愛い…オッドアイとかもうね…エルフとか良いねぇ…」


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「…………ッッ!!!」


自分を凝視する君の悪い女に恐怖するフルット。
自分の盾になるように立ちふさがる父。
母の腕に抱きとめられていたフルットは恐怖を感じようやく気づく。


ー自分が犠牲になれば母と父は助かる……ー

至極、極端な話ではあった。
しかし体は恐怖のあまり硬直しており動きそうもない。

怖かった。
あの女のあの鎌で自分の首が飛ぶのを想像するだけで、もう胸が竦んで息もままならない。


「大丈夫よフルット、あなたはお父さんと母が守ります…」

「子供には手を出させない!」


母の優しい声と父の力強い声が目を閉じていたフルットの耳に届き。


「んじゃ全員仲良く殺しちゃっても構わねーよねーん」


同時に陽気で軽く、それでいてまともではない残虐な一言がフルットの耳に入り込む。
もう考えている時間はない。
フルットは決断する。


「あ!!どこに行くの!?」

「お、おい!!」


母の腕から抜け出し、父の脇を通り抜けて女の元に走りこむフルット。
慌ててサッドナが止めようとするがもう遅い。
フルットの首元にはすでに女の持っている鎌が突きつけられていた。


「おっと、動かない方がいいよ。この子供は自ら私に体を差し出してきた。自己の主張は尊重しないといけないよ?」

「ば、バカな真似はやめなさいフルット! お前は私たちの大切な息子なんだぞ!!」

「ごめんなさいお父様…すみませんお母様。僕の命で2人が助かるならそれが本望です…」

「やめて!あなたがいなければ生きてる意味がない!!」

「…それでもお父様とお母様には生きて欲しいんです」


フルットがそこまで言うと女はフルットの口元を手で覆う。


「はい雑談終了、詳細は後日どっかの国の門にでも掲げておくからねー」


女はフルットを軽々しく持ち上げるとそのまま馬車から降りて行く。
サッドナは急いで女を止めようと追いかけようとするが、その前にさっきの男が遮る。


「そこを退いてくれ!」

「無駄だ、今あの女から取り返すのは…な」


それを聞いてサッドナは動きを止める。
男が言った一言に何か引っかかるところを感じたからだ。


「…それはどういう」

「あの女が殺さないように俺は努力する。あいつは子供を殺すがあーゆうのは愛でるだけで終わる時もある。大丈夫だ……」


小声でそう言ってサッドナにお辞儀をしてから男もすぐに馬車を降りて女の後を追いかける。
サッドナは今聞いたことが本当かどうかは分からなかった。
しかし、今の男の瞳には自分と同じ何かを感じた。
そう、父親としての何かを………。


「…フルット待っていてくれよ。お父さんはお前を助ける」


サッドナは歯噛みして強く決意する。
父として。
同じく母のカルガもフルットの無事を願う。
母として。




デザールハザール王国とオータニア国。
二つの両国をつなぐ道で起きた大量殺人誘拐事件。
ウォレンス家の従者15名が全員死亡。
息子のフルット・オード・ウォレンスが誘拐された。

この事件が起きていた時、デザールハザール王国では……


「早く挙式しよ!」

「そうだな、オータニア国に行くには準備が…」


「え?」




随分と血とは関係ない事が起こっていた。

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