異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました

鬼怒川 ますず

25話 幽霊騒動と魔獣②

部屋に閉じこもっているテラス。
フィンが言うには、昨晩魔獣を討伐して帰って来てから様子がおかしかったらしい。

魔獣の遺体(フィンは魔獣が死んでいないのを知らない)を団長に渡して疲れたのか、帰って来てすぐに自分の部屋で休んだらしい。

それと同時に守衛の騒ぎもあったりしたのだが、テラスは騒動に気づかずに部屋に直行したそうだ。

騎士長が守衛が事情を話して気絶したのと同時に、兵舎からテラスの悲鳴が響き渡った。
幽霊騒動もあってすぐに騎士達がテラスの元に行くが、兵舎の出入り口からテラスが出て来て「なんでもない、虫が出てびびった」と言って説明したそうだ。

その後、朝になってからシャデアの遺体が消えていたのが分かって騎士の一人がテラスに教えに言っても、生返事を返して何故か部屋から出ようとしない。

フィンがさっきの騎士団長から聞いた話で、今現在も部屋に閉じこもっているらしい。
ナナシはとにかく疑問符しか浮かばなかった。

どうして魔獣討伐をしておいて、堂々とシャデアの葬儀に参加しないのか…と。

魔獣を殺せなかったのは仕方ないとして、その身体を捕縛して騎士団に渡したのだから敵討ちは成立している。


なのに、何がテラスの中で不満なのだろうか?


考えてみれば、テラスは騎士だがまだ思春期に入ったばかりの子供のようなもの、そのような気持ちの面が強いからこそこういった行動を取るのだろう。


ナナシはスパイマスクの目元を抑えて「めんどくさい」と呟き、またもフィンを持ち上げて背負う。


「え!? また急に持ち上げて、こっちはいちいち驚くんですから言ってからやってください!」

「騒ぐな……とりあえず、お前もいた方がいいだろ。テラスには報酬の面でも話はあるし、まだシャデアの死に踏ん切りがついてないなら、それを促すのはお前の役目だしな」

「あら、それじゃテラスのところに?」

「お前が俺に言ったってことは、どうせ一緒に行こうって意味なんだろ。ほら行くぞ」


背中でキョトンと大人しくしているフィン。
ナナシは彼女が静かになったのでゆっくりと歩きながら、昨日行った兵舎にもう一度向かう。

兵舎は昨日と違って人がいた。

原因としてはシャデアの遺体が見つからないので葬儀にならない。
その為捜索している騎士以外の騎士達は全員広間で各々自由な時間を過ごしていた。

ナナシ達は『認識』を変えているので誰も気づかない。

フィンはまた不思議そうな顔をするのだと思って振り返ると、彼女は鼻をつまんでいた。

男ばかりの部屋なので、フィンは汗臭い匂いに耐え切れないといった顔を浮かばせている。
昨日は平気だったくせに…と思うが、昨日は人がいなかったからで、窓も開けて換気していたからだろう。


「ちょっと…昨日よりも臭いですわよ…」

「男なんてみんなそうだ」


フィンの不満を綺麗に受け流し、ナナシは階段を登る。
二階には誰もいないのか静かだったが、登るにつれてどこかの部屋から声が漏れてくる。


「この書物は何ですか?裸のお姉さんが描かれていますが…」

「やめてくれ! それは先輩から借りた大切なやつで!!」

「…テラス、貴方どれだけ人から物を借りているのですか? 借りというものは借りて返すから借りなのであって、たくさん借りるというのはもはや略奪と同じなんですよ? 騎士であるなら自分の行いをもっと見つめるべきです」


男と女の声。
聞き覚えのあるその声に、ナナシは嫌な予感がした。


さっきここに来るまでに、ナナシは自分の常識が狂っていくと苦悩した。


魔獣。
魔法。
種族。
騎士。
料理名。
死なない魔獣。
その仲間達。
神。


これらの事柄を、頭で分かっていながら心の方で引っかかる部分がまだあったナナシは、今起きているであろう事柄が夢のように思える。


死人は生き返らない。


ずっと、それこそ生き返らないであろう大量の血で濡れた両手を見ながら彼は今までそう信じてきた。

その定義が、フィンが口に出したことによって少しだけだが瓦解した。


「アレ? なんかシャデアの声が聞こえますわ…」


もう何も言う気は起きない。

ナナシは黙って階段を上がり、ただ真実を知りたい為だけにテラスの部屋に向かう。
二階に上がり、テラスの部屋に向かう前でいつもの能力を使い、その対象になっている者をサーチする。

男ばかりの兵舎なのに、何故か女性の反応が二つある。

一つはナナシが背負うフィンでもう一人は自分たちのすぐ近く、距離はおよそ2メートルの場所。

そこはどう見ても昨日訪ねたテラスの部屋だ。
疑問が確信に、そして混乱を手土産に持ってくる。


ナナシは嫌な顔でテラスの部屋の前に行き、未だに痴話喧嘩が聞こえるドアを小さく叩く。

能力は切ってあったので、いきなりの来訪者に急に静かになる。
やがてドア越しからテラスの声が聞こえた。


「だ、誰ですか?」

「俺とフィンだ……」

「な、なんだナナシとフィンお嬢様か! ! わ、私は今少し傷心中なんだ! シャデアの…その……事もあってだな!」

「……」


ナナシはドアの前で少し溜息をついて、とても言いたくなかったことを言った。



それは、絶対に言わない言葉。
間違って言ったら一生の恥となりうる。
仮に言ったとしても白い目で見られる。
自分が所属していた組織で言えば、同僚から嫌煙される。
あるいは病院を勧められてしまうかもしれない。


そんな言葉を彼は口に出してみる。


「シャデア、生き返ったのか?」

「……………うん」


とんでもない問いに、扉の向こうの見習い騎士は肯定した。



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シャデア・パテルチアーノ。

15歳のまだ初々しい乙女であり、デザールハザール王国の治安を守る騎士団の一つに所属する見習いの騎士。

そんな少女はとても明るく、彼女が守るフェルド街では有名な騎士でもあった。

だが、そんな少女も運命には逆らえなかった。

少女は昔から魔法使いに憧れており、魔力も素質も無かった自分や運命を酷く恨んでいた。
好きで騎士になったわけでもなかった。
ただ、大切な人たちを守るための力が欲しかった。

それだけなのに、本来なら魔法使いになれるはずの幼馴染がその道を捨てて、自分と同じ騎士の道を進む姿に罪悪感を感じた。

少女と少年はお互いを守ろうとして、あべこべの道を進んだ。

一緒に剣を振るってから、共に会話をするたびにお互いの心のどこかでは棘が出来ていた。

騎士らしくならなければ。
誰をも守れる騎士にならないと。


そして、その時が来た。

ある晩、少女は自分の幼馴染と1人の少女を守るために自分の命を懸けて恐るべき魔獣と死闘を行なった。
結果は負け、深手を負った魔獣が自分の頭に鋭い牙を立てた。

最期に好きな人の顔と口の中の鉄の味を味わいながら、彼女は死んだ。




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…………………はずだった。


「いやー、まさかまたナナシさんとフィンお嬢様に会えるなんて! これも日頃の行いの賜物でしょうか!」

「………シャ、シャデア…なの?」

「日頃の賜物で生き返るなら、この世界は死者で溢れかえってんな」


テラスの部屋に入ったナナシとフィンは目の前にいる、いるはずもない人物に唖然とする。

フィンは察していなかったのか驚いて声も出なくなっているが、ナナシはとにかく自分の認識が間違っているんだと自問自答して平静を保っている。


平静を保っているだけで、内心は『ありえない』と連呼しているが、間違ってもスパイマスクで表情を浮かばせないように無表情を決めている。

目の前にいるのはシャデアだ。

だが生前とは容姿が違っていた。

髪は伸びており、綺麗な赤色であった。また、容姿も大人の女性そのものになっている。
胸元も前より大きくなっており、背も成長していた。

なので、今のシャデアはテラスよりも少し大きかった。

綺麗な顔の口元を押さえて笑うシャデアだが、テラスが人差し指で静かにするようにと言われ、しゅんと萎れたように静かになる。

年の差が離れているように見えるが、これでも彼女は15歳で、傍の金髪の少年が16歳のはずだ。

生き返ったことに付け加えて、よくわからない状況に目頭を掴むナナシ。

と、ここでようやく放心状態から回復したフィンが焦りながらも思っている言葉を口に出す。


「ど、どどどどどうしてシャデアが生き返ったんですの!? そしてその姿は一体なんですのよ!?」

フィンがシャデアに指をさして本人に聞くが、シャデアは自分の頬をぽりぽりとかいて「ンー」と悩みながら彼女の答えを言った。


「分かんないですね! なんかあの腐れ魔獣に殺されたのは覚えてるんですけど、その後何だか肌寒くなったんで着る物を探そうとウロウロしてたら、なんか守衛の先輩が私を見て驚いたんで何だろうなーってガラスに映った自分を見たらビックリですよ! 顔の皮膚なくてお腹から臓物出てたんで!」

「シャデアのやつ、怖くなったとかで勝手に私の部屋に入って帰ってくるのを待っていたんですよ……。帰ってきたらお腹から臓物出したシャデアが泣きついてきて……まぁ魔獣の肉片見た後だから良かったけど、普通なら吐くぞあれ」

「は、初めて裸とか見られて…まぁ、恥ずかしかったんだけどなー」


げんなりと、テラスが青ざめて当時のことを振り返っているのに隣のシャデアは顔を赤らめて恥ずかしがっている。
ナナシでも確かに状況と場所によってはフィクション映画と同等のリアリティのある恐怖を味わえるなと思いつつ、フィンが聞いたことを反芻はんすうする。


「その姿は何なんだよ」

「いや、だから分かんないですよ! 私的には成長してちょっと嬉しいですけど、胸元がキツくてちょっと窮屈してるんですよ!不便ですよまったく!」

「その服、私の持ってる服の中でも大きいほうなんだけどな…」


シャデアが苦しそうに着ているシャツの胸元を弄る。
それを見てテラスがさらにげんなりとする。
どうやらシャデアの今の発言が気に入らないらしい。

ナナシはナナシで、今の状況が謎でもう頭がいっぱいだ。

何故か復活し、しかも成長している。

シャデアの要領の分からない答えに一生分からずじまいだと思ったが、一つだけ心当たりがある人物を思い出した。


それは自分の腰元の麻袋に入れている伝説の殺人鬼だ。


この殺人鬼、切り裂きジャックは神とやらの介入で魔獣の力を手に入れ、同時に絶対に死なない身体を手に入れた。


例えば、肉片が集まって元に戻るように。

例えば、生首だけになっても生きているように。


この殺人鬼なら何かわかるかもしれない。
そう思って彼らの前に麻袋を置く。
同時に、興味津々で麻袋を見つめるシャデアに一言付け加えておく。


「この中に入ってんのは、お前を殺したやつの生首だ」

「………あぁ、テラスが魔獣を倒したって言ってましたけど。やっぱりナナシさんが倒してたんですね……それは生きてるってことですか?」

「生きてる。少なくともお前と同じような状態だな」

「へぇ……」


目の色が黒く濁るシャデアに何かとてつもないプレッシャーを感じるナナシだが、この一言で彼女の理性を取り戻す。


「この場にはフィンやテラスがいるんだぞ、落ち着け」

「………………分かりました、でも用が終わったらその生首借りますからね」


彼らの見てない場所で生首に対してどんなことをするのか、フィンやテラスはシャデアの怒りを我慢する表情に少し怖がるが、ナナシは生返事を返して了承した。

麻袋を転がして、生首を出す。

ゴロンと転がるその首に、ナナシ以外は悲鳴をあげるが、ナナシは1人不思議そうにジャックの顔を見る。

ジャックは今朝と同じ状況で口に布を詰めており、紐で固定されたままだ。
しかし、違った点がある。
それは殺人鬼ジャックの目が白目を向いていたことだった。


「…………やっぱ苦しかったか?」

「まぁ、息が出来…いや呼吸とか関係あるのか?」

「知るか」


生首でも気絶するのかとテラスと一緒に疑問に思いながら猿轡を外して、ジャックの意識が戻るのを待つ。

その間にナナシが生首を弄っていたりしていたので、フィンもテラスも抵抗が少なくなってシャデアと三人でお喋りをし始めた。

ジャックの意識が回復し目覚めたのはそれから30分後のことだった。


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