異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました
6話 やくそく
城門にしては壁がとても厚いのか、完全にくぐるには時間が掛かった。
松明が数カ所付けられており、暗い城壁内を照らす。
そこで、急にシャデアがブフッーと噴き出した。
「あはははは!ほ、本当にナナシって名乗るなんて、命の恩人だとしても、これは笑っちゃいますよ!」
「ククク……フィンお嬢様が付けた高貴な名なのだから、恥ずかしがらずとも良いではないか」
2人の騎士が笑うのと同時に、不機嫌そうな声も響く。
「みんなして私のつける名前をバカにするんですのね……だったら将来、国政で変な名前をつける事を義務化してやりますわよ……」
泣きだしかねないフィンに、さすがにテラスもあたふたとするが、シャデアはそれをあやしながら進む。
しかし、1人だけ納得できない者がいた。
ナナシ、そう無理やり名を付けられた男である。
「俺の方が悲しいぞ……どうしてこんな名前にするんだよ、今後俺はもうナナシって呼ばれるのか?えぇ!?」
殺人鬼の男がそう嘆くと、みんなで温かい視線を投げかける。
「フン、貴様のような素性の知れない不気味な者など、フィンお嬢様がお与えしたキュートなその名で少しは可愛げがあるものだろう。あと、これで昼の刻の際の貸しは返した事にするからな、以後私たちとは縁はないと思えよ」
そう言って先にトンネルの先に出るテラス。
なんだあいつはと思いつつ、殺したやろうかと本気で思うナナシであったが。
シャデアがこそりと小さな声で言う。
「きっと心では感謝してますよ、テラスはいつもそうですから」
それを聞いて少しは殺意が和らぐが、許したとは言っていない。
もうすぐでトンネルを抜けようとした時、シャデアはナナシに対して少しだけお願い事をする。
「ナナシさんはお強いですよね、私は見習いでまだ剣の腕も未熟です……」
「人間何事も練習すれば上手くなるから安心しろ」
「いえ、フィンお嬢様の護衛として付いていながら、このような醜態をさらしてしまい、あと一歩間違えてたら全員あの魔獣に喰われていたかもしれません……」
「そうだな、運が良かっただけだな」
ナナシがそう言うと、シャデアはフィンを背負っているのも忘れたかのように、深くお辞儀をする。
それにはフィンも髪が逆さまになり驚くが、それ以上にナナシの耳を疑うような発言が聞こえた。
「明日、もしお時間いただけましたら私と剣の稽古をつけていただきませんか! もちろん稽古代も払いますので!」
「……俺は剣の腕は一流ってわけじゃないぞ」
そう、技術で勝っているように見えるが、あれは能力を使っただけ。
視点を変えてみている人間にも華麗にかわして倒したように見せていただけだ。
「しかしそれでも、あなたの剣捌きには見惚れるものがありました!どうか失礼ながら、お願いします!」
そこまで懇願されると仕方がない。
それにシャデアには知りたかった情報以上のものを聞いた恩もあったりするので、ここは断るわけにはいかないと腹を括る。
「……明日、夕方もし暇ができたら門の前で会おうか。けど俺は誰かに教えたりするのは初めてだから厳しくいくと思うが構わないか?」
「はい!ありがとうございます!」
そう言ってナナシの腕を掴むシャデア。
握手をすること自体、暗殺で標的とするぐらいだからこうも好意的なものには新鮮味を感じる。
そして、今度は小指を立ててナナシに出す。
「指切り……って分かりますか? この世界では約束事をする時に盟約のような形でやるものなのですが」
「……そうだな、俺の世界にもあったなそういや」
「そうですか!なら指切りしましょう!」
そう言ってナナシが出した小指と小指と絡める。そこに、今度はシャデアの背から出た第三者の手、フィンも出す。
「2人がするのであれば、私も仲介人としてやって差し上げますわ!」
そう言うフィンにシャデアは笑い、フィンの指も一緒に絡ませる。
そして
「「ゆ〜びき〜り〜げんまん、嘘ついたら指切るぞ〜!」」
2人が笑顔で歌うその歌詞は少しばかり乱暴に聞こえるが、笑顔に相まって楽しそうにも思える。
ナナシ自身、このような指切りなどした覚えがない。
約束事など、すべて文章に出したり、あるいは紙にサインをしてそれをデータとして保存されたりと言った風なものばかりだ。
本当の意味で、新鮮だった。
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