悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア

ノベルバユーザー173744

子龍さんは、嫁に瓜二つの娘が可愛くて仕方がないようです。

 改めて父親にだっこされ、賢子かたいこは満面の笑顔で抱きつく。

「お父様‼」
「なあに?」
「賢子。このお名前のまま?」

 子龍しりゅうは考え込むと、

「じゃぁ、龍花ロンファはどうかな?お父さんの龍と、お母さんの花で、お揃い。これはお父さんがずっと娘につけたかった名前なんだ。お母さんは、元々お名前が二番目の娘と書いて『二娘アルニャン』って言う名前だったんだ。それで、桃の花の桃花タオファって、名前を変えたんだ」
「じゃぁ、たおたおって?桃桃タオタオ?どうして?」
「お父さんがお母さんを呼ぶときの名前。龍花は、花花ファファがいいかな?可愛いお花の名前」
「うん‼お父様大好き‼お母様も大好き‼」

 嬉しそうに笑う娘を見上げ、桃桃は瞳を潤ませるが、視線をずらせ晴明せいめいを見て深々と頭を下げる。

「晴明さま。本当に、本当に……何とお礼を申し上げていいか……」
「いや……本当は、もっと早く伝えたかったのだが、桃子とうこどのの回りであの者が、あれこれと……だが、一番最善の時が今であったのだと思う。桃子どの……過去は忘れ、夫君と家族と幸せになられるがいい」
「ありがとうございます。今度は、息子たちとご挨拶に伺います」

 子龍は微笑む。

「いや、あの者がうろちょろしては……」
「大丈夫です。役者不足かもしれませんが、息子たちも、ある程度力をつけておりますので。特に、下の息子は、朱雀すざくと遊ぶでしょうし、上の子は見た目は冷静沈着ですが、好奇心旺盛なのです。晴明さまのことを知り、お会いしたいと申しておりました」
「おや、これは……このような若輩がと言われないようにせねばなりませんな」
「それもまた大丈夫でしょう。晴明どのは、人であり神であり……人に恐れられ、認められた存在です。でも、優しい神だと思いますよ。でも、日本の人は変わった考え方をされる。確か崇徳天皇すとくてんのう早良親王さわらしんのう菅原道真公すがわらのみちざねこうと言った怨霊おんりょうと化したと言われる高貴な存在に、神だと神殿を建てて、そこに祀られる……」

 晴明は微妙に歪みのある苦い顔をする。

「それはですね。怨霊と言うものは、怒りと言う負の力が強いのです。この平安のみやこ……ご存知ですか?ここは、中国の洛陽らくよう長安ちょうあんの都をモチーフに作られましたが、私のいるここは、実は京から言って丑寅うしとらの方角。北東……鬼門です。つまり私は、この京の鬼門から悪いものが入ってこないようにと、ここにいろと留め置かれたのですよ」
「留め置かれた……」
「えぇ。本来、この地は四神相応ししんそうおうの地と言われて作られたのですが、平城京へいじょうきょうと言われる別の都があったのですが、その都を捨てて急遽、桓武天皇かんむてんのうの作り上げた完璧ではなかった脆いものだったのですよ」
「完璧ではない……」
「えぇ。北に山があり、東には川、南には池、西には道があると言われていましたが、朱雀大路すざくおおじは通られましたか?」

 頷く。
 大きな道で、朱雀門までまっすぐ進んでいた。

「素晴らしいと思っていたが……あまり言いにくいのですが、左京さきょうは見事な屋敷が多かったようですが、右京は古いと言うか、大きな屋敷は古ぼけ、掘っ立て小屋のような……」
「そうなんですよ。実は、右京は元々沼を埋め立てたような湿地帯だったのです。それに、ここは盆地ですので湿気がたまりやすく、西には道だけではなく、桂川かつらがわと言う暴れ川があるのです。大雨が降ると、堤防は決壊し右京は水浸し……その為に徐々に貴族は皆、左京に移ってきて、追い出された形の一般の人々や失脚して身を潜める者や、親と言う後ろ楯を失った女性が、乳母と細々と暮らすなど……左右には差が大きかったのです。身分のあるものは自分達の護衛として武器を持つものを雇いましたが、一応京には検非違使けびいしと言う存在もおりましたが……差が広い……弱者は泣き寝入りです」

 晴明は視線を空に向けた。

「弱者は嘆くしかない。怒りを向けたら、死であったり、女性ならば言葉にできないむごい目を……。でも、帝はそれをどうしようもできない。形ばかりは敬われる立場でも政治は権力は藤原氏に集中している。帝が何とか権力を分散しようとしても、嵯峨天皇さがてんのう小野篁おののたかむらを重用しましたが……あの男はその考えを越えて、自由奔放に動いた。そして、菅原道真公は献身的に仕えたものの、最後には帝が藤原に屈し、見棄て、太宰府に流された……。道真公が学問の神、雷の神として戻ってきたのは、その恨みの力を、不安定なこの京の補強のために封じたのですよ。怒りと言う感情は、最も強い力を持っていますからね。小野篁は生きていますから無理でも、本当なら封じてやったのに……」
「封じた……もしや……」

 子龍は目を見開く。
 晴明は目を細める。

「私が……自らが、ここに封じられる代わりに、他の怨霊と化した神々の封印を強化しております。ここからまた北東にある延暦寺に補強を、北には水の神である貴船神社きぶねじんじゃ、南の羅城門らじょうもんの近くには東寺こと教王護国寺きょうおうごこくじ、その南の、伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃ他……お力を借りて……ですね」
「……苦しいですな……」
「それは、生きる術ですから」

 目を伏せる。
が、

「大丈夫ですよ。子龍どの。龍花と桃子どのと、仲良くお過ごし下さい……」
「又、参ります。5人で。本当に……ありがとうございます」
「晴明さま。ありがとうございます」
「晴明さま。お兄様がいるんだって。お兄様と一緒に来ます‼な、仲良く出来るかなぁ……?」

龍花は首を傾げる。
 子龍は娘の額にコツンと額を当てて、

「大丈夫。お父様とお母様と一緒だよ?仲良くなれるよ」
「本当?お兄様たちと手を繋いでお散歩したいなぁ」

無邪気な娘が可愛くて仕方がない子龍は、頬を緩める。
 その姿に、

「晴明さま。本当にありがとうございました。又、お礼に参ります」

瞳を潤ませ、桃桃は深々と頭を下げた。



 親子と白竜はくりゅうが一条戻り橋を通り、帰っていったのを晴明は見送ったのだった。

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