悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア

ノベルバユーザー173744

桃子と趙雲と関平と黄夫人と果のお茶会です。

 諸葛家に移り静養をし、ちょっと元気になった桃子とうこは、黄夫人と娘のに、

「少し楽しまれませんか?」
「えっ?」
「私たちの時代は、特に父様が国の為に質素な生活をしておりましたの。ですから、この生活を始めて色々戴いておりますのよ」
「夫も暢気な方で、楽しみなさいと」

 二人と共に数人の女官に取り囲まれて、あれよあれよと着替えをさせられる。
 幾つか前の前世では、通称で十二単じゅうにひとえと呼ばれる女房装束にょうぼうしょうぞくで宮中を動き回っていた為、重みは気にならないが……。

「うわぁ……髪を結うんですか。ついでに、どこまで飾るんですか?アァそうですか……平凡だから飾る……は‼化粧は、もしかして、京劇のようにベッタリと⁉」
「アハハ‼桃子さんってば面白いわぁ‼」

 果は楽しげに笑う。
 果は聞いたところ諸葛家の第一子で、黄夫人の娘でありきょうせんと言う義兄弟がいた。
 喬は、元々果の従兄弟であり、呉の諸葛瑾しょかつきんの次男で、男児のいなかった家に養子に来た。
 果と喬は仲が良かったのだが、228年に父と共に出陣した戦場で病死した。
 25才……両親や果は本当に悲しい思いをしたが、その3年前に父の妾が瞻を出産した。

 母は当然年齢が高く生むことも出来なかったが、生まれた弟は、果はさほど賢いといった印象もなかった。

 喬は逝き、義理の息子を可愛がっていた母は居場所がないと屋敷を出て、喬の遺児を育てる嫁と住むようになり、父は忙しくいることも少なく、妾が女主人として振る舞うようになったのを見届けた果は、ある仙界の人と共に着いていき仙女になった。

「昔の化粧だと、よくご存じのように体に悪いわよ。最近の人間界の化粧で頑張って頂戴」
「はぁぁ?うっはぁぁ‼ななな、何をぉぉ?」
「あら、全く手入れをしていないって聞いたのに、綺麗な肌ですわぁ。つけまつげよりも、マスカラで良いでしょうか?」

 女官は問いかける。

「えぇ、可愛らしいメイクがいいわ」
「うぉぉぉ、まつげがぁぁ‼」
「お名前のように、フワッとした印象にしますわ」
「そうね。お願いね」
「うっほ……何ですかぁぁそれはぁぁ」
「楽しませて頂きますわ」




「あの、子龍将軍しりゅうしょうぐん?あの、お見舞いがどうしてここで待てですか?それよりうわぁぁ‼」

 必死にそうの穂先を払い除けながら、関平かんぺいは訴える。

「おやおや、わしが稽古をつけて差し上げたいのだが、駄目か……残念だのう……桃子どのに会わずに帰られるか……」
「帰られませんよ‼私だとて、将軍には遠く及びませんが、仮にも部将です‼稽古をつけて頂けて、光栄ですっ‼」

 父と同じ偃月刀えんげつとうを武器にしている関平は、武器を振るう。

「本当に、父上も武力バカなところはありますが、将軍もですか?」
「ほぉぉ……アレとわしを同じだと申されるか?張飛ちょうひどのや馬超ばちょうならともかく、わしは黄忠こうちゅうどののように、冷静ではないと?」

 三国演義では馬超はかなり活躍するが、馬超は正史では214年までにある程度活躍を終えていて、それも強引な策略が敗戦をよび、最後に劉備りゅうびに従った。
 後は淡々と死んだ年と、跡取りのことが記載されるのみ。
 年も若い。

 方や、張飛は正史でも活躍するが、演義はそれ以上に暴れている。

 黄忠は老人の鏡であり、と言うよりも、若者が霞む程の猛将兼、長年戦場に生きてきたしたたかさと、柔軟性があった。

「いいえぇ。一応と言うか私も長年見てきて、将軍が本当に孔明どのの重用に足る重鎮と解っておりますが‼何で、お見舞いに稽古がセットなんです‼お茶会だと聞いたのに‼」
「すみませんねぇ……私が関平どののように武芸に達者なら良かったのですが……子龍どののお相手は無理なんです」

 一人ホッコリとお茶を飲んでいる孔明は、関平は外見通り15歳程の適度な身長……低いとは言わない……に対して、趙雲と同じ当時の八尺……184センチの長身。

「軍師どのは田畑の開墾や色々とされているのに、武芸だけはそこそこですからのぉ……」
「あはは……子龍どのにお願いしてしまって」
「と言うことで、年長者の頼みを聞いてくれぬか?っと‼」
「うわぁぁ‼」

 慌てて避ける。
 父の大振りな動きと違い、『柔よく剛を制す』とはよく言ったもので、子龍の動きは舞うように美しくそれでいてこちらが隙を見せようものなら、虎が牙を剥く。
 ひやひやしていると、

「わぁぁぁ……趙雲さまぁぁぁ‼」

黄色い悲鳴である。

「素敵‼三国時代はぼうげき。でも、槍も素敵です~‼あ、関平くんは偃月刀?う~ん意外性と驚きと可愛さで点数加算‼」
「おやおや、姫にはわしの方が点数が低いのかのぉ……残念」
「いえいえいえ‼違いますぅ‼趙雲さまは一番です‼点数つけられません‼お心を悪くしたのなら土下座を‼」

 遠くから響く声に、嗜める果。

「駄目よ。桃子さん。武器を持っている人に駆け寄っては。それよりも行きましょうね」
「えぇ?この格好を人にさらすんですか?あの……前世、穴熊かタヌキなので、引きこもりたいのですが……」
「あら、折角の趙雲さまとお話できないわよ?」
「同じ席でお話?むむむ、無理でっす‼幸せすぎて昇天します」

 その声に、子龍はボソッと、

「すでに死者の輪廻転生の輪から外されておられるのに……。それに、東王父とうおうふ様に伺ったところ、西王母さいおうぼさまより桃子どのに下賜された仙桃は、最も格が上の神仙に与えられるもので、仙骨を奇跡的に持っていた桃子どのは、わしらよりも上になられるのだがの……」
「えっ?」
「元々修行をし、尸仙しせんするもの。わしは普通に死んだが、孔明どのが祀られた際に、傍にと引き上げて戴いた。私も修行をしてそれなりにはなるが……果さまも仙骨はお持ちではあられたが、修行はされたはずだが、変わらぬ程のお力かもしれぬ」

ざわざわとなにかを言い合っていたが、最後には果に引っ張られ、姿を見せたのは、

「えっ?えぇぇ?あ、あの方は……?」
「おぉ、よくお似合いだ」

訓練場兼、庭に面した回廊を果に連れられて歩くのは……。
 まだ見習い仙女……いや、幼さの残るものの可愛らしいお人形のような桃子である。

「桃子どの。お美しい……いや、初々しい。よくお似合いですぞ」
「え、果さま、どうしましょう⁉な、何か、似合ってるって……趙雲さまに‼」
「だから言ったでしょう?狸と言うのは、よく解らないけれど、十分可愛いのだから、自分を卑下したら駄目よ?」
「えっ?髭親父が来た⁉いやぁぁぁ‼」
「違う違う」

 首を振る周囲に、関平は何でここまで桃子に父は嫌われているのかと考え込む。
 そう言えば……、

「アッ!思い出しました‼日本にある関帝廟に、ある時、女性が逃げ込んできて助けてくれと……必死だったので助けようとしたら、父が『色恋沙汰には手出しせぬ。ほっておけ』って……隅に隠れていた女性の元に父と同じ位の巨漢が来て連れ去った……って、もしかして……」
「……う、うくっ、うえぇぇ……助けてくれなかった……だから、だから関聖帝君なんて、ダイッキライ‼」

泣き出した桃子に、目の前でひらりっと回廊の手すりを飛び越えた子龍が、そっと両手を頬に当てる。

「桃子どの。泣いてはなりませんぞ。もう、恐ろしいことは起こりませぬ。この私がお守り致す。愛らしい方の涙程、胸が痛むことはありませぬ」
「……趙雲さま……あ、ありがとうございます」

 ボーッと子龍の顔を見上げている間に女官が、手早く涙をそっとすいとり、化粧崩れがないようにする。
 昔と違い、今のメイク道具は汗にも強く、涙にも強い‼
 代わりに化粧落としには、注意である。

「もう悪いことは起きぬ。この趙雲と関平がおるゆえ安心なされよ」
「あ、ありがとうございます……」
「そうです。あなたには笑顔が似合いましょう。お名前のように辛い冬が終わり、春を迎えてそっとほころんで優しく咲くあなた桃花とうかの姫……ですぞ?」

 子龍の囁きに、桃子はうっとりとし、そしてバタバタと周囲の女官が倒れた。

 本当の女好き、女タラシではないが、子龍は人タラシである。
 実直な人柄もそうだが、声も言葉も選ぶのがうまい。
 そして、今回は素で言っているが、計算ずくでたらす時には、すさまじかったらしい。
 幼くて覚えていないが、長阪の戦いは無作為に戦闘能力を奪っていったが、最終的には魏の曹操も落とし、人間コレクターの彼の命令で戦場を追いかけ回されたらしい。

「え、えと……ありがとうございます。趙雲さまは心が強く、お優しい方です。でも、ご自分の努力は生前では認められなくとも、じっと我慢され戦い抜いてこられました」

 はっと子龍は少女を見る。
 少女の瞳は苦しんでいた頃は周囲から目を背けていて、まっすぐに見るのは初めてかもしれない。
 んだ目をしていた。
 労りと安らぎと尊敬が宿るまなざし。

「趙雲さま。貴方は本当に素晴らしい方です。私が尊敬する、敬愛する方です。本当に本当にありがとうございます。本当に本当に、歴史書を読みつくし、小説やゲームをやりつくし、それでも変わらず一番好きです」

 呆然と立ち尽くす子龍。

「あ、あの、どうかしましたか?趙雲さま?」

 おろおろとする桃子の頬から片手が離れ、顔を覆うと、ぶつぶつと呟く。

「そう来るとは思いませんでしたね……あぁ、本当に、こう来るとは思いませんでしたよ」
「え?えっと……趙雲さま?」
「……子龍で良いですよ。桃子どの」
「い、いきなり趙雲さまをあざな呼び捨て~‼無理無理です‼」

 慌てて首を振るが、手を離した子龍はニッコリと、

「じゃぁ、私も貴方を桃子と呼びましょう」
「エェェ‼」
「いけませんか?」

蕩けるような微笑みに、否応もなく桃子は頷くのだった。

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