異世界八険伝

AW

79.魔界統一戦争3

 悲鳴のためか、それとも異様な気配のためか。
 不意に目が覚めたボクは、暗視スキルで周囲を窺う。

 微かな月明かりが室内の暗闇を照らす。
 2つのベッドには、ボクとメルちゃん、レンちゃんとエクルちゃんが寝ている。
 既に目覚めていたメルちゃんと視線が合う。
 レンちゃん達はまだぐっすり眠っているようだ。

 階下での悲鳴はもう収まっている。

「侵入者」

 眠っていたレンちゃん達がボクの呟きに即座に反応し、枕元に置かれていた武器を取る。

 その時、ぞわりという気配がボクの背筋を襲った。


 床から黒い霧が竜巻のように噴き出している。
 それは地獄の黒炎のように見えて、ドライアイスのような冷気を孕んでいる。

 渦巻く霧が収束していき、人の形を象っていく。


 一度見たら脳裏に刻まれる異形。

 その目……。
 闇の中へと吸い込むように蒼白く光る細い目。

 そして、口……。
 不気味な仮面を彷彿とさせる三日月型の口。

 影のような黒いローブを身に纏う姿……見覚えがある!

「メノム!」

『フゥフゥ』

 侵入者は、否定もせず、不気味な笑い声を響かせる。

「何しに来た!」
「乙女を睡眠中に穢すつもり!?」

 メルちゃんとレンちゃんが叫ぶ。

『強者を喰う……汝等は我が糧……』

 喰うだって?
 まさか、リドとリズさんは!?

「エクルちゃん! リド達を見てきて!」

 恐怖で蹲っていたエクルちゃんを叱咤する。
 ドアに最も近い所に居たエクルちゃんが、飛ぶように部屋を出て行った。

 メノムは、エクルちゃんに対して全く興味がないかのように一瞥すらせず、黒いローブを滑らせるようにしてボクに迫る。

「リンネちゃん! こいつはあたしの対戦相手だよ、だからあたしに任せて!」

 レンちゃんがボクの前に躍り出る。

「既に失格している相手と正々堂々と戦う必要はありません!」

 メルちゃんがレンちゃんの隣に立つ。

『フゥフゥ……全員相手、構わない……』

 こいつの余裕、何かある!

「待って! 外へ!」

 メルちゃん達は、ボクの意図を察したのか、窓から浮遊魔法で建物の外に出たボクを追いかけてきた。
 メノムは、ボク達が逃げると思ったのか、同じように窓から飛び出してきた。

 通りに沿ったこの2階建ての食堂の裏手には菜園を含めると30m四方ほどの庭がある。連日、模擬戦で汗を流した場所だ。
 ボク達はそこへメノムを誘い込んだ。
 月明かりに照らされる中、ボク達3人はメノムと対峙している。


『フゥフゥ……全員相手、構わない……』

 鑑定は効かない!
 こいつのスキル……確か、フンババに触れることなく殺した即死スキル!
 それに、斬撃は影のようにかわしていた!
 どう戦えばいい!?
 不気味に笑うメノムに今にも斬り掛かりそうなレンちゃんとメルちゃんを手で制し、必死に考える!


 メルちゃん、レンちゃんのメイスや剣では勝てないと思う。スカイ達の召還もダメだ。あの子達を危険に晒すわけにはいかない。イフリートの召還は……街が火の海になっちゃうからダメだ。ならば、魔法……初級だけどエクルちゃんは光属性の魔法が使える。でも既に消耗しきっている。戦わせたくない。
 もう、ボクが戦うしかない!

 そう思って動こうとした瞬間、レンちゃんに止められた。

「あたしがやる! 信じて!!」

「……」

 メルちゃんは笑みを浮かべながらメイスを下ろし、下がり始めた。くっ……信じてなんて言われたら、任せるしかないじゃん。

「レンちゃん、無理はしないで! これは試合じゃない。危なくなったら退くこと! それだけは絶対ね!」

「ありがと、分かってる!」


 じりじりとメノムに歩み寄るレンちゃん。
 両手には剣王の双剣が握られている。

 対するメノムは、右手を不気味に掲げ、無手で立っている……。

 レンちゃんが先に動いた。

 闇に溶け込むように姿を消し、背後からの牽制を入れた後、横に回り込み二刀流の連撃を放つ。速い! 一瞬のうちに放った10連撃で、闇夜に砂埃が舞い上がる。
 しかし、砂埃が散った後、何事もなかったかのようにメノムが立っている。やはり物理攻撃は効かないのか!

 そして、お返しとばかりにサイスがレンちゃんに向かって振るわれる!
 いつの間にサイスを持っている!?
 いや、最初から持っていたのか! 透明な鎌……その全貌がレンちゃんの連撃で、朝露に湿った砂を浴びて見えるようになったんだ。これがフンババを即死させた正体か!
 高速で放たれた刃は、レンちゃんの頭上を切り裂く。地上すれすれまで身を屈めて避けたレンちゃんが、メノムの懐に飛び込む!

「物理攻撃は効かない!」

 ボクは夢中で叫んでしまった。
 そんなこと、レンちゃんも分かっているはずなのに。

 飛び込んだレンちゃんが採った攻撃は、かつてボクが見せた技だった。
 雷撃を纏わせた両の剣が、さっきの10連撃を超える速度で放たれる!
 上下左右に乱れ撃つ、隙のない12連撃……これが修行の成果か。

『フゥフゥ……強者也……』

 効いてる!
 ローブが切り刻まれ、仮面のような顔に怒りの炎が灯る。

 すると、メノムは、現れたときと同じように黒い霧に変わり地面に吸い込まれていく。

「気をつけて! まだ地中に気配がある!」

 メルちゃんが叫ぶ。

 油断なく構えるレンちゃんの背後から、サイスが迫る!
 振り返りざまに振るわれた雷を纏う剣は、サイスを握る手首を切り裂く!

 サイスごと霧に変わり、再びメノムは姿を眩ます。

 地面から、空中から、背後から……次々に繰り出されるサイス。でも、レンちゃんはことごとくかわし、その都度相手に手傷を負わせ続ける。

 その攻防が10分ほど続いた頃、業を煮やしたメノムが勝負に出た。

 膨れ上がる闇の霧が、レンちゃんやボク達をドーム状に囲っていく。

「下がって!!」

 レンちゃんの叫びを聞いたボクとメルちゃんは、ドームから抜け出し、後方に大きく後退する。

 闇魔法!?
 これが奴の奥の手か!

「「レンちゃん!!」」

 ボク達が叫んだ瞬間、闇の中心に現れた光点がみるみる膨らみ、闇のドームを内から弾き飛ばした!
 これは……ボクが大迷宮で使ったサンダーウェーブ? いつの間にこんな技まで……。
 でも、魔力が低いからか、威力がイマイチだ。
 メノムはまだ生きている!

 雷光に振り払われた闇は、1点に急激に収束していく。
 そして、メノムの姿が再現される。
 しかし、その姿は満身創痍だ。ローブは大きく焼け落ち、体中から紫色の血を垂れ流している。

 じりじりと近づくレンちゃんにも余裕はない。
 魔力は尽きかけ、肩で息をしている。
 でも、剣は未だに力強く雷を纏っている。

「とどめだ! 新技、赤い彗星剣!!」

 剣が纏う雷が一瞬だけ赤く輝く。
 上段から撃ち下ろされた二筋の赤い剣線が、メノムの体を縦に切断した……。

『強者……』

 メノムの弱々しい呻き声と共に、その姿は魔霧となって拡散した。勝負はついた。



 ★☆★



 朝8時過ぎ、ボク達は試合会場へと向かっている。
 そこには、リドとリズさんの姿もある。

 昨晩のメノムⅢの襲撃で、魔王リドでさえ不覚にもメノムに屈したそうだ。
 突然、両腕が切断されたうえ、闇のドームに囚われ徐々に体が侵食されていったらしい。メノムの死亡により何とか一命を取り留めたが、吸収された魔力と、回復魔法により消耗した魔力は未だ回復しきっていない。
 完全なる奇襲とはいえ、魔王すら完封する実力……それを打ち破ったレンちゃん……当然、ボク達への評価が大きく変わったようだ。

『リンネやメルはもっと強いのか?』

「ひみつ」

 自信喪失気味に聞いてくるリドを軽くいなす。
 やはり、地上界も魔界も魔族の強さはさほど変わらない。魔王やメノム級の魔人は、地上界の魔人と同等か、それ以下と言えるだろう。でも、鑑定が通じない以上、どんなスキルを使ってくるか分からない。受身になってはダメだ。

『皆さん、ありがとうね。それと、ごめんなさい』

 リズさんから改めて感謝と謝罪を受けた。

「警備が杜撰だとは言えません。だって、まさか魔王と副王が居る場所に襲撃してくる奴がいるとは思わないもん」

『面目ない。この恩はいつか必ず返そう』

 反省会をしながら会場の一角、青い色が占める場所に辿り着いた頃、闘技場に司会の魔人が上がってきた。
 昨日の猫の魔人ミィとは違う。兎の魔人だ。白く大きな耳を器用に動かしながら周囲の注目を誘っている。
 ウィズも昨日の場所に居た。こっちを見て手を振っているけど、スルーしよう。



 本戦トーナメント2日目。

 今日行われるのは、2回戦の8試合だ。
 昨日同様、Aブロックから順に試合を行っていき、今日中に優勝者候補は16名から8名に絞られることになる。


 9時になった。

『皆さん、おはようございますっ! 本日の審判と司会を担当させていただく、マロンと申しますっ!』

 短いスカート、謙虚な胸元……随分と若そうな兎だ。
 会場から割れんばかりの声援が飛び交う。やはりこの子も魔界では有名なアイドルなんだろう。確かに……顔、声、身体の全てが可愛い。

 マロンが片手を大きく上げると、会場が沈黙に包まれる。緊張した空気が場を占める。



『さっそく本日の第一試合ですっ! Aブロックの対戦者わ、1回戦を無傷で勝ち進んだ北王ノクト様と、豪快に竜退治を果たした西の副王リズさんっ! いきなり大注目の一戦ですっ!』

 赤色の陣地から2mの巨体が浮遊してくる。漆黒の鎧に身を包んだ北王ノクトが闘技場に音もなく舞い降りる。左手に握られた大剣、兜から伸びる2本の角……ヴァイキングのような、鬼のような感じだ。漂うオーラが半端じゃない。

 ボク達の所に居たリズさんは、闘技場に歩いて向かう。青い鎧の上にかけたマントを翻し、悠然と歩く姿は勇者っぽく見える。蒼白く光を放つ細剣を、既に右手に握り締めている。その後ろ姿を見る限り、あまり緊張しているようには見えない。本調子ではないと思うけど、頑張れ。


『それでわぁ、正々堂々と……試合開始!』

 先に動いたのはリズさんだ。
 左手で火魔法を連発しながら10mの距離を一気に詰めていく。

 対するノクトは全く動かない。
 リズさんが放つ魔法は、ノクトの闇の障壁に遮られ、ことごとく消滅していく。

 両者が間合いに入った瞬間、激戦の火蓋が切って落とされた。

 ノクトの踊るような剣戟。それを紙一重でかわしながら刺突を繰り出すリズさん。細剣がノクトの鎧を掠った際の火花が、まるで花火のように煌く。
 1分間のうちに放たれた剣戟は数百にも及んだ。恐らく、細かい攻防まで見ることが出来た者は、3000名を超える見学者のうち、10名もいなかっただろう。

 リズさんは一旦大きく距離を開けると、剣を鞘に戻し、両手で印を結びながら長々と魔法の詠唱に入る。

 会場は大きなどよめきに包まれる。
 リドは終始険しい表情を浮かべている。

 ノクトが動いた。
 大振りに薙ぎ払われた波動が床を抉り、竜巻を起こしてリズさんに向かう。ノクトは無表情で大剣を振り続ける。2つ、3つ……合計5つにも及ぶ竜巻がリズさんを囲うようにして発生し……闘技場全体が暴風に晒され、審判のマロンは必死にスカートを抑えながら退避していく。

 暴風の中、リズさんは結界等の防御魔法を唱えることなく、ひたすらに印を結び続ける。

 そして、数分にも及ぶ詠唱が完成する。

『出でよ、サラマンダー!』

 下位精霊!?
 業火の中から1体の火蜥蜴が這い出してくる。
 大きい……体長5mにも及ぶ火蜥蜴は、暴風をものともせずノクトに突っ込んでいく。

 闘技場に炎の渦が沸き起こる。
 サラマンダーの発する炎とノクトの暴風が激しく鬩ぎ合う。

 ノクトが高々と飛び跳ねる。10mくらいは飛んだように見える。そして、空中で大剣を上段から一気に振り下ろす!

 今度は竜巻ではない。強烈な風刃だ。
 モーゼの十戒さながらに、サラマンダーの頭部から尻尾までが綺麗に切断されると、その余波は周囲の竜巻ともども消滅させた。

 一瞬の隙を突き、天を翔けてノクトに急接近するリズさん。その剣は、蒼白い炎を帯びている。

 暗黒の大剣と蒼白い細剣が空中で激突する!
 リズさんの刺突は、大剣の腹を貫通し、ノクトの鎧に深々と突き刺さった!

 その瞬間、再び炎が沸き上がった!

『ぐぁぁぁ!』

 絶叫するノクトの体を、復活したサラマンダーが焼き尽くす。
 大剣は鎧ごと細剣に貫かれて使えない。

 しかし、ノクトの右手刀が至近に迫っていたリズさんのお腹を貫く……。

『ぐはっ!』

 吐血して地に堕ちるリズさん。
 手刀でサラマンダーの頸を切断し、地に降り立つノクト。

 距離を置いた両者は、お互いに回復魔法で傷を癒していく。

 でも……リズさんは明らかに魔力が尽きかけていた。

『お前の負けだ!』

 静まり返る会場にリドの声が響き渡る。
 それを聞いて悔しそうにリズさんが降参を宣言した。

『試合終了! 勝者はノクト様っ!』

 ノクトは無言で闘技場を後にした。
 剣は半ばから折れ、鎧にも無数の穴や亀裂が走っている。魔王クラスは実力が互角と言われる通り、勝てても無傷とはいかないようだ。本来ならば、お互いに傷を癒しながらどちらかが死ぬまで戦い続けるのだろう。昨晩のメノム襲来がなければ違った結果が見られたかもしれない。

 リズさんは味方に支えられながら闘技場を降りる。
 悔しそうな表情の中に、一瞬だけ笑顔が見えた。

 ■Aブロック
 ○ノクト VS リズ×



『初戦から激しすぎましたっ! 因みに、私に怪我をさせた選手は失格ですからねっ! 闘技場の修繕も済みましたので、Bブロックに進みますっ! 対戦は、多彩な魔法を操るゾフィさんと、イケメン魔人のウィズさんですっ!』

 ウィズの2回戦だ。相手のゾフィは強いけど南の4番手だ。1回戦で南の2番手に楽勝したウィズが有利だろう。

 ウィズがゆっくりと闘技場に上がる。
 既にゾフィは上で待ち受けていて、昨日のデ・ラーズの敵を討つと言わんばかりの形相で睨みつけている。

『でわぁ、正々堂々と……試合開始っ!』

 ゾフィが左右の手に掲げた2本のワンドの動き合わせ、半透明の巨大な腕がウィズに襲い掛かる!

 ウィズは構わずゾフィに歩み寄る。

 それは、一瞬だった……。
 2本の巨大な腕がウィズを挟むように両手で包み込んだその瞬間、赤い閃光が掌ごとゾフィの腹部を貫いた!

 即座に距離を保って回復魔法を掛けるゾフィに、腕を振り払ったウィズが瞬時に迫る!

 右に左に振るわれる拳が、ゾフィの体を滅多打ちにしていく。

『降参!』

『終了! 終了ですっ! Bブロックの勝者わ、ウィズさんですっ!』

 全身ボロボロに殴られたゾフィを見て、審判のマロンは即効で試合を終了させた。
 会場も、女性に対して容赦なく拳を振るったウィズに非難殺到だ。これは酷い……。

 ウィズがこっちを見る。
 同じように戦ってみろよ、と言っているような顔だ。

 ■Bブロック
 ○ウィズ VS ゾフィ×



『ちょっと引きました……気を取り直してCブロックに進みますよっ! 北王四天王の筆頭戦士を倒したメルさんと、1回戦を同じく圧勝した蜥蜴魔人のセムソチさんの対戦ですっ! 女性同士の戦いですね、楽しみですっ!』

「メルちゃん、頑張って!」
「はい。すぐに終わらせてきます」

 メルちゃん、余裕そうだ。
 昨夜のレンちゃんの戦いを見て刺激を受けているに違いないけど、でも相手の防御は鉄壁だよ。慎重にね……。

『でわでわっ、正々堂々と……試合開始っ!』

 セムソチが三叉の矛をかざして突進してくる。
 胸元を狙った鋭い突き……確実に殺しにきてないか!?
 メルちゃんはそれをかわしざまにメイス一閃……矛が床にめり込み、半ばから折れた。

 動揺しながらも、セムソチは体術に切り替える。
 左右の突きに尻尾による薙ぎ払いを組み合わせた攻撃……でも、メルちゃんには当たらない。メイスを縦横無尽に操り、全てを叩き落していった。

 戦いは3分も掛からなかった。
 武器も拳も尻尾も砕かれたセムソチは、早々に降伏した……。

『圧勝ですっ! 勝者メルさんっ! 全く攻めることなく勝ってしまいましたっ!』

 ■Cブロック
 ○メル VS セムソチ×



『続きまして……Dブロックわ、西の対決ですっ! 魔王リド様と、将軍ガラハドの対戦……』

『降参する!』

 ガラハド将軍が闘技場に上がるまでもなく降参の意思を示した。

『ガラハドよ、遠慮せずかかってくれば良いものを……』

『お戯れを! 過去の戦績、私の0勝799敗……800敗目は別の機会にしましょうぞ!』

 魔界にもバトルジャンキーが多そうだね。

『Dブロックわ、予想通りの決着ですっ! 勝者、魔王リド様っ!』

 ■Dブロック
 ○リド VS ガラハド×



『次わEブロックですっ! 南の魔王カーリー様と、1回戦を不戦勝で勝ち上がった北王四天王アビスの対戦ですっ!』

 白亜のローブに身を包むカーリー。フードの中に隠された素顔は見ることが出来ないけど、あの眼光と牙は脳裏に焼きついている。思い出すだけで怒りが沸々と沸いてくる。

 対する北王四天王のアビスは、真紅の鎧を身に纏い、3m近い槍を天に掲げる戦士だ。

『でわぁ、正々堂々と……試合開始ですよっ!』

 開始早々、空高く舞い上がったカーリー。

 対空の遠距離攻撃手段がないのか、アビスは槍を構えたまま何も出来ずにいる……。

 カーリーが漆黒の杖を詠唱と共に振り上げると、半径3mほどの炎を纏った隕石群が出現した。その数、1、2……3つ。
 不敵な笑みをボクの方に向けている。牽制しているつもりだろうか。

 杖を振り下ろすと、メテオが轟音を立てながらアビスに猛然と襲い掛かる……。

 着弾に伴う爆発と爆風が止むと、アビスが地に伏して痙攣していた。

『終了ですっ! Eブロックの勝者わ、南王カーリー様ですっ! 圧勝でしたっ!』

 ボクを睨むカーリーに優しい笑顔をプレゼントしておく。だって、君は明日の3回戦でレンちゃんに負けるんだもん。

 ■Eブロック
 ○カーリー VS アビス×



『えっと……Fブロックについてわ、大会規約通りにメノムⅢの反則負けとなりますので、勝者わレンさんですっ!』

 レンちゃんは、相変わらず大きな欠伸をしながら右手を突き上げている。

 ■Fブロック
 ○レン VS メノムⅢ(失格)×



『Gブロックですねっ! 昨日と同様に、南同士の戦いですっ! カーシムさんと、ラクシュさんの対戦ですっ!』

 あれだ。結婚しそうな熱い戦いをしていた仮面魔術師カーシムだ。それと、魔術師なのに剣術で押し切ったラクシュ。どちらも白いローブということは、カーリーの魔術師部隊のメンバーなのか。

『戦うのかなっ? でわ、正々堂々と……試合開始っ!』

 お互いに杖を向け合い、魔法を放つ。

 雷魔法か。それも下級。
 いや……徐々に威力を上げている!?
 白い雷撃が太さを増しながら、その中間点で火花を散らす。その火花が徐々にラクシュに近づいていく……やはりカーシムの方が魔法戦には分がありそうだ。
 火花がラクシュの杖に触れる直前、身を翻して雷撃をかわすと、鞘から剣を抜き放ちカーシムに迫る!

 カーシムの火弾を転がりながら掻い潜ったラクシュは、剣先をカーシムの喉元に突き出す……すると、カーシムは仮面を取り呟いた。

『君が転げまわって避けているとき、パンツが見えたよ』

 その後、滅多打ちにあったカーシムが降参して、改めて勝負がついた。

 テラさんとの結婚は無くなりそうだ。

『Gブロック勝者わぁ、ラクシュさんですっ! 見事に女の敵を撃破しましたっ!』

 ■Gブロック
 ○ラクシュ VS カーシム×



『本日最後の試合ですっ! 展開が早いですねっ! 雷の大魔法を得意とするノロイさんと、北王四天王に楽勝したリンネさんの対戦っ!』

「リンネちゃん、ほどほどにね」

「そこは、頑張ってねって言ってほしいんだけど……」

 メルちゃんは応援してくれているのか不明な発言だし、レンちゃんとエクルちゃんは眠そうだし。まだ昼間なのに……。

 ボクは浮遊魔法を使って闘技場の隅に降り立つ。

 相手はノロイ……さっきのカーシムやラクシュと同じように白いローブを着た魔術師だ。魔法防御は強そうだね。よし、物理攻撃でいこう。それと……手の内を1つ見せておこうかな。
 ボクは棒を両手に持ち、10mの距離を隔ててノロイと対峙する。

『でわぁHブロック、正々堂々と……試合開始ですっ!』

 一瞬で終わらす!

(時間遅滞!)

 時間の流れを1/10にする奥の手だ。一度見せておかないと、初見では反則に近い技だからね!

 10mの距離をあっという間に詰め、ノロイを射程圏内に捉える!ノロイは、杖を頭上に掲げ、無防備に魔法を詠唱している。申し訳ないけど、戦闘不能にさせてもらう。5発……両手両脚の関節と、杖を砕く。そして再び10mの距離をとる。ボクの体感で5秒だ。実際は0.5秒しか経っていないはず。

『ぐぁああ!?』

 訳が分からないという表情でノロイが悲鳴を上げ、崩れ落ちる。

『降参する?』

『くそっ、何が起こった!?』

 ボクはゆっくりとノロイに向かって歩む。

『降参だ! もう戦えない!』

『あれっ!? ノロイさんがいきなり自滅しました……Hブロックの勝者わ、リンネさんですっ!』

 ウィズを見ると、予想通りに固まっている。
 カーリーもだ。

 よし、良い牽制になったはずだ。
 ボクは堂々と闘技場を降りて皆のそばに向かった。

 ■Hブロック
 ○リンネ VS ノロイ×



 ★☆★



「楽勝でしたね」

「メルちゃんもね!」

 ボク達の会話に、さすがの魔王リドも呆然としている。
 これだけ実力の差を見せておけば、深夜の襲撃はないよね? 逆に襲撃される理由になっちゃったか!?


 9時に始まった2回戦だけど、各試合が短時間で終わったため、まだ正午にすらなっていないようだ。
 ボク達は、夕方まで魔王城キュリオ・キュルスの探索と食い倒れツアーをし、早めにベッドに入った。大会で知名度が上がったようで、街中で絡まれることは全くなかった。

 明日の準々決勝4試合は、朝10時開始らしい。
 第1、2、3試合は大注目だね!

 第1試合 ノクト VS ウィズ
 第2試合 メル VS リド
 第3試合 カーリー VS レン
 第4試合 ラクシュ VS リンネ

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