異世界八険伝
76.魔人ウィズの陰謀
「リンネちゃん……何ですか、そのはしたない格好は!後でダフさんに予備をいただきに行ってくださいね!!」
会って早々、メルちゃんに叱られた。
それもそのはず。脱いだローブの下に着ていた白シャツと短めなグレーのスカートにも所々に焦げ穴があり、下着が見えていたからだ。
とりあえず、古いローブを着ておく。
仲間達が会議室に集まった。
「ただいま!新しい仲間を紹介します!皆が待ち望んだ最後の召還者、サクラちゃんです!!」
ヴェローナも交えて簡単な自己紹介と情報交換を行った後、誰からともなくミルフェちゃんの件に話が及ぶ。ボクたちが笑顔で抱き合うのは、ミルフェちゃんを無事に見つけ出してからだ。皆がそう思っていた。
「クルン、占ったです。ミルフェ様はまだ王宮にいます!」
「「えっ!?」」
「リンネさん、さっきの話の中で“ウィズは異世界を転移している”と言っていましたね。魔界から地上界に戻ってきている……つまり、今回の件にウィズが直接関わっている可能性もありますよ」
アイちゃんの一言で、場に緊張が走る。
『それはないはずよ。何かしらの条件が足りないのでしょう。魔界への往復は常に私と一緒でしたし、本人がはっきりと無理だと言っていたわ』
「確かにそうかもしれない。魔王や魔神との会話から推測すると、ウィズが魔界にいた形跡は、ヴェローナを仲間に加えた以後のものばかりだった」
ヴェローナとボクの発言で、皆が落ち着きを取り戻す。メルちゃん、レンちゃんが武器をしまう。
「分かりました。今回の件、もう一度確認です。ミルフェ様がまだ王宮にいるということは、自らの意思による場合、他者が関与している場合が考えられます。どちらも身に危険が迫っている状況だとは思いますが、特に後者の場合……王宮内に敵がいるということになりますね」
『革命!?』
アユナちゃんが物騒な単語を使う。
「ランゲイルさんや前国王は知らないようだったけど、ボク達を騙したってこと?」
「いえ、“その他の勢力”と考えるべきでしょうね」
「もしかして、第1王子!?」
「どうでしょう……」
「行けば分かります!」
メルちゃんの言う通りだ。
★☆★
西日が物憂げに照らし出す王宮内を、ボクはメルちゃんと2人きりで潜入中だ。
他の皆はニューアルンに残ることになった。戦いに備える為の準備だ。
アユナちゃんがニューアルンの仮王宮に転移と魔力探知を阻害する結界を張り、ボク達が帰還してすぐに発動できるようにする。他の仲間は作戦会議と物資調達を行うことになった。
「リンネちゃん、いくつか魔族の気配があります……」
「魔族!?やっぱりウィズが……」
「いえ、魔人ほど強力ではありません。あっ……北塔に集中しています」
「北塔……」
以前、ミルフェちゃんに案内されながら聞いたことを思い出す。
フリージア王宮は、大きく5ブロックに分けられる。中央区に位置する3階層の巨大ドームは、王族居住区域や謁見室等の主要機関が集中する。南塔には大食堂が、東塔には図書室が、西塔には研究室が設けられていて、それぞれ利用者も多い。
しかし、北塔は……重犯罪者を収監する場で、厳重な警備が施されている。王宮中央部にも地下牢はあるが、あくまで留置場の役割しかない。本当に危険な犯罪者のみを収監し、場合によっては拷問を行う場が、北塔だった。
拷問……最悪な想像が脳裏を過ぎる。
「メルちゃん、北塔に行こう」
「あの男性、魔族だと思います」
北塔へ向かう途中、連れ立って歩く王宮警備兵に遭遇した。その中央の男性を見ながらメルちゃんが小声で囁いた。
魔人であるヴェローナやウィズのように、人間に変身できる魔族もいる。王宮の警備兵、中枢にまで魔族がいるなんて……。
[鑑定眼!]
種族:インキュバス
レベル:35
攻撃:18.75(+4.20)
魔力:52.30
体力:33.85
防御:21.90(+3.20)
敏捷:18.55
器用:22.60
才能:1.70
「ほんとだ。インキュバス、レベル35。今は目立ちたくないから戦わない方がいいね」
「私もそう思います」
夕闇に紛れて王宮中央区の敷地を通り抜ける。
そして、目的地である北塔を目にしたとき、ボク達は覚悟を決めざるを得なくなった。
塔の周辺には警備兵が3人。やはり魔族が1名加わっていた。
「メルちゃん、ボクに任せて」
理想は、気付かれずに潜入することだ。
新しいスキルを試そう。
ボク達は大きく迂回して、入り口の反対側から北塔に近づいた。大丈夫、気付かれていない。
メルちゃんをその場に待たせてスキルを発動させる。
「時間遅滞!」
ボクは浮遊魔法を使い、警備兵の背後に回る。
3人の首筋に手刀を叩き込む。人間の警備兵には悪いけど、騒がれると面倒なので彼らにも気絶してもらう。
警備兵達を塔の壁に寄り掛からせる。
ここで遅滞効果が切れた。
イフリートと戦ったときには気付かなかったけど、意外と魔力消費が大きい。魔力総量の1割も使うようだ。このスキル、多用は厳しい……いざと言うときの切り札だね。
「いったいどうやって……」
メルちゃんを迎えに戻ると、目をぱちくりさせながら聞いてきた。スキル使用中のボクの行動は、相当じっくり見ていないと分からないくらいの速度かもしれない。
「時間を止めるようなスキルだよ。さぁ、中へ急ごう」
慎重に様子を窺いながら侵入する。
直径20mほどの塔の内部は意外と明るい。
1階部分は警備兵の詰所になっているようで、6人の姿が確認できる。
入り口と同様、背後からの手刀で意識を失わせる。
魔力残量が心許ない。魔界の扉を破壊してから多少は回復したとはいえ、残り2割を切っている。次からは強硬手段を使うしかない。
地下への階段は詰所の最奥にあった。
警備兵から鍵を拝借し、下り階段に1mおきに設けられた3重の鉄扉を開けていく。
入り口から10mほど歩いたところにあった4つ目の扉には、魔力結界が施されていた。
どうやら、開放に一定の魔力を要する種類の扉らしい。
「私が開けます」
メルちゃんは、扉に描かれた魔法陣中央の円に手を触れ、魔力を流し込む。
扉の魔法陣が白く輝き始め、少しの振動の後に扉が半透明になった。
「これで通れるようです」
恐る恐る踏み込む。
すると、目の前に5つ目の扉があった。
「これは……魔力遮断結界です」
フリーバレイの落とし穴や、グスカの居城にあったやつか。
魔法が使えない恐怖は異世界で十分に思い知らされたばかりだ……でも、今回は力強い仲間、メルちゃんがいる。きっと大丈夫だ。
「開けます」
メルちゃんが扉を押し開く。
「お、重いです……」
顔が赤くなっている。
相当な重さらしい……。
あまりにも厳重な牢獄……。
この奥にミルフェちゃんがいる。
拷問を受けていないだろうか。性的虐待も……。食事はしっかり取れているのだろうか。病気や怪我は……。ひたすら湧き起こる心配事に、呼吸が苦しくなる。
扉が振動と共に開け放たれていく。
すると、中から光が差し込んできた。
「ここは……」
ボク達の目にまっすぐ映ったのは、大きな湖と……その向こう岸、湖畔に佇む洋館だった。
湖を囲い込むように、門から洋館までの街道が整備されていて、周囲には森や畑、町まであった。
そしてさらに……燦々と輝く太陽。
遥か彼方には、一直線に伸びる地平線と、遠くに霞む山々のなだらかな稜線が見えている。
「異世界……」
「いえ、恐らくは迷宮と同じような異空間魔法の類でしょう。王宮の地下にこのような場所があるとは……リンネちゃん、あの洋館に向かいましょう」
スカイ!
……やはり召還魔法も使えないか。
遠いけど歩くしかない。
湖の左手に見える町や畑を避けて、右側の森を通る道を選択する。浮遊魔法で湖を突っ切るのが最短最速だけど、残念ながら魔法が使えない。
30分ほど歩くと、洋館を囲う門に到着した。
門の周辺には誰も見当たらない。
念の為、門を避けて裏側の壁に回りこむ。
メルちゃんの魔力探知すら出来ない状況で、ボクたちは慎重に壁をよじ登った……。
「リンネちゃん、メルちゃん、いらっしゃい!」
「「えっ!?」」
目の前には、満面の笑みを湛えるミルフェちゃんが立っていた……。
★☆★
「心配させちゃってごめんなさい!!」
ニューアルンの会議室に到着して早々、ミルフェちゃんは開口一番、居並ぶボク達に謝り、深々と頭を下げている。
「ミルフェ新王、ご無事で何よりです。遅い時間で恐縮ですが、事情を説明していただけますか?」
アイちゃんが頬をぷっくり膨らませながら催促する。心配し過ぎた反動か、一国の元首が何の連絡もなしに蒸発したことに対して、物申すところがあるのだろう。
「はい、勿論です……」
ミルフェちゃんの話は、途中途中にボク達の質問を挟みながら3時間も続いた。
まず、ミルフェちゃんは使い魔の妖精ミール(契約時に自分の愛称を使ったらしい)の“目と耳”によってボク達の言動を逐一把握していたらしい。
それと同時に、国家の諜報網により、ウィズの行動と目的もつかんでいた。それは、魔族軍によるミルフェちゃんの誘拐と、ロンダルシア大陸全土を巻き込む戦争計画だった。
魔族の中にも、人との共存を目指そうとする穏健派もあった。以前、ウィズが利用していた一派だ。彼らの協力を得て、フリージア軍は何度も王都に迫る魔族軍を退け続けた。
そんな中、情勢を大きく動かす事件が起きた。ウィズによる最後の召還石奪取と、召還である。
そこに現れたのが、元アルン王国王太子のレオンだった。彼はミルフェちゃんに、召還者の目的がミルフェちゃんの誘拐だと告げ、逃亡計画を実行した。そして、絶対逃亡不可能とされる王族の軟禁場所、北塔の地下に連れて行かれた……。
ボク達が到着したとき、レオンは連絡が取れなくなった仲間を探す為、塔の外に出ていたらしい。
『顔だけイケメン王子!』
アユナちゃん、そう言えば嫌いだったね。
「つまり、レオンがミルフェちゃんを誘拐したということ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!レオン君は悪くないわ。彼は私を助けてくれたのよ!」
ミルフェちゃんが泣きそうな顔で彼を庇っている。
「ミルフェ新王、いくつか質問がありますが、宜しいでしょうか」
アイちゃんが目を瞑りながら考え込んでいる。
「はい……」
「まず1つ目。どうして誰にも相談せずに避難したのですか?」
「レオンが黙っているようにって……」
「彼は、自分が関わっていることを知られたくなかったのでしょうね」
「……」
「2つ目。新王誘拐の際の目撃証言“白い衣を纏った者”というのは誰の発案ですか?」
「それも、レオンがそう言わせろって……」
「彼は、エンジェルウイングやクルス光国を犯人に仕立て上げ、戦争を起こそうとしたのですよ」
「……」
「3つ目。王宮を警備している魔族を雇ったのは誰ですか?」
「レオンが……」
「4つ目。北塔の地下を避難場所に選定したのは誰ですか?」
「レオン……」
『そこって、湖のある屋敷でしょう?以前、ウィズが私に案内したことがあるわ』
「はい、ヴェローナさん。それに、わたしが調べた情報によると、“ホーク”を名乗る者が数日間だけ北塔の警備兵をしていたそうです。他国の王太子であるレオンさんが、国家機密レベルの軟禁場所を知っているのはどうしてでしょう」
「……」
「決まりですね。レオンさんはウィズに利用されている。ミルフェ新王の誘拐はウィズの指示だと考えられます」
「……そんな……レオンは私にプロポーズしたのよ!?」
「えっ!?ミルフェちゃん、OKしたの!?」
あまりの衝撃で、一瞬目の前が真っ白になった。
「まだ……でも、命を救ってもらった恩を返さなきゃと思ってた……」
「ミルフェ新王、レオンさんはアルンの護衛や見張りを惨殺してフリージアへ逃亡しました。わたしは、その時点で既にウィズとの関わりがあったと考えています。ただし、レオンさん自身にそこまで残虐な心があるとは思っていませんが、目的の為には手段を選ばないという姿勢は軽蔑します」
確かに、ミルフェちゃんとレオンは幼馴染で、美男美女で、こんな時代じゃなければ結ばれていたのかもしれない。それに、元を辿ればヴェローナがレオンを誑かしたことが原因かもしれない。
ボクがちらっとヴェローナを見ると、彼女もばつが悪そうに目を逸らしている。
でも、ミルフェちゃんの誘拐をきっかけにした戦争、サクラちゃんの召還とボク達の襲撃……この2つは確実に潰せたと思う。
「これでウィズの計画は潰せたね!」
「リンネさんの言う通りですが、まだ油断は出来ませんよ。フリージア王宮に残る魔族がウィズの指示で動く可能性もあります」
「それは私に任せてください。私のスキルで調べます」
★☆★
ボク達は、ほぼ徹夜で事後処理に駆け回ることになった。
フリージア王国のランゲイルさん達に事情を説明し、ミルフェちゃんをしばらくの間だけボク達が匿うことにした。
混乱していた解放軍を立て直し、3日後に各所に残存する魔族拠点に向けて進軍することになった。
ボクは、ダフさんの所に飛んで、予備の大賢者のローブを貰ってきた。襟の首元にⅡというピンが付けられている。制服の学年章みたいだ。ついでにサクラちゃんの装備も入手した。
サクラちゃんはギルドでステータスの確認をしてもらった。思っていた通り、魔力が高い。ステータスポイントが使われずに19も残っていたので、平均的に割り振ってもらった。
◆名前:サクラ
年齢:16歳 性別:女性 レベル:20 職業:大魔導師
◆ステータス
攻撃:4.00
魔力:33.45(+5.20 消費-10% 効果+10%)
体力:6.00
防御:6.00(+5.20 魔法防御+4.00)
敏捷:6.00
器用:2.60
才能:2.00(ステータスポイント0)
◆先天スキル:食物超吸収、ソウルジャッジ、火魔法/上級
◆後天スキル:
◆称号:桃の召還者
[ソウルジャッジ:対象の魂の潜在的価値を評価する。付随的な効果として、相手の記憶を探ることも出来る]
そして、フリージア王都の王宮在籍の魔族を調べていった結果、その大半にウィズとの繋がりが認められて捕縛された。しかし、真に人との共存を志す魔族もいたことが心から嬉しかった。
「今後のことですが……」
事後処理が一段落し、皆で朝食を食べているときに、アイちゃんが話し始めた。
「3つに分かれましょう。A班は魔界へ、B班は天界へ、C班はニューアルンで待機です」
「魔界って、ウィズがいるよね!?」
「はい、作戦があります。ウィズには散々振り回されましたので、今度はこちらからウィズを嵌めます。この手紙を魔王リドに渡してください。そうすれば大丈夫です。A班は、リンネさん、メルさん、レンさん、エクルさん。B班は、アユナちゃんとサクラちゃんにお願いします。C班は、わたしとクルンさん、ミルフェ様です」
『えぇ~、リンネちゃんと一緒がいい!』
「クルンもです……」
もう、この天使っ娘と狐っ娘、可愛すぎ!
両腕でぎゅっと抱きしめてあげた。
「魔界では戦争が起きます。お二人には危険です。それに、獣人は天界へは行けませんので、この班分けしかありません」
いろいろ事情があるんだね……って、魔界で戦争!?
「戦争って……」
「リンネさん、そのお手紙があれば大丈夫ですから」
うん、アイちゃんを信じるよ……。
そして日が南中する頃、A班とB班はそれぞれの地に旅立って行った。
天界への案内役が魔神だと知ったときのアユナちゃんの顔は、一生忘れない。
(リンネさん、魔界を楽しんできてください)
(楽しむ!?)
会って早々、メルちゃんに叱られた。
それもそのはず。脱いだローブの下に着ていた白シャツと短めなグレーのスカートにも所々に焦げ穴があり、下着が見えていたからだ。
とりあえず、古いローブを着ておく。
仲間達が会議室に集まった。
「ただいま!新しい仲間を紹介します!皆が待ち望んだ最後の召還者、サクラちゃんです!!」
ヴェローナも交えて簡単な自己紹介と情報交換を行った後、誰からともなくミルフェちゃんの件に話が及ぶ。ボクたちが笑顔で抱き合うのは、ミルフェちゃんを無事に見つけ出してからだ。皆がそう思っていた。
「クルン、占ったです。ミルフェ様はまだ王宮にいます!」
「「えっ!?」」
「リンネさん、さっきの話の中で“ウィズは異世界を転移している”と言っていましたね。魔界から地上界に戻ってきている……つまり、今回の件にウィズが直接関わっている可能性もありますよ」
アイちゃんの一言で、場に緊張が走る。
『それはないはずよ。何かしらの条件が足りないのでしょう。魔界への往復は常に私と一緒でしたし、本人がはっきりと無理だと言っていたわ』
「確かにそうかもしれない。魔王や魔神との会話から推測すると、ウィズが魔界にいた形跡は、ヴェローナを仲間に加えた以後のものばかりだった」
ヴェローナとボクの発言で、皆が落ち着きを取り戻す。メルちゃん、レンちゃんが武器をしまう。
「分かりました。今回の件、もう一度確認です。ミルフェ様がまだ王宮にいるということは、自らの意思による場合、他者が関与している場合が考えられます。どちらも身に危険が迫っている状況だとは思いますが、特に後者の場合……王宮内に敵がいるということになりますね」
『革命!?』
アユナちゃんが物騒な単語を使う。
「ランゲイルさんや前国王は知らないようだったけど、ボク達を騙したってこと?」
「いえ、“その他の勢力”と考えるべきでしょうね」
「もしかして、第1王子!?」
「どうでしょう……」
「行けば分かります!」
メルちゃんの言う通りだ。
★☆★
西日が物憂げに照らし出す王宮内を、ボクはメルちゃんと2人きりで潜入中だ。
他の皆はニューアルンに残ることになった。戦いに備える為の準備だ。
アユナちゃんがニューアルンの仮王宮に転移と魔力探知を阻害する結界を張り、ボク達が帰還してすぐに発動できるようにする。他の仲間は作戦会議と物資調達を行うことになった。
「リンネちゃん、いくつか魔族の気配があります……」
「魔族!?やっぱりウィズが……」
「いえ、魔人ほど強力ではありません。あっ……北塔に集中しています」
「北塔……」
以前、ミルフェちゃんに案内されながら聞いたことを思い出す。
フリージア王宮は、大きく5ブロックに分けられる。中央区に位置する3階層の巨大ドームは、王族居住区域や謁見室等の主要機関が集中する。南塔には大食堂が、東塔には図書室が、西塔には研究室が設けられていて、それぞれ利用者も多い。
しかし、北塔は……重犯罪者を収監する場で、厳重な警備が施されている。王宮中央部にも地下牢はあるが、あくまで留置場の役割しかない。本当に危険な犯罪者のみを収監し、場合によっては拷問を行う場が、北塔だった。
拷問……最悪な想像が脳裏を過ぎる。
「メルちゃん、北塔に行こう」
「あの男性、魔族だと思います」
北塔へ向かう途中、連れ立って歩く王宮警備兵に遭遇した。その中央の男性を見ながらメルちゃんが小声で囁いた。
魔人であるヴェローナやウィズのように、人間に変身できる魔族もいる。王宮の警備兵、中枢にまで魔族がいるなんて……。
[鑑定眼!]
種族:インキュバス
レベル:35
攻撃:18.75(+4.20)
魔力:52.30
体力:33.85
防御:21.90(+3.20)
敏捷:18.55
器用:22.60
才能:1.70
「ほんとだ。インキュバス、レベル35。今は目立ちたくないから戦わない方がいいね」
「私もそう思います」
夕闇に紛れて王宮中央区の敷地を通り抜ける。
そして、目的地である北塔を目にしたとき、ボク達は覚悟を決めざるを得なくなった。
塔の周辺には警備兵が3人。やはり魔族が1名加わっていた。
「メルちゃん、ボクに任せて」
理想は、気付かれずに潜入することだ。
新しいスキルを試そう。
ボク達は大きく迂回して、入り口の反対側から北塔に近づいた。大丈夫、気付かれていない。
メルちゃんをその場に待たせてスキルを発動させる。
「時間遅滞!」
ボクは浮遊魔法を使い、警備兵の背後に回る。
3人の首筋に手刀を叩き込む。人間の警備兵には悪いけど、騒がれると面倒なので彼らにも気絶してもらう。
警備兵達を塔の壁に寄り掛からせる。
ここで遅滞効果が切れた。
イフリートと戦ったときには気付かなかったけど、意外と魔力消費が大きい。魔力総量の1割も使うようだ。このスキル、多用は厳しい……いざと言うときの切り札だね。
「いったいどうやって……」
メルちゃんを迎えに戻ると、目をぱちくりさせながら聞いてきた。スキル使用中のボクの行動は、相当じっくり見ていないと分からないくらいの速度かもしれない。
「時間を止めるようなスキルだよ。さぁ、中へ急ごう」
慎重に様子を窺いながら侵入する。
直径20mほどの塔の内部は意外と明るい。
1階部分は警備兵の詰所になっているようで、6人の姿が確認できる。
入り口と同様、背後からの手刀で意識を失わせる。
魔力残量が心許ない。魔界の扉を破壊してから多少は回復したとはいえ、残り2割を切っている。次からは強硬手段を使うしかない。
地下への階段は詰所の最奥にあった。
警備兵から鍵を拝借し、下り階段に1mおきに設けられた3重の鉄扉を開けていく。
入り口から10mほど歩いたところにあった4つ目の扉には、魔力結界が施されていた。
どうやら、開放に一定の魔力を要する種類の扉らしい。
「私が開けます」
メルちゃんは、扉に描かれた魔法陣中央の円に手を触れ、魔力を流し込む。
扉の魔法陣が白く輝き始め、少しの振動の後に扉が半透明になった。
「これで通れるようです」
恐る恐る踏み込む。
すると、目の前に5つ目の扉があった。
「これは……魔力遮断結界です」
フリーバレイの落とし穴や、グスカの居城にあったやつか。
魔法が使えない恐怖は異世界で十分に思い知らされたばかりだ……でも、今回は力強い仲間、メルちゃんがいる。きっと大丈夫だ。
「開けます」
メルちゃんが扉を押し開く。
「お、重いです……」
顔が赤くなっている。
相当な重さらしい……。
あまりにも厳重な牢獄……。
この奥にミルフェちゃんがいる。
拷問を受けていないだろうか。性的虐待も……。食事はしっかり取れているのだろうか。病気や怪我は……。ひたすら湧き起こる心配事に、呼吸が苦しくなる。
扉が振動と共に開け放たれていく。
すると、中から光が差し込んできた。
「ここは……」
ボク達の目にまっすぐ映ったのは、大きな湖と……その向こう岸、湖畔に佇む洋館だった。
湖を囲い込むように、門から洋館までの街道が整備されていて、周囲には森や畑、町まであった。
そしてさらに……燦々と輝く太陽。
遥か彼方には、一直線に伸びる地平線と、遠くに霞む山々のなだらかな稜線が見えている。
「異世界……」
「いえ、恐らくは迷宮と同じような異空間魔法の類でしょう。王宮の地下にこのような場所があるとは……リンネちゃん、あの洋館に向かいましょう」
スカイ!
……やはり召還魔法も使えないか。
遠いけど歩くしかない。
湖の左手に見える町や畑を避けて、右側の森を通る道を選択する。浮遊魔法で湖を突っ切るのが最短最速だけど、残念ながら魔法が使えない。
30分ほど歩くと、洋館を囲う門に到着した。
門の周辺には誰も見当たらない。
念の為、門を避けて裏側の壁に回りこむ。
メルちゃんの魔力探知すら出来ない状況で、ボクたちは慎重に壁をよじ登った……。
「リンネちゃん、メルちゃん、いらっしゃい!」
「「えっ!?」」
目の前には、満面の笑みを湛えるミルフェちゃんが立っていた……。
★☆★
「心配させちゃってごめんなさい!!」
ニューアルンの会議室に到着して早々、ミルフェちゃんは開口一番、居並ぶボク達に謝り、深々と頭を下げている。
「ミルフェ新王、ご無事で何よりです。遅い時間で恐縮ですが、事情を説明していただけますか?」
アイちゃんが頬をぷっくり膨らませながら催促する。心配し過ぎた反動か、一国の元首が何の連絡もなしに蒸発したことに対して、物申すところがあるのだろう。
「はい、勿論です……」
ミルフェちゃんの話は、途中途中にボク達の質問を挟みながら3時間も続いた。
まず、ミルフェちゃんは使い魔の妖精ミール(契約時に自分の愛称を使ったらしい)の“目と耳”によってボク達の言動を逐一把握していたらしい。
それと同時に、国家の諜報網により、ウィズの行動と目的もつかんでいた。それは、魔族軍によるミルフェちゃんの誘拐と、ロンダルシア大陸全土を巻き込む戦争計画だった。
魔族の中にも、人との共存を目指そうとする穏健派もあった。以前、ウィズが利用していた一派だ。彼らの協力を得て、フリージア軍は何度も王都に迫る魔族軍を退け続けた。
そんな中、情勢を大きく動かす事件が起きた。ウィズによる最後の召還石奪取と、召還である。
そこに現れたのが、元アルン王国王太子のレオンだった。彼はミルフェちゃんに、召還者の目的がミルフェちゃんの誘拐だと告げ、逃亡計画を実行した。そして、絶対逃亡不可能とされる王族の軟禁場所、北塔の地下に連れて行かれた……。
ボク達が到着したとき、レオンは連絡が取れなくなった仲間を探す為、塔の外に出ていたらしい。
『顔だけイケメン王子!』
アユナちゃん、そう言えば嫌いだったね。
「つまり、レオンがミルフェちゃんを誘拐したということ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!レオン君は悪くないわ。彼は私を助けてくれたのよ!」
ミルフェちゃんが泣きそうな顔で彼を庇っている。
「ミルフェ新王、いくつか質問がありますが、宜しいでしょうか」
アイちゃんが目を瞑りながら考え込んでいる。
「はい……」
「まず1つ目。どうして誰にも相談せずに避難したのですか?」
「レオンが黙っているようにって……」
「彼は、自分が関わっていることを知られたくなかったのでしょうね」
「……」
「2つ目。新王誘拐の際の目撃証言“白い衣を纏った者”というのは誰の発案ですか?」
「それも、レオンがそう言わせろって……」
「彼は、エンジェルウイングやクルス光国を犯人に仕立て上げ、戦争を起こそうとしたのですよ」
「……」
「3つ目。王宮を警備している魔族を雇ったのは誰ですか?」
「レオンが……」
「4つ目。北塔の地下を避難場所に選定したのは誰ですか?」
「レオン……」
『そこって、湖のある屋敷でしょう?以前、ウィズが私に案内したことがあるわ』
「はい、ヴェローナさん。それに、わたしが調べた情報によると、“ホーク”を名乗る者が数日間だけ北塔の警備兵をしていたそうです。他国の王太子であるレオンさんが、国家機密レベルの軟禁場所を知っているのはどうしてでしょう」
「……」
「決まりですね。レオンさんはウィズに利用されている。ミルフェ新王の誘拐はウィズの指示だと考えられます」
「……そんな……レオンは私にプロポーズしたのよ!?」
「えっ!?ミルフェちゃん、OKしたの!?」
あまりの衝撃で、一瞬目の前が真っ白になった。
「まだ……でも、命を救ってもらった恩を返さなきゃと思ってた……」
「ミルフェ新王、レオンさんはアルンの護衛や見張りを惨殺してフリージアへ逃亡しました。わたしは、その時点で既にウィズとの関わりがあったと考えています。ただし、レオンさん自身にそこまで残虐な心があるとは思っていませんが、目的の為には手段を選ばないという姿勢は軽蔑します」
確かに、ミルフェちゃんとレオンは幼馴染で、美男美女で、こんな時代じゃなければ結ばれていたのかもしれない。それに、元を辿ればヴェローナがレオンを誑かしたことが原因かもしれない。
ボクがちらっとヴェローナを見ると、彼女もばつが悪そうに目を逸らしている。
でも、ミルフェちゃんの誘拐をきっかけにした戦争、サクラちゃんの召還とボク達の襲撃……この2つは確実に潰せたと思う。
「これでウィズの計画は潰せたね!」
「リンネさんの言う通りですが、まだ油断は出来ませんよ。フリージア王宮に残る魔族がウィズの指示で動く可能性もあります」
「それは私に任せてください。私のスキルで調べます」
★☆★
ボク達は、ほぼ徹夜で事後処理に駆け回ることになった。
フリージア王国のランゲイルさん達に事情を説明し、ミルフェちゃんをしばらくの間だけボク達が匿うことにした。
混乱していた解放軍を立て直し、3日後に各所に残存する魔族拠点に向けて進軍することになった。
ボクは、ダフさんの所に飛んで、予備の大賢者のローブを貰ってきた。襟の首元にⅡというピンが付けられている。制服の学年章みたいだ。ついでにサクラちゃんの装備も入手した。
サクラちゃんはギルドでステータスの確認をしてもらった。思っていた通り、魔力が高い。ステータスポイントが使われずに19も残っていたので、平均的に割り振ってもらった。
◆名前:サクラ
年齢:16歳 性別:女性 レベル:20 職業:大魔導師
◆ステータス
攻撃:4.00
魔力:33.45(+5.20 消費-10% 効果+10%)
体力:6.00
防御:6.00(+5.20 魔法防御+4.00)
敏捷:6.00
器用:2.60
才能:2.00(ステータスポイント0)
◆先天スキル:食物超吸収、ソウルジャッジ、火魔法/上級
◆後天スキル:
◆称号:桃の召還者
[ソウルジャッジ:対象の魂の潜在的価値を評価する。付随的な効果として、相手の記憶を探ることも出来る]
そして、フリージア王都の王宮在籍の魔族を調べていった結果、その大半にウィズとの繋がりが認められて捕縛された。しかし、真に人との共存を志す魔族もいたことが心から嬉しかった。
「今後のことですが……」
事後処理が一段落し、皆で朝食を食べているときに、アイちゃんが話し始めた。
「3つに分かれましょう。A班は魔界へ、B班は天界へ、C班はニューアルンで待機です」
「魔界って、ウィズがいるよね!?」
「はい、作戦があります。ウィズには散々振り回されましたので、今度はこちらからウィズを嵌めます。この手紙を魔王リドに渡してください。そうすれば大丈夫です。A班は、リンネさん、メルさん、レンさん、エクルさん。B班は、アユナちゃんとサクラちゃんにお願いします。C班は、わたしとクルンさん、ミルフェ様です」
『えぇ~、リンネちゃんと一緒がいい!』
「クルンもです……」
もう、この天使っ娘と狐っ娘、可愛すぎ!
両腕でぎゅっと抱きしめてあげた。
「魔界では戦争が起きます。お二人には危険です。それに、獣人は天界へは行けませんので、この班分けしかありません」
いろいろ事情があるんだね……って、魔界で戦争!?
「戦争って……」
「リンネさん、そのお手紙があれば大丈夫ですから」
うん、アイちゃんを信じるよ……。
そして日が南中する頃、A班とB班はそれぞれの地に旅立って行った。
天界への案内役が魔神だと知ったときのアユナちゃんの顔は、一生忘れない。
(リンネさん、魔界を楽しんできてください)
(楽しむ!?)
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