異世界八険伝
74.異世界へ
あ、あれは……。
東に3時間ほど飛んだ辺りで、黒い靄が視界に映る。
遥か彼方、地平線から天に伸ばされた黒い腕のように、それは青空を穢していた。
近づくにつれ、その異様が次第に明らかになってきた。
高度300m、幅100mといったところか。
上空で渦巻く暗雲が見える。
時折空を走る稲光が、不気味に地上を照らし出す。
そのとき、ひときわ大きな稲妻が、地上に向けて放たれた!
空間を鋸の歯のように切り裂く雷光は、巨大な門の上部に設えられた2つの像に突き刺さる。
この巨大な門……かつて、ガルクとの戦いのときに魔界で見たものと酷似している。何の疑いも生じない。これが、魔界と地上界を繋げる為の魔界の門だろう。
晴れ渡った草原に、一瞬遅れて轟音が響き渡る!
不気味に轟くその重低音は、開門のファンファーレのように聞こえた……。
稲光は、さらに、地上に群がる魔物の群れをも映し出した。
大森林で壊滅させたウィズの軍勢ほどではないが、大小さまざまな魔物が闇の中で犇いているのが見える。
アイちゃんは、何が起きても信じてって言った。大丈夫だって言ってくれた。
背筋が凍りつくような恐怖に抗い、ボクは勇気を振り絞って、上空から靄の中に突入する。
門の前には、ヴェローナがいた。
黒光りする半透明の結界の中で、開門の儀式を行っているように見える。
魔物は、魔界から訪れるであろう仲間達を出迎えるかのように、今か今かと喝采をあげながら、門を扇形に囲っている。
門の淵が蒼白い光を放ち始める。
光の筋が扉の中央を縦に走り、大地の鳴動が空気中にも伝わる。開門が近い!
早く門を壊さないとまずい!!
「ヴェローナ!!!」
精一杯の叫び声を上げる。
ボクは彼女も信じている。故に、これから行うであろう破壊魔法を知らせる意図だった。
スカイは門へ向かって一直線に飛んでいる。
ボクは下半身を固定し、両手に杖を持って魔力を練り上げていく。一辺が5mはあろうかという門扉を一掃する雷撃をイメージする。金属を融解し、爆散させ、木っ端微塵に破壊する超高温の雷の竜だ。出し惜しみをしている余裕はない。1発で決める!総魔力の8割を込め、両腕を大きく振りかぶり、気合と共に振り下ろす!!
「サンダードラゴン!!」
杖から迸る電撃は、巨大な光の本流となって、高速に蛇行しながら門を貫いた!
いや、正確には、跡形もなく消し飛ばした!!
その蛇行する光の渦は、稲妻を逆再生するかのように、天に昇る竜の姿となって上空に消えていった……。
空に渦巻く暗雲は晴れ、黒い靄は瞬時に霧散していく。魔界の門は破壊された!!
晴れ渡る空に一陣の風が舞う。
地上に群がっていた魔物達は、蜘蛛の子を散らすように何処へと逃げ去っている。
そして、その場には3人と2匹の姿だけが残されていた。
地上には、唖然とした表情のヴェローナ。上空には、青い竜に乗るボクと、紅い竜に跨る桃色の髪の少女……。
『そこのサキュバス!ぼうっとしてないで、この銀髪を殺るわよ!!』
桃色の少女が沈黙を破る。
『なら、早く地上に叩き落しなさい!!』
ヴェローナが叫び返す。その台詞が、既に彼女との共闘が成立していることを物語っていた。
ボクの頭上に舞い上がる紅い飛竜から、火弾が連続して飛んできた!
火球ブレスと火魔法か!
召還当初からだいぶ成長し、頭上の飛竜の2倍にも及ぶ体長を持つスカイにとって、全てを避け切るのは至難に思われた。
しかし、それは全くの杞憂だった。
スカイのウィンドブレスが、まるで蝋燭の火を吹き消すかのように、その全てをかき消したのだ。
空中戦では上を取ったものが有利だろうか。否!
「サンダーアロー!」
こちらにお腹を見せる飛竜に向けて、ボクの雷魔法が炸裂する!
細く、強く圧縮された電撃の矢は、次々に飛竜の体を貫いていく!
しかし、両翼にいくつも空洞を作られた飛竜は捨て身の行動に出る。
まさに捨て身……悲鳴を上げる少女を背に、上空から猛スピードで襲い掛かってきた!
スピードではスカイが数段上回る代わりに、旋回性能は飛竜に分があった。
そこから、半刻にも及ぶドラゴンの空中戦が行われた……。
2匹の、空の覇者たるプライドを懸けた戦いだ。
視界が目まぐるしく展開する。草原、空、森林、砂漠、地平線、川面……ボクは杖をしまい、スカイの背に必死にしがみついた。
お互い、相手の背後を取ってブレスを吐くか噛み付くことが優先らしい。空を翔け、急旋回を繰り返し、時には激しく咆哮を上げながら、力の限りを尽くす。
そして、両者は空中で揉み合い、絡み合いながら地上にもんどりうって落下した……。
地上に降り立った僕を、激しい眩暈と、吐き気がとめどなく襲う。
異常状態無効の効果を持つ大賢者のローブを着たボクでさえこうなのだから、装備の恩恵なしに、より激しい旋回を味わった少女は散々だったに違いない。
激しく回る世界の中で、蒼ざめた顔で嘔吐を繰り返す少女の姿を見つけた。
彼女の背後から近づくヴェローナの姿を確認したとき、ボクの意識が暗転した……。
★☆★
ボクは、薄暗い部屋の中に居た。
いや、ボク自身の身体はそこには無く、意識だけが在った。この場所は、体験したからよく覚えている。床や壁でザワザワと蠢く黒い影。ヴェローナの幻術の第一関門だ……。
部屋の中央で、黒い影がゆっくりと盛り上がっていく。
!?
突然、黒い影から煙が立ち昇ったかと思うと、辺りに焦げ臭い異臭が充満し始めた。そして、その中から炎を身に纏った少女が現れた……。
目は虚ろだが、怒りの感情が全身から溢れ出ている。歪んだ口元からは黒い影が逃げるように零れ落ちていき、炎に触れて一瞬で蒸発した。
彼女はボクの方へと一歩一歩進んでくる。
違う、彼女の目はボクを捉えていない。ボクの背後にある扉に向かっているのだ。
そして、彼女が黒焦げの扉に触れると、再び景色は一変した。
ボク達が目にしたのは、花や虹をかたどった煌びやかな装飾……。
すると、賑やかな会話と共に上半身裸のイケメン達が姿を現す。
スポーツ少年風、クールな青年風、眼鏡をかけたインテリ風や、アイドルのような爽やか少年、マッチョな青年……少女は、様々な年代、雰囲気のイケメン達に囲まれていく……。
少女の表情が緩んだように見えたが、それは一瞬だった。
少女が右手を水平に薙ぎ払うと、炎の渦が巻き起こり、イケメン達を焼き尽くしていく……悲鳴を上げ、命乞いをしながら溶けていくイケメンを、彼女は冷酷な眼差しで見下している。凄惨な光景だった……。
そして、三度、ボク達の視界が変わる。
のどかな田園風景にボク達はいた。
幻術の第三段階!?
桃髪の少女は……穏やかに続く上り坂の螺旋を、スキップをしながら駆けていく。
水色のワンピースと白い帽子。髪色と相まって、パステルカラーがよく似合う愛らしい少女だ。手には綺麗な花束を握っている。今より若く、10代の前半に見える。
これは彼女が直面した過去の真実なのだろうか……。
歌を口ずさみながら笑顔で駆ける少女は、やがて坂の頂上まできた。
そしてそこで……無言で立ち尽くした。
花束を投げ捨て、一目散に坂道を駆け下っていく。
丘の上から見えた町並みは、炎に包まれていたのだ。
彼女は大粒の涙を滴らせ、それでも口を真一文字に結んで走っていく。
ボクの意識も、真実を見逃すまいと、その後ろから付いていく。
やがて、燃え盛る炎に沈む町まで来たボク達は、さらなる悲惨な光景を目にする。
崩壊した建物、血塗られた道……横たわる無数の焼け焦げた死体。
いったい、何が起こった!?
彼女は全力で走った。
何も見ようとせず、叫びながら走り続け、そして1軒の家の前で立ち止まった。
自宅だろうか。
ピンク色の壁はその大半を黒く汚され、建物は半壊していた。
そして、瓦礫の中からは黒く焼け爛れた人間の腕が見えていた。
助けを求めるように、命乞いをするように、誰かを守るように……その腕は虚しく伸ばされていた。
『お父さん……お父さん!死んじゃイヤ!!』
焼け落ちた町の中には、炎が燻る音と、彼女の心の叫びだけが響き渡っていた……。
玄関には大小2つの黒い塊が横たわっていた。
母と、幼い兄弟だろうか。
そっと抱きしめようとした彼女の手を逃れるように、それらは崩れ落ちた。手に残った黒い煤が、彼女の蒼ざめた顔を穢していく。両手で顔を覆い、号泣する彼女は、おもむろに立ち上がると、弱々しい足取りで建物の裏手にある庭に向かった。
そこには、桃色に咲き乱れる立派な大木があった。
ボクは知っている。これは桜の木だ。
しかし、業火は無情にも木の根元まで迫っていた。
桃色の花は、一瞬だけ炎の紅に照らされ、その後、黒く縮れて儚く消えていった。
彼女は無言で立ち尽くし、燃えゆく花々の姿を眺めている。その光景を見て、彼女は薄っすらと笑みを浮かべる。
大木が焼け落ちて灰になるまで、それほど時間は掛からなかった。
全てを見届けた彼女の目は、桜の花びらが焦げ落ちる直前の紅い色をしていた。それは彼女が操る炎と同じ色だった。
絶対的な悪意による殺戮……これは戦争だろうか。
この愛らしい少女に与えられた運命は、なんと酷いものだろう。
異世界召還に必要なものはイメージだ。
ウィズは、世界を深く憎む存在をイメージしたのだろうか。
アイちゃんと話し合ったことを思い出す。
絶対に最後の召還者を見つけ出し、その者をウィズの呪縛から解放して、救うことが最大目標だ。
彼女を味方に迎えるかどうかは不問にした。ウィズが無責任に強制召喚した者に、今度はボク達に協力してくれなんて言えるはずがないから。そして、可能であれば元の世界に戻す努力をしようという結論になっていた。しかし、ボク達は彼女の心を救うことが出来るのか。元の世界に戻ることは、彼女にとって幸せなのか。
少女は、絶望と怒りをその小さな身体に漲らせ、天を見上げて泣き叫んでいる。
その姿は、ボクの心に重い楔となって突き刺さる。
『君に会うのはこれで3回目だね』
誰!?
頭の中に直接聞こえてくる声……もしや、次元の!?
『そう、私だ』
ここにボクを連れて来たのはあなたですか。
『いかにも。君という存在の可能性を見てみたくなってね』
存在の可能性……?
『未来を変える力だよ。勿論、過去を塗り替えるという意味でね』
この少女を救うチャンスがある、ということですか?
『そうだ。この子は、このままでは後に災厄の魔王となる』
えっ!?
『この子の闇はとてつもなく深い。それでも、君はこの子を助けたいと思うかね』
救いたいです!絶対に救います!!
彼女は、彼女はボク達の仲間です!!
優しい笑い声が聞こえた気がした。
その途端、ボクの身体は暗闇の中へ吸い込まれ、闇の中をひたすら漂った。
そして、眩しい光を感じると同時に、意識を失った……。
★☆★
『お姉ちゃん、大丈夫?』
柔らかい感触を感じ、目が覚めた。
桃色の髪の男の子がボクの顔を覗き込んでいる。10歳くらいだろうか、くりくりの目が愛らしい。
高い所から落ちてきたのかもしれない。気絶していたボクを、彼が揺すって起こしてくれたようだ。
「え……あ、ありがと」
痛む節々を伸ばし、すっと身体を起こす。
そして、目に飛び込んできたのは桜の木……満開に花を咲かせた桜の木だった。
『サクラ姉ちゃんの友達でしょ?』
サクラ?
きょとんとしていたボクを見つめながら、男の子が嬉しそうに話しかけてくる。
『サクラ姉ちゃん、もうすぐ戻ると思うよ!今ね、花を摘みに行ってるんだ。今日は父ちゃんの誕生日だから!』
「そう、なんだ……」
『母ちゃんがケーキで、サクラ姉ちゃんが花を上げるんだけど、僕はまだ考え中……』
状況が読めてきたぞ。
あの桃髪の少女はサクラというらしい。これで召還者がミルフェちゃんとは別人だと確定した。それで、ここは町が襲われる前の世界。きっと、この後……彼女が戻ってくる前に何かが町を襲撃するんだ。
『ねぇ、お姉ちゃんだったら、どんなプレゼントをあげる?』
プレゼント……渡す前に皆が死んでしまう。ボクは君達の未来を知っている。プレゼントなんて……。
「お父さんが1番喜びそうな物はどう?」
『それを知ってたら苦労しないよ!でも、いつも父ちゃんは、お前達が最高の宝物だよって言ってくれるんだ!』
自慢げに語る男の子の顔は、恥ずかしさで真っ赤になっている。そうだね……子ども達が幸せに生きることが1番のプレゼントなのかもしれない。この子を、サクラを守らなきゃ!
「うん!じゃぁ、助けてくれたお礼にこれを上げる。綺麗でしょ?お父さんもきっと喜ぶよ」
ボクはローブの内ポケットにしまっておいた羽根を男の子に手渡す。紅く煌く羽根、そう、不死鳥の羽根だ。
『うわっ!キラキラ光ってるよ!?本当に貰っちゃっていいの?』
「どうぞ!」
ボクはとびっきりの笑顔で頷く。
『お姉ちゃん、ありがとう!!』
その後、サクラが来るまで一緒に遊ぼうと誘われたけど、何とか断ってその場を離れた。
彼女を待っていたら後手を踏むことになるから。今のうちに準備をしておかなければいけない……。
杖を……あれ!?
アイテムボックスが開かない!!
もしかして……うわ、召還も出来ない!!
魔法は……だめだ……魔力を練り上げることすら出来ない……念話も出来ない!!
なら、ステータスは!?
「ステータスオープン!」
……うそでしょ!?
ここは異世界だ……。
地球みたいに、魔力すら存在しない世界なのかもしれない……。
じゃぁ……いったい、どうやって戦えばいいの!?
『キャァーー!!』
その時、町の外、入り口付近から悲鳴が聞こえた。
もう現れた!?
相手も魔法が使えないのなら、やれる……やるしかない!!
逃げ惑う群衆をかわし、入り口まで辿り着いたボクの目の前には、白い髪を靡かせ、金色の角を惜しげもなく晒した1人の青年が居た……。
「ウィズ!?」
東に3時間ほど飛んだ辺りで、黒い靄が視界に映る。
遥か彼方、地平線から天に伸ばされた黒い腕のように、それは青空を穢していた。
近づくにつれ、その異様が次第に明らかになってきた。
高度300m、幅100mといったところか。
上空で渦巻く暗雲が見える。
時折空を走る稲光が、不気味に地上を照らし出す。
そのとき、ひときわ大きな稲妻が、地上に向けて放たれた!
空間を鋸の歯のように切り裂く雷光は、巨大な門の上部に設えられた2つの像に突き刺さる。
この巨大な門……かつて、ガルクとの戦いのときに魔界で見たものと酷似している。何の疑いも生じない。これが、魔界と地上界を繋げる為の魔界の門だろう。
晴れ渡った草原に、一瞬遅れて轟音が響き渡る!
不気味に轟くその重低音は、開門のファンファーレのように聞こえた……。
稲光は、さらに、地上に群がる魔物の群れをも映し出した。
大森林で壊滅させたウィズの軍勢ほどではないが、大小さまざまな魔物が闇の中で犇いているのが見える。
アイちゃんは、何が起きても信じてって言った。大丈夫だって言ってくれた。
背筋が凍りつくような恐怖に抗い、ボクは勇気を振り絞って、上空から靄の中に突入する。
門の前には、ヴェローナがいた。
黒光りする半透明の結界の中で、開門の儀式を行っているように見える。
魔物は、魔界から訪れるであろう仲間達を出迎えるかのように、今か今かと喝采をあげながら、門を扇形に囲っている。
門の淵が蒼白い光を放ち始める。
光の筋が扉の中央を縦に走り、大地の鳴動が空気中にも伝わる。開門が近い!
早く門を壊さないとまずい!!
「ヴェローナ!!!」
精一杯の叫び声を上げる。
ボクは彼女も信じている。故に、これから行うであろう破壊魔法を知らせる意図だった。
スカイは門へ向かって一直線に飛んでいる。
ボクは下半身を固定し、両手に杖を持って魔力を練り上げていく。一辺が5mはあろうかという門扉を一掃する雷撃をイメージする。金属を融解し、爆散させ、木っ端微塵に破壊する超高温の雷の竜だ。出し惜しみをしている余裕はない。1発で決める!総魔力の8割を込め、両腕を大きく振りかぶり、気合と共に振り下ろす!!
「サンダードラゴン!!」
杖から迸る電撃は、巨大な光の本流となって、高速に蛇行しながら門を貫いた!
いや、正確には、跡形もなく消し飛ばした!!
その蛇行する光の渦は、稲妻を逆再生するかのように、天に昇る竜の姿となって上空に消えていった……。
空に渦巻く暗雲は晴れ、黒い靄は瞬時に霧散していく。魔界の門は破壊された!!
晴れ渡る空に一陣の風が舞う。
地上に群がっていた魔物達は、蜘蛛の子を散らすように何処へと逃げ去っている。
そして、その場には3人と2匹の姿だけが残されていた。
地上には、唖然とした表情のヴェローナ。上空には、青い竜に乗るボクと、紅い竜に跨る桃色の髪の少女……。
『そこのサキュバス!ぼうっとしてないで、この銀髪を殺るわよ!!』
桃色の少女が沈黙を破る。
『なら、早く地上に叩き落しなさい!!』
ヴェローナが叫び返す。その台詞が、既に彼女との共闘が成立していることを物語っていた。
ボクの頭上に舞い上がる紅い飛竜から、火弾が連続して飛んできた!
火球ブレスと火魔法か!
召還当初からだいぶ成長し、頭上の飛竜の2倍にも及ぶ体長を持つスカイにとって、全てを避け切るのは至難に思われた。
しかし、それは全くの杞憂だった。
スカイのウィンドブレスが、まるで蝋燭の火を吹き消すかのように、その全てをかき消したのだ。
空中戦では上を取ったものが有利だろうか。否!
「サンダーアロー!」
こちらにお腹を見せる飛竜に向けて、ボクの雷魔法が炸裂する!
細く、強く圧縮された電撃の矢は、次々に飛竜の体を貫いていく!
しかし、両翼にいくつも空洞を作られた飛竜は捨て身の行動に出る。
まさに捨て身……悲鳴を上げる少女を背に、上空から猛スピードで襲い掛かってきた!
スピードではスカイが数段上回る代わりに、旋回性能は飛竜に分があった。
そこから、半刻にも及ぶドラゴンの空中戦が行われた……。
2匹の、空の覇者たるプライドを懸けた戦いだ。
視界が目まぐるしく展開する。草原、空、森林、砂漠、地平線、川面……ボクは杖をしまい、スカイの背に必死にしがみついた。
お互い、相手の背後を取ってブレスを吐くか噛み付くことが優先らしい。空を翔け、急旋回を繰り返し、時には激しく咆哮を上げながら、力の限りを尽くす。
そして、両者は空中で揉み合い、絡み合いながら地上にもんどりうって落下した……。
地上に降り立った僕を、激しい眩暈と、吐き気がとめどなく襲う。
異常状態無効の効果を持つ大賢者のローブを着たボクでさえこうなのだから、装備の恩恵なしに、より激しい旋回を味わった少女は散々だったに違いない。
激しく回る世界の中で、蒼ざめた顔で嘔吐を繰り返す少女の姿を見つけた。
彼女の背後から近づくヴェローナの姿を確認したとき、ボクの意識が暗転した……。
★☆★
ボクは、薄暗い部屋の中に居た。
いや、ボク自身の身体はそこには無く、意識だけが在った。この場所は、体験したからよく覚えている。床や壁でザワザワと蠢く黒い影。ヴェローナの幻術の第一関門だ……。
部屋の中央で、黒い影がゆっくりと盛り上がっていく。
!?
突然、黒い影から煙が立ち昇ったかと思うと、辺りに焦げ臭い異臭が充満し始めた。そして、その中から炎を身に纏った少女が現れた……。
目は虚ろだが、怒りの感情が全身から溢れ出ている。歪んだ口元からは黒い影が逃げるように零れ落ちていき、炎に触れて一瞬で蒸発した。
彼女はボクの方へと一歩一歩進んでくる。
違う、彼女の目はボクを捉えていない。ボクの背後にある扉に向かっているのだ。
そして、彼女が黒焦げの扉に触れると、再び景色は一変した。
ボク達が目にしたのは、花や虹をかたどった煌びやかな装飾……。
すると、賑やかな会話と共に上半身裸のイケメン達が姿を現す。
スポーツ少年風、クールな青年風、眼鏡をかけたインテリ風や、アイドルのような爽やか少年、マッチョな青年……少女は、様々な年代、雰囲気のイケメン達に囲まれていく……。
少女の表情が緩んだように見えたが、それは一瞬だった。
少女が右手を水平に薙ぎ払うと、炎の渦が巻き起こり、イケメン達を焼き尽くしていく……悲鳴を上げ、命乞いをしながら溶けていくイケメンを、彼女は冷酷な眼差しで見下している。凄惨な光景だった……。
そして、三度、ボク達の視界が変わる。
のどかな田園風景にボク達はいた。
幻術の第三段階!?
桃髪の少女は……穏やかに続く上り坂の螺旋を、スキップをしながら駆けていく。
水色のワンピースと白い帽子。髪色と相まって、パステルカラーがよく似合う愛らしい少女だ。手には綺麗な花束を握っている。今より若く、10代の前半に見える。
これは彼女が直面した過去の真実なのだろうか……。
歌を口ずさみながら笑顔で駆ける少女は、やがて坂の頂上まできた。
そしてそこで……無言で立ち尽くした。
花束を投げ捨て、一目散に坂道を駆け下っていく。
丘の上から見えた町並みは、炎に包まれていたのだ。
彼女は大粒の涙を滴らせ、それでも口を真一文字に結んで走っていく。
ボクの意識も、真実を見逃すまいと、その後ろから付いていく。
やがて、燃え盛る炎に沈む町まで来たボク達は、さらなる悲惨な光景を目にする。
崩壊した建物、血塗られた道……横たわる無数の焼け焦げた死体。
いったい、何が起こった!?
彼女は全力で走った。
何も見ようとせず、叫びながら走り続け、そして1軒の家の前で立ち止まった。
自宅だろうか。
ピンク色の壁はその大半を黒く汚され、建物は半壊していた。
そして、瓦礫の中からは黒く焼け爛れた人間の腕が見えていた。
助けを求めるように、命乞いをするように、誰かを守るように……その腕は虚しく伸ばされていた。
『お父さん……お父さん!死んじゃイヤ!!』
焼け落ちた町の中には、炎が燻る音と、彼女の心の叫びだけが響き渡っていた……。
玄関には大小2つの黒い塊が横たわっていた。
母と、幼い兄弟だろうか。
そっと抱きしめようとした彼女の手を逃れるように、それらは崩れ落ちた。手に残った黒い煤が、彼女の蒼ざめた顔を穢していく。両手で顔を覆い、号泣する彼女は、おもむろに立ち上がると、弱々しい足取りで建物の裏手にある庭に向かった。
そこには、桃色に咲き乱れる立派な大木があった。
ボクは知っている。これは桜の木だ。
しかし、業火は無情にも木の根元まで迫っていた。
桃色の花は、一瞬だけ炎の紅に照らされ、その後、黒く縮れて儚く消えていった。
彼女は無言で立ち尽くし、燃えゆく花々の姿を眺めている。その光景を見て、彼女は薄っすらと笑みを浮かべる。
大木が焼け落ちて灰になるまで、それほど時間は掛からなかった。
全てを見届けた彼女の目は、桜の花びらが焦げ落ちる直前の紅い色をしていた。それは彼女が操る炎と同じ色だった。
絶対的な悪意による殺戮……これは戦争だろうか。
この愛らしい少女に与えられた運命は、なんと酷いものだろう。
異世界召還に必要なものはイメージだ。
ウィズは、世界を深く憎む存在をイメージしたのだろうか。
アイちゃんと話し合ったことを思い出す。
絶対に最後の召還者を見つけ出し、その者をウィズの呪縛から解放して、救うことが最大目標だ。
彼女を味方に迎えるかどうかは不問にした。ウィズが無責任に強制召喚した者に、今度はボク達に協力してくれなんて言えるはずがないから。そして、可能であれば元の世界に戻す努力をしようという結論になっていた。しかし、ボク達は彼女の心を救うことが出来るのか。元の世界に戻ることは、彼女にとって幸せなのか。
少女は、絶望と怒りをその小さな身体に漲らせ、天を見上げて泣き叫んでいる。
その姿は、ボクの心に重い楔となって突き刺さる。
『君に会うのはこれで3回目だね』
誰!?
頭の中に直接聞こえてくる声……もしや、次元の!?
『そう、私だ』
ここにボクを連れて来たのはあなたですか。
『いかにも。君という存在の可能性を見てみたくなってね』
存在の可能性……?
『未来を変える力だよ。勿論、過去を塗り替えるという意味でね』
この少女を救うチャンスがある、ということですか?
『そうだ。この子は、このままでは後に災厄の魔王となる』
えっ!?
『この子の闇はとてつもなく深い。それでも、君はこの子を助けたいと思うかね』
救いたいです!絶対に救います!!
彼女は、彼女はボク達の仲間です!!
優しい笑い声が聞こえた気がした。
その途端、ボクの身体は暗闇の中へ吸い込まれ、闇の中をひたすら漂った。
そして、眩しい光を感じると同時に、意識を失った……。
★☆★
『お姉ちゃん、大丈夫?』
柔らかい感触を感じ、目が覚めた。
桃色の髪の男の子がボクの顔を覗き込んでいる。10歳くらいだろうか、くりくりの目が愛らしい。
高い所から落ちてきたのかもしれない。気絶していたボクを、彼が揺すって起こしてくれたようだ。
「え……あ、ありがと」
痛む節々を伸ばし、すっと身体を起こす。
そして、目に飛び込んできたのは桜の木……満開に花を咲かせた桜の木だった。
『サクラ姉ちゃんの友達でしょ?』
サクラ?
きょとんとしていたボクを見つめながら、男の子が嬉しそうに話しかけてくる。
『サクラ姉ちゃん、もうすぐ戻ると思うよ!今ね、花を摘みに行ってるんだ。今日は父ちゃんの誕生日だから!』
「そう、なんだ……」
『母ちゃんがケーキで、サクラ姉ちゃんが花を上げるんだけど、僕はまだ考え中……』
状況が読めてきたぞ。
あの桃髪の少女はサクラというらしい。これで召還者がミルフェちゃんとは別人だと確定した。それで、ここは町が襲われる前の世界。きっと、この後……彼女が戻ってくる前に何かが町を襲撃するんだ。
『ねぇ、お姉ちゃんだったら、どんなプレゼントをあげる?』
プレゼント……渡す前に皆が死んでしまう。ボクは君達の未来を知っている。プレゼントなんて……。
「お父さんが1番喜びそうな物はどう?」
『それを知ってたら苦労しないよ!でも、いつも父ちゃんは、お前達が最高の宝物だよって言ってくれるんだ!』
自慢げに語る男の子の顔は、恥ずかしさで真っ赤になっている。そうだね……子ども達が幸せに生きることが1番のプレゼントなのかもしれない。この子を、サクラを守らなきゃ!
「うん!じゃぁ、助けてくれたお礼にこれを上げる。綺麗でしょ?お父さんもきっと喜ぶよ」
ボクはローブの内ポケットにしまっておいた羽根を男の子に手渡す。紅く煌く羽根、そう、不死鳥の羽根だ。
『うわっ!キラキラ光ってるよ!?本当に貰っちゃっていいの?』
「どうぞ!」
ボクはとびっきりの笑顔で頷く。
『お姉ちゃん、ありがとう!!』
その後、サクラが来るまで一緒に遊ぼうと誘われたけど、何とか断ってその場を離れた。
彼女を待っていたら後手を踏むことになるから。今のうちに準備をしておかなければいけない……。
杖を……あれ!?
アイテムボックスが開かない!!
もしかして……うわ、召還も出来ない!!
魔法は……だめだ……魔力を練り上げることすら出来ない……念話も出来ない!!
なら、ステータスは!?
「ステータスオープン!」
……うそでしょ!?
ここは異世界だ……。
地球みたいに、魔力すら存在しない世界なのかもしれない……。
じゃぁ……いったい、どうやって戦えばいいの!?
『キャァーー!!』
その時、町の外、入り口付近から悲鳴が聞こえた。
もう現れた!?
相手も魔法が使えないのなら、やれる……やるしかない!!
逃げ惑う群衆をかわし、入り口まで辿り着いたボクの目の前には、白い髪を靡かせ、金色の角を惜しげもなく晒した1人の青年が居た……。
「ウィズ!?」
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