異世界八険伝

AW

72.悪魔の塔

 さっきからドキドキが止まらない。
 茂みの中から黒い土壁に囲まれた施設を観察する。

 少し開けた場所なので、差し込む日の光を浴びて、そのおどろおどろしい建物の全貌が見える。フードを目深に被ったアユナちゃんとクルンちゃんが、ボクのローブをぐっと掴んで離そうとしない。2人の緊張を感じて、ボクの両手にも手汗が滲む。

 こういうときほど冷静になるんだ……。

 奥行きは分からないが、横幅は50mくらいに見える。壁は3mくらいなので浮遊魔法を使えば乗り越えることは容易なはず。中央に聳える黒い塔は、森の大木より低く、10mくらいだと思われる。所々に見える窓を数えると、地上を含めて3階建だと推測される。
 こういう建物の場合は、大体、偉い奴は上にいるもんだ。かつて侵入したカイゼルブルクの記憶が蘇る。同時に、魔法が使えなかった吸血女王グスカ戦の記憶も……あれは逆に地下に居たんだっけ……。


 ん?黒いローブが近づいてくる。見張りの男だろうか。ボク達の存在はまだバレてはいないようだ。男は壁の周囲を巡回するだけで、森の方までは来ない。彼がちょうど背を向けたタイミングで鑑定スキルを使ってみた。

[鑑定眼!]

 種族:フレデリクス(悪魔教信徒)
 レベル:10
 攻撃:2.35(+2.50)
 魔力:15.50
 体力:2.45
 防御:2.20(+2.25)
 敏捷:2.05
 器用:1.60
 才能:1.40

「悪魔教の信徒だって。レベル10、魔力が15くらいあるけど他のステータスは平均2くらいだよ」

 ボクが小声で2人に伝えると、案の定の反応が返ってくる。

『悪魔って言った!?やだよ、やだやだ!』

「クルン怖いです……足が動かないです」

「悪魔じゃなくて、悪魔教ね。別に、本物の悪魔がいるって訳じゃないし」

「でもです、服が白くないです。ミルフェ様の件とは関係ないです?関係ないなら戻るです?」

 確かにそうだ。フリージア王都での目撃証言とは齟齬がある。つまり、ミルフェちゃんがここに居ない可能性は高くなる。

『この森に悪魔教徒がいるのは許せないよ!追い払おうよ!』


 アユナちゃんの一言でボク達の行動は決まった。

 30分ほど観察した結果、見張りの巡回周期は10分おきのようだ。ボク達の正面には壁があるけど、どこかに入り口があるはず。でも、正面からの強行突破ではなく、こっそりと壁を乗り越えることに決めた。

 見張りが角を曲がって姿を消したタイミングを見計らって、一気に壁に取り付く。あぁ、メルちゃんが一緒なら便利な気配察知が……まぁ、あっちはあっちで忙しそうだから、今日はボク達だけで頑張ろう。

 黒い壁に張り付く白銀のローブ……3人は滑稽なくらい、よく目立っている。
 よし、奥の手を使おう。


『おい!空を見ろ!ドラゴンだ!!』
『戦闘準備!』
『やめろ、無駄に刺激するな!』
『おい!こっちにもいるぞ!!』
『こっちに来るな!!』

 空を飛ぶ雄大なドラゴン……咆哮を上げ、猛るその姿に、信徒達が動揺を隠しきれずに騒ぎ立てている。そして、もう1匹、地を這う壮麗なドラゴンと対峙する信徒達は、悲鳴を上げて逃げ惑っている様子だ。いきなり、体長10mを超えるドラゴンが2匹も現れたのだ。

 ボク達がいる壁とは反対側でそれは起きている。
 勿論、ボクが召還したスカイとスノーの仕業だ。


 頼もしいパートナーの陽動のお陰で、ボク達は塔の入り口に張り付いていた。信徒の姿はない。見張り総出でドラゴンに備えているのだろう。

 入り口からちらっと中を覗いたボクの背中に、ぞくぞくと悪寒が走る。不気味な何かがこの中に居る。蠢く大量の影、その奥には……巨大な椅子に腰を据える山羊のような魔物が見えた。

 勇気を振り絞って、再度、闇の中で目を凝らす。

[鑑定眼!]

 種族:シェイド(下級闇精霊)
 レベル:22
 攻撃:15.30
 魔力:47.30
 体力:11.45
 防御:15.25
 敏捷:25.95
 器用:13.55
 才能:1.25

 種族:バフォメット(召還悪魔)
 レベル:88
 攻撃:57.20
 魔力:56.55
 体力:61.70
 防御:53.65
 敏捷:55.90
 器用:51.30
 才能:2.20


「大きいのが召還悪魔バフォメット……レベル88、かなり強い!!小さいのが下級の闇精霊シェイド、レベル22……たくさんいる……」

『リンネちゃん……』

 アユナちゃんが泣きそうな顔でローブの裾を引っ張っている。でも、鑑定が出来るくらいだから魔人より弱いんじゃないかな?相手のスキルさえ気をつければそんなにびびることはないと思う。そうだ!

「フェニックスを呼ぼう。バフォメットには負けないと思う!」

『えっ!?戦ってくれるかな……』

「大丈夫!一応、ボク達は隙を見てミルフェちゃんを探してみようよ!」

「クルン、森に戻って留守番するです……」

「信徒達が相手なら大丈夫だってば!魔法を使うまでもないよ、短剣で戦闘能力を奪っちゃって」

 ボクは、不安がるクルンちゃんの両耳を優しくもふもふしてあげながら励ます。

「あふん……はいです……リンネ様の後ろについていくです……」

 クルンちゃんは覚悟を決めて、短剣に魔力を込め始める。ダフさん作のこの短剣は、込めた魔力に応じて20~100cmに伸縮可能だ。深手を負わせない程度にと考えたのか、今は30cmくらいの長さに調整してある。

 ボクも、髪を1つ結びにし、杖を握り締めて気合を入れる。

 アユナちゃんは、フェニックスを召還して事情を説明している。信頼関係バッチリだね。任せよう。

「よし、行くよ!!」

[アユナがパーティに加わった]
[クルンがパーティに加わった]



 ★☆★



 入り口から飛び込む!
 部屋の最奥、正面方向には、蠢く闇の中で獰猛な光を湛える2つの眼が見えた!

 一瞬の後、2人の魔法が解き放たれる!!

『セイントブレス!』
「ウォーターストーム!」

 アユナちゃんの光魔法が、闇に巣食うシェイドの群れを一気に殲滅する!!
 ボクが放った水の竜巻が、建物の壁ごとバフォメットを外へ吹き飛ばす!!

 轟音に続くのは階上から響く悲鳴。
 よし、あとはフェニックスに任せよう。
 より明るさを増した塔の中、右側には上へと続く階段が見える。

「上へ!!」

 アユナちゃんとクルンちゃんは、緊張でガチガチだ。
 階段で何度も転びながらも、ボクの後からついてくる。



 階段を上り終えると、ボクの視界は一気に広がった。
 この塔は一部屋ずつの多重構造みたいだ。

 薄暗い円形の部屋は食堂のよう。
 そこには黒いローブを身に纏った信徒が20人以上も居た。

『お前達は何者だ!』
『どこから入ってきた!?』

 階段を背に三角形の陣形を敷くボク達。それに対し、襲い掛かってくるどころか、包囲すらせず、ボク達から一定の距離を置こうとする信徒達。そして、何より気掛かりなのは……その誰何すいかの声が、とても幼かったこと……。

「子ども!?」

 彼らは、その声色、身長からみて、ボク達と大して変わらない年頃だと思われた。中でも特に小さい子達を後ろに庇うようにして、剣を持った大柄な信徒が数名押し出されるようにして近づいてくる。

『生きて帰れると思うなよ!!』

 鋭い踏み込み!
 5mはあった間合いが一気に縮まる。
 ボクを斜めに斬り裂こうと、剣が迫ってくる!

 ボクは杖の代わりに棒を両手に握り、剣を頭上で受け止める。

 軽々と受け止められた剣戟、毀れる刃を驚愕の目で見て、相手の顔には一瞬だけ、動揺が走る。

 剣を大きく弾き返し、空いた間合いを今度はこちらから詰める。

 低い姿勢で踏み込むと、剣を持つ右手首を下から払う。

 後方に飛ばされた剣が落ちる音を合図に、味方の窮地を助けようと思ったのか、数名がボクに襲い掛かってきた。

 左右から飛び出したアユナちゃんとクルンちゃんが、それぞれ1人ずつ迎え撃つ。事前に、無駄に命を奪わないよう作戦を練っていたけど、やり過ぎないかが心配だ。あくまで相手は人間、それも、子どものようだから……。

 ボクも、同時に飛び掛ってきた2人を相手にする。

 大きく振りかぶった剣が振り下ろされる前に、相手の鳩尾を突き飛ばす。その隙に足元を薙ぎにきた一撃を、浮遊魔法ですっと避ける。そしてそのまま、隙だらけの相手の後頭部を殴る。気絶させることは出来なかったが、相手は剣を捨て、頭を抱えて座り込んでいる。

 前進したボクの前方からは、下級の火魔法が飛んできた。

「火盾!」

 ボクの目の前には1m四方ほどの火炎の盾が形成され、飛んできた魔法を吸収し尽くす。

 左右でも、既に決着がついたようで、腕から血を流す信徒が蹲っている。


「武器を捨てて!殺し合いは望まない!!」

『盗賊が殺し合いを望まないだと!?ふざけるな!!』
『騙されるかよ!!』
『女子は窓から逃げろ!』

 動揺する信徒達。
 罵倒する声、命乞いをする声が室内に響く。
 外からは激しい爆音が続いている。フェニックスとバフォメットの戦闘が激しさを増している。

 ボクは、杖をアイテムボックスに収める。それを見て、アユナちゃん、クルンちゃんも武器をしまう。

 一部の信徒達は、こちらに戦意がないことを悟った様子だ。または、戦っても勝ち目がないことを悟ったのだろうか、全員が武器を下ろして様子を窺っている。


「ありがとう。ボクはリンネ、銀の召還石で召還された勇者です」

 一瞬、強烈な閃光が部屋に差し込み、ボク達を照らし出す!
 いつの間にかフードを下ろしたアユナちゃんとクルンちゃんを見て、再び場がざわめく。ボク達も子どもであること、それも、自分で言うのも恥ずかしいけど……とびきりの美少女であることが、今更ながら伝わったようだ。

 ボクは無視して問いただす。

「いくつか質問があります」

 息を呑むような緊張感が伝わる。

「桃色の髪の少女を連れ去ったのはあなた達ですか?」

 肯定とも否定とも分からず、ただ沈黙だけが流れる。
 本当に係わっていないのか、隠しているのか……。

「3階には何があるんですか?そもそも、ここは一体……」

『3階はあたし達の寝室です。ここは孤児が集まる場所で……』

 奥に居た小さな女の子が呟いた。
 孤児院!?
 こんな場所に孤児院!?騙されないぞ、悪魔まで召還して孤児院の訳がない!

「なら、もう1つ……」

 ボクは、大きく息を吸い、部屋中に聞こえるように大声で叫ぶ。

「下に居た悪魔を召還したのはあなた達ですか?あれを使って人を殺める暗殺者教団ですか?」


 静寂が満ちる。
 鋭い眼光がボクを射抜く。


『それは、私が説明しましょう』

 凛とした少女の声が響き渡る。
 ボク達の前に進み出た彼女は、黒いローブのフードを下ろし、白く輝く髪をさらけ出した。整った気品のある顔立ちからは、彼女の育ちの良さを感じられる。しかし、その表情には、隠そうとしても隠しきれない陰鬱な翳があった。この子の目……元奴隷かもしれない。

『私達は神を信じません。逆に恨んでさえいます……』

 さっきまで下から聞こえていた爆発音は既に止んでいた。閃光のときに決着がついたのだろう。フェニックスが負ける訳がない。
 代わりに、静かに語りだす彼女の背後からは、子ども達のすすり泣く声が聞こえてくる。

『奴隷、それが運命であるのならば、私達が義賊“自由の翼”に救われ、突然現れた盗賊団に、多くが殺され、弄ばれ、いたぶられた日々……そして、あなた方とこうして出会うこと……これもまた運命なのでしょう。しかし、そこには神の善意なんてこれっぽっちもありません!私達が何か悪いことをしたのでしょうか?神に与えられた罰なのでしょうか?』

 目の前のボク達にやるせない怒りをぶつけるように、彼女は金切り声を上げる。

『この世の全てに絶望し、皆で命を絶とうとしたとき、闇の中から現れたのが母様でした。今から半年ほど前のことでした……。
 私達は最初、とうとう死神が命の炎を刈り取りに来たのだと思いました。
 しかし、私達の目の前には、目を疑うような信じられない光景が広がっていました……襲撃してきた盗賊達の身体が溶け出し、影のみが残されたのです。あなた方も下で見たでしょう?大量の影達を。自業自得です。当然の結末です!
 その後、影は日を増すごとに数を増やしていきました。母様が、私達を苦しめ続けた者を許さなかったのです。
 暗殺者教団ですか。なるほど、正鵠を射た名称ですね。今さら正義を語る気は毛頭ありませんが……私達が悪魔教の信徒ならば、私達に命を狙われた者は何です?神の信徒ですか?蛆虫ですか?』

「……」

『母様は、確かに闇の世界から訪れた悪魔かもしれませんが、私達にとっては救いの神なのです。私達は母様の意思に従います。それが世界を滅ぼすものだとしても……』

「待ってください!今の世界を、これからの世界を見てください!!ボク達は奴隷制度を無くします。魔王の脅威から世界を救います。手段は違うかもしれませんが、目指すところは同じだと思います。それはきっと、世界の滅亡なんかじゃないはずですよ!」

「クルンも元奴隷です!リンネ様に救われましたです。あなた達と同じです!」

『私達の味方?』

 クルンちゃんの“元奴隷”という言葉を聞いて目を見開いた彼女達。でも、ボク達は、悪魔とは無関係だけどね。魔神は知り合いだけど……。

『違う!ミルフェちゃんを誘拐する奴は味方じゃない!』

『ミルフェ?誘拐?何のことでしょうか?』

 やっぱり……この集団とミルフェちゃんの件は関係がなさそうだ。

 その時、轟音と共に、爆風を伴った振動が伝わってきた!
 外で逃げ惑う見張りのうちの1人が建物に向かって叫ぶ!

『大変です!ドラゴンと不死鳥の次は、魔物が襲ってきました!!』

『「えっ!?」』



 ★☆★



 ボク達は建物の外に飛び出して周囲を窺う。
 破壊された壁。周囲には瓦礫の山が広がる。
 そして、30匹、いや……50匹を超えるであろう巨躯の魔物に囲まれている。

 一陣のつむじ風がボクの頬を撫でる。

 見上げる彼方には、不敵な笑みを浮かべる1人の少女の姿があった。
 空に舞い上がる赤色の飛竜の背で、彼女は桃色の髪を靡かせていた。

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