異世界八険伝
69.密約
『……ぼくを殺してくれ……』
「違う!そんなことをリーンが望む訳がないからね!誰かの代わりに生きるなんて悲しいことを言わないで……何か、方法があるはずだよ!」
落ち着け……。
魔神が見せてくれた記憶だと、ボクはリーンの父か母だった可能性がある。彼女は、元の世界に残してきたと思っていた家族なんだ。助けたい。一緒に幸せになりたい。そして、他の家族にも会いたい!
でも、どうすれば……。
(リンネさんの元いた世界とこちらの世界は、時空間に捻れがあります)
(アイちゃん……!捻れって……?)
(はい。リーン様がこの世界を作られたとき、既にご両親は亡くなられていたはずです。しかし、リンネさんが生きて召喚された……。つまり、召喚はリーン様が亡くなる以前を対象に行われたことになります)
(えっと……ちょっと待って……確かに、ボクがリーンの親なら、リーンが死ぬ前に死んでたはずで……リーンが死んだ後に生きたボクがここにいるのはおかしいね。そうか……2つの世界は少なくとも2000年以上ずれている可能性がある!そして、ボクがこっちに来て約60日……今戻れば、ボクもリーンも元の世界で、まだ生きている可能性がある!!)
(そうです。そして、元の世界での死を回避することも出来るかもしれません!)
(やるべきことが見えた気がする!アイちゃん、ありがとう!!)
魔王を何とかすれば、次元の存在がボクを元の世界に戻してくれるって言った!信じて進もう!!
「リンネ様?クルン考えたです。リーン様が銀の召喚石を食べるです。もしかしたら、力が戻るです」
『やっぱり狐頭ね!石をどうやって食べるのよ!私なら、リーン様と天神様、魔神を会わせるわ!記憶が戻って、しかも神様が揃えば何とかならないかな……』
「2人ともありがとう!両方試す価値はあるね!石は食べられないけど、力を取り戻すきっかけにはなるかも。あと、リーンに真実を教えなきゃ」
『リンネ、頼む……リーン様が過去を思い出したら必ず傷付くはずだ。ぼく達を憎むはずだ。それはどうしても嫌なんだ……』
「魔神らしくない!偽りの過去を作ってもリーンは救われないよ?過去を、真実を取り戻して、乗り越えないと!だって、リーンは君達を愛していたんだから!
もし、自分達が両親の代わりに愛されただけだと思ったら、それは間違いだよ。見たでしょ?リーンはね、死ぬ間際に君達に“ありがとう”って言ったんだ。ボクには分かる。リーンが君達に親の代わりを求めたんじゃない。君達がリーンの親の役割を自ら進んで演じてくれていたんだって!」
『……』
「だから、過去を乗り越えようよ!大丈夫、今度はボクもいるんだから!」
精一杯のガッツポーズをしてみたけど、この木には目はあるのかな……アユナちゃんとクルンちゃんが眩しそうに見てくれてるけど。
『分かった。やれるだけのことはするよ』
「よし!まずは娘の機嫌取りだね。リーンや世界を混乱させた魔王を何とかする!勿論、力を貸してくれるよね?」
『しかし……ぼくに魔王を滅する力は……』
「あなたが魔王を生み出したんなら“星”は知ってるよね?」
『勿論だよ。ぼくも白、天神も魂を7つに分けたんだ。七魔人が地上の星となり、それが1つに交わるとき、真の魔王が誕生するはずさ』
「そんなことはどうでもいいの。ボクの中には、その星が6つ集まってるみたいなの。魔神の力で取り外せない?」
『「えっ!?」』
アユナちゃん達にも盲点だったみたい。でも、ボクは魔神に会う前から保険として考えていた。ボクから星が無くなればウィズは動けなくなる!さすがに、ウィズも力を取り戻した魔神に戦いを挑む可能性は低いだろうし!
『出来るけど、君を殺さないといけないよ?』
『「ダメっ!!」』
「あはは……それは厳しい。じゃあ、最終手段……魔人ウィズを倒してほしい」
まだボクの中ではウィズやヴェローナを信じたい気持ちもあるんだけど、魔王の完全復活を目論むのなら戦うしかない。
『何故?魔人ウィズというのは、鬼人族の魔人ウィズレイだと思うけど、彼は七魔人ではないよ?だから、星も持っていないはず』
「えっ!?じゃあ……最後の星は……ヴェローナが持っているの?」
『そうだね。サキュバスのヴェローナ。彼女はぼくが作った七魔人だよ。優しい娘なんだ。殺したくはないかな……』
ちょっと待って……ウィズは魔王の器になることか、魔王の完全復活を目指しているはず。その為にボクを殺すか、ボクに殺される状況を作ったと思ってた!
「クルン考えたです。ウィズはヴェローナをギリギリまで利用した後にやっつけるつもりです?」
『充分にあり得るわね!あの変態の考えそうな卑怯な手だね!!』
「そうか……ウィズはヴェローナの次元魔法を利用したいんだ。ヴェローナはそれを知ってるのかな?利用されているってことを」
『ぼくはヴェローナと話をしたいな……』
「分かった。ボクに作戦がある!」
★☆★
既に魔界に来て4日目の朝日が昇っていた。クルンちゃんの占い通りなら、ウィズが魔界に現れるはずだ。
ボク達は大神林の外にいる。
ウィズに会ったときの行動は決まっている。戦うことになった場合、魔神の説明が正しければボクが戦っても大丈夫みたいだけど、相手はウィズだ……何を考えているか分からない。だから、逃げることにしている。それに、クルンちゃんの占いでは戦うのはボクじゃないはず。
グレートデスモス地境に転移する。
やはり来た……。
ボク達の5m先には、茶髪の男性ホークとヴェローナが現れた。人間に変装したままとか、白々しい……ボク達の殺気を感じたのか、向こうから先に話し掛けてきた。
『やぁやぁ、勇者リンネ久し振りだね!元気にしていたかな?』
唸るクルンちゃんを片手で制して、ボクは一歩前に出る。アユナちゃんは背後で結界の準備をしている。
「元気じゃないよ!最後の召喚石を取りに行ったら悲惨な光景と空っぽの竜神像しかないし、西の魔王様に会いに行ったらキュリオ・キュルスに移されてるし、地上に帰ろうと思ったら変態パンツ魔人がいるし……踏んだり蹴ったり転んだりだよ」
『ハハッ!相変わらず素敵な毒を吐く!』
ボクは油断なくヴェローナを観察する。彼女の幻術は脅威だ。
「召喚石を返して!!それは、軽い気持ちで使う物じゃない……召喚者に対して命を賭けて守る責任を果たせる人が扱うべき物!!」
『これか?』
胸元から徐に袋を取り出して見せびらかすウィズ。召喚石の色や状態までは判断出来ない。偽物の可能性だって捨てきれない。
「まさか、召喚してないだろうね……」
『やり方が分からないんだ。だけど、手応えは感じたよ?何処かに俺の下僕が召喚されたはずなんだよな~今は必死に探している最中だ』
「なっ!?お前は絶対に許さない!!」
『勇者リンネ、待ちなさい。ウィズも挑発しないで!話し合いに来たんでしょ!!』
沈黙を守っていたヴェローナが間に入る。ウィズは戦うつもりは無いのか。でも、油断しない!
『すまん、勇者リンネ。召喚したのは事実だ。仲間に召喚者がいると何かと助かるんでね。石は返すよ、そらっ!』
ウィズは召喚石を袋ごとボクに投げつけた。
袋は、山なりの放物線を描く。ボクは怒りに震えながらもしっかりと受け止める。
中には、桃色に弱々しく点滅する召喚石があった。それは、既に召喚が終わった状態を示していた……。
殺意が湧き起こる。ボクは魔力を練り上げていく。ウィズの実力は分からないが、水魔法の超級ならば……。
「ウィズ!!」
『リンネちゃん、待って!!』
アユナちゃんがボクのローブを引っ張る。そうだった……戦うべきではなかった!冷静にならなきゃ。メルちゃんがいたら怒られていたね。
「ウィズ、ヴェローナ……もう一度……聞かせてほしい。あなた方の、目的は何?」
ボクは怒りを抑え、冷静に、ゆっくりと話し掛ける。まだ状況は最悪ではない。
『あたしから言うわね。前に話したときと変わらないわ。魔族と人間との共存共栄よ!』
「信じられるか!魔王復活を目指しているんだろう?はっきり言えないのは裏があるからに決まってる!」
『勇者リンネ、貴女は魔王を悪の権化か何かだと勘違いしてないかしら?魔王は……』
「人間の恐怖や憎悪の感情を吸収した存在だよね!知らないとでも思ったか!?」
『それは否定しないわ。でも、地上の人の王のように、この魔界のように、魔を統べる存在として制御出来るとしたら?』
魔王を制御する!?
神でも敵わない力を!?
「出来るはずがない!」
『俺達は可能だと考えてるぞ!方法は教えられないけどな!』
騙されるな!
こいつらはエルフを虐殺した張本人だ!きっと魂から腐ってるはずなんだ。話し合いはもう終わりだ……。
ボクは、アユナちゃんとクルンちゃんに目配せしする。当初の予定通りに動く合図だ。
『ヴェローナにだけ話がある』
ウィズは怪訝そうな顔をするが、ヴェローナがウィズを安心させるように微笑む。
『何かしら?』
ヴェローナがボクに近付いた瞬間……。
「転移!」
★☆★
『えっ!!』
視界が一瞬だけ暗転した後、ボク達の目の前には大木が現れた。
転移魔法でウィズとヴェローナを引き離すことに成功した!大神林は今、結界によって転移魔法が阻害されている。ウィズはボク達の所には飛べない!!
『魔神様なのですか?』
『ヴェローナ、久し振りだね。君とウィズレイが何をしようとしているのか教えてくれないか?』
『あぁ、御会いしたかったです、御父様!
私は平和を望んでいるのです。その為には、力が必要でした……魔王という力。ウィズを魔王にし、魔界を治めます。やがて地上界も……』
「やっぱり!」
『勇者リンネ、誤解です。ウィズは魔王の器となってもあたしの幻術で制御出来ます』
魔神は暫く考え込んでいたが、重々しい声で静かに語り始めた。
『ヴェローナよ、無理だ。まず、ウィズを器にする為には君とリンネを殺すことになる。それ以外の方法はないよ!』
『魔神様、畏れながら申し上げます!まだ実験段階ですが、星は天神の七勇……召喚者に置き換えられるはずです!』
「『何だって!!?』」
まさか、召喚者7人全員を殺そうとしていた!?もしかして……最後の召喚も、殺す実験の為に!?
『所詮は異世界人です。彼女達は、この世界を救う為に呼ばれたはずです。しかも、元の世界には帰れない。いずれ死ぬならば世界の為に命を差し出してくれるでしょう!』
ボクの膨大な魔力が膨れ上がる。
アユナちゃん、クルンちゃんは呆然と立ち尽くしている。ヴェローナを倒せばボクが7つの星を身に宿すことになる。魔王の器となり、魔王復活が成される。それは分かっている!でも、でも、絶対に仲間を守る!こいつらは許せない!!
『馬鹿者!!』
『御父様……』
『ぼくを騙せると思っていたか?』
『……』
『リンネを怒らせ、自分を殺させようとしたな?リーン様の親であるリンネならば、魔王の力を制御出来ると考えているな?』
『はい……』
「……」
『ぼくは許さないよ!そんなことしたら、リーン様が悲しむからね。絶対に許さない!』
『しかし、魔王が地上界を支配することが御父様の悲願ですよね!』
『ヴェローナ……リーン様を独占する為に魔王を生み出したが、それは大きな過ちだった!今となっては後悔しているんだ。実は……魔王は誰にも滅ぼせないし、制御できないんだ……』
「滅ぼさなくていいの!悪いことをさせないように出来れば。だから、魔王の力の源を断つ!その為には、人の恐怖や憎悪の感情を和らげるような世界を作るんだ」
『勇者リンネ!?』
「ヴェローナ、ボクは正直に言うと貴女に怒っている。でも、目的は同じなんだ。人魔共存、目指そうよ!皆が力を合わせれば不可能はない!」
『ごめんなさいね……本当にごめんなさい!御父様も……ごめんなさい……』
『ヴェローナ、ぼくは君が本当に優しい子だって知っているよ。それに、心から信じている』
『ありがとうございます……』
ボクだって、ヴェローナのことは信じたい。本心からボクを助けてくれたし。ただ、彼女を騙して利用した存在は許せない!ウィズ……あいつの思い通りにはさせない!
「ヴェローナ。ボク達と手を組もう」
「違う!そんなことをリーンが望む訳がないからね!誰かの代わりに生きるなんて悲しいことを言わないで……何か、方法があるはずだよ!」
落ち着け……。
魔神が見せてくれた記憶だと、ボクはリーンの父か母だった可能性がある。彼女は、元の世界に残してきたと思っていた家族なんだ。助けたい。一緒に幸せになりたい。そして、他の家族にも会いたい!
でも、どうすれば……。
(リンネさんの元いた世界とこちらの世界は、時空間に捻れがあります)
(アイちゃん……!捻れって……?)
(はい。リーン様がこの世界を作られたとき、既にご両親は亡くなられていたはずです。しかし、リンネさんが生きて召喚された……。つまり、召喚はリーン様が亡くなる以前を対象に行われたことになります)
(えっと……ちょっと待って……確かに、ボクがリーンの親なら、リーンが死ぬ前に死んでたはずで……リーンが死んだ後に生きたボクがここにいるのはおかしいね。そうか……2つの世界は少なくとも2000年以上ずれている可能性がある!そして、ボクがこっちに来て約60日……今戻れば、ボクもリーンも元の世界で、まだ生きている可能性がある!!)
(そうです。そして、元の世界での死を回避することも出来るかもしれません!)
(やるべきことが見えた気がする!アイちゃん、ありがとう!!)
魔王を何とかすれば、次元の存在がボクを元の世界に戻してくれるって言った!信じて進もう!!
「リンネ様?クルン考えたです。リーン様が銀の召喚石を食べるです。もしかしたら、力が戻るです」
『やっぱり狐頭ね!石をどうやって食べるのよ!私なら、リーン様と天神様、魔神を会わせるわ!記憶が戻って、しかも神様が揃えば何とかならないかな……』
「2人ともありがとう!両方試す価値はあるね!石は食べられないけど、力を取り戻すきっかけにはなるかも。あと、リーンに真実を教えなきゃ」
『リンネ、頼む……リーン様が過去を思い出したら必ず傷付くはずだ。ぼく達を憎むはずだ。それはどうしても嫌なんだ……』
「魔神らしくない!偽りの過去を作ってもリーンは救われないよ?過去を、真実を取り戻して、乗り越えないと!だって、リーンは君達を愛していたんだから!
もし、自分達が両親の代わりに愛されただけだと思ったら、それは間違いだよ。見たでしょ?リーンはね、死ぬ間際に君達に“ありがとう”って言ったんだ。ボクには分かる。リーンが君達に親の代わりを求めたんじゃない。君達がリーンの親の役割を自ら進んで演じてくれていたんだって!」
『……』
「だから、過去を乗り越えようよ!大丈夫、今度はボクもいるんだから!」
精一杯のガッツポーズをしてみたけど、この木には目はあるのかな……アユナちゃんとクルンちゃんが眩しそうに見てくれてるけど。
『分かった。やれるだけのことはするよ』
「よし!まずは娘の機嫌取りだね。リーンや世界を混乱させた魔王を何とかする!勿論、力を貸してくれるよね?」
『しかし……ぼくに魔王を滅する力は……』
「あなたが魔王を生み出したんなら“星”は知ってるよね?」
『勿論だよ。ぼくも白、天神も魂を7つに分けたんだ。七魔人が地上の星となり、それが1つに交わるとき、真の魔王が誕生するはずさ』
「そんなことはどうでもいいの。ボクの中には、その星が6つ集まってるみたいなの。魔神の力で取り外せない?」
『「えっ!?」』
アユナちゃん達にも盲点だったみたい。でも、ボクは魔神に会う前から保険として考えていた。ボクから星が無くなればウィズは動けなくなる!さすがに、ウィズも力を取り戻した魔神に戦いを挑む可能性は低いだろうし!
『出来るけど、君を殺さないといけないよ?』
『「ダメっ!!」』
「あはは……それは厳しい。じゃあ、最終手段……魔人ウィズを倒してほしい」
まだボクの中ではウィズやヴェローナを信じたい気持ちもあるんだけど、魔王の完全復活を目論むのなら戦うしかない。
『何故?魔人ウィズというのは、鬼人族の魔人ウィズレイだと思うけど、彼は七魔人ではないよ?だから、星も持っていないはず』
「えっ!?じゃあ……最後の星は……ヴェローナが持っているの?」
『そうだね。サキュバスのヴェローナ。彼女はぼくが作った七魔人だよ。優しい娘なんだ。殺したくはないかな……』
ちょっと待って……ウィズは魔王の器になることか、魔王の完全復活を目指しているはず。その為にボクを殺すか、ボクに殺される状況を作ったと思ってた!
「クルン考えたです。ウィズはヴェローナをギリギリまで利用した後にやっつけるつもりです?」
『充分にあり得るわね!あの変態の考えそうな卑怯な手だね!!』
「そうか……ウィズはヴェローナの次元魔法を利用したいんだ。ヴェローナはそれを知ってるのかな?利用されているってことを」
『ぼくはヴェローナと話をしたいな……』
「分かった。ボクに作戦がある!」
★☆★
既に魔界に来て4日目の朝日が昇っていた。クルンちゃんの占い通りなら、ウィズが魔界に現れるはずだ。
ボク達は大神林の外にいる。
ウィズに会ったときの行動は決まっている。戦うことになった場合、魔神の説明が正しければボクが戦っても大丈夫みたいだけど、相手はウィズだ……何を考えているか分からない。だから、逃げることにしている。それに、クルンちゃんの占いでは戦うのはボクじゃないはず。
グレートデスモス地境に転移する。
やはり来た……。
ボク達の5m先には、茶髪の男性ホークとヴェローナが現れた。人間に変装したままとか、白々しい……ボク達の殺気を感じたのか、向こうから先に話し掛けてきた。
『やぁやぁ、勇者リンネ久し振りだね!元気にしていたかな?』
唸るクルンちゃんを片手で制して、ボクは一歩前に出る。アユナちゃんは背後で結界の準備をしている。
「元気じゃないよ!最後の召喚石を取りに行ったら悲惨な光景と空っぽの竜神像しかないし、西の魔王様に会いに行ったらキュリオ・キュルスに移されてるし、地上に帰ろうと思ったら変態パンツ魔人がいるし……踏んだり蹴ったり転んだりだよ」
『ハハッ!相変わらず素敵な毒を吐く!』
ボクは油断なくヴェローナを観察する。彼女の幻術は脅威だ。
「召喚石を返して!!それは、軽い気持ちで使う物じゃない……召喚者に対して命を賭けて守る責任を果たせる人が扱うべき物!!」
『これか?』
胸元から徐に袋を取り出して見せびらかすウィズ。召喚石の色や状態までは判断出来ない。偽物の可能性だって捨てきれない。
「まさか、召喚してないだろうね……」
『やり方が分からないんだ。だけど、手応えは感じたよ?何処かに俺の下僕が召喚されたはずなんだよな~今は必死に探している最中だ』
「なっ!?お前は絶対に許さない!!」
『勇者リンネ、待ちなさい。ウィズも挑発しないで!話し合いに来たんでしょ!!』
沈黙を守っていたヴェローナが間に入る。ウィズは戦うつもりは無いのか。でも、油断しない!
『すまん、勇者リンネ。召喚したのは事実だ。仲間に召喚者がいると何かと助かるんでね。石は返すよ、そらっ!』
ウィズは召喚石を袋ごとボクに投げつけた。
袋は、山なりの放物線を描く。ボクは怒りに震えながらもしっかりと受け止める。
中には、桃色に弱々しく点滅する召喚石があった。それは、既に召喚が終わった状態を示していた……。
殺意が湧き起こる。ボクは魔力を練り上げていく。ウィズの実力は分からないが、水魔法の超級ならば……。
「ウィズ!!」
『リンネちゃん、待って!!』
アユナちゃんがボクのローブを引っ張る。そうだった……戦うべきではなかった!冷静にならなきゃ。メルちゃんがいたら怒られていたね。
「ウィズ、ヴェローナ……もう一度……聞かせてほしい。あなた方の、目的は何?」
ボクは怒りを抑え、冷静に、ゆっくりと話し掛ける。まだ状況は最悪ではない。
『あたしから言うわね。前に話したときと変わらないわ。魔族と人間との共存共栄よ!』
「信じられるか!魔王復活を目指しているんだろう?はっきり言えないのは裏があるからに決まってる!」
『勇者リンネ、貴女は魔王を悪の権化か何かだと勘違いしてないかしら?魔王は……』
「人間の恐怖や憎悪の感情を吸収した存在だよね!知らないとでも思ったか!?」
『それは否定しないわ。でも、地上の人の王のように、この魔界のように、魔を統べる存在として制御出来るとしたら?』
魔王を制御する!?
神でも敵わない力を!?
「出来るはずがない!」
『俺達は可能だと考えてるぞ!方法は教えられないけどな!』
騙されるな!
こいつらはエルフを虐殺した張本人だ!きっと魂から腐ってるはずなんだ。話し合いはもう終わりだ……。
ボクは、アユナちゃんとクルンちゃんに目配せしする。当初の予定通りに動く合図だ。
『ヴェローナにだけ話がある』
ウィズは怪訝そうな顔をするが、ヴェローナがウィズを安心させるように微笑む。
『何かしら?』
ヴェローナがボクに近付いた瞬間……。
「転移!」
★☆★
『えっ!!』
視界が一瞬だけ暗転した後、ボク達の目の前には大木が現れた。
転移魔法でウィズとヴェローナを引き離すことに成功した!大神林は今、結界によって転移魔法が阻害されている。ウィズはボク達の所には飛べない!!
『魔神様なのですか?』
『ヴェローナ、久し振りだね。君とウィズレイが何をしようとしているのか教えてくれないか?』
『あぁ、御会いしたかったです、御父様!
私は平和を望んでいるのです。その為には、力が必要でした……魔王という力。ウィズを魔王にし、魔界を治めます。やがて地上界も……』
「やっぱり!」
『勇者リンネ、誤解です。ウィズは魔王の器となってもあたしの幻術で制御出来ます』
魔神は暫く考え込んでいたが、重々しい声で静かに語り始めた。
『ヴェローナよ、無理だ。まず、ウィズを器にする為には君とリンネを殺すことになる。それ以外の方法はないよ!』
『魔神様、畏れながら申し上げます!まだ実験段階ですが、星は天神の七勇……召喚者に置き換えられるはずです!』
「『何だって!!?』」
まさか、召喚者7人全員を殺そうとしていた!?もしかして……最後の召喚も、殺す実験の為に!?
『所詮は異世界人です。彼女達は、この世界を救う為に呼ばれたはずです。しかも、元の世界には帰れない。いずれ死ぬならば世界の為に命を差し出してくれるでしょう!』
ボクの膨大な魔力が膨れ上がる。
アユナちゃん、クルンちゃんは呆然と立ち尽くしている。ヴェローナを倒せばボクが7つの星を身に宿すことになる。魔王の器となり、魔王復活が成される。それは分かっている!でも、でも、絶対に仲間を守る!こいつらは許せない!!
『馬鹿者!!』
『御父様……』
『ぼくを騙せると思っていたか?』
『……』
『リンネを怒らせ、自分を殺させようとしたな?リーン様の親であるリンネならば、魔王の力を制御出来ると考えているな?』
『はい……』
「……」
『ぼくは許さないよ!そんなことしたら、リーン様が悲しむからね。絶対に許さない!』
『しかし、魔王が地上界を支配することが御父様の悲願ですよね!』
『ヴェローナ……リーン様を独占する為に魔王を生み出したが、それは大きな過ちだった!今となっては後悔しているんだ。実は……魔王は誰にも滅ぼせないし、制御できないんだ……』
「滅ぼさなくていいの!悪いことをさせないように出来れば。だから、魔王の力の源を断つ!その為には、人の恐怖や憎悪の感情を和らげるような世界を作るんだ」
『勇者リンネ!?』
「ヴェローナ、ボクは正直に言うと貴女に怒っている。でも、目的は同じなんだ。人魔共存、目指そうよ!皆が力を合わせれば不可能はない!」
『ごめんなさいね……本当にごめんなさい!御父様も……ごめんなさい……』
『ヴェローナ、ぼくは君が本当に優しい子だって知っているよ。それに、心から信じている』
『ありがとうございます……』
ボクだって、ヴェローナのことは信じたい。本心からボクを助けてくれたし。ただ、彼女を騙して利用した存在は許せない!ウィズ……あいつの思い通りにはさせない!
「ヴェローナ。ボク達と手を組もう」
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