異世界八険伝

AW

61.天界からの使者

 突然ニューアルンに現れたリーンは、意外にもボク達との話し合いを求めた。今戦いになれば勝機がないであろうタイミングを強襲されたボク達には、断るという選択肢はなかった。

 そして今、ボクは、その銀髪の少女と向かい合って座っている。ボクの右側にクルンちゃん、その正面には白い仮面の生物。ボクの左側にはアイちゃん、その正面には黒い仮面の生物……。

 そう、ちょうど黒・銀・白が向かい合う構図。
 それはまるで鏡を見ているかのような色彩の対称である。

 しばらく睨み合いのような沈黙が続く。リーンは話し合いに来たはずなのに何も話さない。だからという訳ではないけど、ボクは質問せざるを得なかった。

「あなたが魔人序列第2位……リーン……?」

『そうだ』

 左右にあるそれは、アユナちゃんと同じ羽。リーンは魔人ではない……白と黒の羽を持つ歪な天使だった。天使が見た目通りの年齢ならば、15、6歳くらいか。色白で整った顔には気の強そうなパーツが並んでいる。

(アイちゃん、いえ、国王様!交渉は任せます!ボクはこの人苦手かも)

(リンネさん……わたしの念話は直通のはずなのに、魔力による干渉を受けています。もしかすると、念話が盗まれています)

(えっ!?もし聞こえてるなら咳払いして?)


『ご、ゴホン……』

(リンネさん、この人と戦ってはいけません!)

(敵ではないということ?)

(まだ分かりませんが、勝ち目はありません)


『子ども達、賢明な判断だ。まずは自己紹介だ。薄々気付いているみたいだが、私は魔族ではない』

「では、なぜ魔王直属である魔人の、しかも序列第2位として人類と敵対しているのですか?」

『お前を守るため、ひいては魔王からこの世界を救う為だ』


 リーンが語る魔王復活までの過程にボク達は蒼然とした。

 未だ存在すら確認できない序列第1位、その身体は魔王の依り代となる資格を得る。それに最も近い存在がボクだと言われたからだ。

 彼女によると、魔人を1体倒すごとに1つの星を得るという。星を7つ持つ者が序列第1位となるそうだ。ボクは既に6体を倒しているため、あと1体を倒しすと7つの星が集い、ボクの身体は来るべき魔王復活の際の依り代とされるのだという。


「100歩譲ってそれが真実だとして、残りの魔人は、ウィズとヴェローナ、それにあなただけだから、あなたが敵対しない限りは魔王復活はないということですか?」

『魔王は復活する。ただし、依り代なく復活する魔王は不完全であり打倒することは容易い。警戒すべきはウィズだ。あいつは何かを企んでいる』

「確かに怪しいですが、今は人と魔族の共存の為に協力してくれていますが?」

『ウィズが今お前を倒すと、お前の集めた星を含めてウィズには7つの星が集まる。魔人序列第1位になれるのだ。今までの所為は現状を得る為の演技だということではないか?』

「まさか……でも、このまま他の魔人が倒されなければ魔王の完全復活は阻止できるということですか?」

『ウィズが何を考えているのか分からないが、魔人である以上はあらゆる手段を講じて魔王の完全復活を目指すであろうな』

「あなたは一体……あなたの正体は何ですか?」

『分からん』

「天使のように見えますが?」

『かつての天魔界、今の天界から来たことだけは分かる。私は1000年前から力と記憶を失ったままである』

(アイちゃん、この人が洗脳魔法とかで操られている可能性は?)

(……これ程の実力者を操れる存在は、魔王や神くらいしか想像できません。魔王はまだ復活していないし、神が魔王に与するとは思えませんので、操られてはいないのでしょう)

『私は自分の意思で行動している。魔人としての地位にいるのも、ここに来たのも私自身の意思だ』

「その左右にいる仮面の生物は何ですか?」

『分からん。私が地上界に放逐されたときから傍らにいる。護衛なのか見張りなのかすら分からん』

「白い仮面さん、こんにちは」

『……』

「黒い仮面さん、あなたの趣味は何ですか?」

『……』

「わたしなりの認識に基づいて整理しますね。あなた……リーン様は1000年前に天魔界から地上界に追放された。その際、力と記憶を失った。しかし、本人の意思で、つまり本能のように魔人序列第2位の地位に就いた。そして、リンネさんが魔人を6体倒したこのタイミングで、リンネさんを守り魔王の完全復活を阻止する為に現れた。そういうことですか?」

『概ね正しい』

「あなたは、ボク達の敵ではないということ?」

『お前次第だ。お前が魔王の完全復活をもたらす可能性があるならば、私が倒すしかない』

「先程のウィズと同じように、その場合はあなたが魔王になるのではありませんか?」

『そうなるな。だが、私ならば魔王に精神を侵されずに済む可能性がある。お前やウィズ、ヴェローナが魔王になるよりはましだ』

「それなら、あなたはボク達にどうしろと?
 逃げ回れば良いの?自殺すれば良いの?」

『違う。お前ではなくお前の仲間が他の魔人を倒せば良いのだ!さすれば魔王の完全復活を防ぐことは出来よう』

「仲間が……魔人と戦う?そんなの危険だ!それに、ウィズやヴェローナも仲間じゃないか!」

「リンネさん、残りの仲間達も早く探しましょう!わたしたちの力を合わせれば魔人には負けません!信じて下さい!」

「クルンも賛成です。石を探すです!」

『そうだな、お前に出来ることは仲間を集めることだ。私は引き続きグレートデスモス地境にて魔王の魂を見張るとしよう。さらばだ』

 そう言うと、リーンとその左右にいた仮面の生物の姿は歪んでいき、やがて消えてしまった。



 ★☆★



「リンネさん、リーンという名はこの世界の神話に出てきます。天魔界に住まう三柱のうちの1つ、リーンルナマリアの可能性があります。世界創造の3人の神、すなわち天神と魔神、そして秩序神。先程のリーンの姿は秩序神リーンルナマリアに酷似しています。天魔界は1000年前に天界と魔界に分かれ、それぞれ天神と魔神が統べる異世界になったようですね。その出来事と何か関係がありそうです」

「えっ!?魔人リーンはかつての世界創造の神ということ!?」

「はい、秩序神の役割は世界の善悪のバランス維持にあります。魔王の完全復活がなされれば世界のバランスは大きく悪に傾きます。だから、本能のままにそれを阻止しようと動いているのかもしれません」

「クルンも占ったです。リーン様は神様です。味方です。言うこと聞くです。ウィズ倒すです」

「そっか……でも、ウィズはアディさん達と一緒にランディールに行ってる……協力してくれているのに倒すなんてあり得ないでしょ?魔人相手と言っても、裏切るとかしちゃいけないよ!」

「リンネさんが言うことも分かりますよ。でも、ウィズは必ず……人質をとってでもリンネさんを狙って動きます」

「アイちゃん、クルンちゃんが言うならそうなのかもしれない。人質をとられてもボクは戦っちゃいけないんだよね?皆の力で何とかなりそう?」

「仲間を集めるです!占いだと仲間が集まれば勝つです!」

「メルさんが向かった北には必ず召喚石があるはずです。信じて向かって下さい!残る1つはわたしが全力で探します!」

「分かった!少し休んだら出発するね!クルンちゃんも一緒に行ってくれる?」

「もちろん、はいです!」



 ★☆★



 馬車で北に向かったメルちゃんとアユナちゃんからの報告では、祠にはそれらしき結界はなかったそうだ。現在、塔の攻略中らしい。

 ボクとクルンちゃんは、未明にスカイに乗って飛び立った。内心、アディさん達がウィズに人質にとられたらと心配だったけど、クルンちゃんの占いを信じて!

「あれは……塔?」

 昼を過ぎた頃、高く聳える1本の鉛筆のような物が、ボク達の視界に飛び込んできた。

 近づくほど蔓に覆われた緑色の細長い形状に目を奪われる。高さはその辺の山をも軽く凌駕し、風が吹いても全く揺れる気配がない。まるで地軸が地面に深く刺さっているかのようだ。


(アイちゃん、塔に着いたよ!メルちゃん、塔に結界があるって言ってる?無いようだったら、先に大森林の探索に行くけど?)

(リンネさん!ちょうど良かった!メルさんから、最上階で結界を見つけたって報告がきました!向かって下さい!)


「窓っぽいものはないね、まさか地上から登っていかないと駄目なのかな?」

(かなり高いけど頑張って登るね!)


「スカイ!下に降りよう」

『シュルルッ!』



 ★☆★



 塔の入口はすぐに見つかった。
 入口には戦闘の痕跡が残されていた。メルちゃん達は門番的な何かと戦ったらしい。既に大きな扉は開かれている。ボク達は迷わず塔の中に足を踏み入れた。

 どこから採光しているのか、塔の中は意外と明るい。外から見た通り、中はあまり広くはなかった。だいたい直径が10mの円柱状になっている。迷宮みたいに空間や次元魔法で拡張されてたら大変だもんね。

 灰色の無機質な壁で造られた螺旋階段が延々と続き、高度100mおきくらいにフロアがあり、戦闘の痕跡が残されている。メルちゃん達は何かを倒しながら進んだようだ。

 ボクはクルンちゃんを抱き締めながら、浮遊魔法でぐんぐん飛んでいく。

 フロアの数が30を越えたあたりで内壁の様子に変化が見られた。灰色の壁は緑色の光を帯びて森の中を進んでいるかのような神秘的な空間に変わっている。

 更に10以上のフロアを数えた頃、聞き慣れた声が耳に届いてきた。思わず嬉し涙が零れ落ちる。ニューアルンで分かれてから色々あったし不安だったからね。安心したのかもしれない。


「メルちゃん!!アユナちゃん!!」

「『リンネちゃん!!』」


「クルンもいるです……」

『クルンちゃん、抱っこはずるいよ!この階段本当に、凄く大変なんだから!』

「確かに凄く階段が長かった!」

 ボクは感極まってメルちゃん、アユナちゃんを抱き締めてもみもみしまくった。

「リンネちゃん、それよりこの先です」

 メルちゃんが指し示す先には確かに見覚えのある扉がある。青白い結界の光がキラキラと輝いて見える。


「ありがとう!召喚石の結界かもしれない。行ってくるね!」

 ボクは結界の中へと進んでいく。扉へ手を触れると扉は勝手に内側へと開いていく。

 扉の中は闇に包まれている。
 ボクは勇気を振り絞り、扉を潜り抜け部屋の中へと足を踏み入れる。

 すると、部屋には光が満ちてくる。
 部屋は森の中のように生い茂る花や木々に覆われている。その中に堂々と佇む竜……金属で竜神を象った像には緑色に輝く召喚石が見える。


 そして、その横には……竜人がいた。

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