異世界八険伝

AW

54.ヴァンパイアの力

 〈アルン行き*3日目〉

「クルンは1度戻りたいです。転移お願いします。皆さんも帰るです」

 クルンちゃんなりに雰囲気をよくしようと考えてくれてるんだね。ボクが最初からクルンちゃんの忠告を聴いていれば良かったんだ。仲間を信じなきゃダメだ。自分の力を過信してはダメだ。1度戻ろう。

「馬車の護衛が必要だから、2組に分かれて2時間交代でいいかな……本当はもっと長い時間がいいんだけど。ごめんね」

 皆がボクに賛成して頷いてくれた。
 結局、最初はボクとクルンちゃん、アユナちゃん、メルちゃんが戻り、レンちゃんとアイちゃんが留守番することになった。何だか、レンちゃんに避けられてるような気がする……。



「あっ!皆さんお帰りなさい!!」

「マールさん、ただいま!アルン王国に入ったところでちょっと休憩タイムです!」

「お疲れ様です!リンネ様、ちょっとお話があります……」

 何だろう。ボクは隣の部屋に連れて行かれた。クルンちゃんは弟のクルス君とお喋り中だ。アユナちゃんとメルちゃんはお風呂に一直線。1対1で話を聞くことになった。


「マールさん、何かありました?もしかしたら、王都の奴隷解放がうまくいかないとか?」

「いえ、私達は問題ありません。リンネ様ですよ。どうして泣いているんですか?」

「えっ……!?」

 本当だ。泣いてた。いつから?レンちゃんとケンカしたとき?ヴァンパイアを倒したとき?なぜ気付かなかったんだろう。皆に心配を掛けっぱなしだよ。ミルフェちゃんに弱虫って言われたけど、本当にそう。確か、前の世界では男だった気がするんだけど……それも自信がなくなってきた。

「リンネ様、何となく心が読めますが、何があったのか詳しく聞かせてもらえませんか?」

 マールさんは包容力があって頼りたくなる。お姉さん、いやお母さんみたいだ。ここを出てから経験したこと、思ったことを全部話そう。助けてほしい。


「皆さん、そんな辛い戦いを続けているのですね。私達はそうとも知らずに……!」

「ううん、皆がそれぞれ出来ることをすればいいと思います。ボク達は戦うために召喚され、必要な力を与えられたんだから、当たり前のことをしているだけですよ」

「違います!この世界の何かが自分達の都合で勝手に皆様を召喚したんです。リンネ様が命を削って、涙を流してまで戦い続ける理由なんてあるわけないです!そんなの、残酷すぎます!!」

「でも、この世界を救えたら元の世界に帰れるわけだし、ボク達は生きる為にも、帰る為にも戦い続けます。敢えて言えばそれが理由ですね」

「皆様は何も得することがないじゃない!私達が出来ないことを無理矢理に押し付けてるだけじゃない!そんなことするくらいなら、勇者なんて、いらないですよ……私達が滅べばいいんだわ」

「いらないなんて、悲しいこと言わないでください。皆の幸せな笑顔を見られるだけでも、ボク達は十分に得をしていますよ」

「リンネ様のバカ!!」

「あはは……2日連続でバカって言われちゃった。もう本当にバカだと、自他ともに証明されたね。って……えぇっ!?」

 マールさん、何で抱き付いてるの……。
 何であなたまで泣いてるの……。

 ボク達はずっとそのまま泣いていた。



『リンネちゃん、お風呂ど……えぇっ!?』

「あ、アユナちゃん……。うん、お風呂に入ってくるね。マールさん、ありがとう」


 その後、1人でゆっくりお風呂に入った。

 相談した結果、逆にマールさんを傷付けちゃったなぁ。最近やること全部が裏目に出る。どうしてだろう。誰かを傷付けてしまうなら、しばらく1人で戦う方がいいのかな……。


(リンネさん!いい加減にしてください。仲間を信じるって、力を合わせるって約束しましたよね!)

(あ……アイちゃん、聞こえてたんだ……ごめん)

(わたし達はリンネさんを支える為にいるんですからね、もっと信じてください、もっと頼ってください!)

(ありがとう。分かってるの。皆に支えられているって。ボクが間違えたから叱ってくれているのも。でも、ボク自身が何と戦っているのか分からなくなっちゃった。“勇者の敵は魔物にあらず、真実の敵は己自身であり人間である”か。ボクはどうすべきなんだろう……)

(リンネさんの行動は間違っていません!わたし達は本当にそう思っています。レンちゃんに聞きました。ケンカした理由を)

(あのときだって、ボクは間違えてばかりだった。自分の都合でヴァンパイアの魔結晶を拾わなかった。クルンちゃんの忠告を聞かずに町長に会いに行った。何にも考えずに王国の使者だと言ってしまった。ボク達を殺そうとした町長を……レンちゃんに反対されたのに治癒した。あの人達はまた旅人が来たら殺そうとするのかもしれない。こんなの勇者なんかじゃない。ボクには勇者なんて、無理だよ!)

(違う!違う!リンネさん分かってない!レンさんがどうして怒っているのか分かってない!)

(だから……ボクは、そんなことすら分からないダメ人間なんだよ。ちゃんと分かってるもん、勇者失格だってことくらい)

(リンネさんのバカ!!)

(あははは……また言われた……。ごめんね)

(わたし達は……)


 ボクは心を閉ざした……。
 皆が支えてくれているのは分かってる!でも、ボク自身には、支えてもらうほどの価値がない。自分に自信が持てない。ボクは何をすべきなのか分からなくなっちゃった。皆を救いたい気持ちは、まだある。でも、誰が敵で誰が味方かが分からないんだ。

 落ち着け、落ち着いて考えないと。自分が出来ることを精一杯やればいい。そうだよ、そうすれば誰にもバカなんて言われない。そうするしかないんだ。

 はっきりと分かっているのは、魔人グスカが敵だということ。単純だ。グスカを倒せばいいんだ。一刻も早く倒さなきゃ、またたくさん人が死んじゃう。誰も守れなくなる!手紙を渡すのは誰にでも出来る。いや、ボクがやるより、アイちゃんやメルちゃんに任せる方が間違いがないはずだ。
 ボクはグスカを討つ。皆には手紙を届けてもらう。なんだ、凄く簡単なことだった!こんなことに気付かないなんて、本当にバカすぎる。


 ボクにはもう迷いはなかった。
 皆の休憩が終わると、馬車は順調にアルン王都に向かって進んだ。というのも、ボクが張り切って魔物を倒しまくったから。気持ちの切り替えができたのもある。でも、1番は皆と話すのが辛かったからだ。

 その後、アユナちゃんの結界の中で夜営をした。1人隅っこで丸くなって寝た。目を閉じても眠ることは出来なかった。召喚から40日目の夜は、静かで、永く寂しい夜だった。



 〈アルン行き*4日目〉

 夜明け前、ボクはこっそりスカイを召喚して、アルン王国にあるグスカの居城を目指している。場所はあらかじめウィズから聞いていた。スカイなら5時間で行ける。グスカを倒してボクがアルン王都に着く頃には、皆は王都で所用を済ませているだろう。

 夜中のうちに置き手紙を書いた。グスカを倒しに行くこと、手紙を届けてもらいたいということ、アルン王都で待ち合わせすることを伝える手紙を書いて、クピィに渡してきた。


 ★☆★


 そしてボクは今、スカイの背に跨がり、グスカの居城の上を飛んでいる。太陽が燦々と輝きを放っている。心なしか眼下に聳える城が太陽の聖なる光で溶けているように見える。ヴァンパイアに対して有利な条件は整った。マジックポーションも2本ある。負ける要素は1つも見当たらない、万全だ!

 ふと思った。城ごと魔法で潰してしまったらどうだろう。そうすれば直接血を見たり悲鳴を聞かずに済むかもしれない分、気楽だ。いや、でも吸血鬼は地下に潜むイメージだ。確実に討つ為には中に入るしかないか……。


「降りよう。スカイ、ありがとう」

 ボクは地上に降り立つと、スカイの首や翼を優しく撫でて労った。スカイもボクに甘えたいのか心配してくれているのか、鼻面を寄せてくる。それを抱き締めてあげる。至近で目が合う。金色の瞳が心を見透かすかのように見つめている。綺麗な色……アユナちゃんの髪と同じ色。仲間を守りたい。守らなきゃ。絶対に負けられない!スカイの瞳はボクに力をくれた。

 スカイが指環に戻るのを確認して、ボクは城の入口へと向かう。この城は……人が住んでいた城だろうか。魔界にあったガルクの城とも、カイゼルの要塞とも趣が異なる。その禍々しい色を除けば、シンデレラが住んでいそうな可憐で繊細で神秘的な佇まいをしている。

 この中にグスカがいる……正直、恐怖心がない訳がない。魔人序列第4位……しかも眷属のヴァンパイアがどれだけいるとも知れない。1人で勝てるのだろうか。次第に不安だけが募っていく。


 巨大な門扉を前に、ほっぺたをペシペシ叩いて気合いを入れる。扉に触れようとしたら、内側に勝手に開いていく……まるでボクを闇に吸い込むかのように。ぞっとする。でも、そんなのはお約束だ。びびってなんかない。

 中を覗くと、薄暗い闇の世界が待っている。足を踏み入れると扉が閉まるんでしょ?ワンパターンだよ。大丈夫、暗視スキルがある。闇を畏れるな、勇気を振り絞れ!ボクはなけなしの勇気を味方にグスカの居城に踏み込んだ。

 予想に違わず、扉は閉まった。天窓から射し込む光は深い闇に敗れて床まで届いていない。1つ、2つ……闇の中に紅い光が灯る。2対の紅い光はしだいに数を増していき、ボクを取り囲む。

 既に魔力は練り終えている。来るなら来い!一瞬で焼き尽くす魔法サンダーウェーブの準備は出来ている。あとは心の準備だけだ。

 数体のヴァンパイアが動く。恐らくは元アルン王国軍の兵士。人であったときの記憶を持ち合わせているのだろうか、静かに迫ってくる。背後から噛まれたら厄介だ。雷のバリアを張っておこう。

「サンダーバリア!」

 ……

 あれ?魔法が発動しない!?
 まさか、町長の落とし穴と同じ魔法結界!!

「サンダーバリア!!」

 ……

 ダメだ!!勝てないよ!!
 どうする、どうする、どうする!
 フリーバレイはグスカの軍門に下った、城にも魔法結界があるのは予想できたはずだ。油断した!また自分の力を過信した!!

 でも、こんなところで死にたくない!ヴァンパイアにされて仲間を襲うなんて絶対に嫌だ!!
 諦めない!生きるんだ!皆を助けるんだ!日本に帰って家族に会うんだ!!

 ボクは左手のマジックポーション、右手のフェアリーワンドをしまう。棒2号を両手で握る。汗で手が滑る。

 ヴァンパイアとの距離は5mしかない。相手のステータスは頭にある。敏捷で負けているが、攻撃は上回っている。カウンターが当たれば倒せるはずだ。操られている人形は動きが単純だ。落ち着いて戦えば勝てる!絶対に勝つ!来るなら来い!!

 同時に2体が左右から飛び掛かってきた!
 喉を狙う動きをしゃがんでかわす。前後が入れ替わる。大丈夫、動きは見えた。他のヴァンパイアは様子を見ているのか、紅い光は動かない。

 2体がタイミングをずらして襲いかかってきた!
 意図的か個体の能力差か。こちらとしては大歓迎だ。左に避けて棒を頭に叩きつける!味方と重なって動きを止めたヴァンパイアに一気に迫り、頭を叩き割る!頭を狙えば1撃で倒せる。冷静に戦えば勝てる!

 様子を見ていたヴァンパイア達が一斉に動く!
 仲間意識があるのか!?右に、左に避けては頭を潰していく。何も考えるな、これは単純作業なんだ!身体が勝手に動いているかのように、立て続けに3体を葬る。身体能力が高いとはいえ、知能は低いし武器はない。勝てる!

 紅い光がボクを容赦なく取り囲む。何体が同時に襲いかかってきたのかさえ分からない。
 まずい、低い姿勢で壁際まで逃れる。壁を背にして迎え撃つ。背後から襲われることはないが、背後に逃げることも出来ない。上等だ!掛かって来い!!

 右に左にカウンターを合わせる!壁を使って三角飛び。迷宮で練習した甲斐があったのか、背後を取りながらヴァンパイアの数を削っていく。奴等はボクの喉しか狙ってこない。勇者の血を吸うと不死身になれると妄想しているのか?

 既に100体は倒したはず。目に見えて数を減らしてきた。まさか、この城に数千がいる訳ないよね?昨日みたいにどこかを攻めているのか、他にも拠点があるのか、まだ寝ているのか……。

 ボクは既に肩で息をしている。体力は限界まできている。しかし、生への執着が気力を保ち続けている。まだまだいける!掛かって来い!!


 城に入ってから3時間は経っただろう。1階に居たヴァンパイアは全て倒しきった。時間を気にしなければいけない。日が沈むまでの残り5時間が勝負だ。奴等は夜の狩人……夜になれば力関係が逆転しかねないからだ。

 ボクは2階への階段を上る。窓際の壁を嫌がらせのように叩き割る。光が少しでも味方してくれるように。2階にはグスカは居なかった。燕尾服のような服を着たヴァンパイアを倒し続けた。元メイドだろうか、女ヴァンパイアも居た。

 3階に駆け上がる。やはりグスカは居ない。遠慮なく壁を壊していく。マリ○になったみたいな爽快感がある。これならいつでも城の外に出られる。
 そうだ!ボクは窓から身体を乗り出し魔法を試みる。回復魔法が使えた!これなら!

「スカイ!スノー!力を貸して!!」

 スカイは窓を壊して城に入ってきた。スノーは……ごめん、いきなりだったから地面に落下してしまった。痛かったよね……。扉を壊して中に入ってきた。1階はだいぶ明るくなった。

 しばらくの間、ボク達は城を内部から壊し続けた。ドラゴン達はボクの意図を理解しているのか、ただ破壊を楽しんでいるのか分からないが、半壊と言っても過言ではないくらいに壊させてもらった。損害賠償請求されても払いませんよっと!

 グスカは居ないのか?留守中だったのか?悔しそうな顔を作る自分の中で、ひたすらほっとしている自分がいる。弱気な自分に苦笑いが零れる。

 地下室は……あった。2階への階段の裏に、隠すように地下への階段が作られていた。目に見えるのは闇。暗視があるとはいえ、全くの闇の中では何も見えない。

「スノー、スカイ!地下にブレスをお願い!」

 我ながらセコいとは思う。火炎ブレスがあれば城ごと燃やし尽くすのに。風と氷のブレスがどれだけ効果があるか分からない。雑魚ヴァンパイアなら倒せるだろうが、グスカなら……。

『『ギャオー!!』』
「!!!」

 何かが飛び出して来た!!
 一瞬でスノーとスカイの首が引き千切られた!!あぁ~なんということを!!!


『騒がしい。実に騒がしいぞ!妾の眠りを妨げるのは誰じゃ!』

「お前が……グスカか……?」

『女、如何にも妾こそ、魔王が配下、魔人序列第4位、真祖吸血女王ヴァンパイアクイーングスカじゃ』

 子ども!?オレンジの長い髪をツインテールに結び、燃えるように紅く輝く大きな瞳でボクを見上げている。凄く可愛い子どもだった。でも、こいつは絶対に許さない!!!

『なるほど……お主が勇者リンネか。レベル27だと?妾の敵ではないな。選べ!!尻尾を巻いて逃げるか、妾の下僕として尽くすか!』

 瞳が一瞬煌めいた。魔眼……恐らくは鑑定眼。こっちのステータスはお見通しか。不平等だね!

「グスカ!ボクはお前を倒しにきた。選べ!大人しく殺されるか、無惨に殺されるか!!」

『ウフフッ!妾を前にして恐怖しないか。面白い奴め。今なら全ての無礼を水に流そう!妾の下僕に堕ちよ!!』

「お前こそ、顔だけは合格だ。改心してエンジェルウイングに入れ!」

『お主、死ぬのは怖くないのかぇ?』

「3位のカイゼルも倒したんだ!お前なんかに負ける訳がない!!」

『そうか、爺は逝ったか。妾の下僕にしてやろうと思っておったんだがのぅ』

 グスカのペースに呑まれたらダメだ。いざとなれば隙を見付けて外に逃げるとして、戦うしかないなら、先手必勝だ!!奇襲を掛ける!!

「足元に銀貨が落ちてる!」

『なぬ?』

(ガツンッ!!!)

『痛ッ!!』

 えっ!?容赦のない1撃でも……倒せない!!
 ボクは下がって距離を取る。
 下を向いた瞬間、両手で思いっきり振り抜いた。卑怯と言われるだろうが、死人に口なしだ。なのに、半べそ程度?強さの桁が違うのか!?

『お主、銀貨はなかったぞ?目が悪いのか?』

 天然か?嫌味か?馬鹿か?
 こいつのペースに惑わされるな!殺すことだけ考えるんだ!まだ、手はある!!


「後ろに変なオジサンがいる!」

『へ?』

(ガツンッ!!!!)

『痛ッ!!!』

 さっきより強く殴った……。手応えはあった……。
 なのに、なのに倒せないのか?魔法さえ使えれば……勝つ為には手段は選ばない!!

『お主、まさか、妾を謀ってはいるまいな?』

「今さら気付いたんだね。頭が悪そうな子どもだと思ったけど、予想以上だったよ!!」

 あっかんべーをして、全力で走る!逃げる!!
 グスカは呆然と立ち尽くしていた。
 振り向かない!これだけ挑発すれば追い掛けてくるのは必須!逃げる!外に誘きだす!!

『貴様~!!逃げられると思うな……』

 走りながら背後に聖水をばらまく!エリ婆さんに最初に貰ったやつだ!エリ婆さん、力を貸して!!振り向く余裕はない、スノーが壊してくれた扉を抜ける!!

『ッ!』




 ボクは外に出た……。まだ日は高い。勝機はある!
 グスカは!?

『妾が日光を恐れると思うたか!愚か!!』

 来た!!
 杖とマジックポーションに持ち換える。
 魔力を練り上げる!!至近距離からガルクをほふった貫通型の雷撃をカウンターで撃つ!魔力は十分ある。総量の9割5分を練り込む!

「ぐっ!!」

 速い!グスカの蹴りで吹っ飛ばされた。

「ヒール!!!」

 練り上げた魔力をヒールに回された……マジックポーションを飲み込み、集中して魔力を練り直す。今度こそ、カウンターで魔法を当てる!!

『なるほどのぅ。魔力がやや高いとは思ったが、魔法に自信があったのか。しかし、妾も魔法には自信があってのぅ』

 そう言うや否や、両手を掲げて魔法の詠唱に入る!とてつもない闇の魔力が凝縮していくのを感じる……あまりの魔力で空間が軋む!撃たせたらダメだ!!

「お前の母ちゃん、出べそ!!」

 ボクは低い姿勢で突っ込む!
 予想に違わず、グスカは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている!詠唱は中断した!!

 至近から迫るグスカの右腕……爪がボクの首を切断しようと迫る!この攻撃は読んでいた!!
 ジャンプで交わしながら、頭上から魔法を叩きつける!!

「サンダーストーム!!!」

『!!!』

 当たった!!
 でも、頭じゃない、右肩から胸にかけて焦げ落ちている、あの距離からかわすのか!?しかし、それも想定内!!

『貴様~!!妾を傷付けたな!!ゆる……』

「サンダーストーム!!!」

 空中で最後のマジックポーションを飲み込む。着地と同時にグスカの背後から2発目を叩き込む!!

『ぐわっ!!!』

 当たった!!
 でも、また避けられた!!!
 左胸……心臓を含めて身体の大部分を貫いた雷撃を受けたグスカの身体からは魔素が霧となって立ち上っている。

 勝負はまだついていない、でも魔力がない……!
 なけなしの意識を、勇気と生への執着心が繋いでいる。棒2号に持ち換える。

 吼えるグスカに対峙する。
 グスカの可愛い顔は怒りに歪んではいるが無傷だ。頭を潰さないと倒せない!力を振り絞って凪ぎ払う!グスカの左手は生きている!ボクの攻撃はことごとく防がれる。

 グスカの右側に回り込み、フェイントを入れながら少しずつ生命力を削っていく。ここまできたら、強さなんて、ステータスなんて関係ない。どちらが生きたいと強く願うかだ。

 グスカは跳躍と共にボクを蹴りつけ、左手で首を狙ってくる。ボクの身体もぼろぼろだ。片足は動かないし、あまりの激痛に感覚すら放棄する。グスカは、胴体の半分が失われているのになんという生命力だ!

 太陽が味方をしているのか、グスカの身体から立ち上る魔素は激しさを増す。持久戦なら有利なのはボクの方だ。勝てる!粘れば勝てる!

 グスカは顔を歪ませながら魔法の詠唱に入る!
 まずい、魔法か!!回復魔法?攻撃魔法?

 持久戦なら負ける!!見落とした!
 グスカが詠唱を完成させる前に止めを刺す!
 砂を掴み投げつけながら突進する!
 一瞬。
 目を閉じた一瞬に、側頭部を打ち抜く!可愛い子どもの顔に棒を降り下ろす罪悪感は勿論ある。でも、ここでボクが負けたら世界は滅ぶんだ!皆が死んじゃうんだ!

 涙を我慢する余力はなかった……。
 何度も何度も、何度も振り抜いた。
 気付いたときには、巨大な魔結晶と魔法書が落ちていた。

[闇魔法/上級]

 メルちゃん、喜ぶかな……。いや、怒られるか。



 あれから何時間座っていただろう。
 魔力は少し回復してきた。
 手持ちのポーションとヒールで骨折した左足とあばら骨、左手を治した。動けるようにはなったが、身体中が痛い。

 そうだ……スノーとスカイはどうなった?

「スノー、スカイ!出てきて!!」

 ……

 死んじゃうんだ。精霊召喚と違うんだ。もう、君たちには会えないんだ……。
 涙が止まらなくなった。またボクが殺した。無理に召喚しなければ良かった。取り返しがつかないことをした。本当にごめん、ごめんなさい!ごめんなさい!!


 日が沈む。
 新たに召喚することは出来ると思うけど、今は召喚出来る心境ではない。アルン王都までどのくらいあるのだろう。歩いて行くしかないね。



 それから2日間、ボクは徹夜で歩き続けた。
 やがて王都が見えてきた。
 召喚から43日目の昼、ぼろぼろのボクはアルン王国の王都に辿り着いた。王都は……まるで誰もいないかのように、静寂に満ちていた……。

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