異世界八険伝
36.北の大迷宮7
<29階>
「ねぇ、もう3時間も歩いてるよ!? 」
レンちゃんが愚痴るのも分かる。
29階に足を踏み入れたボクたちを待っていたのは、再び永遠の闇――。
ちなみに、この階層は迷路構造ではない。端的に表せば、だだっ広い部屋。いや、部屋というのも適切な表現ではない。ここは何もないんだもん。まさに宇宙空間に床だけ敷かれたような場所だった――。
手持ちの地図には、正面にある30階への階段のみが書かれている。低層では縦横5km四方の構造だったことから、階段までの直線距離はMAX5km、戦闘しながらでも3時間は掛からないだろうと考えていた。
しかし、ウィルオーウィスプの光を頼りに歩いてきたボクたちの前には、何ら変わらない闇が終わることなく続いている――。
途中、アユナちゃんの光魔法で辺りを照らしたり、ボクの雷魔法で反射してくる音から距離を察する努力もしてみたけど、完全な徒労に終わった。
だだっ広い空間には、時々現れるレベル20前後の魔物以外に何も目印のような物は視認できず、雷鳴の反射音は全く返ってこなかったのだから――。
29階層を歩き始めて、ざっと6時間は経過しただろうか。さすがにみんなの中で焦りや不安が湧いてきた。
「もう、真っ直ぐに10km以上も歩いていますね」
「もしかして、地面が反対側に動いているとか? 」
動く歩道なんて物がこの世界にあるかは分からないけど――レンちゃんの言いたいことは分からないでもない。
「地面が動いている? 」
逆転の発想と言ったところか、アユナちゃんが頭の上にハテナマークを出現させながら訊いてくる。
「もしかしたらだよ。立ち止まってたらスタート地点の上り階段に戻すされました!ってことなら正解だし、そのトラップを掻い潜るなら、走るか飛ぶか、だね」
「何時間か休憩してみますか? 」
そんな必然的な流れで、ボクたちはメルちゃんの提案に大賛成することにした。
砂漠とか樹海とか、進めど進めどゴールが見えないとき、猛烈な不安に苛まれる。進む方向を間違えた? 今からでも方向を変える? 引き返すなら早い方が良いよ? 動かずに助けを待つ? もう一人の自分と葛藤しながら判断を下すことになる。あくまで決断をするのは自分自身だし、その結果を受け取るのも自分自身なのだから――。
そんなとき、勝者になる、生き残るために必要なことは何だろう?
諦めずに真っ直ぐに進む強さ? 臨機応変に動き回る柔軟性? 天体や風向きか等から冷静に進むべき方向を見極める分析力? それとも、ただの運か――。
結局、休憩中に答えを見つけられなかった――。
★☆★
ボクたちは結界の中で3時間くらい休憩してみた。
しかし、背後には上り階段は見当たらない。光や音で探ってみたけど、やはり無限とも思える闇が続くだけ。えっ、無限?
「仮説だけど、やはり考えられるのはトラップの存在。どうにかして解除しない限り、無限ループの中に閉じ込められているとか――」
「あ、私はそういう魔法トラップを知っています。無限回廊というトラップですね。解除は――例えば、廊下の途中にある絵をひっくり返さないといけないとか、空間の切れ目にヒントがあるとか、ですね」
「なにそれ……怖いよぉ……」
「あたしもそう言うの無理だから」
アユナちゃんとレンちゃんが抱き付いて喚いているけど、今はそんな百合を観察している暇はないの!
「他に手がないから、慎重に歩きながら空間の切れ目を見つけてみよう! 」
ボクの掛け声で全員が重い腰を上げる。こんな闇の中で野垂れ死にしたくはないよね!
★☆★
「みんな、ストップ!! 」
先行していたレンちゃんがいきなり叫ぶ。
「ここに段差があるけど――もしかする? 」
そこには、足を滑らすようにゆっくり歩かないと気付かない程度の――およそ1cmほどの段差が、左右にずっと伸びていた。
「確かに怪しいですね。もし空間の切れ目だとしたら、ここの前後にトラップを発動させている何かがあるはずです。探してみましょう」
メルちゃんが何かを察した様子。
「じゃあ、まずは手前からだね!」
アユナちゃんが光魔法で照らし、ボクたちは地面の捜索を開始する。今はこれが唯一の手掛かりだ、這ってでも探すぞ!
★☆★
左右2人ずつに分かれて探すこと、およそ2時間――レンちゃんが地面に落ちている錆び付いたナイフを見つけた。
「リンネちゃん、これ何!? 」
ボクは鑑定してみる。
[鑑定眼!]
[呪怨のナイフ:呪術の発動体に使われる]
「呪術の発動体に使われる……呪怨のナイフ。これ、トラップの正体かも。みんな、集まって! 」
数分後、ナイフを囲みながらあれやこれやと相談が始まる。
「私の光魔法も効かないし、リンネちゃんの雷魔法も効かない――もうどうすればいいのよ! 」
「引き抜いてみる? 」
「「触らない方がいいでしょ! 」」
レンちゃんの勇気ある発言は、ボクとアユナちゃんに即時却下される。膨れるレンちゃんだけど、いくら剣士でも呪いのナイフは危な過ぎるよ。
「破壊するしかないですね! 私がやります」
そう宣言するや否や、メルちゃんがメイスを振り上げてナイフを叩き潰す――すると、目の前には下り階段が現れていた。
「物理的にしか破壊できない系だったか――」
29階層の攻略にはおよそ10時間を費やしたようで、多分だけど時刻は既に夜9時を過ぎている。
「30階、行っちゃう? 」
レンちゃんはボス戦が怖くないらしい――。
「ちょっと疲れたけど、魔力はあまり消耗していないから、ボクは大丈夫だよ? 」
「フロアボスの階層ですからね、他に魔物が出ないのなら進んでみましょうか」
「眠いよぉ! 」
「そっか、良い子は寝る時間だったね。でも、多数決で決まったから我慢だね」
「あぁ! リンネちゃんが私を子ども扱いした! ひどいひどい! 」
「うん、元気一杯みたいだから大丈夫そうだね! 行くよ!! 」
「うぇぇぇん! 」
<30階>
そこは夜の森だった。闇ではなく夜であると判断したのは、空――そこに朧気ながらも、月や星が煌めいていたからだ。そして、月の光を全身に浴びるかのように、巨大な神殿が空中に存在していた。
高度は300mほどはあるだろうか。
闇夜に蒼白く光を放つ巨大神殿――恐らくあそこに守護竜たるドラゴンが居るはずだ。
「高いよ、高すぎる! 」
背伸びしながら見上げるアユナちゃん。シルフの力を借りたとしても、この子にはあの高度まで辿り着くことはできないようだ。ドライアードの大樹の力も、あの高度までは届きそうもない。
ボクが浮遊を使って、みんなを引っ張りあげるのも現実的には無理だろう。可能なのは、ボク1人が浮遊を使って神殿に向かうこと。その答えに、何となく全員が気付いていた――。
「また話し合いで解決できますよね? 」
メルちゃんが心配そうに訊いてきた。
だけど、アクアドラゴンさんの言う通りだと、黒竜とは恐らく戦いになりそうだ――。
「なるべく話し合いで解決するようにするね! 」
「ダークドラゴン? ブラックドラゴン? とにかく光魔法が効きそうなんだけど、私が行けなくてごめんね! 」
「アユナちゃんは危ないから留守番がいいよ。大丈夫、雷であっという間に終わらせるから! 」
リッチみたいな、闇の障壁に守られてる系のドラゴンならお手上げかも――。
「あたしはリンネちゃんを信じるからね! 早く召喚石を貰って帰ってきてね! 」
「ありがと、レンちゃん。召喚はみんなが居る所でやるから安心してね! 」
最後のお別れみたいな雰囲気ができ上がってるよ!? ほんと、戦わずに済むといいな――。
★☆★
ボクの期待は儚い夢でした。
浮遊の腕輪に魔力を通し、恐る恐る300mくらい浮上する。
この空間の上限が300mと言うよりは、どうやら300mが浮遊魔法の上限らしい感じだ。浮遊魔法ではお月様まで散歩は無理みたい――。
神殿には天井がなく、パルテノン神殿風の柱がたくさん立っているだけだった。案の定、そこで体長100mをゆうに超える巨大な黒いドラゴンが待ち構えていた。
深夜にすみません! いや、暇そうだから大丈夫だよね――。
『小さき勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。我は30階の守護竜ブラックドラゴンだ! 黒の召喚石を手に入れたくば、我に力を示すが良い! 』
「初めまして、黒の召喚石を受け取りにきた銀の勇者リンネです。魔王から世界を救うため、お力をお貸しください」
ブラックドラゴンさん、凄い威圧感だよ……身体中にトゲトゲが付いてるよ……それに、リッチみたいな闇の衣? 障壁みたいなのが見えるし……戦わずに何とかしたいなぁ……。
『我に力を示せ』
「今日はちょっと……お腹が痛い日なので……」
『なんと!? 勇者ならば――暫し我慢しろ』
「うそでしょ!? 本当に戦わなければいけないんですか? 」
『いかにも。それが我に与えられし使命だからな』
強情なドラゴンに、ムッときた。
「竜神グランさんやアクアドラゴンさんは、戦わずに理解してくれましたよ? 」
『彼奴は彼奴、我は我だ。戦わずに力を計ることなどできん! 』
あっ、脳筋さんだったのか!
仕方ない……やってやる!!
「仕方がありません、力を示します……」
マジックポーションはあと4つ――全力魔法は5発撃てる。ボクが今撃てる最強の魔法、雷と水の融合魔法を試してみよう。
魔力を全身で集め――全身で練り上げ――水と雷を練り合わせるイメージを構築していく――高位のドラゴンは、鱗が持つあの障壁で魔法を弾くみたいだ。水を体中に浸透させ、巨大な雷撃を鱗の内側に通す! 水を3割、雷を7割くらいで混ぜ合わせていく――魔力総量の9割を使う。ドラゴンが参るまで何回でも、何回でも何回でも、撃つ!!
「全力全開、サンダーバースト!!! 」
名前は弄らない。そんな精神的余裕、アソビはない。天空から半径10mに迫る巨大な雷撃が舞い降りる! 先行する水弾がドラゴンの頭に着弾すると同時に、全身に雷撃を浴びせる!!
『グォー! 』
効いてる!
眼や口に水を浴びたから、体の中からもビリビリしているはず!
でも、まだ眼は死んでいない。あまりの快感に、笑っているかのような眼――これは、ドMの眼だ!
マジックポーション飲み、もう一度同じのを撃つ!
「Mを滅ぼす天の雷、サンダーバースト!!! 」
『グハッ!! 』
効いてる!
けど、ぜんぜん倒れない!
もう、雷魔法だけでいいや、魔人をやっつけた自慢の雷を撃ち込む!
クスリ、クスリ――。
「食らえ! ブラックサンダーバースト!!! 」
『ゲホー! 』
効いてる! もう少しだ――。
クスリ、クスリ!
「サンダーバ――」
『やめい! もう十分じゃ! 主の力は見た!! 』
「はい? 」
あれ? 倒さなくても大丈夫だったみたい?
よし、これでやっと迷宮攻略だ――。
ボクが杖を下ろすと、ブラックドラゴンさんは50代のガッチリ体型のおじさんに人化していた。頭と顔、首あたりにかけて赤黒く火傷していて、黒い頭髪がチリチリになっている。死ぬことはなさそうだけど――痛々しいから治してあげよう!
「すみません、治療しますね! 」
『あ、あぁ……頼む』
「ヒール!! あ――プッ! 」
『プ? 』
「プ……プリン食べたいなぁって……ヒールの後はいつも食べていましたから……」
ドラゴンさん、火傷が治る際に毛根の上から皮膚が再生したみたいで、見事に頭髪がなかった。今後、皮膚の中で頭髪が伸びてきたらどうなるんだろ? この人は一体、どこに向かうのだろう――なんて心配していたら、危うく吹き出すところでしたよ。
『プリン? あぁ、人族のデザートか。ミミズや昆虫のデザートならすぐに用意できるが? 』
いや、もう、ミミズや昆虫のデザートよりもこのおじさんの方に強い嫌悪感を覚えるのは気のせい、いや頭のせいか。
「いいえ、結構です! それより、下に仲間を待たせているので――召喚石を頂いても良いですか? 」
『勿論だ! この先に結界が張られた聖域があるからな、我に付いてきなさい』
ボクはなるべく頭を見ないようにしながら、マッチョなおじさんを追いかけた――。
★☆★
天井のある通路を進んでいった先、広い神殿の最奥には魔法陣が刻まれた扉があった。黒く光るその扉の前でおじさんは立ち止まって振り返る――。
『この扉の向こうに召喚石がある。我が使命は果たしたぞ。さらばだ、小さき勇者よ――』
「待って下さい! お聞きしたいことが! 」
『なんだ? デザートの持ち帰りか? 』
「いいえ、全然違います。この迷宮は……黒の召喚石を失うと崩壊してしまうんですか? 」
『いかにも。我等は1000年の時を経て漸く解放される。守るべき神石を失った迷宮も、数日の内に崩壊するだろう――』
「あなた方、守護竜達は……皆さん死んでしまうんですか? 」
『心配してくれるのか。迷宮を作りし竜神は、我等に神石を守らせる代わりに不老不死の力を授けた。迷宮内で死ぬ限り数時間後には完治して蘇生する力だ。だが、迷宮が失われれば我等は竜界にて定命なる余生を送ることになろう。それは我等が永らく望んできたことだ』
竜たちにとって、迷宮は生き地獄って訳か――解放することは悪いことじゃない訳だね?
「迷宮を生活の糧にしている冒険者も居ます。守護竜たちが居なくなっても迷宮を残すことはできませんか? 」
『迷宮を作りし竜神の意思次第だな。我等が竜界にて頼んでみるが、恐らく大丈夫だ。安心せよ』
「ありがとうございます! 」
『いや、我等も永く棲んだ地を失うのは寂しいものだ。迷宮の維持は我等の希望でもある。勇者リンネよ、お主には改めて感謝する。これを受け取って貰えぬか? 我が力の一部だ。必ず役に立つときがこよう』
「これは――」
えっ? ドラゴンさんが自分の腋の下へ手を伸ばし、黒いモノを取り外してボクに渡してきた。
[鑑定眼!]
[黒竜の翼:一度行ったことがある場所に転移可能。移動可能な質量制限:レベル数×10kg]
「転移アイテム……良いのですか? 」
『あぁ、蘇生したら生えてくるしな。髪の毛もな!』
チリチリがハゲになったこと、気付いてた!
「ありがたくいただきます! 」
『では、さらばだ。世界を頼むぞ! 勇者リンネよ――』
そう言い終わると、ドラゴンは闇夜に花火が咲くかのように弾け、消えていった――。
「ねぇ、もう3時間も歩いてるよ!? 」
レンちゃんが愚痴るのも分かる。
29階に足を踏み入れたボクたちを待っていたのは、再び永遠の闇――。
ちなみに、この階層は迷路構造ではない。端的に表せば、だだっ広い部屋。いや、部屋というのも適切な表現ではない。ここは何もないんだもん。まさに宇宙空間に床だけ敷かれたような場所だった――。
手持ちの地図には、正面にある30階への階段のみが書かれている。低層では縦横5km四方の構造だったことから、階段までの直線距離はMAX5km、戦闘しながらでも3時間は掛からないだろうと考えていた。
しかし、ウィルオーウィスプの光を頼りに歩いてきたボクたちの前には、何ら変わらない闇が終わることなく続いている――。
途中、アユナちゃんの光魔法で辺りを照らしたり、ボクの雷魔法で反射してくる音から距離を察する努力もしてみたけど、完全な徒労に終わった。
だだっ広い空間には、時々現れるレベル20前後の魔物以外に何も目印のような物は視認できず、雷鳴の反射音は全く返ってこなかったのだから――。
29階層を歩き始めて、ざっと6時間は経過しただろうか。さすがにみんなの中で焦りや不安が湧いてきた。
「もう、真っ直ぐに10km以上も歩いていますね」
「もしかして、地面が反対側に動いているとか? 」
動く歩道なんて物がこの世界にあるかは分からないけど――レンちゃんの言いたいことは分からないでもない。
「地面が動いている? 」
逆転の発想と言ったところか、アユナちゃんが頭の上にハテナマークを出現させながら訊いてくる。
「もしかしたらだよ。立ち止まってたらスタート地点の上り階段に戻すされました!ってことなら正解だし、そのトラップを掻い潜るなら、走るか飛ぶか、だね」
「何時間か休憩してみますか? 」
そんな必然的な流れで、ボクたちはメルちゃんの提案に大賛成することにした。
砂漠とか樹海とか、進めど進めどゴールが見えないとき、猛烈な不安に苛まれる。進む方向を間違えた? 今からでも方向を変える? 引き返すなら早い方が良いよ? 動かずに助けを待つ? もう一人の自分と葛藤しながら判断を下すことになる。あくまで決断をするのは自分自身だし、その結果を受け取るのも自分自身なのだから――。
そんなとき、勝者になる、生き残るために必要なことは何だろう?
諦めずに真っ直ぐに進む強さ? 臨機応変に動き回る柔軟性? 天体や風向きか等から冷静に進むべき方向を見極める分析力? それとも、ただの運か――。
結局、休憩中に答えを見つけられなかった――。
★☆★
ボクたちは結界の中で3時間くらい休憩してみた。
しかし、背後には上り階段は見当たらない。光や音で探ってみたけど、やはり無限とも思える闇が続くだけ。えっ、無限?
「仮説だけど、やはり考えられるのはトラップの存在。どうにかして解除しない限り、無限ループの中に閉じ込められているとか――」
「あ、私はそういう魔法トラップを知っています。無限回廊というトラップですね。解除は――例えば、廊下の途中にある絵をひっくり返さないといけないとか、空間の切れ目にヒントがあるとか、ですね」
「なにそれ……怖いよぉ……」
「あたしもそう言うの無理だから」
アユナちゃんとレンちゃんが抱き付いて喚いているけど、今はそんな百合を観察している暇はないの!
「他に手がないから、慎重に歩きながら空間の切れ目を見つけてみよう! 」
ボクの掛け声で全員が重い腰を上げる。こんな闇の中で野垂れ死にしたくはないよね!
★☆★
「みんな、ストップ!! 」
先行していたレンちゃんがいきなり叫ぶ。
「ここに段差があるけど――もしかする? 」
そこには、足を滑らすようにゆっくり歩かないと気付かない程度の――およそ1cmほどの段差が、左右にずっと伸びていた。
「確かに怪しいですね。もし空間の切れ目だとしたら、ここの前後にトラップを発動させている何かがあるはずです。探してみましょう」
メルちゃんが何かを察した様子。
「じゃあ、まずは手前からだね!」
アユナちゃんが光魔法で照らし、ボクたちは地面の捜索を開始する。今はこれが唯一の手掛かりだ、這ってでも探すぞ!
★☆★
左右2人ずつに分かれて探すこと、およそ2時間――レンちゃんが地面に落ちている錆び付いたナイフを見つけた。
「リンネちゃん、これ何!? 」
ボクは鑑定してみる。
[鑑定眼!]
[呪怨のナイフ:呪術の発動体に使われる]
「呪術の発動体に使われる……呪怨のナイフ。これ、トラップの正体かも。みんな、集まって! 」
数分後、ナイフを囲みながらあれやこれやと相談が始まる。
「私の光魔法も効かないし、リンネちゃんの雷魔法も効かない――もうどうすればいいのよ! 」
「引き抜いてみる? 」
「「触らない方がいいでしょ! 」」
レンちゃんの勇気ある発言は、ボクとアユナちゃんに即時却下される。膨れるレンちゃんだけど、いくら剣士でも呪いのナイフは危な過ぎるよ。
「破壊するしかないですね! 私がやります」
そう宣言するや否や、メルちゃんがメイスを振り上げてナイフを叩き潰す――すると、目の前には下り階段が現れていた。
「物理的にしか破壊できない系だったか――」
29階層の攻略にはおよそ10時間を費やしたようで、多分だけど時刻は既に夜9時を過ぎている。
「30階、行っちゃう? 」
レンちゃんはボス戦が怖くないらしい――。
「ちょっと疲れたけど、魔力はあまり消耗していないから、ボクは大丈夫だよ? 」
「フロアボスの階層ですからね、他に魔物が出ないのなら進んでみましょうか」
「眠いよぉ! 」
「そっか、良い子は寝る時間だったね。でも、多数決で決まったから我慢だね」
「あぁ! リンネちゃんが私を子ども扱いした! ひどいひどい! 」
「うん、元気一杯みたいだから大丈夫そうだね! 行くよ!! 」
「うぇぇぇん! 」
<30階>
そこは夜の森だった。闇ではなく夜であると判断したのは、空――そこに朧気ながらも、月や星が煌めいていたからだ。そして、月の光を全身に浴びるかのように、巨大な神殿が空中に存在していた。
高度は300mほどはあるだろうか。
闇夜に蒼白く光を放つ巨大神殿――恐らくあそこに守護竜たるドラゴンが居るはずだ。
「高いよ、高すぎる! 」
背伸びしながら見上げるアユナちゃん。シルフの力を借りたとしても、この子にはあの高度まで辿り着くことはできないようだ。ドライアードの大樹の力も、あの高度までは届きそうもない。
ボクが浮遊を使って、みんなを引っ張りあげるのも現実的には無理だろう。可能なのは、ボク1人が浮遊を使って神殿に向かうこと。その答えに、何となく全員が気付いていた――。
「また話し合いで解決できますよね? 」
メルちゃんが心配そうに訊いてきた。
だけど、アクアドラゴンさんの言う通りだと、黒竜とは恐らく戦いになりそうだ――。
「なるべく話し合いで解決するようにするね! 」
「ダークドラゴン? ブラックドラゴン? とにかく光魔法が効きそうなんだけど、私が行けなくてごめんね! 」
「アユナちゃんは危ないから留守番がいいよ。大丈夫、雷であっという間に終わらせるから! 」
リッチみたいな、闇の障壁に守られてる系のドラゴンならお手上げかも――。
「あたしはリンネちゃんを信じるからね! 早く召喚石を貰って帰ってきてね! 」
「ありがと、レンちゃん。召喚はみんなが居る所でやるから安心してね! 」
最後のお別れみたいな雰囲気ができ上がってるよ!? ほんと、戦わずに済むといいな――。
★☆★
ボクの期待は儚い夢でした。
浮遊の腕輪に魔力を通し、恐る恐る300mくらい浮上する。
この空間の上限が300mと言うよりは、どうやら300mが浮遊魔法の上限らしい感じだ。浮遊魔法ではお月様まで散歩は無理みたい――。
神殿には天井がなく、パルテノン神殿風の柱がたくさん立っているだけだった。案の定、そこで体長100mをゆうに超える巨大な黒いドラゴンが待ち構えていた。
深夜にすみません! いや、暇そうだから大丈夫だよね――。
『小さき勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。我は30階の守護竜ブラックドラゴンだ! 黒の召喚石を手に入れたくば、我に力を示すが良い! 』
「初めまして、黒の召喚石を受け取りにきた銀の勇者リンネです。魔王から世界を救うため、お力をお貸しください」
ブラックドラゴンさん、凄い威圧感だよ……身体中にトゲトゲが付いてるよ……それに、リッチみたいな闇の衣? 障壁みたいなのが見えるし……戦わずに何とかしたいなぁ……。
『我に力を示せ』
「今日はちょっと……お腹が痛い日なので……」
『なんと!? 勇者ならば――暫し我慢しろ』
「うそでしょ!? 本当に戦わなければいけないんですか? 」
『いかにも。それが我に与えられし使命だからな』
強情なドラゴンに、ムッときた。
「竜神グランさんやアクアドラゴンさんは、戦わずに理解してくれましたよ? 」
『彼奴は彼奴、我は我だ。戦わずに力を計ることなどできん! 』
あっ、脳筋さんだったのか!
仕方ない……やってやる!!
「仕方がありません、力を示します……」
マジックポーションはあと4つ――全力魔法は5発撃てる。ボクが今撃てる最強の魔法、雷と水の融合魔法を試してみよう。
魔力を全身で集め――全身で練り上げ――水と雷を練り合わせるイメージを構築していく――高位のドラゴンは、鱗が持つあの障壁で魔法を弾くみたいだ。水を体中に浸透させ、巨大な雷撃を鱗の内側に通す! 水を3割、雷を7割くらいで混ぜ合わせていく――魔力総量の9割を使う。ドラゴンが参るまで何回でも、何回でも何回でも、撃つ!!
「全力全開、サンダーバースト!!! 」
名前は弄らない。そんな精神的余裕、アソビはない。天空から半径10mに迫る巨大な雷撃が舞い降りる! 先行する水弾がドラゴンの頭に着弾すると同時に、全身に雷撃を浴びせる!!
『グォー! 』
効いてる!
眼や口に水を浴びたから、体の中からもビリビリしているはず!
でも、まだ眼は死んでいない。あまりの快感に、笑っているかのような眼――これは、ドMの眼だ!
マジックポーション飲み、もう一度同じのを撃つ!
「Mを滅ぼす天の雷、サンダーバースト!!! 」
『グハッ!! 』
効いてる!
けど、ぜんぜん倒れない!
もう、雷魔法だけでいいや、魔人をやっつけた自慢の雷を撃ち込む!
クスリ、クスリ――。
「食らえ! ブラックサンダーバースト!!! 」
『ゲホー! 』
効いてる! もう少しだ――。
クスリ、クスリ!
「サンダーバ――」
『やめい! もう十分じゃ! 主の力は見た!! 』
「はい? 」
あれ? 倒さなくても大丈夫だったみたい?
よし、これでやっと迷宮攻略だ――。
ボクが杖を下ろすと、ブラックドラゴンさんは50代のガッチリ体型のおじさんに人化していた。頭と顔、首あたりにかけて赤黒く火傷していて、黒い頭髪がチリチリになっている。死ぬことはなさそうだけど――痛々しいから治してあげよう!
「すみません、治療しますね! 」
『あ、あぁ……頼む』
「ヒール!! あ――プッ! 」
『プ? 』
「プ……プリン食べたいなぁって……ヒールの後はいつも食べていましたから……」
ドラゴンさん、火傷が治る際に毛根の上から皮膚が再生したみたいで、見事に頭髪がなかった。今後、皮膚の中で頭髪が伸びてきたらどうなるんだろ? この人は一体、どこに向かうのだろう――なんて心配していたら、危うく吹き出すところでしたよ。
『プリン? あぁ、人族のデザートか。ミミズや昆虫のデザートならすぐに用意できるが? 』
いや、もう、ミミズや昆虫のデザートよりもこのおじさんの方に強い嫌悪感を覚えるのは気のせい、いや頭のせいか。
「いいえ、結構です! それより、下に仲間を待たせているので――召喚石を頂いても良いですか? 」
『勿論だ! この先に結界が張られた聖域があるからな、我に付いてきなさい』
ボクはなるべく頭を見ないようにしながら、マッチョなおじさんを追いかけた――。
★☆★
天井のある通路を進んでいった先、広い神殿の最奥には魔法陣が刻まれた扉があった。黒く光るその扉の前でおじさんは立ち止まって振り返る――。
『この扉の向こうに召喚石がある。我が使命は果たしたぞ。さらばだ、小さき勇者よ――』
「待って下さい! お聞きしたいことが! 」
『なんだ? デザートの持ち帰りか? 』
「いいえ、全然違います。この迷宮は……黒の召喚石を失うと崩壊してしまうんですか? 」
『いかにも。我等は1000年の時を経て漸く解放される。守るべき神石を失った迷宮も、数日の内に崩壊するだろう――』
「あなた方、守護竜達は……皆さん死んでしまうんですか? 」
『心配してくれるのか。迷宮を作りし竜神は、我等に神石を守らせる代わりに不老不死の力を授けた。迷宮内で死ぬ限り数時間後には完治して蘇生する力だ。だが、迷宮が失われれば我等は竜界にて定命なる余生を送ることになろう。それは我等が永らく望んできたことだ』
竜たちにとって、迷宮は生き地獄って訳か――解放することは悪いことじゃない訳だね?
「迷宮を生活の糧にしている冒険者も居ます。守護竜たちが居なくなっても迷宮を残すことはできませんか? 」
『迷宮を作りし竜神の意思次第だな。我等が竜界にて頼んでみるが、恐らく大丈夫だ。安心せよ』
「ありがとうございます! 」
『いや、我等も永く棲んだ地を失うのは寂しいものだ。迷宮の維持は我等の希望でもある。勇者リンネよ、お主には改めて感謝する。これを受け取って貰えぬか? 我が力の一部だ。必ず役に立つときがこよう』
「これは――」
えっ? ドラゴンさんが自分の腋の下へ手を伸ばし、黒いモノを取り外してボクに渡してきた。
[鑑定眼!]
[黒竜の翼:一度行ったことがある場所に転移可能。移動可能な質量制限:レベル数×10kg]
「転移アイテム……良いのですか? 」
『あぁ、蘇生したら生えてくるしな。髪の毛もな!』
チリチリがハゲになったこと、気付いてた!
「ありがたくいただきます! 」
『では、さらばだ。世界を頼むぞ! 勇者リンネよ――』
そう言い終わると、ドラゴンは闇夜に花火が咲くかのように弾け、消えていった――。
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