守銭奴、迷宮に潜る

きー子

13.蹂躙

「ウィル、さま。どう、します?」
「なにも。危ないから下がっといて」

 軽く手でうながす。クロは流石に心得たものである。彼らを見たその瞬間から、俺に手傷を負わせたクランであると看破したのだろう。

 クロは俺の背中に張りつくようにして隠れる。そうじゃない。下がれとはいったが俺の影に入れとはいってない。

「女連れたぁ大した余裕じゃねェか。なんだ、そいつも奪ってやろうか? 大した珠じゃねえだろうが」
「それじゃあ俺がもらうわ、旦那」
「バカ言い合ってんじゃないよクソども」

 罵りに紛れてげらげらと響く下卑た笑い。不愉快だなあと思う。背中の布をぎゅっと掴まれたのを感じる。むき出しの悪意にはあまり慣れていないのかも知れなかった。

 視線を向けて観察する。警戒すべきはただ無言でたたずんでいる、黒いローブにすっぽりと身を包んだ男。魔術師だ。魔術については全くの門外漢だから、出来るだけ早めに対策を打つべきだろう。

「おら、さっさと荷物を置けよ。ひょっとしたら命は助けてやるかもしれねえぜ」

 昨日と代わり映えのない動作で大剣を肩にかつぎ、歩み寄ってくる。もう一人の存在であるところのクロを警戒してのものか、戦列を進める様にはよどみがないように思われた。しかしそれは、いわば通常レベルでの警戒でしかない。

「俺とお前の仲だからよ。末永く付き合っていこうじゃねえか──なあ?」
「あーあー、黙っちゃってんじゃないかい」
「ったく、女の前で。大した腰抜けだこと」

 一歩、二歩。距離が詰まる。ドーソンの大剣の間合いに入る。そのまま動かずに、鉄棒は地面に垂らしたままでいる。つまるところ、武器でやり合うならばどうあがいても先手を取られる状態だった。

 俺は片手に持った、満杯の戦利品の袋を放り出してやる。男の膝辺りまではあるくらいの膨らみようであった。

「そうだよ、そうやっててめえは最初から大人しく差し出せばいいんだよ」

 ニヤリと眼を細めると、ドーソンがかがみこむ。袋を引っ掴もうと手を伸ばす。

 その顎がちょうど蹴りやすい高さに来たので、全力で蹴りあげてやる。なにせ精気は有り余っているから速度と威力ともに十二分である。

「────う゛げぇッ!!!」

 跳ね上がった顔がちょうど殴りやすい位置に来たので、力の限りぶん殴る。

「お゛ごッッッ」

 ドーソンの頬骨が砕け、顔筋がひしゃげ、圧迫された眼窩から冗談のように眼球が飛び出した。そのままほとんど水平にぶっ飛び、地面に叩きつけられながら何度もバウンドする。なにせ地面は草原だから、もしかしたら死んでいないかもしれない。

 伊達男と女はいまだ事態に反応出来ずにいる。魔術師の男だけがすでに呪文を唱えだしたが、俺もそのときすでに地面を蹴っていた。

「────しッッ」

 肺を潰す気持ちで鉄棒を叩き付ける。思っていたよりもずっとその肉体はもろかったらしく、男の上半身と下半身があっけなく分かたれた。魔術師の男は今際の言葉さえなく死んだ。上半身の口はいまだ呪文を唱えようとしているかのようにぶくぶくと泡を吹き続けていた。

 魔術師を始末したところで振り返る。女がクロに詰めかかっていた。俺もまた脚を取って返す。精気をのせて駆け出し、ほとんど地と水平に跳躍するかのように突っ込む。がら空きの背に鉄棒を叩き込む。背骨を叩き折った感触が手の中にある。

「い、ぎゃッッ」

 生々しい悲鳴をあげて女が倒れこむ。短刀を握っていた片手を踏みにじり取り上げる。

「ひィッ」

 甲高い声がした。伊達男が背を向けて逃げようとしていた。咄嗟に短刀を投げ放つ。脚を地面に縫い付けるように刃が突き立った。

「うぎゃああああああぁぁぁッッ」

 顔つきは端正だが、声には一番品がない。一番品がないのはそんなことを考えている俺だなと思いつつ、クロの手を引いて近づく。彼が一番傷が少ないからだ。ひどく意外なことに、その手を拒まれることはなかった。

 見下ろす。男はひどくぐちゃぐちゃな形容しがたい表情をしていた。逃げられないように肩を踏んづける。俺はどんな表情をしているだろうな、と思う。できれば笑っていてほしくはない。殺生は進んでやるくらいで構わないが、愉しんでやりたくはない。 

「──た、たのむ、たすけてくれッ、おれはただ旦那に、ドーソンの野郎におどされていただけデッ」

 首に鉄棒を叩きつけた。骨がおかしな方向に曲がって絶命する。

 そのまま女のもとへ歩みよる。うつ伏せに倒れているその姿を見下ろす。踏みつけにしようとして、やめた。もう逃れることも出来ないだろうと思ったからだった。

 女が口を開く。

「ま……待って、待っておくれよ、怒ってんのかいッ?」

 言うまでもなく怒っていたが、まともに戦闘にもならなかったので高揚感は半ば醒めかけている。わざわざ殺すこともないと頭の中で誰かが叫ぶ。ここで生かしても別のやつを相手に同じことをするだけさと別の誰かが言う。今さら善意を見せるつもりもないから前者は却下で、殺人を正当化したいわけでもないから後者も却下だった。

「な、ならさッ、お詫びに、なんでもあんたの言うこと聞くからさ──なッ?」
「そういうの、いいから」

 とはいえ、殺すことに変わりはない。鉄棒で脳天を叩き割る。口をぱくぱくとさせ、そのまま崩折れて死んだ。

 あと一人。吹き飛んだ場所から微動だにしていないドーソンの元へと歩みよる。虫のように痙攣しているが、生きてはいた。顔の形が明らかに変形していて、一目見ただけでは本人かどうかちょっと分かりそうにない。

「た……たひゅ、け」

 何本か歯が折れているらしい口から不規則な息が漏れている。そのひどい面を見ると、色々とどうでもよくなってくる。もうこのまま放置しておいても死ぬよな、という投げやりな気持ち。鉄棒を肩に担ぎ上げる。ドーソンの表情がなにかわからぬ形に歪む。それと、声が聞こえたのはほとんど同時だった。

「殺しましょう」

 声はすぐ後ろだった。驚いたことに、クロがわざわざ俺の後ろにくっついてきていた。きっぱりと言い切る様に、ドーソンがなにかわけのわからぬことを口走りながら暴れている。

「ぜひ、殺しましょう」

 クロはただ繰り返す。

「ぜひもなく、殺しましょう」

 クロの表情をうかがった。そこには憎悪も侮蔑もない。愉悦も、ない。極めてフラットな感情を示す面差しがそこにあった。

「なぜだ?」
「面倒、です」

 端的に過ぎる答えだった。頷いて、続きをうながす。

「一人が生き残れば、クランの残りがどうなったかは、否が応でも、詮議になります。そこで本当のことをいえば、こと、です。生かすことは、ウィルさまの不利益にはなっても、利益には決してなり得ません」
「なるほど」

 明瞭な理といわざるをえなかった。頷いて、改めて見下ろす。ドーソンの顔は何が何やらわからぬ液体にまみれていた。

「クロ」
「はい」
「おまえは、"魔女"なんだな」
「いわずもがな、に」

 クロが微笑んで見せた。鉄棒を振り下ろした。ドーソンの顔がはじけ飛び、ほとんど跡形もなくなる。あのもぐらの死に様に似ているな、と考える。

 ふと思い出したのはおぼろな記憶。今の俺は十年前の野党どもとどれほどの違いがあるだろう。先んじて手出しを受けたのは大きな違いであるようにも思えるし、大した違いではないようにも思う。

 この手の話を片付けられるよう金を稼ぐつもりが、結局手を汚しているのだから世話はない。世の中はままならないものだなあと思った。だからといって何が出来るかというと、なんでもない。やっぱり俺には金を稼ぐしかない。

「ウィル、さま」
「うん」

 軽く血を払う。鉄棒にこびりついた肉片やらを散らす。

「死体、焼きましょう。痕跡から、人がやったと、なりますと、面倒ですから」

 この子は本当にどうしようもなく"魔女"なんだな。

 焚き木をまとめ、火種を集め、熾した炎に死体を放り込む。肉と脂がよく燃える。その様を眺めながら、果たしてどうするべきか、俺の心はもうすでに決まっていた。

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