音楽初心者の僕がゲームの世界で歌姫とバンドを組んだら

りょう

Track.27 新曲と集中力

「それで正直なところどうなんや。リアラの事をどう思っとる」

「それは……」

 正直僕は分からなかった。確かに僕は最近リアラさんの事ばかり考えている気もしなくはないけど、それは彼女が本当にNPCなのか気になっているだけで、好きとか嫌いとかそういう感情は分からない。

「まあそれについてはゆっくりと考えればええんや。まだこの先も長いやろうし」

「僕もそう思っていまるよ。僕達のバンドはまだ始まったばかりだし」

「せやな。今度のイベントも成功させなあかんし」

「初めてのライブで結構好評だったからね。主にリアラさんの歌声が」

 ゴールデンウィークが明けた事により、次のイベントの時期が迫り始めていた。裏では僕とリアラさんがほぼ歌を完成させ、それを今度はカナリアで通して練習していく形になる。

(前回より曲数も増えているし、もっと集中しないと)

 次のイベントは六月一日。リアラさんの歌声が賞賛されたからこそ、僕達もそれに似合ったテクニックをつける必要がある。その必要が一番あるのは、僕自身なんだけど……。

「そろそろ時間やでカオル。一緒に行くか?」

「あ、僕資料戻さないといけないこら先に行ってて」

 ナナミと一度別れ、僕は資料を元のあった場所に戻す。ソコソコの数を借りていたので、少し時間がかかりそうだ。

「っと、資料が落ちちゃった」

 その戻す途中で僕は一つの資料を落としてしまう。それを拾おうとした時、たまたまあるページが僕の目にとまった。

「何だこれ」

 僕の目に入ったのは、このゲームのβ版、つまり体験版みたいなものが配布された時に起きたと言われるある事件の事だった。

(現実の世界に意識が戻らない? ゲームの世界に閉じ込められたって事かな)

 どうやら原因不明の事故で、何人かのプレイヤーが現実世界に戻れないという事件が起きたらしい。それだけでもとてつもない事件なのだけど、この事件がまだ未解決になっているというのが一番の問題だった。

(じゃあ今もこの世界に)

 閉じ込められ続けている人物が居るって事なの?

 ■□■□■□
 とりあえずその記事は気になったので、コピーをして個人的に保存する事に。僕は少しだけその事を頭の片隅に入れておきながら、今日の練習に励んだ。

「すごいなカオル、二人だけでこの曲を作ったんか」

「コードまでしっかりできていますし、どういうテクニックしているんですか二人とも」

「いや、僕はただ作詞をしただけだし、ほとんどはリアラさんがやってくれたんだよ」

「私はカオル君の手伝いがなければ、完成させる事は出来ませんでしたよ?」 

「いや、僕はそんな」

 この日は練習の途中で、リアラさんがほぼ完成しかけている新曲二曲をナナミとアタルに聞かせた。今回のテーマは次のイベントが六月で梅雨も近づいてきているので、それを吹き飛ばせるような明るい歌と、ジメジメした日々の中でも見つける小さな幸せを謳った曲の二曲だった。

「流石のコンビというところやな。テーマも季節に合っとるし、最初の曲は夏にも使えそうやで」

「そうですね。私もそれを少し意識して曲を作ってみました」

「歌も上手いし作曲もできるなんて、ある意味チートですよね。俺少し羨ましいです」

「その分練習が増えるから、僕もしっかりしないと」

 曲を一通り聞いた後は、その曲を試しに引いてみる。ここら辺は個人が楽譜を見て練習したりするので、僕は何度も何度も繰り返しの練習をした。 

(集中、集中……)

 電話の事も、リアラさんの話の事も、あの資料の事も、そして千由里達との事も気になる事があるけど、それよりも今僕がするべきはとにかく練習する事。

「あ」

 ふとスティックを落としてしまう。それは明らかに集中できていない証拠だった。

「カオル君?」

「ちょ、ちょっと手を滑らしちゃいました。まだまだですね、僕も」

 動揺しながらスティックを拾う。余計な事を考えてばかりだから、練習に力が入らないんだ。

(何をしているんだろう僕は……)

「カオル君、少しいいですか?」

 そんな僕を見かねたのかリアラさんが声をかけてきた。僕は一度スティックを置き、リアラさんの元に。

「カオル君、ちょっと休んだ方がいいですよ。部屋で休んでいてください」

「え? でも練習が……」

「集中できてなければ、意味がないじゃないですか。一度頭を休めてきてください」

「はい……」

 リアラさんの言う事は最もなので、僕は仕方なく部屋で一度休む事にした。


 カオルが練習から外れた後、残った三人は誰も練習を再開しようとはしなかった。

「良かったんか、リアラ」

「最近カオル君が無理をしているように見えるんです。今も練習に全く集中できていませんでした」

「その原因、分かっとるんやないか」

「心当たりは……あります」

 リアラは分かっていた。最近彼に色々話しすぎたせいで、悩まさせてしまっている事を。本当話をしなければ、彼はいつも通りいられたのだと思う。そう思うと、彼女の心は痛んだ。

「カオル、どうしたんでしょうか。俺が何かしてしまったとか」

「アタルは何も悪い事はしとらん。カオルはちょっと色々抱え込みすぎているんや」

「俺達の知らないところで何を」

「それは当の本人が話さんと、分からん事や。今は練習に集中や」

 この後しばらくカオルは戻ってこないのだが、その間誰一人として練習を再開できなかった。

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