カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第71話 彼女は忘却を語る
「しかし、家に来れる? なんて六実が電話かけてくるとはな」
「そうですねぇ。馨さん、脈ありなんじゃないですか?」
平日の午後1時半の町。
人気はなく、どこか物寂しい雰囲気の通りを俺は歩いていた。
しかも、スマートフォンと話すなんて周りから見ればキモいことこの上ない行為を行いながら。
「なわけねぇだろ。……というか、お前なら六実の好感度だってわかるんだろ?」
「ん? ……あ、あぁ、そうですね。六実さんの好感度は――」
「待て」
六実の好感度を言いかけたティアを俺は制止した。
スマホの中の彼女はきょとん顔だが、俺は真摯な視線を彼女に向けていた。
「ティア、もういいんじゃないか? ……そろそろ、話しても」
「……話すって、なにをでしょう」
「とぼけるな。お前、六実の好感度なんて知りやしないだろ?」
俺のその言葉にティアは一瞬驚く様子を見せたものの、すぐに肩をすくめてやれやれといったジェスチャーをした。
「なんでわかったんです?」
「青川からのヒントと、六実の好感度がやけに安定しないことから推測しただけだ」
そのヒントというのは、体育祭の前、青川が生徒会室で言った、「ティアを信頼してはいけない」という言葉だ。
最初はまさかと思ったが、ティアのこの反応を見る限りどうやら当たりらしい。
「なんで、知ってるかのような嘘を吐いた」
「……理由は、言えません」
そう肩を落とすティア。その様子を見る限り、彼女が嘘を言いたくて言ったのではないのだということぐらいわかる。
「そうか」
「……すみません」
だから、下手に言いつくろわず、こんな短い会話でいいんだろう。
きっと、彼女も俺も、これだけで分かり合えるはずだ。
* * *
「お邪魔します」
「いらっしゃい。さ、上がって上がって」
六実の家に着くと、私服姿の六実が出迎えてくれた。
彼女について、リビングのある二階へ向かう。
「適当に座ってて。いまお茶入れるから」
「えっと……こういう時はお構いなく、って言えばいいのか?」
「お構いするよ。私の彼氏が家に来てるんだからね」
そういって、少し恥ずかしげに笑みをみせる六実。
しかし、今の俺では、その笑顔の裏にあるもの、その笑顔に隠されているものを見ようとしてしまう。
彼女が、呪いにかかっていると知った今では。
「はい、どうぞ」
「ありがと。……早速だけど、今日はなんで学校を休んだ?」
「本当に早速だなぁ。でも、待ってね。それを説明するには、他のことから説明しないと」
出されたお茶をすすりつつ、正面に座る六実と話す。
「馨くん、ほかに私に聞きたいことはない?」
「他に? ……青川と、凛のこととか」
「うん。やっぱり彼女たちのことから話さないとね」
そう言って、彼女は少しばかり居住まいを正した。
「まず最初に、謝ります。馨くん、だましたりしてごめんなさい」
「騙す?」
「うん。私、今日馨くんを騙したんだ。これを見て」
そう言って、六実が取り出したのはスマートフォンの着信画面。
その、名前と様々な数字が並ぶその一番上。そこに彼女の名前はあった。
「青川……?」
そう、着信履歴の一番最新には、青川静香の名前が書かれていたのだ。
その時間、今日の13時26分。現在の、約15分前だ。
……どういうことだ?
青川の六実に関する記憶は消えているはず。
いや、消えていなかったとしても、このタイミングで青川が六実に電話を掛ける理由なんて……。
「もしかして……!」
「え、馨くんもう気づいたの?」
「……あぁ、たぶんな。この電話は、俺が学校を出た、という報告の電話だったんだろう?」
「うんそう。そこまで気づいたなら、もう後はわかるよね」
彼女の問いかけに、俺は無言で頷く。
今日の真実を一言で言い表すとこうだ。
凛と、青川は六実のことを忘れてはいなかった。
つまり、凛と青川は演技をして、自分たちが六実のことを忘れていると俺に思いこませたのだ。
多分、それは目の前にいる、六実自身が凛たちに頼んだのだろう。
「だが、なんでそんなことした?」
「……馨くん、私の日記を読んだんでしょ?」
彼女は俯いたまま俺に問いかける。
「あぁ、読んだ。すまん、勝手に持ち帰ったりして」
「ううん、いいんだよ。でもね、馨くんが日記を読んだのなら、知ってるんでしょ? ……私が呪われてる、って」
さらに頭を落として、彼女は消え入るような声でそう言う。
「あぁ、知ってる。だけど、心配することはないって。俺も呪いに掛かってる。呪いに掛かっている者同士では、呪いは発動しないんだ」
「そんなこと、わかってるよ……あと、馨くんが呪いに掛かってるのも最初から知ってた」
「……そうなのか。じゃあ、なんで呪われていることを俺に知られたのをそんなに怯えている?」
六実が、俺の呪いを知っていた。そんなことはどうでもよかった。
なぜ彼女は今、こんなにも辛そうなのか。哀しそうなのか。俺は、そのことが知りたかった。
……それが、教室で見せる、彼女の哀しい微笑につながるとも確信していた。
「……私の呪いは、人を消すことができるの。意図的に、人がこの世にいなかったことにできるんだ」
「意図的……この、日記に書いてあるのもそうか?」
「うん、そう」
彼女の日記には、中学の同級生の好感度をわざとあげ、そうしてその相手の存在を消している姿が書かれていた。
しかし、それがどう関係しているのだろうか。
「馨くん、私の学校での姿、見たことあるよね」
「見たことあるも何も……毎日のように、友達といる姿を見るけど」
「やっぱり、そうだよね。……あのね、私、恥ずかしいんだと思う。馨くんはさ、学校で呪いを発動させないために人との距離をとってるでしょ?」
「ん? 俺はただ人に距離をとられてるだけだろ」
「嘘。馨くんは、人の人生を呪いによって変えてしまわないために人に近づいてないんだよ。なのに、それにひきかえ、私は……」
そうして、彼女はまた俯いてしまった。
俺には、この話の先が見えた。だが、これは彼女自身の口からしっかりという必要があるのだろう。
「私はね、もう、人が消えるなんてどうでもいいや、って。そうやって、人のこととか考えずに、ずっとクラスメイトやいろんな人と親しくしてきたの」
「……そうか」
「だから、私はあのクラスの何人かをもう消しちゃってる。名無くんって覚えてる?」
「ななし? そんなふざけた名前のやつなんて知らないと思うけど」
そう素っ気ない態度をとる俺に、六実は少し苦笑いをする。
「やっぱり覚えてないよね。前ね、私と馨くんと、その名無くんで映画を見に行ったんだ。その時、私をさらうためにその名無くんが馨くんに暴力を振るったの」
そんなこと、一切覚えていない。そう返そうと思ったのに、なぜか俺の口は動いてくれなかった。
心の奥底。そのどこかで、俺はその時のことを覚えているような気がしたのだ。
「それで、私は、馨くんを残してその名無くんとある場所に行った。そこで私は、彼の好感度をわざと上げたんだ。……方法は、聞かないでね」
「そうやって、俺を守ろうとしてくれた……?」
「そんな、かっこいい理由じゃないよ。……ただ、馨くんを傷つけたことが許せなかった。そんな理由で、私はその名無くんを『消した』んだ」
そこまで聞いて、やっと思い出した。
いつだったか、映画館に行った日の次の日。教室で感じた何かが抜け落ちた感じ。きっと、それは名無が教室からいなくなったことで感じた感覚なのだろう。
「ごめん、馨くん。ちょっと私、眠いや。話は、ちょっと眠った後でいいかな?」
「……わかった。じゃあ、俺はどこか――」
「だめ。ここにいて?」
立ち上がった俺。その手を六実はとった。
下から、潤んだ瞳で見つめられば、俺が拒否できるわけもない。
「わかったよ」
「ありがと。……これ、読んでていいから」
彼女は、そう言って何冊かのノートを机の上に広げると、小さな寝息を立て始めた。
「そうですねぇ。馨さん、脈ありなんじゃないですか?」
平日の午後1時半の町。
人気はなく、どこか物寂しい雰囲気の通りを俺は歩いていた。
しかも、スマートフォンと話すなんて周りから見ればキモいことこの上ない行為を行いながら。
「なわけねぇだろ。……というか、お前なら六実の好感度だってわかるんだろ?」
「ん? ……あ、あぁ、そうですね。六実さんの好感度は――」
「待て」
六実の好感度を言いかけたティアを俺は制止した。
スマホの中の彼女はきょとん顔だが、俺は真摯な視線を彼女に向けていた。
「ティア、もういいんじゃないか? ……そろそろ、話しても」
「……話すって、なにをでしょう」
「とぼけるな。お前、六実の好感度なんて知りやしないだろ?」
俺のその言葉にティアは一瞬驚く様子を見せたものの、すぐに肩をすくめてやれやれといったジェスチャーをした。
「なんでわかったんです?」
「青川からのヒントと、六実の好感度がやけに安定しないことから推測しただけだ」
そのヒントというのは、体育祭の前、青川が生徒会室で言った、「ティアを信頼してはいけない」という言葉だ。
最初はまさかと思ったが、ティアのこの反応を見る限りどうやら当たりらしい。
「なんで、知ってるかのような嘘を吐いた」
「……理由は、言えません」
そう肩を落とすティア。その様子を見る限り、彼女が嘘を言いたくて言ったのではないのだということぐらいわかる。
「そうか」
「……すみません」
だから、下手に言いつくろわず、こんな短い会話でいいんだろう。
きっと、彼女も俺も、これだけで分かり合えるはずだ。
* * *
「お邪魔します」
「いらっしゃい。さ、上がって上がって」
六実の家に着くと、私服姿の六実が出迎えてくれた。
彼女について、リビングのある二階へ向かう。
「適当に座ってて。いまお茶入れるから」
「えっと……こういう時はお構いなく、って言えばいいのか?」
「お構いするよ。私の彼氏が家に来てるんだからね」
そういって、少し恥ずかしげに笑みをみせる六実。
しかし、今の俺では、その笑顔の裏にあるもの、その笑顔に隠されているものを見ようとしてしまう。
彼女が、呪いにかかっていると知った今では。
「はい、どうぞ」
「ありがと。……早速だけど、今日はなんで学校を休んだ?」
「本当に早速だなぁ。でも、待ってね。それを説明するには、他のことから説明しないと」
出されたお茶をすすりつつ、正面に座る六実と話す。
「馨くん、ほかに私に聞きたいことはない?」
「他に? ……青川と、凛のこととか」
「うん。やっぱり彼女たちのことから話さないとね」
そう言って、彼女は少しばかり居住まいを正した。
「まず最初に、謝ります。馨くん、だましたりしてごめんなさい」
「騙す?」
「うん。私、今日馨くんを騙したんだ。これを見て」
そう言って、六実が取り出したのはスマートフォンの着信画面。
その、名前と様々な数字が並ぶその一番上。そこに彼女の名前はあった。
「青川……?」
そう、着信履歴の一番最新には、青川静香の名前が書かれていたのだ。
その時間、今日の13時26分。現在の、約15分前だ。
……どういうことだ?
青川の六実に関する記憶は消えているはず。
いや、消えていなかったとしても、このタイミングで青川が六実に電話を掛ける理由なんて……。
「もしかして……!」
「え、馨くんもう気づいたの?」
「……あぁ、たぶんな。この電話は、俺が学校を出た、という報告の電話だったんだろう?」
「うんそう。そこまで気づいたなら、もう後はわかるよね」
彼女の問いかけに、俺は無言で頷く。
今日の真実を一言で言い表すとこうだ。
凛と、青川は六実のことを忘れてはいなかった。
つまり、凛と青川は演技をして、自分たちが六実のことを忘れていると俺に思いこませたのだ。
多分、それは目の前にいる、六実自身が凛たちに頼んだのだろう。
「だが、なんでそんなことした?」
「……馨くん、私の日記を読んだんでしょ?」
彼女は俯いたまま俺に問いかける。
「あぁ、読んだ。すまん、勝手に持ち帰ったりして」
「ううん、いいんだよ。でもね、馨くんが日記を読んだのなら、知ってるんでしょ? ……私が呪われてる、って」
さらに頭を落として、彼女は消え入るような声でそう言う。
「あぁ、知ってる。だけど、心配することはないって。俺も呪いに掛かってる。呪いに掛かっている者同士では、呪いは発動しないんだ」
「そんなこと、わかってるよ……あと、馨くんが呪いに掛かってるのも最初から知ってた」
「……そうなのか。じゃあ、なんで呪われていることを俺に知られたのをそんなに怯えている?」
六実が、俺の呪いを知っていた。そんなことはどうでもよかった。
なぜ彼女は今、こんなにも辛そうなのか。哀しそうなのか。俺は、そのことが知りたかった。
……それが、教室で見せる、彼女の哀しい微笑につながるとも確信していた。
「……私の呪いは、人を消すことができるの。意図的に、人がこの世にいなかったことにできるんだ」
「意図的……この、日記に書いてあるのもそうか?」
「うん、そう」
彼女の日記には、中学の同級生の好感度をわざとあげ、そうしてその相手の存在を消している姿が書かれていた。
しかし、それがどう関係しているのだろうか。
「馨くん、私の学校での姿、見たことあるよね」
「見たことあるも何も……毎日のように、友達といる姿を見るけど」
「やっぱり、そうだよね。……あのね、私、恥ずかしいんだと思う。馨くんはさ、学校で呪いを発動させないために人との距離をとってるでしょ?」
「ん? 俺はただ人に距離をとられてるだけだろ」
「嘘。馨くんは、人の人生を呪いによって変えてしまわないために人に近づいてないんだよ。なのに、それにひきかえ、私は……」
そうして、彼女はまた俯いてしまった。
俺には、この話の先が見えた。だが、これは彼女自身の口からしっかりという必要があるのだろう。
「私はね、もう、人が消えるなんてどうでもいいや、って。そうやって、人のこととか考えずに、ずっとクラスメイトやいろんな人と親しくしてきたの」
「……そうか」
「だから、私はあのクラスの何人かをもう消しちゃってる。名無くんって覚えてる?」
「ななし? そんなふざけた名前のやつなんて知らないと思うけど」
そう素っ気ない態度をとる俺に、六実は少し苦笑いをする。
「やっぱり覚えてないよね。前ね、私と馨くんと、その名無くんで映画を見に行ったんだ。その時、私をさらうためにその名無くんが馨くんに暴力を振るったの」
そんなこと、一切覚えていない。そう返そうと思ったのに、なぜか俺の口は動いてくれなかった。
心の奥底。そのどこかで、俺はその時のことを覚えているような気がしたのだ。
「それで、私は、馨くんを残してその名無くんとある場所に行った。そこで私は、彼の好感度をわざと上げたんだ。……方法は、聞かないでね」
「そうやって、俺を守ろうとしてくれた……?」
「そんな、かっこいい理由じゃないよ。……ただ、馨くんを傷つけたことが許せなかった。そんな理由で、私はその名無くんを『消した』んだ」
そこまで聞いて、やっと思い出した。
いつだったか、映画館に行った日の次の日。教室で感じた何かが抜け落ちた感じ。きっと、それは名無が教室からいなくなったことで感じた感覚なのだろう。
「ごめん、馨くん。ちょっと私、眠いや。話は、ちょっと眠った後でいいかな?」
「……わかった。じゃあ、俺はどこか――」
「だめ。ここにいて?」
立ち上がった俺。その手を六実はとった。
下から、潤んだ瞳で見つめられば、俺が拒否できるわけもない。
「わかったよ」
「ありがと。……これ、読んでていいから」
彼女は、そう言って何冊かのノートを机の上に広げると、小さな寝息を立て始めた。
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