カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第57話 緑茶好きな訪問者

陽光が差し込む教室に、柔らかな風が吹いている。

揺れるカーテン、時を刻む時計。
人の温度を失って、抜け殻となったその教室に、彼女はいた。

開かれた窓のふちに手をかけて、外を眺める六実の目にはいったい何が映っているのだろうか。

そんな、他愛もないことを考えていた俺に、彼女は振り向くと、お疲れ様、と微笑みかけてきた。

大して俺は、彼女にどう返したらよいのかわからず、ただ頷く。
そして、お目当てのカバンを掴むと、そそくさと教室を出た。

あまりにも無愛想かと思ったが、何故か、彼女に話しかける気にはなれなかった。
いや、話しかけることができなかったの間違いかもしれない。

しかし、六実はぱたぱたと小走りで俺を追いかけ、横に並んだ。

「どうかした?」

「いいや、なんでも」

横から顔を覗き込んでくる六実に、視線をそらしながらそう返す。

「文化祭のこと?」

「かもな」

「そんなに魔王役がいやだったの?」

「なわけねぇじゃん」

冗談交じりに尋ねる六実にも俺は思わず無表情で答えてしまった。
何故、こんなぶっきらぼうな態度をとってしまっているのか、自分でもよくわからない。

やがて、俺たちは校舎を出て、国道に差し掛かる。

車や人の喧騒が、沈黙を打ち消してくれるようで少し気が楽だ。

しかしまぁ、このまま無言というわけにもいかないだろう。
気恥ずかしさ、に似ているようでどこか違う、もやもやとしたこの気持ちを押さえつけ、俺は口を開いた。

「六実はよかったのか? 姫様役なんて無理矢理押し付けられて」

「うーん……私は大体わかってたからね」

「姫様役になるって?」

俺の問いに答える代わりに、六実は小さく苦笑いした。

人の他人に対するイメージとは、その人を何の意味もなく縛り付ける。
六実小春という女の子なら、優しい。品行方正。さらにはなんでも引き受けてくれる。
その他もろもろのイメージに縛り付けられて生きている。
イメージを貼り付けられた者は、そのイメージに沿った生き方を強要される。
そして、そのイメージと違う行動をとってしまった瞬間、すべての人間から拒絶されるのだ。

彼女なら、拒絶までされないと思うが、六実小春という女の子が自らそのイメージを裏切る行為に及ぶというのは考えにくい。

人は、意識無意識の差はあれど、人を縛り付け、人に縛られているのだ。

そんな、どこにでもあるような言葉を振りかざしても、何一つ変わりはしない。
そんなことわかっているはずなのに、俺は言葉を紡ぎ続けた。

そして、六実と別れる交差点に差し掛かる。

「じゃあ、文化祭、頑張ろうね」

手を小さく振って、彼女は俺に別れを告げる。

そんな彼女に返す言葉が見つからないまま、六実小春は遠くへ見えなくなっていった。


  *  *  *


家に到着し、課題をそそくさと済ませ、風呂から出た俺に、スマホが着信を知らせた。
お、早速青川がメール送ってきたかな? なんて考えながら軽い足取りで俺はスマホのもとへ。



『今夜お前の家に行く。覚悟しておけ』

……どういうこと?

俺は、スマホに表示されたその文章に、思わず目を見開いた。

差出人は我が幼馴染の望月凜。最近会ってもいない彼女が俺に何の用があるというのだろう?
というか、俺の心臓が鳴りやまないのですが。なに? 病気かな?

覚悟しておけ……って何を覚悟しときゃいいんですか?

いや、待て。落ち着け俺。
これはあれだ。クラスの女子の携帯使って馬鹿な男子がいやがらせするあれだ。
うん、そうに違いない。

そう胸をなでおろし、暗記カードなんかをペラペラめくって気を紛らわせていると、無機質なインターフォンの音が来客を知らせた。

と、同時に机の角に思いっきり足の小指を強打。

「~~~~~!」

声にならないほどの痛みに、俺は膝をつく。
しかし、ここで止まるわけにもいかない。

部屋の扉を開き、階段を必死に下り、俺はついに扉の前までたどり着く。

そして、一つ深呼吸。
いくら旧知の仲とはいえ、夜に女の子を家に上げるというのは緊張するものだ。

俺は覚悟を決めて、扉を開く。

「こんな夜分にすまない」

扉の向こうに居たのは、予想通り、凜だった。
相当、急いで来たのか、いかにもなパジャマを着て枕まで彼女は持っていた。

……いや、急いでても枕持ってくる? 普通。

そんな俺の視線に気づいたのか、凜は居心地悪そうに身を捩り、視線をぷいっと逸らす。

「道中で気づいたんだ。道の上に棄ててくるわけにもいかないだろう?」

常に、名前のごとく凛とした態度の彼女にしては珍しく、頬を染め、もごもごと口を動かし言い訳じみたセリフを吐いた。
うん、たまにはこんな姿も見せてくれないとね。

などと、考えているのがばれたのだろうか。
彼女は再び俺を見据え、きっと睨みつけた。

「そう睨むなって。別に格好なんてどうでもいいだろ。……で? その要件ってのは?」

「あ、あぁ。少し、馨を説教しなきゃいけないかもしれない。中でもいいか?」

説教、という単語が気になったが、とりあえず立ち話もなんだ。俺は扉をさらに開いて、凜を招き入れた。
お邪魔します、と律儀に言う凜をリビングに通し、緑茶(大好物)を淹れてやる。

「んで? なんでお前はこんな時間に俺んちまで押しかけてきたんだ?」

しばし、幸せそうに緑茶を楽しまれていたご様子の凜さんだったが、俺のその問いに佇まいを正した。

「大体予想はついているのだろう?」

「というと?」

「文化祭の件に決まっているだろう。馨、なぜ勇者役に立候補しなかった」

「なぜ、って言われても……別に立候補するメリットなんてないだろ。というか、立候補して他の奴らに攻撃されるデメリットの方が大きいのに立候補するわけねぇよ」

その言葉に、凜は不満げに目を細め、俺を見つめる。
それに対して俺が目をそらすと、彼女は呆れたようにはぁ……とため息を一つ。

「馨は昔からだが、自分の気持ちというものにもう少し素直になってもいいんじゃないか?」

「は? 突然どうした」

「いいから聞け。私は馨に、勇者役に何故ならなかったと尋ねた。それに対してお前はメリットがないから、と答えた。違わないな?」

彼女の、その諭すようなゆっくりとした声に俺は無言で頷く。

「まず、そこが間違っているんだ。本当に、メリットがないとお前は感じているのか? 少しでも小春とともに迎えるハッピーエンドにあこがれはしなかったのか?」

その言葉を聞いて、俺は凛が何を言いたいのか察した。
要するに彼女は、俺に六実と共に劇を演じてもらいたいのだろう。

……いや、違うな。
そんなの、俺が彼女の、そして俺の心を見ないようにして出た結論だ。

本当の答えは。
俺が六実と共に、愚かしくも思い出を刻みたいなどと思ってしまった。
それなのに、俺は自らに枷をかけ、神谷などというどこの馬の骨とも知れないやつに役をとられてしまった。
そのことを凛はどうやってか知らないが知り、俺に本当にそれでもいいのかと問うて来ているのだ。

「もう一度訊こう。お前はどうしたいんだ?」

「俺は……」

口が何故かかさついて、次の言葉を上手く音にできなかった。
しかし、俺を一心に見つめる凛の視線は俺を逃がしてはくれない。

「……俺は、六実と一緒にいたい」

「……そうか」

俺の曖昧な言葉で伝わったかどうかはわからない。
いや、むしろあんな言葉で俺の気持ちを表せるわけもない。

だが、凛はふっと小さく笑うと、頷いた。

「それなら、お前の最高の幼馴染に期待していろ。せいぜい派手に決めてやる」

「……おい、なにするつもりだ?」

「まぁ、本番でのお楽しみだな」

凛はそう言って、ニヒルな笑みを浮かべる。
その笑顔があまりにもかっこよくて、笑ってしまった。







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