カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第48話 引き裂かれた手紙

夏休みはもう遥か遠く。時は既に9月の中旬へ差し掛かっていた。

しかし、秋の冷涼風などはまだ全く見られず、じめじめとした残暑が未だ停滞している。そんな中俺は……。

「……重い」

ダンボールをえっちらおっちら運んでいた。
中に純金でも入っているのではないか、などと妄想を抱かせるほどそれは重い。いや、運動不足の俺が貧弱なだけかもしれないが。

で、なぜ俺がこのような重労働に勤しんでいるのかというと、
何を隠そう自身の見栄っ張りが原因である。

クラス委員である俺と六実にこの仕事は任せられたのだが、女の子に重い物は持たせられない! という心の中の偽善者が騒ぎ出し、俺は一人で仕事をすることになった。

まぁ、辛かった仕事もこのダンボールで最後。俺は目的地であった2-B教室へ足を踏み入れた。

まず俺に突き刺さるのは男子生徒の妬みのこもった視線。そして遅れて女子の嫌悪。
あいも変わらない生徒たちの反応に俺は苦笑いしつつ、ダンボール箱を教卓に置く。

その時だった。

ただ、純粋な冷たさ。
俺の目に入った彼女の周りにはそのような空気があった。
その領域に入ることを絶対的に拒絶する、その冷たさ。
何に対しても一瞥もくれないそれはまるで鋼鉄の仮面をかぶっているかのよう。

彼女――青川静香は教室の中心でただ一人、静かに読書をしていた。
それはまぁ、読書中は誰もが静かにもなろう。だが、彼女のそれは、明らかに異質だった。

俺と話すときにはあれほど騒がしい青川が教室では周りに人の一人もいないぼっち……。
思いっきり嘲笑してやりたい衝動に駆られるが、状況も状況なので我慢。

と、その時、青川とふいに目が合った。
彼女は無表情のまますくと立ち上がるとゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。俺はまず何と声をかけるか考えながら頭を掻い――ていたのだが、彼女は一切立ち止まることなく俺の横を通り過ぎていった。

ただ一言、「生徒会室」と囁いて。

    *  *  *

ドアをノックし、その奥から明るい声が返ってくるのを聞いてから、俺はそれを開けた。

「やぁやぁかおるん。段ボール運びお疲れさまだね」

「あれのせいですでに筋肉痛気味だよ」

そこには、窓際に腰掛ける青川の姿があった。
その表情には先ほどとうって変わって悪戯っぽい笑みが浮かべられている。

「……で? なんだよ、あの教室の様子は」

「何、って言ってもなぁ……。私はあれが普通なんだけど」

口をとがらせてそう言う青川に俺は訝し気な視線を返す。

「普通、か……。じゃあ、今のお前はお前じゃないのか?」

「この私も私だよ? かおるんだって、小春ちゃんと話すときと親と話すときじゃ態度変わるでしょ?」

「いや、お前ほど極端に変わるやつはいねぇよ」

冷静に突っ込む俺に青川は「私の愛のなせる業だね♪」などと軽口をたたく。

……こうしていると、どんどん話をそらされていきかねないので、俺は咳ばらいを一つ。

べ、別に「愛」って単語が恥ずかしかったわけじゃないんだからねっ! ……これ久々にやったな。

それはともかく、今俺が追及すべきは彼女がなぜ、クラスでは誰とも一切話さず、また俺とはこんなにも親し気に話すのか、だ。彼女の容姿と、悪戯っぽくはあるが、どこかかわいらしい性格があれば、クラスメイトからいじめを受けている、ということはないだろう。(別に俺がそう思っているとかではなく、青川静香という一人の女の子を客観的に見ただけだ。うん、そうだ)

で、あれば、残る可能性は一つ。
青川自身が他人の接触を避けている、という可能性だ。
しかし、そうするとまた一つ、事実の齟齬が生まれてしまう。
それはすなわち、俺に対する干渉だ。

何故、青川は俺だけに――なんていうと自信過剰かもしれないが――積極的に接してくるのだろうか。
これは必ずここで解き明か……。

チャイムが鳴った。

「じゃ、私は教室戻るね。かおるんも授業に遅れないようにねー」

「ちょっ、待てっ!」

青川はまるで、俺の追求から逃げるようにそそくさと生徒会室をあとにした。
まんまと逃がしてしまった自分に軽蔑の念を送り、再び生徒会室を見回してみる。

「……あの野郎……」

そう呟いた俺の志位線の先、先ほど、青川が背中を預けていた窓ガラスには一枚の付箋が貼ってあった。
さらにそれには、「放課後またここに来ること」と丸っこい女子らしい文字で書かれていたのだった。


    *  *  *


「……なんだよ、この馬鹿騒ぎは……」

青川に指示された通り、放課後生徒会室にやってきた俺だったが、そこに形成されていた光景に絶句した。
いつもは静かな生徒会室だが、いま、こと時はまったくもって静かなどという言葉は当てはまらない。

と、言うのも、その生徒会室の前にはとても多くの生徒がひしめき合っており、互いに押し合いながらその中をのぞいているのだ。

多くの人にげんなりしつつ、俺は人を押しのけ押しのけ扉の前へ。
そして僅かに開いた隙間から中をのぞき込む。

窓から差し込んできた斜光が目に入り、一瞬視界が白に染まる。
そして、それに目が慣れ、次第に鮮明になっていく視界の中、俺はそれを見た。

呆然自失の状態で、へたり込む一人の男子生徒と、白い手紙と思われる紙切れを破り捨てる青川の姿を。

一切の表情を顔に浮かべず、青川はそのまま紙切れをゴミ箱へ投げ入れ、男子生徒に向き直る。

「去りなさい」

ただ一言だけ発せられたその冷たい声音は男子生徒を無慈悲に貫く。
彼はそのままよろよろと立ち上がり、ゆっくりと生徒会室を立ち去った。

それを皮切りに集まっていたやじ馬たちは各々散っていく。

その中、一人とどまり続けた俺は周囲に人が居なくなったのを確認し、生徒会室の扉を開いた。

「どういうことか聞かせてもらおうか」

再び窓に腰掛けていた青川は、その言葉を聞くなりあまりにも悲しい微笑をこぼした。

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