カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第40話 大丈夫だから

俺に、予定という予定ができたのはいつ振りだろうか。
いやまぁ、体育祭とか文化祭とかそういう学校行事の予定はたくさんあったが、自分個人のプライベートな予定というのは小学校の頃以来な気がする。

小学校……か。
特にこれといった思い出は思い出せないが、なんだかとても楽しかった、という記憶がある。
特に仲良かったあの子……名前は何と言ったかな。その子とは四六時中一緒にいたと言っても過言ではないほど仲が良かった。

まぁ、そんなことはどうでもいい。
で、何故俺が町のど真ん中でこんなこと考えながら立ち尽くしているのかというと……

「馨くん! 待ったかい?」

俺の後ろから小走りで彼はやってきた。
中途半端に染めた茶髪、カジュアルな印象を与える服装、そして何より無駄にいい顔立ち。
そう、彼は……えぇっと、彼は……やっぱり名前が出てこない。もう名無しさんで完全に決定しよう。

「いや、俺も今来たとこ。ん? いつも一緒にいる奴らは?」

名無しさんは、確かいつも三人ぐらいのグループで駄弁っていたはずだ。
てっきりそいつらも来ると思っていたのだが……

「あいつらは今日こないんだ。代わりに違う人を呼んだけどね」
「あぁ、そうか」

よかった……こいつと二人きりで一日過ごさなきゃいけないかと思うと心臓がはち切れそうだ。
で、その違う人というのは……と尋ねようとした瞬間、俺の耳に琴のような上品な声が入ってきた。

「おーい! 馨くーん!」

そう言いながら、手を振り、てとてと走り寄ってくるのは六実小春である。
あぁ、尊い……あの笑顔。

名無ななしくんもおはよ」
「おはよう、突然誘っちゃってわるいね」
「ううん! 私も遊び行きたかったし!」

おい、そこの名無し。六実と仲良さげに話すんじゃない。
というか、お前の苗字本当に名無なの? ちょっと感動覚えちゃったよ。

「で、名無くん今日はどこいくの?」
「うーん……映画館とかどうかな?」
「おぉーいいねー。馨くんもそれでいい?」
「ん? あぁ。ちょうど見たい映画もあったしな」
「じゃあ決定! 早速行こっか」

こうして、一行の目的地は映画館へと決まった。

バスに揺られること十分ほど。
俺たちはいつだか来たショッピングモールへ到着した。
ここの端っこには映画館が入っているからだ。

ちなみに反対の端にはトイザ○スが入っているのだが、結構な確率でトイザ○スって端っこにあるよな。
俺もよく教室の端にいるから俺とトイザラスは似ているところがあるのかもしれない。

……何言ってんだか。

「馨くんが見たいのってどれ?」
「この、ファンタジー。監督が結構好きなんだよな」

チケット売り場の前で俺たちはどれを見るかについて討論していた。
ちなみに、俺が見たい映画はお世辞にも大衆向けとは言えない、よもや女子高生が見るのには少しきつい映画だった。

「俺はこれ見るけど、六実たちは二人で別のを見てもいいぞ」
「いいのか? じゃあ馨くんには悪いけど……小春ちゃん、これとかどう?」
「私は、馨くんと同じのを見るよ」

別の恋愛ものを提案する名無しをバッサリと切り、六実はそう言った。

「三人で来たのに、別々に見るのなんて嫌だし、何より馨くんがどんなものを好きかも知りたいしね!」
「六実……」

あまりのいい子さに思わず涙がこぼれそうになるのを我慢し、微笑む六実に俺は少しの笑みを返した。

「……そうだな。じゃあ、俺もこれを見ることにしよう」
「うんうん! じゃあ行こう!」

六実は元気よく頷き、チケット売り場へと速攻で向かった。

「すまんな、俺の好きなのに付きあわせて」
「……別にいいさ。気にしないでくれ」

名無の声が妙に暗いのは気になったが、俺のその懸念もチケットを振って俺たちを招く六実の姿に消し去られた。


***


「んー、っと! 面白かったぁ!」

映画館を出て伸びをする六実は満面の笑顔でそう言った。

「あぁ。まさかあいつがあの場面で再登場するとはな」
「そうそう! いやぁ、伏線の張り方上手だったよねぇ」

映画についてわいわいと歓談する俺たちとは対照的に名無しさんはニコニコ笑っているだけで何一つしゃべらない。
こいつ本当に見てたんだろうか?

「小春ちゃん、ちょっと行ってみたい所があるんだけどいいかな?」
「うん、いいよ。どこ行くの?」
「それは行ってからのお楽しみ、ってことで。馨くんもいいよね?」
「……あぁ、まぁ」
「よし。じゃあついてきて」

にこやかに名無は微笑むと、すたすた少し早足で歩きだした。
てっきり、このショッピングモール内と思っていたのだが、名無しはショッピングモールの自動ドアを抜けるとそのまま街中へ入っていった。
そして、大通りから少し外れ、さびれた商店街に入ったのち、明らかに何もなさそうな路地に曲がった。

「馨くん……行く?」
「……まぁ、大丈夫だろう」

俺と六実は無言でひたすら前へ進む名無に倣い、その路地に入った。

そして、そこを歩くことしばし。
不意に、前を歩いていた名無が立ち止まった。

「おい、こんなとこに何があるってんだよ」

俺の問いかけには応じず、名無は静かにこちらを向き、手をゆっくりと掲げた。

瞬間、俺は後ろから唐突に生じた衝撃に倒れ込んだ。
地面に頭を打ち付け、意識が遠のきそうになるのを何とか耐え、俺はその衝撃元を見る。

そこには、一人の見知らぬ男……いや、こいつは……!

そこに立っていたのは、いつも名無と絡んでいた一人だった。
それに加えて、その後ろではもう一人の男が六実を拘束しようとしていた。

「ほら、小春ちゃん、こんなよわっちぃ奴棄てて、俺たちといい所行こうよ。こんなクズにかまっててもいいことないよ」

名無が、身の毛もよだつようなおぞましい声で小春に語りかける。

なるほど、やっぱりそういうことか。
俺は確信すると、心の底から自分に呆れた。

結局は六実目当てだったってことだろう。
あぁ、判っていたさ。わかっていたとも。最初から。誘われた時からね。
だけど、俺はそのことを見ようとしなかった。

なんだか嬉しかったんだよな。人から誘われるってのが。
ったく、馬鹿らしい。というか、そんなことを思っていた自分が恥ずかしい。
その自分の傲慢、妄想、愚かな願いが六実を危険な目に遇わせた。
さらに、そうさせた張本人は自分に呆れて指一本動かさないという始末。

視界の端では男が俺に向かって蹴りを入れようとしている。

「あぁ、もう、やめやめ。ったく、んなやついいからさっさといこう? いい所、連れて行ってくれるんじゃないの~?」

その声は、だれでもない、六実のものだった。
彼女は甘ったれた声でそういうと、名無しの腕を取り、身を寄せた。

「はっ、そうだな。まったく、最初からそうしてればいいんだよ」
「ごめんね? こいつが私にデレデレしてくるのが面白くてさ~」

六実はそう言うと、俺の前にしゃがみ込み、嘲るように笑った。

「あ、確かに、あのにやけ方はマジキモかったよな」
「でしょ? それがおもしろくって」

そんな風に楽しげに会話を交わしながらそいつらは裏路地から姿を消した。

頭はまだガンガンするし、倒れた時の衝撃はまだ多分に残っていた。
でもなにより、俺から離れる瞬間、六実が放った「大丈夫だから」。その言葉が俺の胸を締め付けた。




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