カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第37話 伝統的なうつ病
遂にこの日がやって来た。……と言うほど待ちわびてもいないが、幾ばくかの日々を重ね、今日は体育大会の日である。
蒼く広い空には爪で引っ掻いた痕のような雲が浮かんでいたが、雨の心配はしなくてよさそうだ。空に向けていた視線を地上に落とせば、そこにはトラックを必死こいて走る生徒諸君が映った。
女子にいいところを見せようと頑張る男子や自分をかわいく見せようとキャーキャー騒ぐ女子。それらに歯ぎしりしている俺といえば救護班のテントで独り涼んでいた。
もちろん、俺が救護班なんていう面倒くさい仕事に就くわけもなく、あさくらかおるくんは競技中に怪我をして救護されたのだった。
俺が一つ深いため息を吐いたとき、トラックを走っていた一人の女子がダイナミックに転んだ。
ありゃぁ、可哀想に。こういうところで転んじゃうと、計り知れない羞恥感を強制的に味あわされ、さらにそのあとに「ねぇねぇ、あの人ってさっき転んでた人だよね?」「うん、そうそう。あんなのがこはるんの彼氏なんて……」みたいな会話を聞かされることになる。……それは俺だけか。
俺が先ほどの出来事に意識を持って行かれそうになっていると、件の転んだ子の髪がぴょこ、と立った。
ん? と思ってよく見るとそいつは俺の彼女っぽいことになってる女の子六実小春さんだった。
彼女が地面から顔を上げると、その目先には一つの白い手が差し出されていた。
にっこり微笑み六実に手を差し伸べるのは、望月凛のその人だった。
二人は少しの間見つめ合ったのち、にっこりと顔を綻ばせると六実は凛の手を取って立ち上がった。
うん、まぁ女の子同士が仲良いのはいいことだと思いますが、何人かの女子が鼻血吹き出しながら幸せそうに卒倒してるのでこういうところでそういうことするのはやめましょうね?
「か~おるん♪」
俺がにやにやしながらそんなこと考えてると、(気持ちわりぃな俺)背後から甘えたような声が俺に投げかけられた。
「なんだ? 青川」
「かおるんただの平坦な石ころひとつないトラックでダイナミックに顔面から転んだじゃん? それに加えてたくさんの生徒から嘲られて侮蔑されて嗤笑されて卑しめられてるかおるんが傷ついてるんじゃないかな、と思って慰めに来たんだよ?」
「おい、今の発言が一番傷付いたぞ」
にししと悪い笑みを浮かべる青川からは明らかに暇だったから遊びに来た、という感じが漂っている。
しかし、一応生徒会長やってる奴が体育祭真っ最中にこんなところで駄弁っていてもいいのだろうか。
そんな俺の怪訝な視線を感じ取ったのか青川はちっちっちっといった風に指を振った。
「私が遊びで来たと思う?」
「あぁ」
「即答!? ま、いっか。とにかく、私はかおるんにお願いがあって来たんだよ」
彼女はまさに、新しいおもちゃを見つけた子供のような笑顔でそう言った。
「お願い?」
「そ。恒例のあの玉入れあるでしょ? それの籠役をしてもらえないかなぁ? って」
「お断りします」
「即答!? まぁ気持ちはわかるけどね」
と、いうのも我が校の玉入れは少し特殊なルールがある。
そのせいでなかなか籠役をやろうとする者は現れないのだ。
「だいたい、もともと籠役だった人はどうなったんですか?」
「あー、籠役をしないといけないというストレスからうつ病にかかっちゃったらしいよ……。それで昨夜から入院」
「どんだけ嫌なんだよ、籠役」
だがいつか横耳にはさんだが、体育祭の玉入れにおいて籠役をする者がうつ病になって社会に復帰できなくなりネトゲ廃人か極道の道に進むというのはこの学校の伝統らしい。なんだよその伝統。ちょっとすげぇ。
「あ、というか白組の方は大丈夫なのか?」
「それがねぇ、なんというか、自分から立候補してくれたみたいなんだけど……喜んでよいのやら駄目なのやら」
こめかみを抑えて首を振る青川の様子から見るに白組は白組で問題を抱えているらしい。
「ま、とにかくよろしくね、かおるん」
なんだかこっちにまで頭痛が移ってきてしまいそうな彼女の様子に俺は自分の中で不安が募っていくのを感じた。
***
「ついに始まりました! 毎年恒例紅白対抗玉入れっ! 今年はどんな熱戦が取り広げられるのか!」
なんだか物凄い気合が入っている実況を背に、俺は籠を支えていた。長い棒の先に小さい籠がつけられたよく見るあれだ。
とまぁここまでは全然いいのだが、おかしいのは俺の周りに立つ白組諸君の目つきだ。
この学校の玉入れは特殊ルールも手伝ってか妙に気合が入ったものになっている。
真っ白な玉をぽんぽんとお手玉のように投げてはとる作業を続けている彼らの目からは明らかに殺意の様な物が発せられており、俺はそれを360°から浴びせられていた。やっべぇ、まじこえぇ…… 俺の脚が生まれたての小鹿よろしくプルプルと震えているのは言うまでもない。
ちらりと紅組の方を見て見ると、そっちの籠役も俺のような状況に立たされているようだった。可哀想に……
「はーい、皆様気合十分ですねー! それでは……スタートっ!!」
「「うおおおおぉぉぉぉっ!!!!」」
実況者のスタートコールと共に校庭は轟音に包まれた。
白組の彼らは雄たけびを上げながら玉を振りかざすと……俺に向かって全力投球した。
蒼く広い空には爪で引っ掻いた痕のような雲が浮かんでいたが、雨の心配はしなくてよさそうだ。空に向けていた視線を地上に落とせば、そこにはトラックを必死こいて走る生徒諸君が映った。
女子にいいところを見せようと頑張る男子や自分をかわいく見せようとキャーキャー騒ぐ女子。それらに歯ぎしりしている俺といえば救護班のテントで独り涼んでいた。
もちろん、俺が救護班なんていう面倒くさい仕事に就くわけもなく、あさくらかおるくんは競技中に怪我をして救護されたのだった。
俺が一つ深いため息を吐いたとき、トラックを走っていた一人の女子がダイナミックに転んだ。
ありゃぁ、可哀想に。こういうところで転んじゃうと、計り知れない羞恥感を強制的に味あわされ、さらにそのあとに「ねぇねぇ、あの人ってさっき転んでた人だよね?」「うん、そうそう。あんなのがこはるんの彼氏なんて……」みたいな会話を聞かされることになる。……それは俺だけか。
俺が先ほどの出来事に意識を持って行かれそうになっていると、件の転んだ子の髪がぴょこ、と立った。
ん? と思ってよく見るとそいつは俺の彼女っぽいことになってる女の子六実小春さんだった。
彼女が地面から顔を上げると、その目先には一つの白い手が差し出されていた。
にっこり微笑み六実に手を差し伸べるのは、望月凛のその人だった。
二人は少しの間見つめ合ったのち、にっこりと顔を綻ばせると六実は凛の手を取って立ち上がった。
うん、まぁ女の子同士が仲良いのはいいことだと思いますが、何人かの女子が鼻血吹き出しながら幸せそうに卒倒してるのでこういうところでそういうことするのはやめましょうね?
「か~おるん♪」
俺がにやにやしながらそんなこと考えてると、(気持ちわりぃな俺)背後から甘えたような声が俺に投げかけられた。
「なんだ? 青川」
「かおるんただの平坦な石ころひとつないトラックでダイナミックに顔面から転んだじゃん? それに加えてたくさんの生徒から嘲られて侮蔑されて嗤笑されて卑しめられてるかおるんが傷ついてるんじゃないかな、と思って慰めに来たんだよ?」
「おい、今の発言が一番傷付いたぞ」
にししと悪い笑みを浮かべる青川からは明らかに暇だったから遊びに来た、という感じが漂っている。
しかし、一応生徒会長やってる奴が体育祭真っ最中にこんなところで駄弁っていてもいいのだろうか。
そんな俺の怪訝な視線を感じ取ったのか青川はちっちっちっといった風に指を振った。
「私が遊びで来たと思う?」
「あぁ」
「即答!? ま、いっか。とにかく、私はかおるんにお願いがあって来たんだよ」
彼女はまさに、新しいおもちゃを見つけた子供のような笑顔でそう言った。
「お願い?」
「そ。恒例のあの玉入れあるでしょ? それの籠役をしてもらえないかなぁ? って」
「お断りします」
「即答!? まぁ気持ちはわかるけどね」
と、いうのも我が校の玉入れは少し特殊なルールがある。
そのせいでなかなか籠役をやろうとする者は現れないのだ。
「だいたい、もともと籠役だった人はどうなったんですか?」
「あー、籠役をしないといけないというストレスからうつ病にかかっちゃったらしいよ……。それで昨夜から入院」
「どんだけ嫌なんだよ、籠役」
だがいつか横耳にはさんだが、体育祭の玉入れにおいて籠役をする者がうつ病になって社会に復帰できなくなりネトゲ廃人か極道の道に進むというのはこの学校の伝統らしい。なんだよその伝統。ちょっとすげぇ。
「あ、というか白組の方は大丈夫なのか?」
「それがねぇ、なんというか、自分から立候補してくれたみたいなんだけど……喜んでよいのやら駄目なのやら」
こめかみを抑えて首を振る青川の様子から見るに白組は白組で問題を抱えているらしい。
「ま、とにかくよろしくね、かおるん」
なんだかこっちにまで頭痛が移ってきてしまいそうな彼女の様子に俺は自分の中で不安が募っていくのを感じた。
***
「ついに始まりました! 毎年恒例紅白対抗玉入れっ! 今年はどんな熱戦が取り広げられるのか!」
なんだか物凄い気合が入っている実況を背に、俺は籠を支えていた。長い棒の先に小さい籠がつけられたよく見るあれだ。
とまぁここまでは全然いいのだが、おかしいのは俺の周りに立つ白組諸君の目つきだ。
この学校の玉入れは特殊ルールも手伝ってか妙に気合が入ったものになっている。
真っ白な玉をぽんぽんとお手玉のように投げてはとる作業を続けている彼らの目からは明らかに殺意の様な物が発せられており、俺はそれを360°から浴びせられていた。やっべぇ、まじこえぇ…… 俺の脚が生まれたての小鹿よろしくプルプルと震えているのは言うまでもない。
ちらりと紅組の方を見て見ると、そっちの籠役も俺のような状況に立たされているようだった。可哀想に……
「はーい、皆様気合十分ですねー! それでは……スタートっ!!」
「「うおおおおぉぉぉぉっ!!!!」」
実況者のスタートコールと共に校庭は轟音に包まれた。
白組の彼らは雄たけびを上げながら玉を振りかざすと……俺に向かって全力投球した。
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