カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第34話 自販機の生徒会長

時間が過ぎるのは早いもので、始業式の日から約一か月ほど経った。
このくらいになると、クラス内での位置づけもしっかりと決まり始める。

クラスの中心でワイワイと騒ぐ者たち。
クラスの端で固まって談笑する者たち。
自分の席で黙々と本を読んだりして時間をつぶす者たち。

光があれば影が存在するように、華やかで充実した学園生活を送るものもいれば、孤独と寒々しさに苛まれながら悲しく日々を送るものもいる。
これが、言わずと知れたスクールカーストというやつなのだろう。
俺は休み時間のクラスを眺めながらそんなとりとめもないことを考えていた。

しかし、こんないつも通りに見える教室だが、そこで過ごす彼ら彼女らからは少しそわそわした感じが見受けられる。
その根源は、恐らく今月末にある体育祭なのだろう。

体育祭は、学生にとってとても重要な、文化祭と並ぶほど大きなイベントだ。(よくわからんが祭って字付いてるし多分そうだろう)
異性の心を掴んだり、未来永劫心に残るトラウマを作ったり、青春の一ページ的なものを謳歌したり、個人によって体育祭の印象は違うだろうが、なんにせよ学校における一大イベントと言って差し支えないだろう。

そして、この体育祭において、俺のようなカースト最底辺の者がとるべき行動は「絶対に目立たない」ということだ。
調子に乗って競技中に変なパフォーマンスをしたりするのは論外。さらに係などもできるだけ裏方で人目に付かないものを選び、目立つような係にはなってはいけない。しかし、一人で居すぎると逆に目立ったりするので、時には群衆の中に溶け込むスキルも必要だ。

俺が体育祭をいかにやり過ごすかという議題について脳内討論をしていると、教室のドアががらりと音を立てて開いた。

その向こうに立つ少女は、少し下に結んだサイドテールを揺らしながら教室に入ってくる。
まぶしいほどの笑顔を顔に浮かべ、数人の生徒とあいさつを交わす姿にはどこか神々しいものまで感じさせる。
彼女、六実小春は上手く友達との会話を切り上げると、俺の方に向かって歩いてきた。

「馨くん、いま時間あるかな?」
「あぁ。見てのとおりだ」
「そうだよね、馨くんが昼休みに何か用事とか持ってるわけないもんね」
「えぇっと、俺何気にいまディスられたよな」

俺が冷静にツッコミを入れてやると、「ばれた?」と六実は悪戯っぽく笑った。
彼女に対して俺がドキッとしたのを周りの奴らは察知したらしく、俺に対して妬みと怒りが混じった鋭い視線を送ってきた。
お前らどんだけ六実に心酔してんだよ。小春教とか作ったらこの学校支配できそうで怖い。

「で、用件は?」
「あぁうん。今度体育大会があるでしょ? その運営を各クラスのクラス委員がすることになっちゃって……。一応馨くんに連絡しておこうと思って」

何故か少し申し訳なさそうな六実は時折上目遣いのような感じで俺を見てきた。超かわいい。この子俺の彼女になってくれないかなー……。って、俺の彼女じゃん。俺やるな。

「おーい、聞いてる?」
「あぁ。体育大会の運営だろ?」

俺が頭の中でダイナミックにガッツポーズをしていると六実が俺の目の前で手を振って意識を引き戻してくれた。

「とにかく、今日の昼休み会議室に集合だからっ。また後でね」

彼女は俺にそう告げると胸の前で小さく手を振って女子の輪の中へ入って行った。その輪の中にいる女子の大半は先ほどまで俺のことを睨んでいたのに六実が来た瞬間一転して素晴らしい笑顔を咲かせた。お前ら二十面相かよ。さっさと明智さんに捕まっちまえ。

授業まではまだ少し時間もあるし、コーヒーでも買いに行くかな。
俺は内心にそう呟き教室を出て自動販売機まで向かった。
階段を一段一段ゆっくり降り、気怠そうな面持ちで廊下を少し歩く。

そしていつもの赤い自販機の前に立ち、品ぞろえを確認。五百円硬貨を機械の中に投入し、一番上の段のブラックコーヒーを少し躊躇ったのちに押した。

「じゃあ私は午後ティーで」
「了解、っと」

俺はその声に促されるまま午後ティーのボタンを押し、取り出し口から二つの容器を取り出す。
そして、俺の隣に来た声の主に午後ティーを渡す……って、

「あんた……誰?」

その、俺の隣に立っていた彼女に俺はそう問いかけた。

「えぇ  私のこと知らないの? 青川あおかわ 静香しずか、生徒会長の静香ちゃんだよ  あ、午後ティーありがと」

俺の問いかけに相当驚いたのか、彼女――青川は少しのけ反り気味になりながら目を丸くしていた。
彼女の言葉を受けて、俺は少し彼女を観察してみる。

少し青っぽい髪はふんわりとした少し長めのショートカットで、顔立ちも悪くはなく、少し悪戯っぽい目のおかげで顔立ちの良さが引き立っているようにも感じる。背は低く、女性的な部分の発達は微妙だが、それはそれで良い。(と思うやつもいるよなーと思っただけで、別に俺はロリコンなんかじゃない。うん。)

そうやってよく見れば、いつかの集会で生徒代表挨拶をしていた奴に見えないこともない。
なんせ暗記カードをひたすらめくっていたためその時の記憶なんてほとんどない。まぁ、自分の学校の生徒会長を知らないなんて俺も大概だと思うが。

瞬間、聞きなれたチャイムの音が校舎内に響き渡る。

「やばっ! 授業始まるじゃん! あ、そういえば、キミの名前って朝倉馨だったりする?」
「あぁ、そうだけど……」
「ふーん……じゃ、私行くから。キミも早く戻るんだよ」

俺が彼女の問いに頷くと、青川は少し邪気を含んだような悪い笑みに口元を歪ませた。
なぜ彼女が俺の名前を知っているのか知らないが、なんだか悪い予感がする。
教室へ走る彼女の背中に、俺はなぜか少しの恐怖のようなものを感じていた。

「あ、紅茶代もらってないし……」


***


時は昼休み。会議室にはいつもの教室のような喧騒が響いていた。
第一回体育祭実行委員会の開始時刻は午後一時五分……だったのだが、それは遅れに遅れている。
周りの連中は友達と楽し気に会話をして暇をつぶしているが、俺は唯一話せる六実をほかの女子に取られ、何もすることなくぼけーっと呆けていた。いやだって、六実に少しでも話しかけようとすれば、あの女子たち思いっきり睨んでくるんだよ? 「あぁなに? あんたみたいなのが六実様と会話できるとでも思ってるの? ねぇ? そんなわけないでしょ?」みたいな感じで。

俺が物憂い気にため息を吐いたとき、がらっと音を立てて会議室の扉が開け放たれた。
そこに佇むのは会議が遅れている原因たる、生徒会長青川静香だった。

なぜかかなり遅れてきたのにも関わらず余裕の表情で彼女は黒板の前まで行くと、当然の様に会議を始めた。


その幼げな容姿にしては……とか言うと絶対怒られるので言わないが、彼女の進行はなかなかのものだった。
今決めるべきことと、会議全体の流れを的確に把握し、そのうえで各委員に問いを投げかけていく。
ダメなものはしっかりと否定し、良いものはしっかりと評価し採用する。どこか、生徒会長の鑑みたいな印象を俺は彼女に抱いていたのだが、途中からそれに異質さを感じ始めた。

自販機の前にいた青川から感じられた、悪戯っぽさなどは欠片も感じられず、感情がないのかと疑ってしまうほど彼女は淡々と進めている。
もちろん、こういう事務的な場では生徒会長としての威厳を保ったり、会議を円滑に進めるためにわざとそういう態度をとっているのかもしれない。
そうだとしても、今の青川の表情や行動は凍りついたかのように一定を保っており、俺はそれに気持ち悪さまでも感じていた。

俺がそう思案していると、右側から妙な会話が聞こえた。

「あの生徒会長って、例の鉄仮面って人でしょ?」
「うんそうそう。本当に笑わないのかなぁ?」

くすくすと彼女らは笑い合いながら青川に嘲るような目線を送っていた。
鉄仮面? 笑わない? そんなのあり得るわけがないだろう。第一、俺は自販機の前で彼女が悪戯っぽく笑ったのを見ている。
そうして俺は青川に視線を戻すと、彼女は俺のことをしっかりと見つめていた。なに? 目と目が合う瞬間好きだと気づいちゃった?

「朝倉さん、先ほどからあなたに発言を促しているのですが。もしかして、故意にやっているのですか?」

青川が俺を見ていたのは指名されてもまったく反応をしなかったからのようで、彼女のその目線には少し苛立ちが含まれているようだった。

「あと、あなたは会議後残っていてください。私から一つお話があります」

淡々と、彼女がそう告げ終えた後、俺は何も言わずただ怠そうに立ち上がった。

青川が何を考えているかなんてわからないが、とにかく拒否権はないようだし、俺は心の中で静かに諦めた。




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