カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第33話 我が友

「……ここは?」

俺は重い瞼をゆっくりと開いた後、そう呟いた。
椅子に腰掛けている体はだるく、手は後ろで縛られている。

「やっと起きたか……」

俺はその声の主を見上げ、少し驚いた。
湿度を含んだ目で俺を見下す彼からはとんでもないほどの殺気が漂っており、髪もそれに呼応するがごとくせり立っていたのだ。いや、髪はただそういう髪型なだけか。

俺がそう納得していると、その彼の後ろからぞろぞろと人影が出てきた。見るからに素行が悪そうな奴、丸メガネをかけた絵に描いたようなガリ勉、さらには一見清純そうな少女など、多種多様な高校生がいる。

さらにその彼ら彼女ら全てが俺に殺気を向けているのだからこっちとしては耐え切れないほど辛い。

というか、なぜ俺はこんなところに連れてこられ、こんな大人数に睨まれなければならないのだろうか。特に人からに恨まれることなど……
と、頭の中で呟く直前、俺の脳裏に六実小春という少女の顔が浮かんだ。

「もしかしてお前ら……全員六実のことを好きで俺に嫉妬してるのか?」

少し引き気味に俺が言うと、彼らは急に赤面して息を詰まらせた。わかりやすすぎるだろ、こいつら。

「あ、あぁ。俺たちは六実様を汚らわしい愚物から引き離し、神聖な状態を保ち続けるために活動している」

少し狂気をも感じさせる声色でそういう彼の言葉を翻訳すると、「かわいい六実ちゃんに誰も手を出させたくない」といったことなのだろう。

「はいはい、そんな方々が俺に何の用で?」
「そうだな、早速本題に入らせてもらおう。俺たちはお前に、もう一生六実様と接触しないことを求める」

そう淡々と語る彼だが、その声からは嫉妬や怒りがにじみ出ているようだった。

「別に、俺が六実に接触しようが何しようが俺の勝手だろ?」

と、強がってテンプレなセリフを吐いてしまったが、俺のその一言が相当気に食わなかったのか、彼らの殺気はさらに強くなった。もう殺気までも通り越して今は怨念とかそういうレベルだと思う。

「そうか。なら力ずくでわからせてやる」
「は? ちょっと落ち着け」

俺がそう言って彼らを鎮めようとした瞬間、俺は突然飛んできた衝撃によって吹き飛ばされた。
頬が火にあぶられたかのように熱く、椅子ごと受け身を全く取れないまま倒れこんだので全身には鈍い痛みが走った。

あぁ、俺殴られたんだな。そう認識した時にはもう遅く、倒れこんだ俺の横っ面を殴った彼は踏んだ。

「お前みたいなのが六実様といちゃつく権利なんて与えられるわけないだろ? もうちょっと立場をわきまえろよ、立場を」

そうやってグリグリと俺の顔をゴミを潰しているかのように踏む彼や、周りの取り巻きたちは惨めな俺を実に愉快げな目で見下していた。

別に、こんな辱めを受けるのなんて初めてのことじゃない。俺に呪いがある限り、こういうことがなくなることはないだろう。

そう、諦めたはずだった。そうだ、俺は諦めたんだ。なのにそれなのに……

なぜ俺は、まだ希望を持っているのだろうか。

刹那。

顔にかかっていた負荷が一気になくなり、ほんの数秒前までそこにいたヤンキーがいなくなっていた。

「大丈夫か、馨」
「馨くんっ! 大丈夫なの ︎」

先ほどのヤンキーと入れ替わるかのように突如現れた二人の少女は俺を心配な面持ちで覗き込んでいる。

「あぁ、このくらい平気、だと思う」

俺は凛に自分を縛る縄を解いてもらい、ゆっくりと立ち上がった。

で、件のヤンキーは少し離れたところで完全に伸びている。状況から察するに、凛の飛び蹴りをもろに食らったのだろう。
かわいそうに、あれを食らったら一週間は歩くのも辛いぞ…… 実際に食らったことがある俺だから言えることだが。

「またあなたたちですか。私に迷惑をかけるなと何度言えば……」
「ですが六実様! 私たちはあなた様に近づく汚らわしい虫を……」
「黙りなさい! 第一、馨くんを虫などと……。今夜は一晩中お仕置きです! 全員、整列して外に出なさい!」

六実は跪き忠誠を表す彼らに女王様よろしくきつい口調で怒鳴った。まるで、人格が変わってしまったかのような六実はどこか楽しそうで、俺は少しの戦慄を覚えた。

と、いうわけで倉庫の中は俺と凛の二人きりに。そうすると何を話していいかもわからなくなり、二人に間には沈黙が流れた。

何か、何かで繋がなければ……!
俺は必死に考え、一言絞り出した。

「なんだか、こういうの懐かしいな」
「……え?」

ミスった……。なんで俺はそんなこと言うんだ……。その発言に、凛は怪訝な目をしながら「どういうことだ?」と訊き返してきた。

どうする? ここで秘密を明かすべきなのか?
俺は悩んだ。

もし凛もあの頃の記憶を持っていて、俺もそれを覚えているということを明かせば、どうなるのだろうか?

あの頃のような関係がまた復活するのだろうか。ただの純粋な、友達としての関係が。

「そんなわけ、ないよな……でも」

あの関係が今更復活なんてするわけない。だけど、それでも、俺は彼女に伝えなければいけない。

俺は、ゆっくりと一つ深呼吸をしてそう言った。

「凛。実は俺は覚えているんだ」

俺のその一言を理解してかしないでかわからないが、凛は無言で話に続きを促した。

「森を一緒に走り回ったこと。一緒に日が暮れるまで遊び尽くしたこと、俺が凛によく助けられていたこと……」

過去の思い出を噛み締めるかのように言う俺の言葉に凛は一切動じず、無言で最後まで聞いた。そして、一拍置いた後、彼女は口を開いた。

「もしかして馨、私が気づいてないとでも思っていたのか?」
「……は?」

凛は今にも吹き出すそうな表情で、とても愉快なものを見たかのような表情でそう言った。

「ははっ! これは傑作だ!馨が小学校の頃の思い出を覚えてるなんてわかっているに決まっているだろう」
「……マジで? 俺そんなにわかりやすい?」
「あぁ、わかりやすすぎて困るくらいだ。……だが、一つわからないことがある。なぜ、中学の時私を避け、無視し続けたんだ?」

急に態度を変えた凛の問いの意味が俺にはわからなかった。中学の時、俺と六実は小学校以上に仲良くしていたはずだ。なのに、なぜ彼女はあんなことを……?

そこまで考えたとき、俺はある仮説が頭によぎった。

「凛、小学校のころ、俺と遊んだ思い出はあるんだよな?」
「あぁ、だからそう言っているだろう」
「そうか、なら、中学生に俺に関することで何か覚えていることはあるか? 」
「もちろん! いくらでも……いや、待て。何も、ない……。そうだ! 中学の馨に関する記憶は完全にない!」

やっぱり、か……

俺は内心にそう呟いて、なんとも言えない徒労感を感じた。
最初から、最初からこの事実に気づいていれば……

そう後悔するにも程々に、俺は再び事実を整理しはじめた。
凛は、小学校の俺は覚えていて、中学校の俺は覚えていない。
そして、この謎を解く鍵は、凛のリセットが起きた日と、俺が『呪いをかけられた日』だ。

俺は小学校生活の終わりに呪いをかけられ、中学校生活の終わりに凛の記憶をリセットしている。そして、この事実を合わせていくと、ある仮説が立てられる。

その仮説とは、呪いの効果は呪いをかけられた以降に限られる、ということだ。
端的に言えば、小学校以前のことは、呪いであってもリセットできない、ということになる。

もしその仮説が正しければ、今まで起きた事実全てのつじつまが合う。

なら、俺がすべきことは決まっている。

「凛……本当にすまなかった! 全て俺が悪い。勘のいい凛なら何か隠していると判ると思うが、それはどうしても話せないんだ! だから! その、なんというか……すまん!」

俺は必死の謝罪をした後、腰が直角に曲がるほど頭を下げた。

「その、隠していることというのが、私に散々罵言を浴びせた理由か」
「あぁ。そういうことに、なる。それと、あの……」

もう一つ、俺は凛に絶対言わなければいけないことがある。それは凛の好感度に関することだ。酷い言葉を浴びせて一時的には好感度を下げれたかもしれないが、その根源を立たなければ意味はない……。だから……

「凛が俺のことを好きだということは知ってる! だけど、俺には六実という彼女がいるから……だから、その……ごめんなさい!」

俺のその言葉を聞いた直後、凛はきょとんとした表情で固まっていた。それも無理はない。好きな相手にこんな正面から振られたのだ。そりゃあ傷つくはず……

「お前は何を言っているんだ? 私がお前を恋愛対象としてみたことなど一度もないぞ」
「……はい?」
「まぁ、友達としてはいいやつだと思うぞ? だが、お前と付き合うのは少し……無理があるな」

俺を気遣ってか少し控えめに凛は言ってくれたが、逆に俺は果てしないほどの恥ずかしさを感じた。あぁ……これから一生このことを思い出すたび布団でジタバタしたくなるほど恥ずかしさを感じるんだろうな。

「とにかく、改めてよろしく頼む。我が友、朝倉馨」
「こちらこそ。我が友、望月凛」

そうやって、俺たちはお互いの名を呼び、しばし見つめあった。

「なんだろうな、これ?」
「そうだな、我が友、朝倉馨」
「ちょっとやめてくれ。急に恥ずかしくなってきた。」
 「そうか? 我が友、朝倉馨」
「だからやめろって!」

その俺の言葉がきっかけで凛は思いっきり笑い出し、俺もそれにつられて笑い出した。
夕暮れ時、使われなくなった倉庫の中、二人の笑い声はいつまでも響き続けていた。

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