カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第30話 絶望の淵へ

 最近、屋上に来ることが多いな、と俺はふと思った。別に、理由という理由は無いのだが、気づいたら足が向いているという感じだ。

 時は昼休み、場所はお察しのように屋上である。俺は昼時の心地よい風を感じながら優雅にランチを楽しんでいた。メニューは焼きそばパンとミルクである。どこが優雅だよ。

 と、まぁ適度に一人漫才をするのが密かなマイブームだったりするわけで。俺は毎日、こんな残念な昼休みを過ごしているわけだ。

 しかし今はこんなに静かな屋上だが、時々来訪者も来る。そりゃ、カップルがいちゃいちゃしに来たら、「死ねよ、お前ら……」みたいに殺意が燃え上がるが、少し可愛い子が風に当たりに来たら、貯水タンクに隠れて覗き見ちゃったりする。当然、ティアに見つかって、数日間は性犯罪者扱いだったが。

 俺が独り言というユニークスキルを使って暇を持て余していると、ガチャリという金属音と共に人が屋上に上がって来た。

 俺は電気ネズミにも負けないぐらいの電光石火を繰り出し、無事貯水タンクの裏に隠れた。こうかはばつぐんだ!

「馨だろ?」

 俺が隠れることに成功し、安堵していると冷静な声が後ろから聞こえた。

「お前、顔も見らずに名前当てるなんておかしいだろ」
「人が入ってきた瞬間隠れる輩にそんなこと言われるとは存外だな」

 俺が観念して出て行くと、凛が自分の座るベンチの横をぽんぽんと叩いた。俺はそれに従ってそこに腰を下ろす。

「お前も昼飯か?」
「いや、私は風に当たりに来ただけだ」

 まさかの返答に俺は驚いたが、全く胸はときめかなかった。さすがに俺もちっさい頃から一緒にいるやつに恋心は抱かなかったらしい。うん、それが当たり前。昔こいつに告った朝倉馨っていう俺と同姓同名のやつはどうかしてる。

「馨、私は今でも怒っている」

 その声は、いつもの凛のような冷たさのなかにも温かさを感じる声ではなかった。ただ、冷たい、思わず火傷してしまいそうなほど冷たく、鋭い声だった。

「怒っているって、なにを……?」
「まぁ、馨が忘れているということはわかっていたことだしな。この件については気にしないでくれ。訳のわからないことを言ってすまない」

 凛は、照れ……いや、どちらかというと憤怒を隠すかのように空笑いした。

「私は先に教室へ戻るよ。クラス委員の仕事があるのを忘れていた」
「あぁ、わかった。頑張れーーって! それ俺もじゃん!」

 そうして、俺と凛は教室までの道をダッシュし始めた。


     *    *    *


 向かう教室が違うので凛とは途中で別れ、俺は一人教室までダッシュしたわけだが、廊下で風紀委員に「廊下は歩く!」と叱られ、渡り廊下で男子の集団に小春のことで妬みの視線を受け、教室では先生に遅れたことを怒られ……

「と、いう感じだ」
「確かに、それは大変だったね〜」

 六実は苦笑いしながら俺に同情してくれたが、外野の視線が鋭すぎる。男子が六実と歩く俺を妬むのはわかる。だがその中に女子もいるから驚きだ。六実は何人の女子を目覚めさせたのだろうか。(意味深)

 と、脳内で俺がぶつぶつと呟いてる間に掃除の仕事はあらかた終わってしまった。

「お疲れ、じゃあ俺教室戻るから」
「待って! えっと、あの……こっち!」
「ちょっ、まっ、おいっ!」

 六実は少し躊躇うような仕草を見せたが、直後彼女は俺の腕を引っ張り、ある教室に入った。

「いってぇ……」
「ごめんね、馨くん。このくらいしか二人で話す手段が思いつかなくて……」

 遠慮がちにそう言う六実は、あの外野から見えないところで話したかったのだろう。六実が俺を連れ込んだ部屋は、高い本棚が立ち並ぶ資料室のようだった。なるほど、ここなら奥は外から見えない。

「で、いきなり本題に入るけど、凛ちゃんと何があったの?」
「え? な、何もないけど……」
「嘘。さっき馨くんがクラス委員の仕事に来るのが遅いから探しに行ったんだ。その時見たの。馨くんと凛ちゃんが屋上で喋ってるの。それも何か意味ありげな雰囲気出しながらね……」

 最後のあたりは聞こえないほど細い声で言った六実は表情に影を落としており、とてつもないほどの哀愁が感じられる。

「あれは、その……別に……」
「いいよ? 馨くん、無理しなくても。私と付き合うのなんて嫌に決まってるよね。私なんて……」

 俺は自分の人生に来るはずのないと思っていた浮気疑惑騒動に対処しきれず、汗をダラダラとおかしいほどにかいていた。

「六実、俺は凛と付き合ってもないし凛が好きでもない」
「本当に?」
「あぁ」

 俺が落ち着いた様子を装い、そう六実に言うと、彼女は満面の笑顔を見せてくれた。その笑顔は俺の恋心を完全にキャッチした。なんだか、この笑顔を見られるならもう一度浮気疑惑でも作ろうかなと思うぐらいだ。

 えへへ、と幼げを見せながら笑う六実を一生眺めていたい衝動に駆られている俺の携帯が突然振動した。

 すぐさまそのディスプレイを見ると、そこには俺を絶望の淵まで追いやるかのような内容が表示されていた。

『望月 凛さんの好感度が90パーセントを超えました』


コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品