カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第17話 自分の気持ちは闇を照らせず
 とんととーん、とんととーん
 そんな軽快なリズムがあまりにも静かな住宅地に響き渡る。
 雲に姿を隠された月の光など地に届くはずもなく、明るいのに暗い、そんな印象を与える電灯の光のみが俺の頼りだった。
 表面的には明るく、軽快なスキップを踏んでいるのに心の中はこの闇に毒されたかのように暗い。周りに立ち並ぶ家々も寒々しい印象を与えるばかりで、家庭の温かさとは無縁だ。
 「馨さん、本当に小春さんのところへ?」
 「あぁ、バスもないしここはどこかわからない。これは六実ちゃんちに泊めてもらうしかないでしょ」
 俺はわざとおどけてティアに返した。だが、その程度のことをティアが見抜けないはずもなく……
 「立ち入らないほうがいいと思います。この先にも……」
 「六実の心にも、って言いたいのか……」
 俺がそう聞いたが、ティアは俺に無言を返した。
 もちろん、立ち入ったりしない。でも、六実が教室で見せたあの哀しい笑顔。どうしてあんな表情をするのか。俺は知りたいし、知る権利があると思う。
 俺がおどけたスキップをやめてゆっくりと歩き出した瞬間、住宅街の奥、無言の威圧感を滲み出させる一軒の家に明かりが灯った。まさに、俺を誘うがごとく。
 俺はその家に向かって進める足を少しだけ速めた。
        *     *     *
 その家のインターホンはそこらの家のような薄っぺらいものではなく、重厚感に満ちた、まるで一流の楽器が奏でているかのような音色だった。もちろん、一流の楽器の音色など聴いたことないが。
 その後すぐに「はーい」という柔らかな声とともにドアが開いた。
 「あれ? どうしたの、馨くん?」
 「いや、ちょっとどうやって家に帰ればわかんなくなって…… それでこの家だけ明かりが点いてたからさ、もしかしたらと思って」
 「そうだったの! ごめんね、私自分のことしか考えずに…… ほら、あんなことあったし、さ……」
 六実は襟を隠しながら恥ずかしげにそう言った。いつもなら俺も顔を真っ赤にしたり、「六実ちゃんまじかわいい……」とか言うのだろうが…… 
 俺は、この家だけ明かりが点いてた、というところに反応した六実を見逃さなかった。
 「とにかく、立ち話もなんだし入って」
 六実はそう言うと、ドアを開いて俺を家の中に入れた。
 その家は2階リビングだった。入ってすぐのところに階段があり、そこを登っていくと2階は広い部屋となっていた。
 そこはいわゆるリビングダイニングキッチン、LDKだった。アンティーク調でいながらも使い勝手が良さそうな椅子とテーブル。
 ソファーは見るだけでわかってしまうほどふかふかだった。人をダメにするソファーとかいうやつなのだろう。
 一言で言うと、おしゃれな生活感あふれる素敵な部屋だった。
 外の真っ暗な住宅街とは隔絶された、とても温かみのある部屋。祖父母の家に帰った時のような安心感を与えてくれる部屋。俺はその部屋に感嘆してしまった。
 「適当にかけてくつろいでて」
 六実がニコッと笑いながら俺に椅子を勧めてくれた。俺はお言葉に甘え、少しだけ萎縮しながら座り、直立不動? いや、直座不動の状態でいると、六実にクスッと笑われた。
 「ど、どうかしゃれましたでしょうか?」
 「あ、ごめんね。緊張してる馨くんが可笑しくって」
 
 六実は慣れた手つきで淹れた紅茶をテーブルに置きながらそう言った。
 「でも、一人暮らしとは聞いてたけどこんな広い一軒家に住んでるとは……」
 「うん、私ね、お母さんもお父さんももういなくなっちゃったからさ。こんな一軒家に一人で住んでるんだ」
 六実はいつか見たのと同じようなか哀しい顔でそう言った。
 「あっ、ごめん、嫌なこと話させちゃったな……」
 「ん、いやいや! 全然いいんだよ? もう、過ぎたことだし……」
 六実が、最後まで聞き取れないよな声でそう言ったのを機にその部屋には会話が消えた。
 まだそんなに遅い時間ではないのに、外からは一切音が聞こえない。耳に入ってくるのはこの上なく香り高い紅茶を啜る音のみ。
 何か、会話を繋がなければ……
 「外の家さ、どこも真っ暗だったけど、あれってなんなんだろうなーなんて思ったり思わなかったり……」
 
 俺は頭をガシガシと掻きながら六実に尋ねてみた。
 「馨くん……世の中には知らないほうがいいこともたくさんあるんだよ……?」
 「ひ、ひゃい! こ、今後気をつけるであります!」
 俺は思わず起立し敬礼した。
 いや、眼がマジだったから。なにか奥に渦巻いてたから。ほら? 深淵だっけ? お前が深淵を覗いているときは深淵もお前を覗いているみたいなやつ。
 「なーんてね。冗談だよ。今日明日は町内会の旅行なんだ。それでどこの家も真っ暗ってわけ」
  「なんだ、そういうことか……」
 俺は脱力して椅子に座りこんだ。
 「ごめんね、馨くんがどんな反応するか見てみたくて」
 六実はいたずらっぽく笑いながらそう言った。
 そして、急に真面目な顔になり、俺に尋ねた。
 「馨くんってさ、好きな子とかいたり……する?」
 予想外の言葉に俺は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。
 「私の勝手で付き合ってることになってるけど、もしかしたら他に好きな人がいるんじゃないかなぁって思って」
 六実は一切視線を動かさず、そう尋ねた。
 確かに、俺が六実と付き合ってるのは成り行き上だ。でも、俺は六実のことをかわいいと思っているし、性格も優しくて、温かくて、一緒にいたいと思う。これを好きという言葉以外で表わせるだろうか。
 「あぁ。俺は六実のことが好きだ」
 「嘘。それも演技なんでしょ?」
 六実は先ほどの冗談と比べ物にならないほど昏い瞳をしていた。まるで、見つめているだけでそれに毒されてしまいそうな……
 「どうしてそんな嘘をつくの? 彼女がいるっていうステータスが欲しいの? 肉体的な期待を私にしてるの? それとも私で遊んで嗤ってるだけ?」
 「……なん、だよ……それ」
 尚も激しい罵言を浴びせてくる六実に俺は激しく憤りを覚えた。
 なんだよそれ。最初に関係を持とうとしたのはそっちじゃないか。嘘? いつ俺が嘘をついた。ステータス? そんなの興味ない。肉体的な期待? 被害妄想もそこまでいくと清々しい。遊んでる? 嗤ってる? いつも俺を弄んでたのはお前じゃないか。ティアとまで結託して、俺を馬鹿にしやがって。
 「じゃあ別れるか」
 俺はただ一言そう言った。別に、成り行きで付き合ってるだけだし。特にこいつと一緒に居たいなんて……思わ、ないし……
 「そうだね。バイバイ」
 彼女は笑い、手を振りながらそう言った。
 ……だから、なんで、そんな哀しい顔するんだよ……
 俺は歯を強く噛み締めると、乱暴に椅子から立ち上がり、階段を駆け下った。そして靴を履き、鍵を開く。
 俺は飛び出した。飛び出して走った。走って走って走った。ここがどこかなんて気にせず、ひたすらに走った。
 運動不足の体に全力疾走はきついようで、すぐに太ももふくらはぎは痙攣しだした。関節はギシギシと悲鳴をあげている。思いっきり腕を振り走っていたせいか、左肩は外れて動かない。
 しまった。
 そう気付いた時にはもう遅く、俺は地面に頭を打ち付けていた。ひどく、惨めだった。俺が何をしたというのだ。
 俺は限界をとうに過ぎた体に鞭を打って、また走り出した。ただ、ひたすらに走った。
        *     *     *
 もうどれくらい走っただろうか。走り出した頃にはビュンビュンと過ぎ去っていった周りの風景も今ではのろのろとしか動かない。
 疲れたな。
 俺がそう知覚した時、そこは学校の校門前だった。
 俺は安堵や疲労、それに後悔を抱きながら倒れこんだ。
 そんな軽快なリズムがあまりにも静かな住宅地に響き渡る。
 雲に姿を隠された月の光など地に届くはずもなく、明るいのに暗い、そんな印象を与える電灯の光のみが俺の頼りだった。
 表面的には明るく、軽快なスキップを踏んでいるのに心の中はこの闇に毒されたかのように暗い。周りに立ち並ぶ家々も寒々しい印象を与えるばかりで、家庭の温かさとは無縁だ。
 「馨さん、本当に小春さんのところへ?」
 「あぁ、バスもないしここはどこかわからない。これは六実ちゃんちに泊めてもらうしかないでしょ」
 俺はわざとおどけてティアに返した。だが、その程度のことをティアが見抜けないはずもなく……
 「立ち入らないほうがいいと思います。この先にも……」
 「六実の心にも、って言いたいのか……」
 俺がそう聞いたが、ティアは俺に無言を返した。
 もちろん、立ち入ったりしない。でも、六実が教室で見せたあの哀しい笑顔。どうしてあんな表情をするのか。俺は知りたいし、知る権利があると思う。
 俺がおどけたスキップをやめてゆっくりと歩き出した瞬間、住宅街の奥、無言の威圧感を滲み出させる一軒の家に明かりが灯った。まさに、俺を誘うがごとく。
 俺はその家に向かって進める足を少しだけ速めた。
        *     *     *
 その家のインターホンはそこらの家のような薄っぺらいものではなく、重厚感に満ちた、まるで一流の楽器が奏でているかのような音色だった。もちろん、一流の楽器の音色など聴いたことないが。
 その後すぐに「はーい」という柔らかな声とともにドアが開いた。
 「あれ? どうしたの、馨くん?」
 「いや、ちょっとどうやって家に帰ればわかんなくなって…… それでこの家だけ明かりが点いてたからさ、もしかしたらと思って」
 「そうだったの! ごめんね、私自分のことしか考えずに…… ほら、あんなことあったし、さ……」
 六実は襟を隠しながら恥ずかしげにそう言った。いつもなら俺も顔を真っ赤にしたり、「六実ちゃんまじかわいい……」とか言うのだろうが…… 
 俺は、この家だけ明かりが点いてた、というところに反応した六実を見逃さなかった。
 「とにかく、立ち話もなんだし入って」
 六実はそう言うと、ドアを開いて俺を家の中に入れた。
 その家は2階リビングだった。入ってすぐのところに階段があり、そこを登っていくと2階は広い部屋となっていた。
 そこはいわゆるリビングダイニングキッチン、LDKだった。アンティーク調でいながらも使い勝手が良さそうな椅子とテーブル。
 ソファーは見るだけでわかってしまうほどふかふかだった。人をダメにするソファーとかいうやつなのだろう。
 一言で言うと、おしゃれな生活感あふれる素敵な部屋だった。
 外の真っ暗な住宅街とは隔絶された、とても温かみのある部屋。祖父母の家に帰った時のような安心感を与えてくれる部屋。俺はその部屋に感嘆してしまった。
 「適当にかけてくつろいでて」
 六実がニコッと笑いながら俺に椅子を勧めてくれた。俺はお言葉に甘え、少しだけ萎縮しながら座り、直立不動? いや、直座不動の状態でいると、六実にクスッと笑われた。
 「ど、どうかしゃれましたでしょうか?」
 「あ、ごめんね。緊張してる馨くんが可笑しくって」
 
 六実は慣れた手つきで淹れた紅茶をテーブルに置きながらそう言った。
 「でも、一人暮らしとは聞いてたけどこんな広い一軒家に住んでるとは……」
 「うん、私ね、お母さんもお父さんももういなくなっちゃったからさ。こんな一軒家に一人で住んでるんだ」
 六実はいつか見たのと同じようなか哀しい顔でそう言った。
 「あっ、ごめん、嫌なこと話させちゃったな……」
 「ん、いやいや! 全然いいんだよ? もう、過ぎたことだし……」
 六実が、最後まで聞き取れないよな声でそう言ったのを機にその部屋には会話が消えた。
 まだそんなに遅い時間ではないのに、外からは一切音が聞こえない。耳に入ってくるのはこの上なく香り高い紅茶を啜る音のみ。
 何か、会話を繋がなければ……
 「外の家さ、どこも真っ暗だったけど、あれってなんなんだろうなーなんて思ったり思わなかったり……」
 
 俺は頭をガシガシと掻きながら六実に尋ねてみた。
 「馨くん……世の中には知らないほうがいいこともたくさんあるんだよ……?」
 「ひ、ひゃい! こ、今後気をつけるであります!」
 俺は思わず起立し敬礼した。
 いや、眼がマジだったから。なにか奥に渦巻いてたから。ほら? 深淵だっけ? お前が深淵を覗いているときは深淵もお前を覗いているみたいなやつ。
 「なーんてね。冗談だよ。今日明日は町内会の旅行なんだ。それでどこの家も真っ暗ってわけ」
  「なんだ、そういうことか……」
 俺は脱力して椅子に座りこんだ。
 「ごめんね、馨くんがどんな反応するか見てみたくて」
 六実はいたずらっぽく笑いながらそう言った。
 そして、急に真面目な顔になり、俺に尋ねた。
 「馨くんってさ、好きな子とかいたり……する?」
 予想外の言葉に俺は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。
 「私の勝手で付き合ってることになってるけど、もしかしたら他に好きな人がいるんじゃないかなぁって思って」
 六実は一切視線を動かさず、そう尋ねた。
 確かに、俺が六実と付き合ってるのは成り行き上だ。でも、俺は六実のことをかわいいと思っているし、性格も優しくて、温かくて、一緒にいたいと思う。これを好きという言葉以外で表わせるだろうか。
 「あぁ。俺は六実のことが好きだ」
 「嘘。それも演技なんでしょ?」
 六実は先ほどの冗談と比べ物にならないほど昏い瞳をしていた。まるで、見つめているだけでそれに毒されてしまいそうな……
 「どうしてそんな嘘をつくの? 彼女がいるっていうステータスが欲しいの? 肉体的な期待を私にしてるの? それとも私で遊んで嗤ってるだけ?」
 「……なん、だよ……それ」
 尚も激しい罵言を浴びせてくる六実に俺は激しく憤りを覚えた。
 なんだよそれ。最初に関係を持とうとしたのはそっちじゃないか。嘘? いつ俺が嘘をついた。ステータス? そんなの興味ない。肉体的な期待? 被害妄想もそこまでいくと清々しい。遊んでる? 嗤ってる? いつも俺を弄んでたのはお前じゃないか。ティアとまで結託して、俺を馬鹿にしやがって。
 「じゃあ別れるか」
 俺はただ一言そう言った。別に、成り行きで付き合ってるだけだし。特にこいつと一緒に居たいなんて……思わ、ないし……
 「そうだね。バイバイ」
 彼女は笑い、手を振りながらそう言った。
 ……だから、なんで、そんな哀しい顔するんだよ……
 俺は歯を強く噛み締めると、乱暴に椅子から立ち上がり、階段を駆け下った。そして靴を履き、鍵を開く。
 俺は飛び出した。飛び出して走った。走って走って走った。ここがどこかなんて気にせず、ひたすらに走った。
 運動不足の体に全力疾走はきついようで、すぐに太ももふくらはぎは痙攣しだした。関節はギシギシと悲鳴をあげている。思いっきり腕を振り走っていたせいか、左肩は外れて動かない。
 しまった。
 そう気付いた時にはもう遅く、俺は地面に頭を打ち付けていた。ひどく、惨めだった。俺が何をしたというのだ。
 俺は限界をとうに過ぎた体に鞭を打って、また走り出した。ただ、ひたすらに走った。
        *     *     *
 もうどれくらい走っただろうか。走り出した頃にはビュンビュンと過ぎ去っていった周りの風景も今ではのろのろとしか動かない。
 疲れたな。
 俺がそう知覚した時、そこは学校の校門前だった。
 俺は安堵や疲労、それに後悔を抱きながら倒れこんだ。
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