カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第6話 青春の疾走感ってやつ

 「まずはこれだ」

 件のヤンキーが、1つのゲームを叩きながら言う。

 俺はなんか流れ的にこのヤンキーさんたちとゲーム対決をすることになったのだが……

 ヤンキーが指したゲームは一対一の格闘ゲームだった。3試合して、2試合勝てば勝利となるよくある格ゲーである。

 だがここで2つ問題が。

 まず1つ目が、相手は相当な手練れだということだ。それは相手が隠しキャラを使っていることから容易に想像できる。

 もう1つは……

 俺が格ゲーで勝ったことは一度もないということだ。

 そこらへんの野良プレイヤーに負けるのならまだわかる。だが、今年75になるばあちゃんにこの前負けた。俺どんだけ下手いんだよ……


 そんな俺の葛藤など関係なくゲームはスタートした。俺のキャラは着物を着た日本の美少女だ。
 選考理由:可愛いから。

 レディーファイト!という、これまたありがちな掛け声でバトルが始まった。

 ……が、すぐ終わった。

 開始してすぐ、相手に捕まれ、投げられ、踏みつけられた俺のキャラは開始5秒も経たずに敗北した。

 えー、これ無理ゲーだわ……

 俺が嘆いているうちにも、ラウンドツー、的な掛け声はかかり、相手がつかみ掛かってくる。

 くそ、こんなところで負けてたまるか。俺の全財産と、彼女に対する威厳を簡単に失うほど俺はひ弱じゃねぇ!

 俺は敵の動きをしっかりと見て、コントローラーに手を伸ばした。

 「どいて!」

 しかし、サイドテールを揺らす少女によって、俺の手がコントローラーに触れるのは遮られた。

 その少女、六実小春は俺を払いのけると、コントローラーを握り、敵の攻撃を躱す。

 その後、しなやかな動きで敵との間を詰めたキャラは、美しさまでも感じさせるような動きで敵キャラを攻撃した。

 開始12秒後、敵のキャラは床に横たわっていた。

 「お前、なにもんだよ……?」

 ヤンキーは少し畏怖までも感じさせる声でそう言った。

 そして、彼女はこう答えるのだ。

 「この人の彼女です」


        *     *     *


 その後は圧倒的だった。

 格ゲーの三回戦を余裕で勝ったあと、ヤンキーはありとあらゆるゲームで勝負を挑んできた。

 だが、コインゲームでもスロットでもUFOキャッチャーでも、ヤンキーが六実に勝てることはなかった。

 ただ1つを除いて。

 その1つというのが、今まさに繰り広げられているシューティングゲームだ。

 これはゾンビを倒して得点を競うゲームで、難易度の高さから、かなり有名なゲームだと言ってもいい。
 
 また、銃を模したコントローラーを使う上に、大きなディスプレイでプレイすることから、結構な臨場感も味わえる。

 そのゲームで現在六実は負けている。六実も低い得点ではないのだが、相手はありえないほどの速さでゾンビを撃ち抜き、得点を重ねている。

 必死に銃型のコントローラーを画面へ向ける六実の頑張りも虚しく、着々と点は離れていく。

 「これは、俺が出るしかなさそうだな」

 困った時の、フラグ頼みと言うように、(言いません)俺は自分に優位になりそうなフラグを立てた。え? これ負けフラグだっけ?

 「変わってみ」
 「でも! 絶対私の方が……」

六実が不安げに言うのを聞き流し、俺はニコッと微笑んだ。

 「安心して。ちゃんと勝つから」

 俺は六実と代わると、まず銃の設定を変更した。

 フルオートになっているサブマシンガンをシングルショットに切り替える。簡単にいうと、連射モードから単射モードに変えたというところか。

  俺は一呼吸おいたあと、画面に向き直った。

 「さっさとこいよ、腐肉ども」

 俺の言葉に呼応するように、画面にたくさんのゾンビが現れる。

 ゾンビの額を画面の中心に合わせ、引き金を引く。
 
  ぐわぁ、みたいなおぞましい声をこぼしながらゾンビどもは倒れていく。

シングルショットに変えたことで、連射速度は落ちたが、そんなこと関係ない。

 このサブマシンガンで、ゾンビの弱点である額を確実に打ち抜けば一発で奴らは倒れる。

 自分で言うのもなんだが、相当鮮やかな戦いだとと思う。俺はまさに舞う蝶の如く鉛玉をゾンビに撃ち込んでいく。

 ふらふらと近づいてくるこいつらの行動パターンは大体読める。

 だから、ゾンビとの相対距離と弾の速度を考えれば、額に当てることなど造作もない。

 離れていた点もどんどんと縮まる。

 「馬鹿なっ! そんなの当てれるわけねぇ!」

 地団駄なんか踏みながら、自ら負けフラグを立てた彼と俺の点数差は逆転し、ゲームは終了した。

 「ふぅ〜勝った勝った〜」

 俺は一仕事終えた満足感を全身で味わうべく、大きく背伸びした。

 「馨くん! 凄いよ今の! 本当に!」
 「お、おう……」

 六実が大層興奮した様子で近づいてくる。その姿がかわいすぎて俺は気持ち悪い返事しかできなかった。

  「あ……あ……」

 そんな声が聞こえたのでその方向を見ると、例のヤンキーが俯き、肩を震わせていた。

 六実はその姿に恐怖を覚えたようで、俺の裾をキュッと握っている。萌える。

 そして、そのヤンキーは一つ息を吐いた。

 やばい……殺られる……!

 俺がそう知覚した瞬間、ヤンキーはこう言い放った。

「あなたなんですか今の! いや、神業というより鬼業でしょ!」
 「……はい?」

 それを皮切りに、周りのヤンキーたちも俺に「やべぇ!」とか、「ありえねぇ!」とか言いながら寄ってきた。

 そして、リーダー格がそれを鎮めると、ヤンキーは一列に整列し、アイコンタクトをとると……

 「「弟子にしてください!」」

 と、完璧なまでに揃った声で言った。

 ……あの〜、俺はどうすればいいんでしょうか?

 俺が人生の中でトップ3に入るくらいの謎シチュエーションに対して悩んでいると、ヤンキーは続けた。

 「俺たち、あなたみたいなプレイヤーの下で、腕を磨きたいんです!どうか……」

 「「お願いします!!」」

 はぁ、ここまで言われるとこうするしかないよね……

 俺は自身の頭の中で決着をつけると、俺の裾を握っている六実の手を掴んだ。

 「逃げるぞ! 六実!!」
 「えぇ!?」

 俺は瞬時に踵を返すと、ゲーセンの外、このショッピングモールの外を目指して走り出した。

 後ろからヤンキーたちの絶叫が聞こえるが、構いはしないで走り続ける。

 何?青春の疾走感ってやつ?

 俺は久々に味わったこの感覚に思わず高揚してしまう。

 六実も、それを感じ取ったのか、俺に微笑みながらこう言った。

 「なんだか、楽しいね」

 とても、短くて、幼稚園児でも言えそうな台詞だが、俺の胸にその言葉は深く響いた。

 俺が長く忘れていたこの感覚。

 掴んだ手のひらから流れ込んでくるこの熱。

 この、人とふれあい、時間を共有するということの素晴らしさ。

 「久しぶり、だな」

 俺はそう呟き、悲しくなるのを感じた。

 いつも、この先に待つのは虚空なのだ。だから踏み込んではいけないし、踏み込ませてもいけない。

 でも、そうだとしても、俺はこいつと一緒にいたい。

 後ろを見ると、全力で走る六実が俺に微笑みかけてくれた。

 
 

 

 

 


 




 

 

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