カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第1話 まだ何も始まらないし終わりもしない

夕焼けほど儚さを感じさせるものはないのではないだろうか。

 オレンジとも紫とも言えない中途半端な空は、今まさに闇に包まれようとしている。

 そこに無機質に伸びる飛行機雲。
 昼間は煩かった遊園地内の喧騒も、今では嘘のようだ。

 普段ならひどく気になるであろうゴンドラの軋みも、今は心地よく感じる。

 もうすぐ、か……
 少年と少女が向かい合って乗るその観覧車のゴンドラは今まさに最高点に到達しようとしていた。

 少年の向かいに座る少女は、少し茶色っぽい髪を揺らしながら、静かに外を眺めていた。

 西日のせいか、頬は紅潮しているように見える。

 少年は一息置き、あのさ……と切り出した。

 想いの丈を、彼女を想う気持ちを、少年はまっすぐに、少女へ告げた。

 少女は一瞬戸惑うような仕草を見せたが、すぐに少年を正面に見据えると、潤んだ瞳で心の底からの笑顔を咲かせた。
 
 ……刹那

 少年の視界は白に塗りつぶされた。
 先ほどまで視界の真ん中にあった少女の顔も、美しい夕焼けも。

 全てはその純白に、閃光に、かすめ取られてしまった。


          *    *    *


頰を掠める風を感じながら、俺ーー朝倉あさくらかおるは坂を自転車で下っていた。

小春日和、とでも言うのか、道端には花が咲き誇り、新緑の木の葉はさやさやと揺れている。

自転車で坂を下る時特有の、シャーっという音さえ、春の陽気に当てられてどこか心地よく感じた。

暖かな日差しを身に浴び、風を切りながら走っていれば、思わず口元が綻んでしまう。

何を隠そう、今日は4月6日。俺が通う高校の始業式なのである。

何かと出会いが多いこの季節。どんな人でも、新たな希望に胸を膨らませてしまうのがこの春ではなかろうか。

そんなことを考えつつ、自転車をこぎ続ければ、高校へはすぐに到着した。

人間関係においては、浅く広くをモットーとするこの俺。 玄関で靴を履き替え、昇降口に差し掛かれば何人かの生徒が軽く話しかけてくる。

まぁ、「久しぶり〜」とか、「髪伸びたな〜」とか、そんな当たり障りない会話ではあるが。
ちなみに昨日床屋へ行った。

そんなこんなで、俺は今年一年間付き合っていくことになるのであろう2ーDの教室に入り、席に腰かけた。

周りでは、クラスメイトたちがわいわいと盛り上がっている。

そりゃあ、休暇の後だ。積もる話もあることだろう。みんなで集まってワイワイウェイウェイ言うのが普通だ。

……それが、普通、なのはずだが。

残念ながら俺の周りには、誰一人寄り付いていなかった。
まるで、台風の目のように、俺の周りだけ人がはけている。

と、言うことはだ。
俺=台風の目=中心
という式が成り立つ。したがって俺はクラスの中心人物なのでは……?


……と、自分を慰めるのもいい加減にしよう。


そう俺は、世に言うぼっちと言うやつなのだ。

まぁ話しかけられることもあるけど、誰とも深い関わりはない。
そんな、残念な高校生。それが俺、朝倉馨である。

しかしまぁ? 
別に顔も悪くはないし?
性格もちょっと曲がってる自覚はあるけどクズじゃないし?

ふつーに暮らしてりゃ親友彼女の一人や二人できてもおかしくはないスペックは持ち合わせているはずなのだ。

なのになぜ、俺がこんなぼっちライフを歩んでいるのか。それは、俺のスマホに“住み着いて”いる、ある者のせいだった。

その、忌まわしきスマホのディスプレイを立ち上げると、ちょうどそいつが目を覚ましたようだった。

「ふわぁ……お早うございます、馨さん。今日はお早いですね」

「おはよう、ティア。今日から学校だからな」

その、スマホのディスプレイに映っていたのは、なんとも可愛らしい三頭身のキャラクターだった。

肩までの金髪をたなびかせ、青と白を基調とした給仕服を身に纏う彼女は、可憐な仕草で俺にぺこりと一礼。

こいつは、ティア。
いつからか、俺のスマホに住み着いている自称「ナビゲーター」だ。

「おぉ〜もう今日から学校ですか! それじゃあ……」

「あぁ。わかってる」

ティアの言葉に、俺は諦観じみた微笑をこぼして頷く。

そして、二人はともにこう囁いた。

『今日も一日。好感度を上げずに頑張りましょう』

そう、これが俺の学園生活において最も重要なこと。

『好感度を上げすぎると、その人との関係がリセットされる』という、俺にかけられた呪いに対抗する、唯一の手段。
好感度を上げすぎて、人から忘れてしまうという最悪の事態を防ぐために出来る俺のラストカードだった。


    *  *  *


始業までの時間をティアと駄弁りながら過ごすことしばし。

(ティアと喋ってる様子は、傍目から見たらかなり気持ち悪いはずだ)

遂に高校生活の2年目がスタートしようとしていた。

ガラリ、という扉を開く音に、生徒は皆一斉にそちらを向く。

「やぁやぁ、生徒諸君。元気にしてたかい?」

そう言いつつ、出席簿をフリフリしながら入ってきた女教師が、おそらく今年の担任なのだろう。

かつかつと黒板に名前を書いて自己紹介したり、よくわからない座右の銘を
披露したりと、なんとも面白くない展開に俺を含むクラスがうんざりしてきたころ。

彼女はニヤリと口元を歪め、ある言葉を口にした。

「よし。今日はお前達にいい知らせがある」

そのたった一言に、クラス全員があることを察した。

始業式の日には誰もが待ちわび、ラブコメの初めにしてはテンプレすぎるその事実を。

「よし、入ってこい」

「し、失礼します!」

たった一枚の扉を隔てた向こう側。そこから聞こえてきたその声は、少し上ずっていたが、とても上品な女の子の声だった。

そして、扉が開く。

春。
彼女を見た瞬間、ただそう感じた。

明るめの髪はサイドにまとめてあり、歩くたびにぴょこぴょこと可愛らしく揺れる。

顔立ちは少し幼さを感じさせるものの、どこか凛としている。

背はそこまで高くないが、出るとこは出ており、体の線が出やすいこの高校の制服もバッチリ着こなしている。

しかし、見るべきはそんな外見の話じゃない。

彼女自身から溢れ出る、可憐さ、可愛らしさに、クラスは一瞬静まり返った。

そして、その直後。教室が歓声に湧いた。

もし、阿鼻叫喚の天国絵図というものがあったらこんな感じなのではないだろうか、などと思うほど、皆が皆、彼女のような天使がこのクラスに降臨したことを喜んだ。

俺ももちろん、嬉しくはあるが……件の呪いのこともあり、周りのクラスメイトのようには喜ぶことができなかった。

「はいはい、静かに。じゃあ、自己紹介お願いね」

「はい」

その転校生は、手頃な白のチョークを手に取ると、サラサラと黒板に名前を書いていった。

その手の動きさえ艶かしく感じられて、俺は彼女の細い指を直視することすら憚られるような思いだった。

六実むつみ 小春こはるです。よろしくお願いします」

そして、彼女は華やかなスマイルを一つ。
この一瞬で、クラスの男子は全て彼女に魅了された。

……まぁ、俺を除いてだが。


    *  *  *


「どう思います?」

突然発せられた問いに、俺は「何が?」とティアに問い返す。

時は放課後。
俺は珍しく真っ先に家へ帰らず、そのまま騒がしい教室に残っていた。

目を横に向ければ、多くのクラスメイトに囲まれて楽しそうに談笑する六実が目に入る。

「だから、かわいいと思うか、って話です」

「ま、かわいいんじゃないの? 一般的に見て」

「なんですか、その捻くれた言い方」

ティアはそう言って不満げに頰を膨らますが、俺にそれ以上のことを言える資格も知識もないことはわかりきっていることだ。

何より、俺のようなカースト底辺のぼっちが彼女のようなキラキラした存在にお近づきになれるはずがない。

そんなの期待するだけ無駄だし、それが叶ったとしても最後の最後には、あの呪いによって……

……無に帰すだけなんだ。

俺はそう内心に呟き、例の彼女を横目に伺った。

あまり会話の内容は聞こえて来ないが、彼女は誰にでもニコニコと接し、会話を回すのも上手い、いわゆるコミュ力高い系女子のようだった。

容姿よし、性格よし、頭脳は……まだわからないが、彼女がこのクラスの中心人物になるには疑う余地もない。

しかし、彼女に俺はどこか違和感を感じていた。

一人一人の顔を見ては、スマホをチラと横目に入れ、あまりにも哀しそうな微笑をこぼす。

彼女は、この一連の動作を、ほぼ一瞬で一人一人のクラスメイトごとに行なっていた。

もちろん、あまりにも一瞬のことなので、会話の中にいる本人たちは彼女の微笑に気づいてはいない。

俺がそのことをティアの話そうかと一瞬目を離したその直後。

お喋りに夢中だった六実が、なぜか俺を見つめていた。

俺も、彼女を見ていたせいで、二つの目線はぴったりと重なる。

時間がゆったりと、歩みを遅くしているようだった。

いや、事実長い時間、彼女と俺の目線は重なっていたのかもしれない。

だが。
俺は恥ずかしさ、というより半反射的に目を逸らしてしまった。

そっと彼女を再び横目に見れば、先ほどのように多くのクラスメイトとのお喋りに興じている。

ま、気のせいか。

そうため息をついてティアを見直すと、彼女はニヤニヤと笑っていた。

「……なんだよ」

「いいえ、なんでもありませんよ♪ 馨さんと小春さんの視線が熱く重なったのを見て可笑しかったとかそんなこと全くありません」

「ほぼ言ってるから。 つーか誤魔化す気ねぇだろ」

俺のその言葉にティアは下をペロッと出し、てへっ、と微笑んだ。
うん、ちょっとムカつく。

まぁ、そんなティアは置いておいて、六実たち御一行はどうやらご帰宅なさるようだ。

彼ら彼女らは自分の荷物を思い思いに持って、教室を出て行った。


しかし……これはどうしたものか……

俺の視線の先には、六実が俺の横を通る時にさりげなく机に貼った、「放課後話があります」という付箋紙があった。

コメント

  • ノベルバユーザー262462

    小春日和は調べた方がいいかも あと4月の始業日なら後から入ってくるシチュエーションはあるだろうか?

    0
コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品