八咫の皇女は奇病を食む ~おてんば娘の討魔奇譚~
幕間:「ちょっとお花を、摘んできます」
赤い花を摘もう。五年ぶりに、大きな真紅の、あの花を摘もう。
抑圧された自己を解き放つと、抑圧された他者のことも解放してあげたくなる。
それに気付けたことは、僕にとっては本当に、本当にありがたい幸運だったのだと思う。
人は、元の姿が一番美しい。小さな肉の器に納まるべき人間など、いないのだ。
だから僕はその器を割いて、皮を破り、中にたまった彼ら自身を外気へと触れさせてあげる。
するとどうだろう、脈々と外へ流れ出すではないか。やはり、彼ら自身もそれを望んでいたのだ。
そしてそれを、在るべき所へ返すのだ。聖なる森へ。
父も、母も、妻も、友も、あるいは見知らぬ旅人も皆、僕がその願いをかなえてあげた。
全員、僕の愛した人たちだ。
唯一あの時だけは、自分を解き放つことを優先して、中途半端になってしまったけれど。
そのとき僕は、己を恥じた。
強く強く恥じた。
本末転倒とは、このことだ。
愛が強すぎたのかもしれない。
なんて愚かなのだ。
でも、己の退行に耐えられそうになくなったあのとき、救いが現れたのだ。
だから、大丈夫だ。
きっと彼女が代わりになってくれる。あの子は心優しい子だから。
そして僕はお返しに、大切に丁寧に愛を込めよう。ありったけの親愛の情を、敬愛を。
うら若き者達が恋人に贈る、あの無邪気な恋慕のように。
これが最後になるかもしれないけれど、もうすぐだ。
あの季節がやってくる。
始まりの日の僕を、抱きしめるのだ。
赤い花を摘もう。錆びた甘美な赤銅色の、あの花を摘もう。
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