八咫の皇女は奇病を食む ~おてんば娘の討魔奇譚~

Mt.hachi_MultiFace

二十五:「金槌達と石見の塔」

 石詰みは「要石かなめいし」と呼ばれるこぶし大の石を五つ持ち寄り、それらをおよそ五芒星の形を描くように配置してから始まる遊びである。その要石の上に各自が適宜てきぎ選んだ石を順番に載せて行き、山が崩れるか、載っている石を一つでも落としたら負けになる。その勝敗決定法の単純明快さと戦略的自由度の高さゆえに、皇国内でも春屋島の東側(旧皇国領)を中心に広く子供たちに親しまれている。
「なるほど、こういうことか」
 二つの要石の上に橋を掛けるように、一通り説明を聞いた壱子が平たい石を置く。
「そんな感じです」
 壱子のよりもさらに平たい、ほとんど薄い板のような石を平間が重ねた。
「あ、その平間さんの石いいなあ」
 言いつつ、りんも自分の石を置く。
 次いで壱子は、今度はおにぎりのような丸めの、球体に近い形の石を無造作に積んだ。平間は思わず身じろぎする。
「いきなりえげつない置き方をしますね……」
 彼はそう苦笑しながらも、壱子の事だ、この判断は伊達や酔狂に基づいたものではないのだろうと勘繰った。実際、彼女の手はかなり攻めの色が濃い。一気に短期決戦を仕掛けようと言うのだろうか。
 対し平間は、ギザギザした割面かつめんの半月様の石を、壱子の石の上に置く。平間の石は、置いたそばから少々ぐらついている。その微妙な揺れが収まると、固唾を呑んで見守っていた平間は、小さく息をついた。
 五角形の盤面のうち、一部だけ突出して高い上、そこが不安定である。まだ一巡したばかりなのに、かなり早い展開だ。
「ところでりん、村長むらおさとはどんな男なのだ」
「おじいちゃんのこと?」
「うむ」
 壱子の問いに、しばし考え込んでいたりんが口を開く。
「優しい人だよ。血の繋がりが無いわたしみたいな子を、本当の孫みたいに育ててくれているんだもん」
 皿江穂がりんのことを“養女”と呼んでいたのを、平間は思い出した。
「わたし、捨て子だったんだって。それで、おじいちゃんがわたしを拾ってくれたのが五年前。本当のお父さんとお母さんのことは、まだ赤ちゃんだったから覚えてないんだけどね」
 りんは、明るく言う。
「では、私も半分同じじゃな。私も父を知らぬ」
 なぜか胸を張って壱子が言った。対抗心でも燃やしているのだろうか。
「……すみません、両親と、ついでに妹も健在です」
 またまたなぜか、申し訳無さそうに平間は言う。
「お主、妹がおったのか」
「はい。言ってませんでしたっけ」
「初耳じゃな。私は末っ子じゃから少し羨ましい」
「そんなに良いものでもないですよ」
 無感動に台詞を吐く平間。するとりんが
「わたしは、きょうだいって憧れるけどなあ」
と、片手で石をくるくるいじりながら、小さく呟いた。
「隣の柴じゃないですかね」
 今度は気を使っているのか、平間の口調は壱子に対して言ったのより、やや丁寧だ。
「しば?」
 りんは、きょとんとした顔をする。
「他人のものは良く見える、と言う意味です」
「ふーん、なんか難しいんだねえ」
「それは違うぞりん、こやつの言い回しが無意味に小難しいのじゃ。『剛毅朴訥ごうきぼくとつ仁に近し』あるいは『言多げんおおきは品少ひんすくなし』と言って、飾り立てた言葉をぺらぺらと喋るのは良くないこととされておる」
 自分が壮大な自己矛盾を起こしていることに、壱子は気付いていない。「下手の長談義」と言うやつだ。
「……難しいんだねえ。あ、壱子ちゃんの番だよ」
 理解することを放棄したりんは壱子の手番を促す。序盤の平間と壱子の急戦的な石の配置が影響して、既に盤面は切り立った山のようになり石の置き場所がほとんど無くなっていた。こうなると、経験と勘がモノを言う。つまり、初心者の壱子には不利な状況だ。
「ああ、すまぬな」
 うっかりしていた様子で壱子が言い、傍らの石を適当に選んで石の山にかざす。そしてしばらく宙を漂わせた後、不意に口を開いた。
「のう平間、質問じゃが……石の大きさに規定はあるのか」
「いい質問ですねえ。大小に関して明確な決まりは特にありません。が――」
「が?」
「重要なのは美しいかどうか、ですね」
「うんうん。うつくしさだね」
 平間の言葉に、りんも頷く。壱子は思案顔だ。
「美しい……?」
「つまりですね、小さい石だと軽く載せたりき間に挟み込んだりと置くのは簡単ですが、それゆえ周りが納得しなければまことの意味では成功とは言えません。あまり大きすぎても後続が行き詰まるので無粋ぶすいとされています。まあ、それは中々難しいんですけど」
「そうだよ、ぶすいです」
「絶対なんとなくで鸚鵡おうむ返しをしているじゃろ」
 ジト目で壱子がりんを見遣る。視線を受けた童女は首をかしげ、平間を見つめた。
「おうむ……?」
「同じことを繰り返すことです」
 平間の台詞に、りんが小さな手をぽんっ、と合わせた。
 再び壱子が口を開く。
「もう一つ良いか」
「あ、次はわたしが答える!」
 前のめりに言うりんを見た壱子は、意外だったのか目を真ん丸くする。
「そうか、それでは頼む。例えば、石の山につぼのような窪みが出来ていたとして、そこにある程度の大きさの石を半ば落とすように“置く”のはどうなのじゃ。かなり安全な手に思えるのじゃが」
「ふむふむ、それはね……」
 人差し指をぴんと立てたりんが中空を見つめて固まる。
 しばしの沈黙。川のせせらぎが平間の耳に優しく響く。よく晴れた日だったが、風も涼しくそこまで暑くならなくて良かった、と平間は思った。
 しばらく経って、にへへ、と眉を寄せてりんが笑い、言った。
「……ど、どうなのかなー? 助けて平間さん!」
「えぇ……」
 再び壱子のジト目。りんは涙目で平間にすがりながら、気まずそうに口をモゴモゴさせる。助けを求められた平間が言う。
「ええとですね、これは中々ややこしい問題でして……そもそもこの遊びにはきちんと明文化された規則が無く、また地域によって細かい決まりや作法・流儀にバラつきが見られますので一概には言えませんが、私は駄目かと思います」
「ほう、何故そう思う」
「やはり、基本的には上へ上へ積んでいく遊びだと思うからです。またこれは気持ちの問題ですが、要石の上にかからない石が出てくるのはどうなのかな、と。ですが、これも人それぞれの考えによるところが大きいかと」
「なるほど、一理ある……かも知れぬ。分かったような、分からぬような」
「結局、美しいか美しくないか、なのだと思います。これは勝負であると共に、いかに奇抜な石組みが、予想外の形で出来上がるのかを楽しむものでもある遊びなんですよ」
「そうだったんだ……」
 いつの間にか壱子だけでなく、りんも頷いていた。
「というかお主、“美しさ”が云々などという考えをしっかり持っているような人間であったのじゃな……」
 意外そうに壱子が言う。彼女は平間が、勉学や職務一辺倒の人種だと思っていたのだろう。それはあながち間違ってはいなかった。
 普通に捉えればかなり辛辣な壱子の言葉だったが、平間は楽しげに苦笑する。
「確かに、数年前の私でしたら“美しさ”など不正確なものだと鼻で笑う対象だったかも知れませんが……やはりこの仕事は病と関わる以前に人と関わる仕事なのです。そもそも理不尽なほど曖昧な存在である人間の内面を理解しようとするならば、美しさという曖昧な概念も同程度以上に理解しなければならないと思ったのです。ですから分からないなりに、美しさとやらについて自分の考えを持ってみようと思ってきました」
「……つまりどういうこと?」
りんが壱子の袖を摘みながら、小声で尋ねる。
「何と言うかな……そう、苦手なこともやってみよう、ということじゃな。たぶん」
 どぎまぎしながら壱子は言うが、なんともざっくりとした要約である。
「ふーん」
 釈然としない風に、りんが呟いた。

「壱子様ー! お夕飯、獲れました!」
 川上から能天気な声が聞こえた。その方向を三人が見ると、ぐったりしている大きな川魚を掲げ、茉莉が歩いてくるのが目に入った。
「おろ、石積みですか。懐かしいですねえ」
「そうじゃ。茉莉もやったことがあるのか」
「ありますけど、すぐに飽きちゃうんですよね。まどろっこしくて」
 そう言って茉莉が笑うと、彼女の獲物の大魚が突然暴れ始めた。
「わわ、ちょっと! あっ……」
 茉莉の悲鳴もむなしく哀れな夕飯のおかず(見込み)は、のたうちながら平間たちが囲う石の山に飛び込んだ。
 ガタゴトという鈍い音を立て、山はあっけなく崩壊した。サアッと茉莉が青くなっていく。
「……あーあ」
りんが残念そうにぼやく。
「ま、らしいと言えば、らしいのう」
 そう言う壱子の声は呑気のんきなものだった。
「すみません、すみません! 平間殿に〆方を教わろうと思ってたんですが、まさかまだこんな力が残っていたとは……すみません、本当にすみません!」
 ぶんぶんという空を切る音が聞こえそうな勢いで、茉莉は頭を垂れて詫びる。
「金槌が二人になったのう」
 そう洒落る壱子は、要するに全く気にしていないのだった。


コメント

コメントを書く

「推理」の人気作品

書籍化作品