八咫の皇女は奇病を食む ~おてんば娘の討魔奇譚~

Mt.hachi_MultiFace

十五:「はじめての焼売作り」



「大変、ご迷惑をおかけしました」
 庶民の目から見れば豪勢な夕食の席に付いた平間は、開口一番、深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「私のつまらない見栄で、お二人にご迷惑をおかけしました。今後はこのような――」
「長い」
 壱子がぴしゃりと言う。
「過ぎたことをさらに詫びることは無いぞ、平間。アレはアレでもう終わりじゃ。飯も冷めるしの」
「そうですねー。ささっと食べてしまいましょう」
 茉莉も興味無さそうに壱子に追随する。
「しかし、でん――」
 殿下、と言いかけたところで、平間は慌てて口をつぐむ。「殿下」の尊称を付けられる人間は、皇国広しと言えどなかなかいない。宿屋の女将がその辺でいることを考えると、あまりその呼び方は使わない方が良いのだ。
「まあまあ、とりあえず食べましょう。話はその最中でもできますから」
「と、いうわけじゃ。御手をば!*」
「御手おばです」
 壱子が高らかに食事の開始を宣言し、茉莉が続いた。
「……」
「……」
 食事に手をつけようとしない平間の方を、壱子と茉莉がじっと見つめる。
「……なんでしょう」
「平間殿、お幾つでしたっけ」
「二十二です」
「私は十九です」
「……はぁ」
「言っている意味は分かりますね?」
「言葉の意味は分かりますが、発言の意図が分からないのですが……」
「平間、お主がこの中で最も年長なのじゃ。察せ**」
「あっ、すみません。御手おば」
 そう言って手近な皿に箸をつける。それを見た茉莉と壱子が続く。

 黙々と食卓が進んでいく。えも言われぬ気まずさが、平間の箸をどんどん重くしていく。
「あの――」
「はい、焼売しゅうまいお待ちー!」
 重々しい空気に耐えかねた平間が口を開こうとしたその時、女性が三段重ねの蒸篭セイロを担いで襖を開けて入ってきた。立派な声量に似つかわしいその恰幅の良い女性は、この宿の女将で、伊村静いむらせいという。
「いっぱい食べてね~。最近てんでお客さんも来なくなっちゃったから、おばさん張り切っちゃうわ。それも壱子ちゃんみたいに可愛い子がお客さんだったらなおさらね!」
「そんあほめふれもよい」
「壱子様、そんなにお口にものを入れたまま喋るのは……」
 そう茉莉が嗜めると、壱子はカッと目を見開いた。そしておもむろに右手で胸の辺りを叩きだす。どうやら食事を喉に詰まらせたらしい。
「ああもう、言わんこっちゃ無い……」
 慌てて壱子の背中をさする茉莉の様子を見たせいが、豪快な笑い声を上げた。
「あっはっはっはっは! あんたたち、仲良いんだね! どこから来たんだい?」
「皇都の方からです。私の仕事の一環で、この辺りを調査することになりまして」
「へえ、今時物好きな人もいるもんだねえ。何も無いところだけど、ゆっくりしてお行きよ」
「ありがとうございます」
 平間は小さく会釈し、下がっていく静を見送った。

「壱子様、食べすぎですって! 駄目ですよ、意地汚い……!」
「そうは言うが、何故か今日は食が進むのじゃ」
「普段からよく食べてらっしゃると思っていましたが、今日はおかしいですよ、壱子様」
「そんなこと言われてものう」
「まあまあ、きっと育ち盛りなんでしょう。問題ないですよ」
「そうですか? 平間殿がそう仰るなら、まあいいですが……」
 無心で食事を頬張る壱子を見て、平間はなんとも言えぬ微笑ましい心地になった。思えば地方から皇都へ出てきて以来、今日のように皆で賑やかな卓を囲ったことが無かったかも知れない。挨拶の下りだってそうだ。ただただ、慣れていなかったのだ。
 ふと、平間は先ほど女将が持ってきた焼売の中にいくつかいびつな形をしたものが混ざっていることに気が付いた。その内の一つを、訝しげに箸でつまみ上げてみる。
 それに気が付いた茉莉が口を開いた。
「あ、それは私が作ったものじゃな! まあ、不慣れで形は悪いが……味は! 味は良いはずじゃ!」
「皮も餡も、私と女将が作りましたからね」
 口を挟む茉莉を、壱子は「それを言うな」と言わんばかりににらむ。対して茉莉は、ニヤつきながら肩をすくめた。
「まあ、そういうわけじゃ。食べてみよ」
「あ、はい。それでは……」
 平間は、つまんでいた焼売を口に運ぶ。壱子が緊張した面持ちで見つめてくるが、味に集中しにくいのでやめて欲しい、と平間は思った。十分に咀嚼***し、嚥下*4する。当然かもしれないが、茉莉の言うとおり普通に美味しい。しかし、それをそのまま思った通りに言うほど平間も気を使えぬ男ではない。
「とても美味しいです」
「本当か!? ま、まあ、私が作ったから当たり前といえば当たり前かも知れぬがな」
「壱子様は皮と餡には触っていませんけどね」
「茉莉!」
「なんでもありません」
 気が付けば食卓は、始めとはうって変わって和気藹々(わきあいあい)としたものになっていた。よくよく考えれば、茉莉も壱子もあまり細かいことを気にする性格ではなかったのだ。平間の心配は、まさしく杞憂に終わった。
 そんな和やかな雰囲気のまま、その日の夕食は終わった。

 夜。
 村長から客は一人だと聞かされていたために、客を泊められるほど綺麗にしている部屋を一つしか用意していなかったと女将は申し訳無さそうに言ってきたが、それについて壱子も茉莉も「はあそうですか」という反応しか示さなかった。平間は少し不服そうだった。
 そんな就寝の折のことである。
「腹が痛い」
 壱子が訴えた。
 その瞬間、平間の頭に浮かんだのは例の奇病と食中毒である。食中毒でも、子供であったり程度が酷かったりすれば死に至ることもあるし、仮にあの病ならば……。そういった悪い考えが平間の頭の中を駆け巡る。
「茉莉殿、夕飯の食材に何か傷んだものか、勝未森由来のものはありませんでしたか!?」
「いや、特にそんなものは無かったと思いますが……壱子様、どんな痛みですか?」
「なんと言えば良いのじゃろうか、こう、なにか重いものが乗っかっているような……」
「……あー、そうですか。少し失礼いたしますね」
 何かに気付いた様子の茉莉が、壱子の寝巻きをはだけさせる。慌てて平間は目を背けた。
 しばらくして、得心したように茉莉が言った。
「壱子様、おめでとうございます。平間殿、察しつつ少し外していただけますか。壱子様にお話しすることがありますので」
「わ、分かりました」
 なお、今の平間には何を察せばいいか皆目検討も付いていない。
 その時である。
壱子の寝具の傍らにあった髪飾りが輝きだした。


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