魔界帰りの劣等能力者

たすろう

【番外編】堂杜祐人と古典恋愛


 吉林高校1年D組の放課後。
 一悟が鼻歌を歌いながら帰宅の準備をしている祐人に話しかけた。最近ではよく見る放課後の風景だ。

「祐人ー、喜べ、仕事だ」

「げ! 一悟、今日も!? ちょっと……今日は用事が」

 あからさまに迷惑そうな表情を見せて祐人は顔を引き攣らせる。

「ふーん……それなら美麗先生のところに」

「ぐ……分かった! 連日のお助け係! じゅ、充実してきて嬉しいよ!(この野郎……)」

 一悟は祐人がお助け係に任命されてから、このように頻繁にお助け係の仕事を仲介してくるのだ。正直、生活のためにバイトに精を出したい祐人にはいい迷惑だった。

「……で、今日は何なの? すぐ終わるやつがいいんだけど」

「おう! 重神さーん、来ていいよ! こいつが喜んで何でも手伝うって!」

 一悟が振り返り、小柄で大人しそうな眼鏡少女に手を振る。その重神さんと呼ばれたクラスメイトの重神栞(しげかみしおり)は、若干、オドオドしながら祐人のところまでやって来た。

「あ、あの……すみません、堂杜君」

「あはは……いや! 全然、気にしないでいい————」

「いいって、いいって。気にしないで! 重神さん。こいつは人の仕事を手伝いたくて、手伝いたくて仕方ない、他人を手伝うのが生きがいの、ヘルプ・ド・エムさんだから」

「おい! 人を変なフランス貴族みたいに言うな!」

 栞は二人の掛け合いに圧倒されているように見ていたが、思わずクスッと笑ってしまう。

「あ……ごめんなさい」

「あはは、いいから重神さん」

「だからなんで、それを一悟が言うんだよ!」

「重神さんはな、図書委員で、これから、順番で割り当てられた図書整理があるんだと。ところが、一緒に来てくれるはずのA組とB組の図書委員が偶然、二人とも休みで来れないんだわ。ほら、うちの図書室ってすげーでかいだろ? だから、力仕事になるし、お前に手伝ってもらうと助かるんだよ」

 祐人のツッコミも聞いていない一悟が、今日の仕事の概要を説明した。

「ああ、そういうこと」

 確かに吉林高校の図書室は非常に大きいことが有名なので、一言で図書整理といっても大変だろうということは祐人にも分かる。それを一人でとなると尚更だ。しかも、栞は小柄で線の細い体つきで、明らかに力仕事には向いていないと思えた。

「本当にすみません! これは私の仕事なのに……」

「そっか、分かった! 早速行こうか、重神さん。僕は図書室に行ったことがないから連れてってくれる?」

「あ、はい! ちょっと待って下さい、ちょっと返さなくちゃいけない本があるので!」

そう言い、栞は自分の机に数冊の分厚い本を取り出している。
 一悟は祐人に顔を向けるとニカッと笑った。

「じゃあ、よろしくな! 全知全能のお助け係!」

「ちょっと! 一悟も暇なら手伝えよ」

「俺はこれから忙しいんだよ。ちょっと本屋にな」

「なにそれ?」

 一悟は祐人に耳を貸せといったジェスチャーをし、祐人に耳打ちする。

「今日は……の発売日で……そのラインナップされているレディたちは……巨……なんだよ。もちろん、お前にも貸して……」

 祐人の目がカッと開かれた。

「それは大変だ! それを最優先に頼む、一悟!」

「おう! 任せておけ! 祐人」

 お互いの拳を当てて、戦友の旅立ちを見送るような情景。

「お待たせしました……あ、何をしてるんですか?」

「え! な、何でもないよ! じゃあ、行こうか重神さん」

「は、はい……?」

 一悟は廊下まで出て祐人たちに手を振り、祐人も大きく手を振り返しながら図書室に向かった。そのまるで港で船の出航の時に見るような状況に栞は首を傾げる。

「仲がいいんですね? 堂杜君と袴田君って」

「え? うん、そうかな? 中学時代からの付き合いだから……あ、重神さん、その本は? 重そうだけど、僕が持とうか?」

 分厚いハードカバーの本を数冊持っていることに祐人が気づき、重神さんが持つ本に手を差し出そうとした。

「え!? いいです、大丈夫です! って、あ!」

 極度に慌てるように重神さんが祐人から離れると、安定を欠いた栞の持つ本が廊下に落ちてしまう。祐人は驚き、すぐに2冊ほど拾い上げる。一冊だけでもずっしりと重みが感じられ、祐人は何となしにその表紙に目を通した。

『実らぬ慕情 グリーンウェルの孤独』
『愛の最果て ~近衛騎士と王女の道ならぬ恋~』

「……」

「あ!! これは最近、はまってて! 別にこういうのばかり読んでいるわけじゃ……」

 栞は祐人が本の題名を見ているのに気づき、あわわ、と涙目に慌てる。

(絶対、笑われる! 変な子だと思われる!)

「重神さん、こんな難しそうな本を読むなんてすごいね! これって古典の恋愛ものでしょう?」

「……え?」

「僕なんて最近、ちっとも本なんて読んでないや。以前、このままじゃ良くないなって思って、何か読もうとは思ったんだけど、全然で……」

 絶対に笑われると思ったのに自然体で話をする祐人を、栞は見つめてしまう。

(堂杜君……笑わないんだ。しかも……すごいって)

「あ、そんなに難しくないですよ? ちょっと古典ものは時代背景やその国の当時の習慣を知らないと、とっつきにくいところがあるのは事実ですけど、それが分かれば今の小説と変わらないんです」

「へー、そうなんだー。あ、重神さん、それ、もっと教えてくれる? あと、初心者向けの小説とかないかな? 僕でもすぐに読めそうなの」

 祐人は感心しながら、その他の本もすべて拾い上げた。

「え……うん! 堂杜君はどんなのに興味があるの?」

 図書室に向かい歩きながら、重神さんと祐人は本について話し込む。
 栞は祐人が結局、本をすべて持ってくれていることに気づいていた。また、本についての話も真剣に聞いてくれているのが嬉しくて、いつになく饒舌になってしまう。
 異様に広い図書室に着くと、祐人は「うわー」と驚いたが、早速、祐人は栞に指示を仰ぎながら図書整理の仕事を精力的に手伝う。
 祐人は見た目に反して力持ちで、その仕事量は栞の数十倍ではないだろうか、と栞は本気で思った。
 祐人のおかげで図書整理は早く終わり、栞も一息ついた。

「今日はありがとう、堂杜君」

「うん、全然! こんなのお安い御用だよ……。こういう単純作業なら早く終わらせられるしね。あ! ごめん! 重神さん、これからバイトがあるから、僕はもう行くね! また、明日ね」

 時計を見て慌てた祐人は、栞にそう言うと、栞が声をかける間もなく図書室を飛び出していった。

「本当は忙しいのに……堂杜君」

 栞は申し訳ない気持ちになってしまい、明日、またあらためてお礼をしようと思った。
 しばらく祐人の出て行った出入り口の方を見ていた栞だったが、いつものように新しい本でも借りて帰ろうと、最近、栞がはまっている古典の恋愛ものが置いてある棚に向かった。
 そこは正直、生徒から人気がないので、ほとんど自分が独占している古典の棚と言ってもいい。栞はそのいつも足を運ぶ棚の前に来て、上段の本を取るための梯子を探した。

「あれ……?」

 そこで栞はすぐに棚に並べられている本の位置が変わっていることに気づいた。
 古典の棚で恋愛ものは最上段にあったはず。
 それが何故か、今は小柄な自分でも取りやすいところに並べられていたのだ。
 それは確かに、昨日までは間違いなく最上段から2列目までにあった。

「まさか……堂杜君が?」

 栞は独り、言葉を発するが、それは確信にも近いものであった。

 先ほどまで一生懸命に本の整理を手伝ってくれた祐人とのやり取りを栞は思い出す。

「重神さん、一つ一つの棚に入れる本の種類って、列まで厳密に決められているの?」

「え? あ、そういう棚もありますが、ほとんどが棚の裏表、A面、B面の上段下段で分けているだけです。うちの図書室は各ジャンルの蔵書数も多いので、ジャンルによっては棚ごと使っているものもありますし。だから、続き物とかがバラバラにならなければ、そんなに神経質にならなくても平気ですよ」

「そっか、分かった!」


 栞は古典の棚から遠く離れた位置にある図書室の出入り口に目をやり、さっき出て行った少年の後ろ姿を浮かべた。そして今、自分の中に芽生えた不思議な気持ちに頬を染めてしまうのだった。

 その後、祐人のお助け係の評判は良く、クラスの仲間からの評価はうなぎ上りになったのだった。


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コメント

  • ノベルバユーザー354375

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