魔界帰りの劣等能力者

たすろう

四天寺襲撃⑤


「お兄ちゃん、起きて! ちょっと、何で目を覚まさないのよう!」

 秋華はトーナメント戦後から一度も意識を取り戻さない英雄を激しく揺らす。試合後、四天寺家が用意した医療スタッフに診てもらい、外傷はほとんどなくそれ以外も問題ないと診断を受けているにもかかわらず目を覚まさしてはいなかった。

「お兄ちゃんってば! もう……」

 こうなれば引きずってでも連れていかなければと思うのだが、英雄の敗北が確定したこともあり黄家の従者たちにはもう必要ないと先に帰らせていることを秋華は後悔した。
 とはいえ、今、四天寺の敷地内の各所から不穏な霊力や魔力を未熟な秋華でさえ感じ取っている。明らかに入家の大祭の試合とは違う能力者同士の戦闘が起きているのは間違いない。どのような連中が暴れているのかまでは分からないが、この場所も安全とは言い切れないはずだ。
 秋華はベッドに横たわる英雄を見下ろして息を吐くと、英雄の上半身を起こし自身の肩に乗せようする。

「ほっほう、兄を担いで連れていくのか? なかなかどうして兄想いではないか」

「ひゃ!?」

 秋華は突然の背後至近から耳元に息が触れる声に驚き兄をベッドに落として振り返る。

「あー! あんたはぁ、変態マスク!!」

 息の触れた耳に手を当てながら見れば、そこには腕を組んで秋華のやることをまじまじと見つめていたてんちゃんが立っていた。

「むう……酷い言われようじゃ。まあよいか、どれ、ちょいと見せてみなさい」

「ちょっ、あんたが何でこんなところに……!」

「いや、外が騒がしくなったのでのう。黄家の小僧のことを思い出してな。今のままだと一週間は目を覚まさんから、さすがにまずいと思っての。起こしに来たのじゃ」

「何よそれ! お兄ちゃんに触らないでよ! よく考えたらお兄ちゃんをこんな風にしたの、あんたじゃない。それを何で!? しかも覗き魔の言うことなんか全然、信用できないから!」

 兄である英雄を守るようにてんちゃんとの間に入る秋華を見て、マスクで表情は見えないがてんちゃんが困ったように腰に両手をつけた。

「そうはいってものう、儂じゃないと目を覚まさんし……困ったのう。襲ってきた連中は中々の手練れじゃぞ? お主ら二人で無事切り抜けられるとは限らんしな。ましてや兄を担いで連れてくとなると……」

「うん? ちょっと……さっきから何なの? その老人みたいな声と話し方は。あんた歳はいくつよ?」

 半目でこちらを見つめてくる秋華にてんちゃんはギクゥとするように肩を上げると背筋を伸ばす。

「は、二十歳じゃ!」

「嘘よ! 二十歳の人が語尾に“じゃ”とかつけるわけがないでしょ!」

「……!?」

「あんた……まさか、いい歳して女子高生の嫁を欲しがった挙句に年齢を偽ってこの大祭に参加し、私のシャワーを覗いたと……。許しがたいわね、この変態ジジイ仮面! 正体を暴いて、黄家の力をフルに使って世界中に拡散してやるんだから! それですべての女性に相手にされない余生を送らせる!」

「なんと!? ……ムムウ!」

 声と話し方を指摘された途端、何故か声を上げないように口元を抑えるてんちゃんはブンブンと涙目で顔を振る。
 女性に相手にされないと聞かされると情けないてんちゃんの姿をフフンと見つめる秋華は……突然、ピンと何かを思いついたような顔をした。

「ふむ、でも……私も鬼じゃないよ? 場合によっては許してあげてもいいかなぁ。私、こう見えて年寄りは大事にするべきと思っている心優しい女の子だから」

「そそそ、それはなんじゃ!?」

 秋華の流し目に縋るようにてんちゃんが喰いつくと、秋華はニヤリと笑みを見せる

「そうだなあ、じゃあ変態マスクさんの実力を買ってぇ、私と琴音ちゃん、それとお兄ちゃんの護衛をお願いしようかな。でもいい? 私たちが少しでも危ない目にあったら……」

 秋華は右手の親指を立て、首の辺りを横に横断する仕草を見せる。

「ぬぬ!? お主、この儂を用心棒に!? こ、この三仙の儂を……クッ、この扱いはさすがに……いくら女に相手にされなくとも、仙界の連中の手前……」

 プルプル震え、途中から声も小さく何を言っているか分からなかったが、秋華はてんちゃんがすんなりとこの提案を受け入れないのを見て焦れてくる。秋華だって分かるのだ、今が非常事態であることは。

「ああ、もう! 分かったわ! 私たちをしっかり守ったら、ご褒美に私が耳かきをしてあげる。膝枕付きで」

「必ずや、お主たちを守って見せる! 大船に乗ったつもりでおるがよいぞ! どんな敵も灰燼に帰してやるわい!」

 ……契約が成立した。
 秋華はこの瞬間、世界中のどんな場所よりも安全な立場を手に入れたことまでは気づいてはいなかったりする。
 すぐさま、英雄を担いだてんちゃんは秋華の言う通りに、護衛の任につき、飛び上がって驚く琴音と合流すると屋敷から出た。




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