魔界帰りの劣等能力者

たすろう

四天寺襲撃③


 混乱の観覧席では、バトルロワイアル敗退後に残った能力者及びその従者たちがちりじりとなってその場から逃げ出そうとしていた。
 逃げ惑う者たちの表情は死の恐怖と無力さに取りつかれたように、周囲など目に入らぬかごとく大声を張り上げ、冷静さが消え去っていた。
 蜘蛛の子が散らすように逃げる円の中心には二人の男がゆっくりと歩いている。
 黒髪を立たせ、元々、細い目を広げ、湾曲した長剣を肩に担ぐ中肉中背の男と、もう一人は身長が低く、小太りの男でぶかぶかの黒いシャツのようなものを身につけて異常なほどの大きな口をした異相の持ち主だった。

「なんだよ、このオサリバン様に歯向かおうって奴はもういねーのか? つまらねーなぁ」

「ヒヒヒ! お主が派手に殺るから、皆、怯えてしまってる。これが回答」

 黒髪の男、オサリバンのぼやきに小男は肩を揺らす。

「はーあ、だから、勝ち上がれねーんだよ、こいつらは。ちょっと、剣を振ったぐらいで、ビビりやがって」

「回答する、その黄金のハルパーのレプリカは軽く振っただけで、超威力、ヒヒヒ」

「チッ……うるせー。ナファス、お前、姿が元に戻ってるがいいのか? その姿、好きじゃねーって言ってたよな」

「見た奴は全員……殺す。これが回答!」

 ナファスと呼ばれた小男はその大きな口を広げると、黒ずんだ息を前方に吹き散らす。
 その黒ずんだ息は必死に観覧席から逃がれようとしている人間たちの最後尾にいた者の足に触れる。

「うわあぁぁあ……!」

 その息に触れてしまった男は前方に転倒し言葉にならない悲鳴をあげた。そして、痛みと焦りでのたうち回るように喘ぎ、異常な感覚が生まれた足を確認しようとスラックスの裾を上げる。
 するとその息に触れた足の肌は息と同じ色に変色し、そのシミのようなものは徐々に広がるように侵食していく。

「ひぃぃ、ああ、足がぁ! 足がぁぁ!」

 その男の足にできた黒ずんだところは腐り始め、その肉はまるで腐葉土のようにボロボロと崩れていく。そして……その男は後からさらに迫る黒ずんだ空気に飲まれていき、その悲鳴も途絶えた。
 これを目撃した他の逃げ惑う者たちは、さらに恐怖を増幅させ、まさに大混乱に陥った。

「あーあ……まあ、いっか。ジュリアンもあっちで遊んでやがるようだがすぐ終わるだろ。他の奴らも好きに始めるだろうし……まごまごしてると美味しい獲物が奪われちまうな!」

 オサリバンはいまだに大きな口を開け、黒ずんだ息を振りまいているナファスに顔を向ける。

「んじゃ、俺も行くぜ。偉そうにあそこから動かねー、四天寺の重鎮たちの首を切り落としてやる。ここはナファスに任せたぜ」

 オサリバンはそう言うと、その場から駆け出し観覧席からやや離れたところにある屋敷2階のバルコニーに設置してある重鎮席に猛然と向かった。観覧席の端まで来ると大きく跳躍し、一直線に四天寺中枢に突撃せんとしているのが分かる。
 その時……オサリバンが地面に着地するポイントを狙った数十の風の刃が襲い掛かる。

「ム!」

 オサリバンは咄嗟に金のハルパーの平に身を隠すように、これらの風を防いだ。だが、着地点を狙われたことで、衣服が所々切り裂かれた。

「あちらには行かせん! この下郎が!」

 神前の男女5人の精霊使いのチームがオサリバンを囲むように姿を現した。

「へー、やっとお出ましかい。四天寺の犬どもが。さすがに速い対応だな」

 オサリバンはチラッとナファスの方向に目を移すとそちらにも一部隊が到着し風の精霊術で黒い息を押し返している。
 すると……オサリバンはジロリと目を、自分を囲う精霊使いたちに移動させる。
 オサリバンの細い目が見開き、その視線が神前の精霊使いたちを射抜く。

「!」

 神前の精霊使いたちは凄まじい殺気を含む霊力を受け、ある者は警戒心で目に力が入り、ある者は思わず身構える。
 徐々に……オサリバンが口角を上げて喜色を露わにし、その目はすべて黒く塗りつぶされていき瞳が消えていく。

「やっと……やっと、てめーらに借りを返すときがきたぜ。ククク……嬉しいぜ? 俺はなぁ、100年前の屈辱は……忘れてねーぞ!!」

 舌を出し、唾をまき散らしながらオサリバンが襲い掛かる。精霊使いチームの中央にいる壮年の男をリーダーと見たオサリバンはそこに狙いを定め、ハルパーを湾曲部分の外側から振り下ろさんとする。

(その黒い目は、まさか! 【黒眼のオサリバン】か!?)

「散れ! そして、展開!」

 真っ先に狙われたチームリーダーの神前功はチーム員に指示を出すと自分の眼前に空気を圧縮させ、解放する。その圧を利用し背後に吹き飛び、オサリバンの突進から逃れる。

「逃すかぁぁ!」

 構わずオサリバンは狂気に取りつかれように後方に飛ぶ神前功を追撃し、ハルパーの切っ先を前方に突き出す。

「やれ!」

 自分に喰いつかせた神前功は指示を飛ばすと、左右に展開した二人の精霊使いが後方に飛ぶ神前功とオサリバンの間にいくつもの岩の壁を地面から出現させる。オサリバンが岩壁に激突し、奇声を上げて岩の壁を破壊していくが最後の一枚を残しその突進が止まる。それと同時に着地した神前功は間髪入れずに右手をあげて合図を送ると、オサリバンの左右にも岩壁が地面から突き出した。
 オサリバンを前方から岩の壁で半包囲の形をとると、後方に回り込んでいる女性二人の精霊使いが、がら空きの背後から可能な限りの風の刃を叩きこむ。
 ここまでのスムースな連携攻撃はまさに神前功をリーダーとするチームの修練のたまものでもある。これで倒せていなくとも、無傷ではいられないだろうと神前功は考える。
 だが……神前功がその場から離れようとしたその時、眼前の岩の壁からハルパーの切っ先が姿を現し、神前功の胸に向かい突き出されてきた。

「!?」

 この奇襲に神前功のみならず傘下のチーム員も息を飲むが、神前功は咄嗟に回避し、何とか左わきの下を刃が通過する。しかし……そのわきの下を通過したハルパーは、今度は岩の中に高速で戻り、上を向いた湾曲の内側部分が神前功の左腕に触れる。

「ぐう!」

 神前功の左腕が切り飛ばされ、その激痛に顔を歪ませる。

「功さん!」

 チーム員たちから声が上がる。
 左腕を失ったが、冷静さを失わないこのチームリーダーは次発の攻撃を予測し右に大きく回避した。その判断は正しく、その僅か半瞬後に先ほどまで自分がいた場所にハルパーが再び姿を現す。
 風の刃はいまだに放たれているのにもかかわらず、一体どういうことか、と冷静な神前功もさすがにすぐにはオサリバンを測れない。風の刃の猛攻の中、岩壁から突き出されたハルパーは横を向き、そのまま岩の中を泳ぐように移動する。

「ハッ! 距離をとれぇ!」

 神前功が大声を上げると、ハルパーが岩壁をそのまま切り裂き、半包囲した壁は崩れ去った。攻撃をやめ、神前のチームは再び距離をとったところで集合し、崩れ去る岩の中から姿を現すオサリバンを見つめた。

「やってくれるじゃねーか! そうじゃねーとなぁ、確かに四天寺はこうだった、あの時もな! まったく忌々しい奴らだぜ!」

「な、なんて奴だ。それにあの武器は……普通じゃないです!」

 チーム員の一人が驚きを隠せずに全員の考えを代弁する。

「あいつは……おそらく【黒眼のオサリバン】だ……」

 無くなった左腕のところを右手でおさえつつ、神前功は言った。
 その名を聞くとチーム員に衝撃が走る。

「え!? あ、あの100年前の能力者大戦の、ですか? いや、まさか! 何故、生きて……」

「狼狽えるな。瑞穂様の情報でミレマーにロキアルムが生きていたと言っていたではないか。であれば、こいつも生きていても不思議ではない」

「……」

「おい、すぐに孝明さんに伝えろ。敵の一人は【黒眼のオサリバン】だと……。それとな、お前ら覚悟して置け、おそらく今回の襲撃者の5人は、このレベルの敵の可能性が高いとな!」

「は、はい!」

「心配するな、だから孝明さんは安易に倒しにいかず、足止めに終始しろ、と言ったんだ。あの人が敵を測ることに重点を置いたということは、警戒していたんだろう。俺たちは奴に近づかずに、連携して仕掛ける、いいな! なるべく情報をとるぞ」

 男3人、女性2人、全員の顔に命を懸けた武人の目が宿り同時に頷く。

「ひとつ、お前らにいい話を伝えておく。これを聞いたらなかなか死ねなくなるぞ?」

 神前功は戦いを前にして、チーム員を見渡しフッと笑みをこぼす。

「それはなんです? 功さん」

「さっきな、本営から風が来た。この敵の首魁と思われる、あのジュリアンってのに、婿殿が一人で挑んだそうだ」

「なんと! 一人で!?」

 チーム員の全員が目を広げる。
 この敵の首魁であれば、その実力は【黒眼のオサリバン】と同等かそれ以上ではないかと想像するのだ。それでたった一人で挑んだのか、と。

「それでな……婿殿は、そいつに強烈な蹴りを見舞って、吹き飛ばしたそうだ!」

「!?」
「す、すごい!」
「婿殿……素敵です」
「え! 私も見たかったです、婿殿の勇姿」

「じゃあ、行くぞ! これが終わったら瑞穂様に頼んで婿殿と一緒に宴会を提案するつもりだ。どうだ、そう簡単には死ねないだろう!?」

「「「「はい!」」」」

 全員、笑みを浮かべ、それぞれに頷くと、再び【黒眼のオサリバン】と命を懸けた死線に身を投じた。



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